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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingV 【夕顔】



 それでもわたしのことを好きだって、言えるかしら――――?
 そう言ってから、深陰は瞬きする。彼女の目の前で観凪皇はぼろぼろと涙を流していたのだ。
「ちょ、なんであんたが泣いてんのよ?」
「うぅ、みがげざ〜ん」
「な、なに?」
 びくびくしつつ返事をする深陰の前で、皇は鼻水をすすり上げた。
「生ぎででよかったでず! 気持ち悪いなんて、言わないでくださいよ! 俺……俺、深陰さんが死んでしまったって思って……でも、生きててくれて、」
 皇はそこで大きく息を吸い込む。
「ほ、本当によかったっ……!」
「!」
 深陰が目を見開いた。彼女は頬を赤く染め、唇を引き結んで俯く。
 しばらくして泣き止んだ皇は、深陰を真っ直ぐ見つめた。
「すいません……落ち着きました」
「……そう」
「深陰さん」
「ん?」
「聞かせてください……深陰さんのことを。俺、知りたいです!」
 皇にとっては、深陰がどんな存在だろうと関係ない。それは先ほどわかった。彼女が死んだと思った、その時に。
 体質を気持ち悪いと思うよりも、彼女が無事で、ただ生きていてくれることが嬉しい。それだけだ。そう、皇は改めて思った。自分は、彼女のことが、好き……だ。
(深陰さんにどんな秘密があったって……この気持ちは揺るがない)
 皇は知っている。深陰は突き放そうとしていたが、なんだかんだでいつも助けてくれるのだ。甘さを捨てきれない、非情になれない……優しい女の子なのだ。
 深陰は皮肉な笑みを浮かべる。
「……わかった。後悔しないわね?」
 皇は頷く。



