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妖狐討伐隊<後編>
「さて、どうしたものかな」
武彦が思案顔で呟く。だが、その表情にも多少笑みが混じっている。
最初は乗り気でなかったこの依頼にも、多少の楽しみが見え始めているのだ。
亭主を騙す女に一泡吹かせたり、最近生意気盛りらしい小僧を懲らしめたり。
それがいっぺんに行えるのだ。
日頃の鬱憤を晴らすにはこの上ない機会だ。
コレが面白くないわけがない。
ふと、腕時計を見やる。
まだ、随分と時間は残っている。
小太郎との鬼ごっこ開始まで十数分。
それまで、もしかしたら武彦のニヤニヤ笑いは止まらないかも知れない。
「気持ち悪いわよ」
「キモチワルイな」
「気持ち悪いです」
「うるせぇぞ、お前ら」
仲間全員には総すかんだったが。
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一方、リコの手を取って走り回る小太郎を、とある男が眺めていた。
「……おやおや、意外と可愛いボーヤと一緒に逃避行か」
ビルの屋上で走っていく二人を見ていたその男は、重い荷物を背負いなおす。
「さて、この重たいギターケースを背負ってちゃ、すぐに追いかけないとなぁ。見失っちまうわ」
ビルから飛び降りる、なんて超人的な行動が取れればいいのだが、この男は超人ではない。
行儀良く屋上のドアを開け、階段を下って行った。
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「さて、これからどうするかだが、まずは小太郎たちだな」
何をするにしても、まずはコレだ。
小太郎が連れている狐の確保、コレだけで以降の行動の幅は広がる。
「小太郎はともかく、ユリとリコは無事に帰したいところだな」
黒・冥月が言うと、その場に居た全員は頷く。
どうやらみんなそこは同意見のようだ。
「では小太郎さんはどうなっても良いと、皆さん構わないわけですね?」
「大丈夫なんじゃないか? アイツは少し懲らしめないとならんだろ」
「そうですか、それなら良かったです」
武彦の了承を得て、黒榊 魅月姫が妖しく笑む。
「あの方には、誰に刃向かったのか少し教育する必要がありそうですからね」
「ま、まぁそれはさておきだけど、気になるのはギターケースの男と奥様お抱えのハンターよね」
シュライン・エマの懸念はもっともだ。
小太郎を懲らしめたり、ユリやリコをどうにかするに際し、目立った障害はその二人だ。
お抱えハンターはもとより、色々知っていたギターケースの男も気にしないわけにはいかないだろう。
「とは言え、ギターケースの男はそれほど警戒するような輩ではないと思う」
「ええ、私もそう思うのよ。実はリコさんと結託してる、何てことも考えられなくはないもの」
冥月の同意を得てシュラインも力強く頷く。
だが魅月姫には違う考えがあるようで、少し首をかしげた。
「私はその男、リコさんが持っていた玉を狙っているんじゃないかと思います」
「玉? あのすごい魔力を持ったビー玉か?」
「ええ。目的が何か、まではわかりませんが、玉を狙って討伐隊に入ったと言うのも考えられるのではないかと」
町を一つ消し去るほどの膨大な魔力を持っているのだ。
使い方を知っている者ならそれなりに欲しい代物のはずだ。
「私はその玉が如意宝珠だと思ったんだけど。そうなるとリコさんがお稲荷様って言う可能性も出てくるわよね」
如意宝珠とは簡単に言えば願いを叶えてくれる玉だ。
なるほど、町一つ消すぐらいの魔力があれば大抵の願いは叶えられそうである。
「だからちょっとあの三人の行き先を知りたいんだけど……あの三人の逃走経路、わかる?」
「勿論です」
言って魅月姫が適当な地図に三人の逃走経路を描く。
シュラインはその経路を見て、これからどういう道筋で行くか予測し、その先に稲荷神社関係の何かが無いかと考えたのだが……。
「……なに、このデタラメな動き方……」
「まぁ、手を引いて先頭切ってるのがあの小僧だからな。何か考えて逃げろって方が無理だろ」
武彦のいう事ももっともである。
「私はあのギターケースの男、IO2関係かと思ったんだがな。私たちに接触してきたのも、持っていた情報量も、色々考えると可能性が無いでもない」
会話が途切れた所で冥月も意見を出す。
やはり冥月にも冥月の考えがあるらしい。
「異常な狐狩りを聞きつけてIO2が潜入捜査か。ありえない話でもないな」
どうやらギターケースの男については意見はバラバラのようだ。
「まぁ、ギターケースの男については放置だな。襲ってくるなら構わず迎撃、でどうだ?」
「待って。私たちの意見だけじゃなく、武彦さんはどうなのよ?」
「俺か? 俺はそうだな……実はギターケースの男と奥様お抱えのハンターは同一人物なんじゃないか、とベタな事を考えてみたんだが」
「その根拠は?」
