コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


【金糸流る、薄暗い部屋で】






此処は…どこですにゃ?


はたと、青い眼を瞬かせ辺りを視線のみで見回す。まるで箱の中のような、四角い部屋、薄暗く…そして何も無い。金糸を連ねた睫が上下する。サファイアの様な大きな眸が相変わらず、忙しなく動いた。今、一体どうなっているのか把握が中々出来ない、背中が温かいのは…窓際?
思わず声を出そうと口を開くが、声は出はしない。思わず、自分が何物かさえ忘れてしまいそうなほどの、非日常空間。…忘れない内に名前を頭の中で繰り返す、名前は、タマ。

四肢は気だるく、指一本すら動きはしない。辛うじて動く視線だけを駆使し、自分の身体を見れば、何故か服は脱がされ下着姿。場所だけでも首を傾げるに値する不可思議さと言うのに、服まで奪われていては呆れて声の出しようも無いほどだ。タマは記憶を辿るように、瞼を閉じ考えるが…何も思い出せない。


タマがいる部屋は、入り口らしき物が一つあるだけ。他には何も…そう、思えたが、タマの背後に蚕が紡ぎ出したばかりの様な、絹の糸の束の様な、さらりとささやかな空調だけでも揺れてしまいそうな、妙なカーテンの様なものの隙間から、太陽の光が狭そうに床へと零れ落ちていた。タマも、それに気が付いていたが、首は何時もの半分ほども回らない。背後すら見る力が残されていないかのように、全身くまなく力が抜けていた。
だが、それ以外にも妙な異変をタマは気づいていた。何時もは、背にあたる己の髪の感触が無いのだ。その代わりに、ぺたんと床に座り込んだ腰辺りに、毛先の様な細かな感触が這っている。そして、零れ落ちた光のお陰で、床へと浮き彫りに去れる背後の存在は、確かに髪の毛のようなシルエットを出していた。

これは…、でも、タマの髪の毛はこんなに…長くないですにゃ

おかしい、明らかに、おかしい。しかし、髪の毛は少々上の方で引っ張られているような感覚を、ずっと保ったままだった。下着姿のまま、薄暗い部屋はタマの恐怖感と不安を一層、強くさせる。タマが少しでも首を振れば、床に落ちた光と影が同時に動いた。もう嫌だと、思うのだが、頭を振ろうにも首が動いてはくれない。どうすればいいのか、自分に何が起きたのか、と言う事よりも、タマはこれから何が起きるのか、と言う不安で頭の中をぐるぐるに掻き回される。一般的に、恐ろしいと言う想像が連なってたまの脳裏に再生された。


こ わ い 


タマの唇が、その三文字だけをささやかに紡いだが、空気を震わすまでは行かず、タマの声は部屋の隅にも届かず喉の奥に引っ込んだままだった。その時だ、き…と、たった一つの出入り口が啼いた。視線だけ、タマは動かし入ってくる者を凝視する。大きな海の紺碧を称えた双眸が見開かれる、瞳孔も大きく開いた。大きな眸に移るのは、動いている、しかし、動物ではない。黄金の像だ、メイド服、長い髪の…そして、タマそっくりの口端もあがりはしない面立ち。それ以外に目に付くのが、髪の長さが異常だ。するすると重たそうに見える金糸が、床の上を這う。そのタマの黄金像は複数…3体だ。驚いたまま、声も上げる事が出来ず竦んだタマの元へと遂に3体のタマの像が近づいた。びくんと、タマも思わず毛艶の良い耳を伏せ、ぎゅっと瞳を瞑るが…何も起こらず。数分ほど、タマは目を瞑っていたが何もされない。ゆっくりと、金の睫を揺らし蒼珠の眸を巡らせた。

っ…何ですにゃ、あれは…タマの髪…?