 風のない夜のことだった。

 東と西の逆図を完成させた深陰は、意気揚々と帰還した。これでもう、誰にも文句は言わせない。例え次の当主に選ばれなくても、退魔士としての実力は認められるだろう。
 屋敷を包む結界を越えたところで、弟が待っていてくれた。
「お帰りなさい、姉さま」
 弟は深陰よりも十も下だ。幼い弟の頭を撫でる。
「こんな遅くまで待っててくれたの?」
「はいっ」
 満面の笑みが、深陰の疲労を癒してくれる。だがここで気を抜くわけにはいかない。自分の他にも『憑物封印』をおこなっていた者はいるのだ。一体何人が成功させてくることか……。
 深陰は自身の右の瞼に触れる。現在、一族の中でこの色違いの瞳を持っているのは深陰だけだ。これこそが、深陰の唯一の優越感だ。
 優れた退魔士に現れるという……証。
 深陰には上に兄も居た。とはいえ、兄はそれほど強力な退魔士ではなかったためにすでに婚姻し、子供をもうけている。遠逆家は子孫を残すためにほとんどの者が子供を作る。だが……危険と隣り合わせの仕事をしているために、人数は爆発的に増えることはなかった。
 誰かが生まれれば、誰かが死ぬ。
 バランスのよいことだ。うまく拮抗がとれているとも言うが。
 兄は優しいが頼りなく、才能がなかったために子供を作ることに励むしかなかった。哀れなことだ。深陰は兄を憐れんでいる。
「じゃあ、当主に報告に行って来るわ」
 弟を残して深陰は当主の居る棟に移動した。それが深陰にとっての分岐点になった。知らなければ、彼女は無知のままで『死ねた』のだ。
 無礼ではあるが庭から……と歩いていた深陰はぎくりとして足を止めた。
 なぜこんな不安な気持ちになるのかと怪訝そうにする。もう一度歩き出し、深陰は……余計に不安になる。怖い、と本能が訴えていた。
 足音と気配を殺して歩いていることに深陰は気づかない。
 当主の居る部屋には灯りがついている。まだ火を消していないようだ。
 耳に届いた嬌声に深陰は足を止めた。咄嗟に頬を赤く染める。もしや……その、女性を連れ込んでいるのだろうか? だがすぐにその考えを否定する。
(……喘ぎ声? いや、悲鳴?)
 うまく聞き取れなかったのでさらに近づく。
 はしたないとは思ったが庭に面した廊下にそっと上がり、障子に近づいた。そして、ほんの少しだけ開ける。
 悪いことをしているという自覚はあった。だが、止められなかった。
 だって、右眼がイタイ。
 深陰は部屋の中を覗き込み――――完全に硬直した。
 おぞましさに脳が働かず、理解するのを拒む。
 部屋中に飛び散った血。うめく女。あれはなんだあれはなんだあれはなんだ?
 深陰は無言で身を引く。だが目の前の障子が開かれた。直視した光景に深陰の胃の中が込み上げてくる。嘔吐を我慢し、深陰は青い顔で障子を開けた相手を見上げる。
「来る頃だと思っていたぞ、深陰。よぅやった」
「は……あ、ありがたき、幸せ……」
 声が震えている。
 美しい青年の足越しに部屋の中がうかがえた。ごくりと深陰は喉を鳴らす。
「そうそう、おまえを二十四代目に指名した。もうおまえは二十四代目だ」
「……は?」
 意味がわからない。なんだ突然。
「もう残っているのはおまえだけだ。必ず成功させよ」
「…………」
 成功?
 反射的に深陰は庭に跳び降り、構える。
「これはどういうことですか……? その、『後ろのモノはなんなのですか』?」
「ふふっ。わかっておるだろう? 賢いおまえなら」
 ――わかっている。
 コレは。
「……蠱毒」
 壷の中に様々な毒虫を入れる。すると、毒虫たちは互いを殺し合う。最後の一体が最強の毒虫。最高の一つを作り出す、方法だ。
 憑物封印は四十四体の妖魔を同じ『壷』に入れ、混ぜ、一つにするのだ。ソレと封印者が戦い、さらに『混ざる』ことが目的だ。
 取り込まれるか、打ち負かしてヒトでなくなるか。
 どちらも、『毒』に変わりない。
「……後ろの方の儀式は失敗したのですね……」
 こんな状態で生きているわけがないし……ヒトも妖魔も、もはや原型を保っていない。どちらもすぐに崩壊する。
「おまえなら、大丈夫だ。おまえは我ら一族を継ぐ者だからな」
 遠逆家を存続させる存在になる。その意味は――。
(孕め、と?)
 当主が異形と契り、子孫を残す。異形となった当主と、他の遠逆の者が契る。
 もしくは、契約する。力を流す燃料として。
 どちらにせよ、すぐに命が絶えてしまう。こうなっては。
 乱暴に、荒く使われて、使われて……すぐに壊れてしまうだろう。
 憑物封印とは……遠逆家の能力を継続させる『力の源』を作る儀式なのだ。十四代目当主から開始されたというこの儀式は、ただ単に腕試しなのだと深陰は思っていた。違う。十四代目は遠逆家のために供物になったのだ。
(だから……十四代目はほとんど記録に残ってないの……?)
 就任してすぐに寝たきりになったとされている。本当に、たったそれだけだ。深陰も、そうなるのだろう。
 深陰は涙を流していた。恐ろしいのはわかってはいたが、恐怖で流したものではない。
 おぞましいものに成り果てることが、嫌だった。途方もなく、嫌だったのだ。
 遠逆の人形として生きることも、戦士として生きることも、別段苦痛ではない。村娘たちのように都に憧れることもないし、良い男に見初められることが幸せとは思わない。恋をしたいとも思わないし、子供を作ることに抵抗もない。
 だが。
 『自分』を捨てることだけは我慢ならなかった。
 誰かにすがりたかった。
 助けて! 『わたし』が消えちゃう!
 だが、すがるべき相手などいない。深陰は素早く動いた。
 一閃した。
 片手には漆黒の刀。
 一撃で当主の首を刎ね飛ばした。
 首から血が噴き出る。それが顔に散った。温かい。だがこれもすぐに冷たくなる。
 深陰は空中から巻物を取り出し、刀で粉微塵に斬り刻んだ。
 落ちた、巻物だったソレから怨嗟の念が『こぼれた』。どろりと、粘り気のある濃灰の液体が千切れた部分からじわりと、洩れてくる。
 それらを睨みつける。足に絡みつく液体を払った。しかしそれは深陰を取り込もうとする。
 液体が触れた部分はなんの変化もない。だが嫌な予感がした。しかしそれに構っていられる時間はない。
 深陰の行動は早い。
 当主を殺した以上、ここに留まってはいられない。これ以上ここに居ては殺される!
 入ってきた正門に向かう。そこにはまだ弟の姿があった。
「姉さま?」
 どうしたの?
 深陰は弟の手を、伸ばされた手を振り払う。早く。早くしなければ。
 早く――「逃げなければ」。
 弟がどうなるか。兄がどうなるか。自分はどうなるか。
 そんなこと、考えもしない。あるのは「逃亡」だけだ。
 ココから逃げることしか、考えていなかった。