「冥月が言うには討伐隊が集まったあの部屋で腕が立つのはあの男一人。んでお抱えハンターも討伐隊に参加してるとなると、そのハンターはギターケースの男なんじゃないかな、と」
そうなるとあの情報量も頷ける。
だがまだ、それは可能性の話。決め付けるのは良くない。
「ともかく、まずは小僧の対処と、ユリとリコの確保。邪魔する奴らは全部倒す。コレが今後の方針だな」
武彦の締めの言葉に全員が頷く。概ね合意らしい。
全員の同意を確認した後、武彦が腕時計を覗く。
「よし、そろそろ時間だ。追いかけっこを始めるぜ」
「それなら早くしたほうが良いかもな」
武彦が顔を上げると同時、冥月が忠告する。
「ギターケースの男が動いているな。小太郎たちに近付いている」
「距離は?」
「まだ大分空いているが、もしかしたら私たちよりも先に小太郎と接触するかも知れん」
「足止めとかは出来ないのか? 影を操るとか」
「難しいな。何か特殊な術法でも使っているのか、能力が上手く作動しない。アイツが動いているのにも今しがた気付いたぐらいだ」
能力が上手く作動しないとなると、まず初めに疑うのはユリの能力だが、それにしてはユリとギターケースの男との距離が開きすぎている。
ユリの能力がギターケースの男にまで及ぶとは考えにくい。
「何があるかは知らんが、急いだ方が良さそうだぞ」
「待って。私は私でリコさんと連絡を取ってみるわ。私は荒事には向かないし、ね」
どうやらシュラインは前線離脱のようだ。
「じゃあ俺もシュラインに付き合おう。そっちはお前等二人だけで大丈夫だろう?」
「まぁ、特に問題ないな」
「ええ。こちらの事はお気になさらないで下さい」
二人の力強い答えを聞いて、こうして一行は二手に分かれた。
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「やっとコレが役に立つわね」
近くにあったビルの屋上に来たシュラインと武彦。
シュラインは脇に担いでいた拡声器を取り出し満足げに頷いた。
今までほとんど邪魔でしかなかったこの拡声器だが、こんな所で役に立つとは。
「どうするんだよ?」
「リコさんは狐なわけじゃない? だったら当然耳も良いでしょ。コレを使って連絡を取ってみようと思って」
そう言って拡声器を掲げる。
「耳が良いって言ってもこの街中だぞ? そんな声が通るか?」
「やって見なきゃわからないでしょ。物は試しよ」
そう言って一つ咳払いした後、拡声器を用いて特殊な声を発する。
「――――――」
「……なんだ? 口パク?」
「違うわよ。普通の人には聞こえないけどちゃんと喋ってるわよ」
こんな往来で拡声器を使ってビルの屋上から力の限り叫ぶなんて恥ずかしい行動が取れるわけも無い。
当然、人間不可聴なため、武彦にはただの口パクにしか見えなかったりするのである。
「だが、そうなるとなんとも面白みが無いな。俺にも何かお前が喋ってる内容を知る術がないだろうか?」
「別に、武彦さんに宛てた言葉じゃないんだから、武彦さんが知らなくても良いんじゃない?」
「……そうなるとますます気になるのが人の性ってやつだ。しょうがない、読唇術でも試してみるか」
別に武彦にそんな特殊スキルがあるわけではないので、素人の真似のレベルなのだが、まぁやらないよりはマシだろう。
武彦が読唇術によって得た内容は次の通りである。
『リコさん、聞こえますか? 聞こえたら返事を下さい』
……なんとも普通で肩透かしであった。
「もっとユーモラスに声をかけられないのか」
「緊迫した状況で何を言ってるのよ。こんな時にふざけないで」
シュラインに叱られて武彦は多少不貞腐れながらも黙って読唇術に専念する事にした。
「……答えた!」
呼びかけから数秒後、リコからの答えがシュラインの耳に届く。
雑踏に紛れて聞き取りにくいが、確かにリコが答えている。
「相手はなんて?」
「ただの返事よ。お話はこれから」
そう言って再び拡声器を構える。
どうやらまた読唇術の活躍の場のようだ。
『私、さっき会ったシュライン・エマって言います。わかりますか?』
『はい〜。玉を拾ってくれた人ですよね〜』
どうやらちゃんと認識してくれているらしい。それなら話は早い。
『私たちに敵意は無いわ。寧ろ、貴女たちの味方よ』
『そうなんですか? それにしては随分と三嶋さんが反発していたようですけど』
『……まぁ、あの子はちょっと変り種だからアレだけど、信じて』
『そうですね〜。そう言うんならそうなんでしょうね〜。三島さんは確かにアレですよね〜』
随分アッサリと信じてくれたものだ。
狐らしからぬ素直さである。
『そっちにハンターが一人向かったみたい。気をつけて、って小太郎君にもユリちゃんにも伝えてください』
『あ、はい。わかりました』
『それから、出来れば人化を解いて何か別のもの……例えばユリちゃんの襟巻きみたいなものになった方が緊急の際に魔力が使えて便利だと思うのだけど』
『あ……すみません、それ、無理です』
本当に済まなそうにリコが答える。
人に変化が出来るのに、別のものに変化できない理由とはなんだろう?