黄金像たちは、せっせと細やかな絹の髪を金の櫛で梳き、撫で、何か塗っている。塗られた箇所はより一層、美しい髪となり、更に金糸と見紛うばかりの輝きを得ていた。切られたのだろうか、そう思いはするも、黄金像たちの手が髪に触れるたびに、頭を少し引っ張られるような感覚が生まれる。確かに、まだあの髪の毛はタマの体の一部分だった。…しかし、それと思えないほどの量が、タマの背後を覆っていた。先程、まさか、と感じていた事は真。窓を覆うほどの長さと量、黄金像が髪の束を持ち上げれば、其処から日の光がここぞとばかりに溢れ出した。きらと、日の光を浴び髪の一本一本が装飾品か飴細工のような、細やかで透明な光を放つ。其の光が眼に入ったのか、タマは、何処となく痛そうな、眩しそうな、綯い交ぜになったような複雑な表情を無意識的に作り出した。それとは対照的に黄金像たちは相変わらずの無表情で、タマの髪の毛の手入れに余念が無い。

これから…どうなるのですかにゃ…

タマの不安は尽きる事無く、背後の髪を透かし、床へと細く複雑なストライプを作り上げていた陽も沈み、部屋の中は完璧な暗闇となる事で、一日が終わった事をタマは剥き出しにされた体全体で感じ取った。



数日立てども、数週間たてども、何をされる気配もなく、ひたすらに髪の手入れを続けられている。お陰で、タマの髪は在り得ないほどの長さと成りながらも、金糸の輝きをそのまま保たれていた。それが根元にまで及ぶのだから、全く、黄金像たちの手入れの熱心様にはタマも感服する。
…が、数週間、と言うよりは、一ヶ月は完璧に過ぎ去ったろう、しかし、それでもタマの全身の気だるさは抜けない。未だに服は着させてもらえず、柔らかな肉は空虚な部屋の空気に無造作に晒されたままだった。どうなるのか、タマには皆目見当も付かなかった。いつのまに、こんなに髪が伸びたのかも、なぜ自分そっくりの黄金像があるなども、知る由も知る術も無い。
瞼を伏せようと、其の状況が打破できるはずも無かったが、気休めにと、タマはよく瞼を下ろすようになっていた。目を開けたときに、映るのは決まって、自身の白い太ももと、既に床に着きうねりながら、部屋を侵食する勢いで伸び続ける髪の毛だった。しかし、一日に数度は黄金像たちが複数体で現れ、タマの髪を入念に手入れしていくので、黄金像の髪の毛や、服の一部が見える事もあった。

…うう、また…いい加減にして欲しいですにゃ…

黄金像は、時折タマの手に自らの金糸を握らせたり、撫でさせたりと、黄金像の髪を触らせていた。タマとしては、それが異常に気味が悪く、嫌な心地が体中を駆け巡るのだが、黄金像の髪は予想以上に柔らかく、タマの髪質と遜色が無い。ふわりと紡ぎたての絹のように柔く、羽毛の繊毛のように軽く、艶はタマの髪の隙間から漏れ出る陽の光に一層、濡れた色を鮮やかに見せた。タマの髪も、また其れに近く、剥き出しの肌に触れる毛先に鋭さはなく、柔くくるんと弧を描いていた。


窓際は、既に金の波で埋め尽くされ、其の持ち主であるタマ自身も、もしやすると、溺れてしまうのではないか?…そんな不安に駆られる事さえあるほどだ。既に、幽閉されてから二ヶ月…いいや、正確な日取りなど、既に日数を数える事を放棄してしまったタマには判らなかった。幾度日が沈み、また浮き出てきたのだって、数えた所で覚えてはいられない。毎日、やって来ては、それこそ日の光を物質化したような、金糸の髪を手入れして行く黄金像たちの姿を見るだけでも、タマには不安と恐怖が小さな胸の内でとぐろを巻いて鎮座すると言うのに。
日数を数えるほど、冷静になどなれなかった。その実、睡眠時間も良く判らない。寝ていたとしても、疲れも気だるさも取れず、睡眠の意味など無いに等しい物。それでも、タマの目の下には隈など出来ず、瑞々しい限りを残していた。

そして、今日も黄金像たちがやってくる。



なんなんですにゃ…、一体、タマをどうするつもり…?

