|
A doll of blue eyes --- Act.1---
―――その日、屍月 鎖姫(しづき さき)は夢を見た。
『……お願い………を…探して………お願い…』
それは、少女の泣き声。
『もう一度だけ……もう一度だけ、会いたいの…』
それは、おそらく少女の切なる願い。
まるで自分に言ってきているかのように、何度も何度も繰り返す。
『探して』『会いたい』と…。
「―――君は、誰?」
声は確かに聞こえるのに、不思議と声の主の姿が見えない。鎖姫は辺りをゆっくりと見回し、耳を澄ませて声の聞こえる方へと視線を投げた。
「そこに、いるのかな?」
視線を投げかけ、そのままジッと何もない空間をただ見つめる。
次に声が聞こえてきた時は、声の主である少女の姿も見てとれた。
金の髪をもった少女だ。声も表情も、悲しみに満ちている。
「…誰に会いたいのかな?話、聞くだけ聞くけど」
何度目かの訴えで姿を見せた少女に、鎖姫はそう質問した。だが、返ってくる言葉は同じ。
少女の瞳に自分は映っていないように思える。
―――いや、実際に写っていないのだろう。
少女は少しだって自分を見てこない。
少女の瞳には、自分は映っていないのだ。
『お願い………お願い…』
泣きながら訴える少女の姿を、鎖姫はただ見ている事しかできなかった………。
「…夢…?」
―――夢を見た。
金の髪の少女の泣く姿。
悲しげな声と切なる願い。
「面白い夢。あぁ、それとも現実なのかな。誰かの思いってやつ?」
人の思いというものは、とても不思議なものだ。形がある訳でもないのに、思いというものは心に残る。どんな思いでも、強ければ強いほど心に残る。夢の中のあの少女の思いも、とても強いものだった。少女にとって鎖姫は赤の他人。鎖姫にとっても少女は赤の他人のはずが、少女のその思いが鎖姫に夢を見せるくらい、強い。
「…会いたい、ね」
それが、あの少女の思い。
「その思いが本物なら、協力しなくもないけど?」
一人、鎖姫は静かにそう呟くと、口元を少しだけ緩ませて小さく笑った。そしてベッドから出ると出掛ける準備をし始め、準備が整うと部屋を後にした。
どこに行けば良いのかなんて、分からない。けれど、足は勝手に進んでくれる。きっと、本能がそう仕向けているのだ。
そこに行かなければならないと、そう仕向けている。
―――足は、草間興信所へ向かっていた。
■■■
「こんにちは。ドアくらい、閉めた方が良いと思うけど?」
草間興信所・入り口前。鎖姫は開け放たれていたドアに寄りかかり、意味を成さないと知りながらも、ドアの内側を二度ほどノックしてみる。
「すみません!気が付きませんでした」
鎖姫のその声とノックに反応し、すぐさま草間興信所の見習い探偵―――草間 零が申し訳なさそうにして駆け寄り、鎖姫を中へと招き入れた。
「兄さんに用事ですか?でしたら、少し待って頂けますか?」
「あぁ、僕よりも先に来た人かな」
「はい」
零の言葉に、鎖姫はソファーに座る草間 武彦を見た。次いで向かい合わせのソファーに座る一人の少年を視界に入れる。どうやら、あの少年は武彦に何かを依頼しているようだ。その少年の肩にはアンティーク人形ほどの大きさの女の子が、ちょこんと座っている。武彦だったら間違いなく突っ込むだろうその女の子を、気が付いていないのか女の子を見ようとしていない。零も「可愛いです」などと言いそうな感じがするのに、やはり女の子を見ようとしていない。
(…変なの。まぁ、そんな女の子を肩に乗せてるあの子も変だけどね)
本当は気が付いていて、けれども少年の事を思って口に出さないだけなのか、それとも本当に見えていないのか…もし後者なのだとすれば、あの女の子は一体…?
(あれ…何処かで似たような事があったような気がする)
武彦の目にも零の目にも、あの女の子は映っていないのかもしれない。…どこかで、それた似たような事を経験した気がする。それも、ごく最近に。
(あぁ…そういえば、あの夢もそうだったね)
夢の中の少女の目には自分は映っていなかった―――そう、今朝方に見たあの夢と似ているのだ。状況は少し違うけれど、人も違うけれど、あの二人には見えていないのかもしれないのではなく、確かに見えていないのだ。それに、あの女の子は…
(……もしかして、あの子がそうなのかな?)