『今、人化を解いちゃうと、人化の定着が遅れちゃうんですよね』
『人化の定着? 定着するって事は狐に戻らないの?』
『はい。そのつもりです。私の目的は完全な人化転生。その為に、この玉が必要だったんですよ』
膨大な魔力を有した玉を使って輪廻に干渉し、来世を人に固定したいのだそうだ。
理由はわからないが、リコはどうしても人間になりたいらしい。
『……その玉って、もしかして如意宝珠だったりするの?』
シュラインが尋ねる。それが肯定されれば、本当にリコは稲荷神かもしれない。
『いいえぇ。そんなにたいそうな物じゃありませんよぅ。似せて作ったモドキですね』
だがあっさりと否定された。
『私が長〜い年月をかけて魔力を込めた、大切な玉です。コレを落とした時はどうしようかと思いましたよ』
『それに張ってある結界みたいなものも貴方が?』
『いえ、コレは私の仕えているお稲荷様が。目的以外の為にこの玉を使わないならば、あのお方も私の夢に協力してくれるって。その約束を私が破らないように結界を張ってくださったみたいです』
随分強力な結界だと聞いていたが、道理で。神様が張った結界ならば当然だ。
と、一人得心していると、リコが慌しい声を上げる。
『……あ! こっちに近付いてるハンターってあの人かも。ギターケース持った人ですよね?』
リコの返事からするに、どうやらギターケースの男は最早、リコの視界の内に入っているらしい。
随分と近付かれている。冥月と魅月姫は間に合ったのだろうか?
『え? もうすぐ近くに居るの? 大丈夫?』
『あ、はい。でも多分危険は無いと……あっ、三嶋さん!?』
そこでリコとの交信は途切れてしまったが、何となく情景は湧く。
ギターケースの男を発見した小太郎が、何の考えもなしに突っ込んで行ったんだろう。
「まったく、厄介な子ね……」
「どうしたんだ? 結局どうなったんだよ?」
途中まで読唇術を試みていた武彦だが、向こうの返答にはどうしようもない事に気づき、途中でやめていた。
話の内容は全くわかっていないようである。
「また小太郎君が一悶着起こしそうよ」
「……大体わかった」
それで通じるのもまた、妙な話である。
余談だが、シュラインは惚れた男に自分の唇をじっと見つめられていた数分間、妙に緊張してしまった。
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冥月と魅月姫が小太郎たちに追いつく前の事である。
「ありゃ、行き止まりですね」
路地を選んで走っていた小太郎一行。リコの声と共に足を止めた。
因みに、この時点でシュラインとの交信も行っている。意外と器用な所があるようだ。
だがしかし、良い感じに人気の無さそうな路地を曲がってみればそこは袋小路。
「……やっぱり通りを行った方が早いのでは?」
「ここまでハズレクジを引くと、そうなのかもな」
ユリの言葉に小太郎も力なく頷く。
実を言うと行き止まりに入り込んだのはコレが初めてではない。
今まで二、三度同じように引き返していたのだ。土地勘が無いにもほどがある。
「……となると、どうやったら逃げられるんだろうな? 人込みに紛れてれば肉眼は誤魔化せるか?」
「と言うかですねぇ、ホントにもうお二人には迷惑かけられないんで、後は私一人で……」
と、リコが言いかけた時だ。
「やぁっと追いついたぜ」
「誰だ!」
背後からの声に気付き、小太郎がユリとリコを背にし、様子を窺う。
前方に男。右手にはギターケースを持っている。
とりあえず尋ねてみたが、相手の身分は明白。リコを狙って来た討伐隊のメンバーだ。
その証拠に、相手の上着の胸にバッヂが光っている。
「……見たこと無いヤツだし、興信所関係では無さそうだな」
「興信所? ああ、草間興信所か? オイラは関係ないよ」
この手の事件に関わっている興信所イコール草間興信所とすぐに繋がる辺り、『オカルト興信所』の二つ名を取り払うのはかなり難しいようだ。
それはさておき、小太郎の目の前に立ちはだかるこの男はキッパリと興信所とは関係ないと言って見せた。
だったら小太郎も遠慮の必要は無い。と言うか、興信所にはかなり強い連中ばかりで遠慮のしようがないが。
小太郎とは無関係で、更にか弱いリコを狙ってくる悪漢ならば容赦しない。
「そこを通してくれるなら、穏やかに事が済むんだが」
「ボーヤこそ、その後ろに隠しているヤツを渡してくれれば誰も痛い思いしなくて済む」
小太郎にリコを渡す意思はない。ギターケースの男もリコを見す見す逃がすつもりはない。
意見が真っ向からかち合ったので、行き着くところはやはり『強行突破』である。
ギターケースの男にその意思があるかどうかは定かでないが、小太郎はそのつもり満々である。
「あのぉ〜、何となく殺伐とした所済みませんが……ちょっと良いですか?」
苦笑を浮かべながらリコが恐る恐る小太郎に話しかけるが、小太郎の方は聞く耳を持たない。
どうせまた『迷惑はかけられない』とか言って一人で逃げたいような事を言うんだ。
困っている人を助けるために授かった小太郎の力。だったら目の前で困っているリコをどうして見殺しに出来よう?
