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立ち上がれ、女子!
最後の一撃が、決まる。
完全霊体だった邪霊を、ユリが能力で吸い取りきる。
因みに、悪い霊なんかを取り込んでも身体に害はありません。
「……ふぅ」
「お見事、立派にIO2やってるじゃないか」
ユリの背後から拍手と共に賞賛が浴びせられる。
その元は黒・冥月。
このデパートに棲みついてしまった邪霊を退治するのにかりだされたユリと、偶然バッタリ出会ったのだ。
出会ってしまったなら、ユリの仕事ぶりを見学しよう、という事になり、冥月はユリが除霊する様子を後ろから見守っていたのである。
因みに、今回は囮になったりなどの手出しは一切していない。
ユリ一人の力で霊を排除できた。
「……あ、ありがとうございます」
冥月の賞賛に、ユリは素直に礼を言った。
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仕事も報告も終わったので、さぁこれから帰ろうと言う時だった。
冥月とユリが並んで出口に向かっている途中、ふと、甘い匂いが漂う。
何かと思ってそちらに目を向けてみると、大きなワゴンが何台も並び、その天井から看板がぶら下がっている。
「……バレンタインセール? そういえばもうすぐだったな、バレンタイン」
冥月の呟きにユリはビクンと肩を震わせる。
「……ば、バレンタイン……わ、忘れてました」
仕事が忙しかったりしたのだろう。完全に、跡形もなく、スッポリと失念していた。
冥月の方もそれほど気にしている行事ではないので、そんなセールもスルーしてさっさと帰ろうかと思ったのだが、
「……どうした、ユリ?」
「……え? いえ、別に……」
ユリの足が止まっている。動く気すら無さそうだ。
視線はワゴンセールに固定され、兎を狙う虎の様にギラギラ光っている。
どうやら、と言うか言わずもがな、か。チョコを渡す当てがあるらしい。
「気になるか?」
「……べ、別にそう言うわけではないです」
「その割にはチョコから目が離せないようだが?」
「……私があの人にあげなくても、興信所に居れば綺麗な女性と知り合えるでしょうし、チョコならいっぱいもらえるでしょう。私があげなくてもあの人は全然困らないはずです。だからそんな……チョコを買うとかは別に……」
「ヤケに饒舌だな? それに、別に小僧の事は一言も出てないわけだが……」
「……き、聞かなかったことにしてください」
顔を赤くして俯くユリ。悪いが、それは聞けないお願いだ。
「チョコ、買っていくか。出来るなら買ったものをただ渡すより、手作りの方が喜ぶんじゃないか? 男は単純だし、アイツはその群を抜いているからな」
「……で、ですから、別に私は……」
「最近、ヤツも頑張ってるからな。私も渡してやるか」
そう言って冥月がワゴンに一歩踏み出すと、ユリはそれよりも早く駆けて行った。
なんとも微笑ましい子供らしさだ。
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真剣にワゴンに並ぶチョコを選ぶユリの横で、冥月も適当にチョコを眺める。
なんと言うか、ユリよりも値段が高く、手の凝ったモノを選んでしまうと悪いので、安そうなものを適当な量、手に取った。
ふとユリの方に目をやると、ビターチョコを真剣な目で選んでいた。
「小僧に渡すのなら甘いヤツの方が良いんじゃないか? 体格どおり味覚も子供だろ?」
「……だからこそ苦いヤツの方が良いと思うんです。大人に対する憧れと言うのが強そうですから」
なるほど、言われて見るとそう思えなくもない。
どうやら長い時間一緒に居る冥月よりもユリの方が小僧の事をよくわかっているらしい。
「じゃあコレなんかどうだ? かなり苦いらしいぞ」
と言って冥月が手に取ったのは小さめの板チョコ。
ラベルには『99%』なる文字が。
「……コレはかなり地雷だと思います」
「まぁ、そりゃそうだな」
コレをこのまま小僧の口に捻り込んでやるのもまた一興だが、それはまた別の機会にしよう。
会計を済まし、再び出口へ。
「……そうだ、ユリ。お前、調理道具はあるのか?」
「……道具、ですか? ……そういえば今、仮屋に住んでるんでした」