あの女のこと、夢の中の少女は似ている。雰囲気が同じだ。
「ねぇ」
そう思ったところで、鎖姫は行動に出た。
あの女の子が本当に夢の中の少女なのかを、確かめなければならない。
「ちょっと良いかな?君のその肩に座ってる女の子、君の知り合い?」
鎖姫は武彦と少年の話に割って入ると、少年の肩に座る女の子を指差した。
『ちょっと!人に指差さないで……って、あんた、私が見えるのっ?!』
「うん。見えてるねぇ」
「…本当に、こいつが見えてるんですか?」
「見えてるよ。僕、こんな事で嘘なんかつかないから」
「あ、いえ…今までオレ以外には見えなかったから驚いたんです」
「そ」
鎖姫はニコリと小さく笑い、断りもなしに少年の隣に座った。急に話しかけられた少年も肩の女の子も、ついでに武彦も零も未だ驚いた顔で言葉を口にしない。
何と言っていいものか、思い浮かばないのだろう。
「僕は屍月 鎖姫。君は?」
少年の隣に座った鎖姫は、話を進めるためにも自ら名乗ったすぐに自分が聞かれているのだと気が付いた少年は、ハッとしたように返事をする。
「オレは藤城 春也(ふじしろ はるや)です」
「春也ちゃんかー。じゃ、そっちの女の子は?」
『私はミシェルよ。ミシェル・クラーム。…あんた、本当に私の姿が見えてるのね。ビックリだわ』
「僕は君の姿が見えていない武彦ちゃん達にビックリだけどね、ミシェルちゃん?」
鎖姫はミシェルに視線を合わせると、続けた。
「ところでミシェルちゃん。君、会いたい人がいるんじゃない?」
『!』
「あ、正解みたいだね」
『あんた…あんた、何か知ってるのっ?!レンがどこにいるのか、知ってるのっ!!?』
思わず、ミシェルは春也の肩から飛び降りて、鎖姫の目の前まで飛んできた。だが、次に返ってきた鎖姫の言葉はミシェルの期待通りの言葉ではなく…
「僕は何も知らないよ」
『…なんだ…知らないの……そう』
「―――ただ、」
『?』
「ただ、君のその思いが本物なら、協力してあげようかなって」
再び驚きの表情をするミシェル達に、鎖姫は夢の事を話した。
今、自分の目の前にいるミシェルが夢の中で自分に『探して』『会いたい』と言ってきたのだと、ごく簡単にそう話すと、ミシェルは苦笑しながら『そっか』と呟く。
『私、他人の夢の中にまで出てきちゃったんだ』
「ミシェル…。……屍月さん、でしたよね?…屍月さんさえ良ければ、一緒に聞いて下さい」
「今から草間さんに話そうとしていた事です」と、春也はそう続けて鎖姫の答えを待った。鎖姫は「もちろん」と答える代わりに首を縦に振り、座りなおして足を組むと話を聞く体制に入った。
「あんたはそれで良いのか?聞いたところによると、あんたらは今初めて会ったみたいだが?」
「構いません。ミシェルの姿が見えている人ですから、何かあるかもしれないと、そう思いますから」
先ほどまで武彦が春也から聞かされていたのは、ある物を探し出してほしいという事と、自分以外には姿が見えないという女の子が探し物に深く関わっているという事だけ。何を探してほしいのか、探したい理由は何か、そういう事は一切聞いていない。これから話すという時に鎖姫が割って入ってきたのだ。
「なら良いが…。…確か、探してほしいものがあると言っていたな?」
「はい。探してほしいのは―――一体の人形です。…草間さんは、『青い目の人形』をご存知ですか?」
「青い目をした人形か?そんなの探せばどこにでもあるだろう」
「そうではなく、アメリカから日本に贈られた人形の事です」
―――『青い目の人形』…それは、1927年にシドニー・ギューリック氏が冷めていく母国のアメリカと日本の関係を心配し、両国民の気持ちの橋渡しができないかと提案したもので、『人形計画』とも呼ばれている。現存する記録によれば、実に1万2700体もの青い目の人形がアメリカから日本に贈られ、日本からもそのお返しにと58体の三折り人形が贈られたのだが…14年後、不幸な事に両国は戦争を起こしてしまう。それぞれが贈りあった人形は、戦火や様々な理由で失われてしまい、戦後、確認された人形はアメリカ側が約30体、日本側が約200体のみ。
「草間さんにはミシェルの姿は見えないでしょうが…ミシェルは、その青い目の人形の一つです」
「その本体を俺に探せと?」