どう考えても出来ない。武彦が言うに、馬鹿一直線の小太郎の生き方では、そんな選択肢は見当たらないのである。
「あの人は別に……って、あっ、三嶋さん!?」
リコの言葉も聞かず、小太郎は右手に剣を生成してギターケースの男に斬りかかる。
左脇を狙った斬り上げを、男はギターケースで防御する。
「おぅおぅ、仲間の助言も聞かずかい。随分と無謀なボーヤだな」
「うるせぇ!」
小太郎はすぐに返しの刃で袈裟懸けに斬りつける。
男は後ろに下がってそれを躱す。
追撃に小太郎が踏み出して片手突き。男はまたギターケースでそれを阻む。
「まぁ、ちょっとは落ち着けよボーヤ。話をしよう。ちょっとお兄さん、難しい事言うかもしれないけど、きっと理解できるはずだから」
「何を意味のわかんねぇ事を!」
小太郎がもう一歩踏み出し、体を回転させて男に向かって薙ぐ。
しかしそれすら、男は易々と回避してみせる。
「まずオイラはだなぁ……」
「悪党だろ!」
上段からの切り下ろし。大振りなため、コレも男は簡単に防御する。
「実はそこの狐を助けようと……」
「聞く耳持たん!」
叫ぶと同時、小太郎は剣を消し、代わりに自分の腕に光を纏わせる。
そして思い切り右ストレートを男の腹部に食らわせてやる。
男の方もまさか相手の能力が剣から篭手に形が変わるとは思っていなかったので、コレはクリーンヒットだ。
少し呻いてうずくまる。
「……イテテ……そうか、わかった。穏便に話し合いで解決って事にはならないらしいな」
「アンタがそこを通してくれればそれで終わりだ」
「よぉくわかったぞ、ボーヤ。そこまで言うなら、よし闘争だ」
ユラリと立ち上がった男の目に、最早穏やかさは欠片もない。
すぐに小太郎が光を剣に戻す。次に何がくるかわからない時はオールマイティにこなせて、一番慣れている剣の型が一番良い。
男の豹変振りに小太郎は一応距離をとる。今まで優勢だったはずだが、この変化で一気にイーブン、若しくは劣勢になったかもしれない。
「あのー、ハンターさん? ちょっと良いですかぁ?」
「黙ってろ、狐。アンタの事は後回しだ」
リコが男に話しかけようとするが、今度はこの男が聞く耳を持たない。
多少涙眼になるリコを、ユリは横目で哀れんだ。
「……小太郎くん、気をつけてください。どうやらもう、手加減してくれそうにはありませんよ」
「へっ、望む所だ。手抜きして後で言い訳されても困る」
ユリの忠告も、小太郎は軽く聞き流す。
もうどうしようもあるまい、とユリは頭を振る。きっと興信所の人たちがこちらへ向かっているはずだ。この場の鎮静はその人たちに任せよう。
まぁ、それまで目の前の二人の戦いが続けば、の話だが。
ユリはその様子を見ているしかない。援護をしようにも、ユリの能力では小太郎の邪魔になりかねないのだ。能力意外で役に立ちそうな物を持っているわけでもない。
リコの方も手を出す事は無さそうだ。悲しそうな顔で二人の様子をただ見守るだけである。
だが、小太郎は当然として、何かリコと関係があるらしいあの男にも、できれば死んで欲しくない。
緊急の場合には、もしかしたらユリも使いたくないもう一つの能力を解放する羽目になるかもしれない。
悲痛な顔でユリが自分の腕を抱いた時、ギターケースの男が小太郎に向かって言う。
「ボーヤ、死んでも悪く思うなよ」
「誰が!」
小太郎が飛び掛るより早く、男がギターケースの取っ手についているボタンを押す。
すると、ギターケースの先端が変形し、中から三本の剣が飛び出した。
鍔の無い、短めの西洋剣の様だ。それらは自ら意思を持っているように宙に浮かび、その剣先を小太郎に向けていた。
多分、剣を操るのがこの男の能力なのだろう。
「名乗っておこう。オイラは『トライエッジ』。勿論通称だ。よろしくな、ボーヤ」
ついでに言うと現中二病患者でもある。その通り名からも窺い知れる。
「お、俺は……」
「ボーヤの名前は次に出会えたら聞くことにしよう」
そう言うとトライエッジは剣を操り、小太郎に襲い掛からせる。
小太郎は慌ててそれらを捌く。
腹部目掛けて飛んできた最初の剣を弾き落とし、右肩を狙って斬りかかってきた剣を払い、左から薙いで来た剣を避ける。
少し間を置き、最初の剣がまた小太郎に飛んでくる。今度は小太郎も落ち着いてその動きを見る。
だがよく見ると、初太刀から、これらの剣の動きに切れがない。
もしかしてこの男、剣を操る能力に慣れていないのだろうか?