「わたしは……『罪』を犯した。弟を、兄を、一族を見捨て、保身のために『逃げた』の」
「もしかして……それからずっとですか? ずっと今日まで生きてきたんですか……?」
 皇の問いかけに深陰は応えない。肯定だろう。
「……日本に居ても安心できなかったから海外へ逃げたの。旅を続けていたのは、逃げ続けるためよ」
 彼女は不老不死になっていたことにいつ気づいたのだろう? おそらくその時、かなり取り乱したに違いない。誰にも平等にくるはずの『死』が、深陰には訪れない。彼女は死んで、楽になることができなかったのだ。それはどんなものよりも重い『罰』。
 深陰はどこに居ても安心する日などなかったのだろう。いつも恐怖が心の片隅にあり、後悔が頭を占めていたのだ。深陰は口調のキツさに比べて実直で素直な性格をしている。自身の保身に走ったことを何度も何度も悔やみ、自身を呪ったことだろう。
 年をとらないので同じ場所には居られない。年をとらないので同行者も得られない。
 自分が異常だと知られることを恐れているのではない。年を経ていく同行者たちを見ていられないのだ。
 甘い、と深陰自身も思っていることだった。
 相手のことを思っていて、実は自身が傷つきたくないという甘えだ。深陰はそう思っているだろう。
 最初から近づけさせなければ相手も傷つかない。自分も傷つかない。長い年月で深陰が出した結論がソレだったわけだ。
「……不老不死は、憑物封印に原因があったのかもしれないとはずっと思ってた。でも、日本に戻るのが怖くて……!
 わたしの罪を、はっきり確かめるのが怖くて!
 だって……!」
 徐々に声を荒げる深陰は皇を見上げた。
「わたし、弟の手を! 自分だけ助かろうとした! 最低よね。最低だわ! 何もかも捨てて、自分だけ助かろうとしたのよ!」
 その償いを、彼女は彼女なりにしてきたのだろう。見知らぬ他人を見捨てきれないのはそのせいだ。
 自身を粗末に扱う理由も……他人が傷つくより、自分が傷つくほうが、自分が『痛い』ほうが、自分への罰になるからだろう。
「この憑物封印が成功すれば、わたしは死ねる。きっと死ねる。死ねないならもう二度と誰かに関わらない。人前にも出ない」
 辛い、と深陰の瞳が語っていた。一人で生きるのは辛い。死ねないのが辛い。老いないのが辛い。辛い。
(……深陰さんは300年以上、ずっと一人で……)
 これこそ『孤独』。誰にも理解されない、誰も理解できない苦しみ。
 彼女は人間に戻りたいだけなのだ。
 日本に戻ってくるのにどれほどの勇気が必要だったろう? 本当は戻りたくなかったはずだ。だが彼女はもう生きることに疲れているのだろう。精神状態は限界に近いのだ。
 深陰は優しすぎるのだ。だからこそ、割り切って生きてこれなかった。
「遠逆家へ行くわ。そして、呪いを解いて死ぬ。死ねればいいけど……それに」
 深陰は何か言いかけるが、やめた。
 皇は彼女を見つめた。自分は、どうすればいいのだろう……?
 彼女には死んで欲しくない。けれど、これ以上深陰の苦痛を長引かせるのも……。
 なんて言葉をかければいいだろう?
「俺……」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6073/観凪・皇(かんなぎ・こう)/男/19/一般人(もどき)】

NPC
【遠逆・深陰(とおさか・みかげ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、観凪様。ライターのともやいずみです。
 憑物封印のこと、深陰の不老不死のことが語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!