にゃ

ちょっと待ってくださいにゃ

これは、これは何かの冗談……


タマは、今まで異常に気だるい頭の奥底で慌てふためいた。現れた黄金像、何時もと変わらずメイド服で、長い髪をするすると引きずりながら歩む姿も何時もと同じ。何が違うといえば、その内の一体、手に持つ物は、鋸。銀色にきらと煌き、其の光は窓を覆う金糸のカーテンが受け取り、屑星でも投げ入れたかのように一点だけがきらと、合図を送るように光った。

何とかして逃げたい、しかしタマは身動きが出来ない、ましてや、未だに声すら出ない。息をするのがやっと。そうしている間にも、黄金像たちはゆっくりと、タマの元へと歩み寄ってきていた。こわい、今度こそ怖い、何をされるかは大体が見当が付く。どうしよう、どうしようと、タマは唇を動かすのみで、恐怖に震えた吐息が口端から漏れるだけ。

鋸を持った黄金像は、ゆっくりと、タマの首筋にその銀の刃を添えた。タマの首筋に、ちりりとする土井痛みと冷たさが走る。思わずぶるると、身震い。…身震いは出来るのですにゃ?と、タマはこんな危機に、頭の奥底でそんな事を考えていた。それどころじゃあない…と、思うところで思考はストップ、見事に立ち止まり後にも前にも動けない、本当に頭が真白となった。


ぎり

ぎり

ぎりり


肉を削る音がタマの、髪と同じ金糸に覆われた猫の耳を擽った。痛いかと、思わず目を見開いたタマだったが、何故だか、首に当てられた刃の冷たさだけを感じるのみ。…はて、長い幽閉期間の間で、タマは遂に痛覚を失ってしまったのだろうか。そう言うわけでも、無いらしい。
タマの首からは血が噴出しはしなかった、寧ろ、一滴も零れなかったのだ。既に、銀の刃は半分ほどまで通り過ぎ、骨へと差し掛かる。


ぎりり

ぎり

ぎりり、ぎり、ぎり


黄金像も、骨には苦心しているのか、何度も同じ場所で鋸の刃を動かした。肉は、鈍い刃で切られた独特の縁を残す、慎重に切られているのか、肉片なども落ちては来なかった。
遂に、タマの首は皮一枚を残していた。それでも、タマの大きな双眸は動いていたが、首を落とされる少し前に瞼を閉じた。
再び活動を始めた思考を働かせ、タマは考えていた。

ああ、背にあたる陽の暖かさが、気持ち良い、と。






ことんと、銀盆へと載せられたタマの首。長い髪はそのままに、複数の黄金像がさらと、黄金の水のように零れる髪を持ち、出入り口へと向かう。一向はするすると髪で、床を掃きながら少々離れた部屋へと入った。…何らかの倉庫だろうか、同じ形の物が多くあるのがシルエットで判った。
……人形?黄金像が外から進入した光を受け止めた、其の光を、部屋へと分け与えた時、きらと光る。シルエットは、黄金像だ。数百体と並ぶ、皆々見事な黄金…しかし、肝心の首が無い、全てだ。

すっと、黄金像たちは足並み揃えて一歩踏み出す。向かうのは、一番手前に置かれた首無しの黄金像へと。銀盆に置かれたタマの頭を、黄金像が持ち上げた。銀盆は、他の黄金像へと渡す。長い髪を慎重に、体の後ろへと流してやり、そっと、タマの頭を首なし黄金像の首の上へと置いた。不思議と、タマの首とぴたりと一致する。バランスを崩す事もなく、確りと密着した。その黄金像の首筋から、まるで侵食されていくように、タマの生身の首筋を金が這いずる。ずるずる、若しくはするすると言った所だろうか。蔦がはびこるように、タマの首を、顎を、頬を、唇を、鼻筋を、瞼を、そして、一番に黄金像たちが熱心だった髪を、一筋一筋、黄金の筋が覆っていく。終いには、タマの顔、首、髪は全て黄金に…そう、黄金像とまるで同じになったのだった。

…ゆっくりと、黄金像が瞼を開ける。金の眸は無表情、黄金像たちは其の部屋を順に出て行く。新しく生まれた黄金像も、まるで先ほどまで居たかのように、出て行く黄金像たちの後を着いて行く。ぱたんと、再び其の部屋のドアは閉ざされた。さて、次に生まれるのは、どの黄金像だろうか…。

そして、出て行った黄金像たちは、タマの首から下が一人ぼっちで残された部屋へと戻る。薄暗かった部屋は、今ではふんだんに日の光を呼び込み、くっきりと窓の桟を床へと映す。其の窓際の中央に、へたり込んだような体制のタマの身体。…首筋は既に、傷が塞がり肉の赤みは無い。盛り上がり、首の失われた部分は既に再生されている。この分ならば、また一ヶ月ほど経った後、黄金像たちと同じ、タマの頭が形成されるのだろうか…。

黄金像たちは、静かに、肉が育っていくのを、金の眸で見守っている。