イコール、今、家に帰っても何もないという事だ。
「と言うか、料理は大丈夫なのか? 意外にかなり不器用だとか?」
「……一応出来ますよ。下手ではないと思いますが、あまり上手くもないと思います」
謙遜ではなく、的確な自己分析なのだろう。ユリの顔色が暗い。
出来れば小僧にチョコを渡しても『超、美味い!』と言って欲しいのだろうが、そこまでレベルは高くないそうだ。
「じゃあ、道具を取りに行くのも面倒だろ? 私と一緒に作らないか?」
「……冥月さんの家にですか? ご迷惑では?」
「いやいや、私の家ではない。実は影の中に秘密基地があってな。そこで小僧も修行したりしてるんだが……どうだ?」
「……是非」
ユリの答えはほぼ即答だった。
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影の中に入ると、ユリは感嘆の声を上げる。
「……ひ、広いんですね」
影の中に作られた建物はとてもとても大きい。
色々な施設が併設されているため、それだけ建物が大きくなるのも当然の道理だ。
「……迷ったりしませんか?」
「お前が一人で歩いたりするとそうなるかもな? こっちだ、ついて来い」
冥月はユリをつれて建物の奥へ歩き始める。
目指す場所はキッチン。
チョコを作るのだからそれは当然なのだが、そこへ向かう道中に、ある部屋がある。
「おぉ、そうだ。ここが道場だ。最近、小僧はここで修行をしている。……まぁ、修行と言っても今の段階では、ただ私に投げ飛ばされているだけだがな」
「……ここで……ですか」
冥月に言われてユリはしげしげと道場の中を眺める。
小僧が特訓に励む姿でも幻視しているのだろうか。心ここにあらずといった感じだ。
「……ユリ」
「……え? あ、はい、なんでしょう?」
「良かったらお前もここで小僧と一緒に訓練してみるか? 能力だけでなく小僧の隣で共に戦える様になりたいだろう。……ん、下手に他人が教えたらIO2の訓練の邪魔になるか?」
「……いえ、多分そんな事にはならないと思いますが。……そうですね。ご迷惑でなければ今度、是非」
とは言ってみたものの、ユリには自分が前線で戦う姿はあまり想像できなかった。
「……でも理想としては、あの人が前で戦って私がそれをサポートするって言う形なんですよね……」
「だが、ヤツをサポートするのは容易じゃないぞ?」
「……私もそう思います」
前途多難な理想に、ユリは少し頭を痛めた。
「……そういえば、今まで冥月さんとあの人はここで二人きりで……?」
「さぁ、さくさくキッチンに向かうぞ」
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そんな小さな寄り道の後、二人はキッチンに着く。
そのキッチンもまたドデカく、またしてもユリを圧倒する。
「……これ、何処に何があるのか把握できるんでしょうか?」
「慣れれば問題ない。必要なものがあれば言えば良い。私が取ってやろう」
勿論、影を使ってだ。自ら歩いて取りに行くなんて面倒な事はしない。
「さて、ユリは何を作るつもりなんだ?」
「……え、ええと簡単な所でトリュフなんかを」
あまり料理に自信が無いユリは簡単所を狙ったようだ。
流石にそれならば失敗も少ないだろう。
「そうか……トリュフか……」
「……どうかしました?」
「あ、いや、大した事じゃない」
ユリがトリュフとなると、冥月が何を作ろうか困ってしまう。
ユリが作るのよりも簡素なものを作ろうと思ったのだが、トリュフよりも簡単なものとなるとパッと思い浮かばない。
もういっそ、この板チョコのまま渡してやろうか……?
「……あの、冥月さん? 気にしなくて良いですよ。私には気を使わずになんでも作ってください」
「そう言ってくれるのはありがたいが、そういうわけにもいくまい」
「……良いんです。きっと来年にはすごいモノ作ってやりますから、そういう目標があったほうがやり甲斐があります」
そう言ったユリはキャラに似合わず、瞳に闘士を宿している。
まぁ、そこまで言うなら冥月も適当に簡単なものを作るとしよう。
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(料理の知識なんてほとんど無いが)説明しよう!