これは……勝てる。
そう思った小太郎は、襲い掛かってきた全ての剣を払い落とし、次の行動までの間を狙ってトライエッジに向かって踏み込む。
「そこだ!」
「ははっ、甘いな、ボーヤ」
必殺の一撃はしかし、トライエッジの持っていたギターケースに阻まれる。
小太郎は悔しさで喉を鳴らし、次の攻撃に移ろうとするが、トライエッジから発せられる殺気の赤を見て咄嗟にバックステップを踏む。
次の瞬間、小太郎が居た場所に三本の剣が突き立っていた。
「……だ、騙されかけた」
先程の剣たちの拙い動きは全てフェイク。本当は洗練された動きが出来るのに、単純な思考をしている小太郎の性格を素早く読み取ったトライエッジが策を弄したのだ。
「おっと、反射神経は良いな。騙し討ちが出来ないとなると、今度はガチンコで行くぜ?」
トライエッジは突き立った剣の内、一本を抜き取って小太郎に襲い掛かる。
先程とは比べ物にならないほどの動きを前に、小太郎は防戦一方となり、その立ち位置はジワジワと後ろに下がる。
後ろでは不安そうな顔をしているユリと、まだ涙眼のリコが。
これ以上下がるわけにはいかなくなったその時、トライエッジの攻撃が激しさを増し、小太郎の剣が弾かれ、すぐにトライエッジの蹴りが小太郎の腹部を捉える。
華奢に見えるトライエッジの身体からは想像できないほどの衝撃が、その蹴りによって吹っ飛ばされた小太郎を見て理解できるだろう。
ゴロゴロと地面を転がった小太郎はすぐに起き上がる。
背後にリコが居る事を確認し、次にユリを探すが、後ろには居ない。
どうやら吹っ飛ばされすぎてユリよりも後ろに下がってしまったようだ。
ユリがいたのは小太郎とトライエッジの中間の距離。小太郎の吹っ飛び様が凄まじかったので、少し呆けているようだった。
「ユリ! 下がれ!」
「……え?」
小太郎の声にも咄嗟に反応できず、その場に立ち尽くす。
それはトライエッジがユリを捕らえるのに十分な隙だった。
トライエッジはユリの背後にあるビルの壁に何やら符を貼った後、ユリの首を押さえてその壁に押し付ける。
「はい、捕らえた」
「……っぐ、あっ!」
「ユリっ!」
小太郎がすぐに救出に向かおうとするが、目の前に剣が先を見せて浮いている事に気付き、足を止める。
「おぉ、気付いたか、ボーヤ。そう、お前がこの娘を助けようとすれば、お前の後ろに居る狐は串刺しにされる。かと言って動かなければこの娘は殺すぜ?」
そういうトライエッジの手には剣が握られ、その刃がユリの首に当てられる。
ユリはもがきながらも、能力を発動してトライエッジの能力を封印させようとしたのだが、上手く能力が発動しない。
「……っぐ、どうして……?」
「無駄だぜ、嬢ちゃん。その壁に貼ってある符が見えるかい? それはアンチスペルフィールドを作り出す符だ。どこぞの製薬会社から流れたらしい品でね。今は嬢ちゃんの周りにだけ結界が張られてるから、嬢ちゃんが何か能力を使おうとしても全て無効化される」
その言葉を聞いて、ユリはハッとする。
どこぞの製薬会社から流れた、能力を無力化する符。それは何処かで聞いたことあるような気がする。
ユリが興信所に関わるきっかけとなった事件で多用された、ユリから能力を抽出したあの符ではなかろうか?
「……奇遇な事もあるものですね……イヤな偶然ですが」
「ん? なんだ? 何か言ったか?」
「……いいえ、別に」
トライエッジに尋ねられてユリは口をつむぐ。別に、敵に情報をやる事もあるまい。
「まぁ良いさ。さて、ボーヤ。どうするね? この娘を取るか、そっちの狐を取るか」
勝ちを確信したトライエッジはそう言って小太郎に笑みを向ける。
対する小太郎は奥歯をこれでもかというほど噛み締めている。
リコは諦めたくないが、ユリを見す見す殺させるのは絶対に許せない。
だがしかし、この場はどちらか一つ。……彼に選べるわけがない。
と、そこにやっと二つ、人影が立ち寄る。
「そこまでにしてもらおうか」
「その人のお仕置きは私たちが引き継ぎます」
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「ええと、これは色々とどういうことかしらね?」
心配になって駆けつけたシュラインと武彦が見たのは、どうやら事後。
冥月の手元にユリとリコが居り、魅月姫が気を失ってかなり酷い怪我を負っている小太郎を捕まえていた。
「まぁ、一応、事の半分は終わった所だ。後は社長婦人への仕返しだな」
「お抱えのハンターの方が姿を見せませんが、狐を手元に置いておけば向こうから来てくれるでしょう」
二人の報告を受け、武彦が頷く。
「まぁ、小僧以外は無事な様だし、これで落ち着いて今後の方針を決められるな」
「……あの、小太郎君は大丈夫なんでしょうか?」
おずおずと尋ねるユリの肩に、シュラインが手を置いた。
「大丈夫よ。こんな事もあろうかと、興信所からこんなものを持ってきておいたわ」
と、取り出したのは小さなビンに詰められた、一見栄養ドリンクのようなもの。