まずはトリュフ!
適当なチョコを適当に湯煎し、溶けた所で形作り!
丸っこくしたらココアをまぶして冷蔵庫で冷やす! これだけ!
どちらかと言うと勝負は味だ!
次にカフェモカブラウニー! コレは最早コピペしたんじゃね? って感じだ!
まず、型にバターを塗り、そこに強力粉を振り掛ける!
次にチョコに混ぜ合わせるナッツを適当にローストし、荒く刻む!
そしてチョコをバターと合わせて湯煎して、同時に別のボウルに砂糖と卵を入れて混ぜ合わせる!
それらに薄力粉、ココア、ベーキングパウダー、コーヒーの粉なんかも入れて、全部混ぜる!
混ぜ合わせたものを型に入れ、オーブンで焼く!
焼き上がったら型から外し、荒熱を取る!
その上に卵白と砂糖を混ぜ合わせたものを、適当な線を描くように垂らす! 因みに、この線でチョコの上にフランス語で『義理』と大きく書かれてあるが、小僧が読めるかどうかは謎だ!
コレを食べやすい大きさにカットしたら出来上がり!
こんな説明で良いのか、いささか不安だ!
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因みに、言わずもがなだがトリュフを作ったのがユリ、カフェモカブラウニーが冥月だ。
「……随分と差が……」
「コレでもかなり手を抜いたつもりだが……うーん」
ユリの料理できなさ具合を甘く見ていたようだ。
普通に落ち込んでいる彼女を、どうにも直視できない。
「……ま、まぁ、料理はやはり見た目や値段じゃない。味と心が重要なんだよ」
「……そ、そうですよね」
冥月の適当な慰めを受け、ユリは力なく笑った。
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チョコが冷えた辺りで包装に使う紙やリボンを決める頃にはユリも幾分調子を取り戻し始めていた。
「……よし、決定案はコレです」
「まぁ、良いんじゃないか」
少女らしい。可愛い小袋とリボンに、冥月も微笑んでしまうほどだ。
一方、冥月の方は適当な箱にチョコを詰めただけ。ここでプラマイゼロにしておかないとユリが可哀想すぎる。
「さて、後はバレンタインの日までチョコを保存しておかないとな。当日、チョコが溶けてて渡せない、なんて事になったら困るしな」
「……それなんですが、このチョコ、冥月さんから渡してもらえませんか?」
「……は? なんでだ? 自分で渡した方が良いだろう?」
「……あ、いえ、その……バレンタインに男の人にチョコをあげた事なんてないんですよ。だから、どんな顔して渡せば良いか……」
考えてみれば、ユリは特別な事情があって一時期監禁されていた事もあった。
こんな浮ついた行事に参加するのも初めてだろう。
「馬鹿なことを言うなよ。ただチョコを渡すだけだ。特別な顔なんかしなくて良い。いつもどおりで良いんだよ」
「……そ、そういうものでしょうか?」
「それに、私が渡しても良いが、ユリの気持ちは全く伝わらないぞ? それどころか『直接渡してくれないなんて、俺の事なんかどーでもいいんだ』なんて、悲観するかもな?」
小僧が群を抜いて単純なのは、最早周知の事実。
冥月の言う仮定も予想が出来すぎて逆に恐い。
「あまり晩熟になりすぎるのも良くない。自分でちゃんと手渡ししろ」
「……はい。わかりました」
頷くユリの顔が、柔らかい笑みになった。
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「ただし、渡す際には特別な文句を要するのが最近の風潮だ! 即ち『べ、別にアンタの事が好きとか、そんなんじゃないんだからねっ!』 コレが渡す時に絶対必要」
「……そ、そうなんですか!」
真剣に頷くユリが、ちょっと真に受けそうだったので、冥月はすぐに訂正した。
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