だが、それから溢れかえる妖気にそこに居た誰もが顔をしかめた。
「かなり妙な匂いが漂ってくるんだが……それ、大丈夫なのか?」
「大丈夫でしょ。一応『どんな怪我にも効く飲み薬』って書いてあるし」
ラベルには本当にそう書いてある。だが、その曖昧さが逆に妖しさを増させる。
大丈夫大丈夫、と笑いながら言うシュラインは軽くキャップを捻り、ビンの口をあける。
「……っぐ! 強烈な匂いが!」
「こ、これは予想外に手強いわね……っ! でも、多分大丈夫。良薬は口に苦し、鼻にも苦いモノよ」
「そんなモンか……!?」
武彦の不安にも大丈夫大丈夫と笑って言うシュライン。武彦も自分が飲むわけではないので強くは止めない。
魅月姫から小太郎を受け取り、その口にビンを突っ込む。
「まぁ、もしもダメでもユリちゃんを苦しめた報いとか、そんな感じで言い包めれば良いんじゃない?」
「飲ませてから言うなよ」
逆さになったビンは、内容物を容赦なく小太郎の口内へ吐き出している。
気を失っていた小太郎は、すぐに目を覚ましてむせ返り、匂いで吐き気まで覚えていた。
だが、周りにいた人たちに押さえつけられ、薬は愚か、ビンすらも吐き出せずに、その中身を飲み込んだのだった。
「……ぶはっ! アンタら、俺を殺す気か!?」
あまりにもあんまりな味だったのか、本気で涙眼になる小太郎は必死で訴えていたが、大人たちは知らん振り。
小太郎はギャーギャー喚きたてるが、それを聴いていた人間は居なかった。
だが、その様子なら怪我も治っているのだろう。折れていたはずの腕も元気に振り回している。
どうやら本当に『どんな怪我にも効く飲み薬』だったようだ。
「……あの、小太郎くん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、ユリ。お前こそ大丈夫かよ? 首は? 傷とかついてないか?」
ユリが近づいてきたのに気付き、小太郎は彼女の首に手を当てて傷が無いか探ろうとしたのだが、ユリは一本釣りでもされたかのように影に引っ張られた。
「はいはい、あまり近付かない」
「あの小僧は今の所私たちの敵。そしてユリは捕虜だ。勝手に動かれると困るんだがな」
影を操ったのはどうやら冥月だったようだ。ユリはアウアウ言いながら陰にグルグル巻きにされ、なす術も無く釣り上げられた。
「な、なにすんだよ! 怪我の確認ぐらい良いだろうが」
「甘えるな、小僧。言っただろう、今は敵同士だ。そんな情けをかけてやる覚えはない」
師匠冥月にぴしゃりと言われて小太郎は口篭る。
その隣でリコがどうして良いやらわからず、オロオロと挙動不審に動き始めた。
「え、ええと、ええと、どういうことですか?」
「まぁ、黙って聞いてろ。……さて小太郎。お前はこの狐を守ると言うが、コイツが人食い狐だったらどうする?」
「そ、そんな、私、人間なんか食べませんよぅ」
「しぃー、静かに」
リコはシュラインに制されて口を閉じた。
その様子を見ながらも小太郎は答える。
「そんなわけないだろ! リコさんは人なんか食べない!」
「単純なお前がどうしてそう言い切れる? 騙されていない証拠でもあるのか? 狐は人を謀るぞ?」
「だから! 違うっつってんだろうが! 何言ってるんだよ、師匠も、あのトライエッジとか言うやつも!」
小太郎は頭をワシワシ掻いて反論する。
「さっきから狐、狐って、どう見たってリコさんは狐なんかじゃないじゃん! 人間だよ、人間!」
「……は?」
間の抜けた声を出したのは、問答の中心人物、リコだった。
その声に、小太郎が首を傾げる。
「え? そうだろ?」
「え、いや、違いますよ? 私はしっかり狐ですよ? 妖狐です。言ってませんでしたっけ?」
「……ま、またまた、冗談を」
「冗談じゃありません」
キッパリと否定され、小太郎は目を丸くした。
……どうやら小太郎は根本的に勘違いしていたらしい。
「え? だって……え?」
「まぁ、お前の馬鹿さ加減は嫌と言うほどわかったよ。少し甘く見ていたようだ」
冥月がため息をついて額を押さえる。その場に居たシュラインも魅月姫も苦笑いだ。
「では、コイツが狐だとわかったところで改めて尋ねよう。お前はどうする?」
「……困っていたら助けるさ」
「それが、お前が大嫌いな人殺しをした狐だとしてもか?」
「関係ないね。過去にそんな事をした人だとしても、今は赤い色は見えない。だったら良い人だろ」
小太郎の目には殺気や悪意は赤で映る。リコからはそれが見えないという。
ならば簡単だ。良い人なら助ける。単純明快、馬鹿一直線である。
それに、暗殺者の兄妹の前例もある。人を殺した兄を、それでも小太郎は助けようとしたのだ。
「まぁ、なんと言うか大体予想は出来た答えよね」
「それ以外の答えを知らないのか、と言うぐらい決まりきっていますからね」
答えを聞いたシュラインと魅月姫が交互に呟く。
それを聞いて武彦も呆れたように頷いていた。
そしてユリも苦笑している。
ああ、この人はやはりこういう人だ。だがそんなところも含めて惹かれる。
多少の嫉妬はあるが、でもやはり、そうでなくては。
「ていうか、いつまでユリを吊るし上げておくんだよ! そろそろ降ろしてやれよ!」
小太郎の声が自分を呼んだので、ユリは少し驚いた。今までずっとリコのことばかり見てきた彼が、今になってユリに関心を向けるとは。
「それは聞けないな。ユリは私たちを前に、健気にもお前の味方をすると言った。ならば私たちの敵であり、それを捕らえたなら立派な捕虜だ。利用しない手はあるまい? それにお前が守ると言ったのは狐だろう。ユリは関係あるまい?」
「関係ない事あるか! 言っただろうが! 困っている人が居れば助ける! それが知っている人ならなおさら、友達ならもっとだ」
「……小太郎くん」
ユリが小太郎を見て呟く。欲を言えばもう一声欲しかったが、今は友達でも我慢しよう。
微笑んでいるユリを見て、冥月も『まぁこの辺か』と息を抜いてユリを放る。
「うわ、っちょ!!」
慌ててユリを、小太郎が受け取った。
そのポーズが見事にお姫様抱っこ。それに気付いたユリは顔を赤らめて俯いた。小太郎の方はまったく気にしていないようだが。
「危ねぇだろうが! 人に向かって人を投げてはいけません!」
「弟子が師匠に説教するな。……とにかく、ユリはお前が守ってやれ。狐の方は私たちが預かる」
「そういうわけには行くか! やる事はちゃんとやりとおす!」
「だったら、ユリを守ってやるんだな。その件が終われば、こちらにも加担させてやろう」
未だお姫様抱っこの状態のままなので、かなり至近距離のユリの顔を見て、小太郎はそれ以上口を挟まなかった。
言われて見れば、ユリを助け出した時から続く彼女との縁。
そのユリすら、今回の件で死にそうな目にあわせてしまった。それは小太郎の判断ミスであり、力量不足だ。
それを悟り、小太郎は深く息をつく。今の自分に、同時に二人とも守るのは無理だ。
「ごめん、ユリ。恐い目に遭わせたな。でも、これからは俺が守るから。きっと、絶対」
「……うん」
少年の力強い瞳を見て、ユリは頷いた。
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「さて、奥様への報復はどうするかな」
嬉々として武彦が議題提起する。
「まだお抱えハンターが現れてないけど、ソイツを使っておびき出してみるって言うのはどうかしら?」
シュラインの意見に武彦が頷く。
「なるほど、まずは黒幕を表舞台に引きずり出す作戦か」
「そして、奥様の口から事の始終を話させて、事前に呼んでおいた依頼人の社長さんに聞いてもらうの。家庭内不和を呼びそうだけど、結局奥様がアレなら時期の問題よね」
「悪女の計画をぶち壊すだけでなく、その後の狐に対する活動も阻止する。ハンターを雇うにも金が要るから旦那と別れたら抱え続けるのも辛くなるだろうしな。なるほど良い作戦だ! 他には?」
武彦が首を他の二人に向けると、先に魅月姫が答える。
「依頼内容を違えているわけですから、単純に違約金を払わせて依頼を反故にするのはどうでしょう?」
「なるほど、相手の利を潰すだけでなく、こちらへの利も作るのか」
「しらばっくれるようでしたら、お抱えハンターなんかを捕らえて証拠にすれば折れるでしょう」
「タダ働きってのは痛いからな。逆に金をせしめるって言う意見はとてもとてもウェルカムだ! さぁ、次」
次に目を向けたのは冥月。
「リコに狐の姿で悪女を脅してもらったらどうだ。そうしたら狐を狩ることもしなくなろう」
「なるほど、トラウマを植えつけて精神的にいびる作戦か。えげつないなっ!」
「あ、でもそれ、ダメみたいよ?」
途中でシュラインが口を挟む。その横でリコも頷いていた。
「どうやらこの人、人間になるのが目的みたいで、この玉もその為に使うらしいの」
「そうなんですよぅ。今、人化を解くと転生がずぅっと後になっちゃうんですよぅ」
「……人化をお望みなんですか?」
魅月姫の問いにリコは力強く頷いて見せた。
「昔、とってもいい人にお世話になりまして、人間ってとても素晴らしい! って思ったんです。中には私を殺そうとするような恐い人も居るみたいですけど、それでも人間って良いですよね!」
「まぁ、そんなに良いモンだと思ったことは無いが、本人がそう思ってるんなら良いんじゃないか」
横槍を入れた武彦に、シュラインが小突いた。
それを聞いてリコも苦笑する。
「気付かないものですよ。灯台下暗しっていうじゃないですか」
「そんなもんかね……」
まぁ、本人が熱望しているのならば無理に止めることも無い。
人化転生でも何でもしてくれれば良い。
「あのトライエッジさんにもそのお手伝いを頼んでいたんです。時期が来たら私を殺してくれるように」
人化転生の方法が、輪廻に一度戻ってから人間に転生するらしいので、一度死なないとどうしようもないそうだ。
それも、特殊な方法と道具で殺さないといけないため、その儀式を行える人間も限られてくるそうだ。そしてリコが見つけた適任者がトライエッジだったのだ。
トライエッジは会社に狐が狙われている事を知り、リコを殺す上に報酬がもらえれば万々歳と考えたようだ。
勿論、その旨はリコにも伝えてあった。リコもそれを許したのだそうである。
「随分長い間、捜し歩いたんですよ。それでやっと見つけたんです。逃がしてなるものですか」
どうやら、今度は追う側と追われる側が逆転したようだ。
とは言え、トライエッジも約束を破るつもりはないと言っていたし、黙っていれば向こうから来る気がしないでもないが。
「まぁ、リコさんの話は置いておいて、奥様の話だけど……」
と、シュラインが話題を戻そうとした時だ。
「その前に、客のようだぞ」
「それも、手厚く歓迎しなくてはならないような上客ですね」
ふと袋小路の出口に現れたのは上着にバッヂをつけた見知らぬ男性。
肉付きが良く、身長もかなり高いその男は、どうやら奥様お抱えのハンターらしい。
どう見ても小物ではない。だが、武彦と冥月が向かった会議室では見なかった顔だ。
どうやら、この討伐隊には隠れて参加しているらしい。
……だが、彼に戦意は無いらしい。
「お前等とやりあうつもりは無い。俺の依頼人が死んだ。お前らも社長に呼ばれているぞ」
そう言って彼が指差す先には車が止まってあった。
乗れという事らしい。
一行は各々顔を見合わせ、まぁ、危険があれば返り討ち、と軽い気持ちでその車に乗り込んだ。
小太郎は、それを見送った。
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「ったく、壮絶に迷惑な話だったな」
次の日、興信所に戻ってきた武彦が呟いた。
思い返していたのだ。あの狐狩りの一件を。
呼び出されて聞かされた社長の話を掻い摘んで言うとこうだ。
夫人が妖狐の毛皮を欲しがっていたのは、実は社長も把握していた事らしい。
夫人の演技も見抜き、だがしかしそれに騙されたフリをしていたようだ。
その時にはもう、夫人は狐に魅入られており、どうしようもないほど狂っていたらしいのだ。
だが、社長の愛は夫人に注がれ続けた。
気が触れた様に毛皮を欲しがる夫人を見ているのは堪えられなかったが、かと言って自ら手を下すわけにも行かない。
悩んで悩んで、悩んだ結果、彼は天罰を待つ事にした。
狐を狩り続ける夫人のハンター。その内、善狐を狩ってしまう事もあるだろう。
そうなればきっとハンターの雇い主である夫人にも天罰が下る。その善狐の恨みか、それを従えていた稲荷の怒りか。彼にはどちらでも良かった。
そして、討伐隊がリコに目をつけた時、それが起きたのだ。
リコはどうやら稲荷に仕える善狐。その稲荷が怒って夫人に本当に呪いをかけたのだそうだ。
すると夫人はあっという間に衰弱し、まるで花火のように命を散らせてしまった。
社長は彼女の死の報を受け、喜び、そして泣いたと言う。
呼び出されて話を聞かされた後、依頼内容に嘘があった事、そして結果的に社長の願いが叶ったので謝礼金も含めて、それなりの金を受け取った。
その時の社長の顔は、最初見たときよりも痩せこけ、疲れ果てていた。
やはり、天罰は社長にも下ったようだった。
「結局、終わってみれば家庭内の問題を外にまで持ち出して第三者に解決させるっつーはた迷惑な依頼でしかなかったわけだ」
「でもそれでもお金が入ればそれで良いです」
武彦の愚痴に、しかし零は家計簿に久々の黒字が書き込めて多少嬉しそうだった。
「で、その後狐さんは何処へ行ったんですか?」
「あ? リコか? さぁな。俺たちにお礼を言ってどっか消えちまったよ。今頃何処をほっつき歩いているんだかわかったモンじゃない」
リコはあの事件の後、すぐにどこかへ消えていった。
その目的はやはりトライエッジに殺されるためだろうが、武彦達はそれを小太郎に教えなかった。
教えたならば、彼は散々喚き、また面倒事を増やすだけに違いないのだから。
「まぁ関係ないさ。アイツらはアイツらで上手くやるだろう」
そう言って窓の外を眺めながら武彦はタバコをふかす。
本当に、今回の件はただはた迷惑な話で、得られたものは金と―――
「俺は、何が出来るんだろうな」
―――屋上で呆ける少年の心に残る疑問だけだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマ様、シナリオに参加してくださり本当にありがとうございます! 『中二設定大好きっ!』ピコかめです。
関係ない話ですが、今回、ちょっと長くなりすぎたような気がします。
二話に収めるのは無謀だったのだろうか……?
小太郎への報いはやたら苦い薬で済ましておきましたが、あんなモンで大丈夫でしょうか?
何か、もう少しきついのをかましてやっても良かった気がしますね。
足りないようでしたら、また機会があればじっくりこってり絞ってやってください。
では、気が向きましたらまたよろしくお願いします!
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