「いえ、ミシェルの本体はオレの家に保管されています。草間さんに探してほしいのは…ミシェルと共に日本に贈られた、日本人の容姿をした人形です」
「そりゃまた変な話だな。日本に贈られたのは青い目の人形なんだろう?それがどうして日本人の容姿なんだ?」
武彦の言う通りだ。贈られた人形は金の髪に青い瞳。それが、どうして日本人の容姿をした人形まで一緒に贈られたのだろう?それでは「青い目の人形」という言葉は間違っているのではないか。
「…その人形を作ったのが日本人だったんです。そして、ミシェルとその人形は同時に作られた恋人同士。二体で一つの人形なんです」
『―――お願い、レンを探して!お願いっ…!レンに、もう一度会いたいのっ!!』
武彦に姿は見えていないはずなのに、声だって届いていないはずなのに、ミシェルはそれでも構わないと必死になって叫んだ。
(……この思い、本物だね)
満足気に、鎖姫は笑った。
ミシェルの思いは本物だ。なら、最初の言葉通り自分はミシェルに協力しよう。
会いたいという、その思いの為に。
「春也ちゃん。その人形の情報、詳しく話してくれる?協力するからには、基本的な事を知っておいた方が良いからね」
『!協力してくれるのっ?!』
「君の思い、本物みたいだからね」
『〜〜っ、有難うっ!!』
嬉しかった。協力してくれるという言葉もそうだが、何よりも自分のこの思いが他人にも伝わるくらいには強いものなのだと言われて…嬉しかった。
「協力者ができたみたいだな。じゃ、俺もその人形の詳しい話を聞かせてもらおうか」
タバコに火を付けながら、武彦はペンと手帳を取り出した。
「はい。その人形の名前はレン。製作者の名前もレンです。『青い目の人形計画』で、ミシェルと共に日本に贈られてきた人形です。髪色も瞳も黒、典型的な日本人の容姿で…」
「で?」
「…これしか、情報がありません」
「やけに少ない情報だな…ま、やってみるだけやってみるさ。確実に見つけられる保証はしないが、引き受けた」
「有難うございます。宜しくお願いします」
■■■
「それにしても、キミ、なかなか凄いね」
草間興信所前。
用事を済ませた鎖姫達は外に出たのだが、外に出たと思ったら唐突に鎖姫が言った。
『は?誰が?春也が?』
「違うよ。春也ちゃんじゃなくて、ミシェルちゃん。夢の中のキミは弱々しい声で、今にも消えてしまいそうだった。なのに、この僕に思いを託すなんて」
ミシェルの思いが強いのだという事は分かっていたが、改めて考えさせられる。確かに消え入りそうな声だった。悲しみに満ちていた。けれども思いは伝わってきた…だから、自分はココにいる。
「僕はあの子への思いで満たされてると思ってたのにな。これだけの時が経っちゃうと、流石に薄れたって言われても仕方ないかな。それとも…キミの思いが僕と同じだからかな。会いたい、って。あんまりにも単純だから、際限なく募っちゃう」
『…?鎖姫にも誰か会いたい人がいるの?』
「まぁ、ね。けど、なかなか上手く行かない。…難しいね。ホントに」
『その人…鎖姫の恋人…?』
「…さぁ?」
『…そう。…―――レンはね、私の恋人なの。本当の恋人』
「へぇ」
どこにいるかも分からない、会えるかも分からない―――あの子。あの子を思ってミシェルから視線を外せば、何かを感じ取ったミシェルは春也が武彦に話していなかった事実を口にしていた。
『レンはね、私の為にお互いの姿にそっくりな人形を作ってくれたの』
人形の製作者と人形を贈られた者は恋人同士で、作られた人形もまた恋人同士だった。
二人で一人、二体で一つ。
そんな関係だったが…
『…私もレンも、愛し合っていたのに…っ!』
二人は引き離され、それから暫くして二体も引き離されてしまった。
「そう。……やっぱり強いよ、ミシェルちゃんの思いは。僕の、あの子への思いと同じだ」
「あぁっ!二人とも見つけたっ!!」
辺りはしんみりした雰囲気だった。決して暗くはなく、けれども明るすぎない雰囲気だったはずが…突然聞こえてきた誰かのその一声で、この場の雰囲気はぶち壊されてしまった。
「?」
怒るつもりなんて全くないが…はて、この声はどこから聞こえてきたのだろう?鎖姫は辺りを見回してみるが、声の持ち主らしき人物は見当たらない。
「しかも女の子と一緒にいる〜っ!」
もう一度聞こえてきた声は頭上から投げかけられたような気がして…
「あぁ、なんだ。ただの天使」
ポツリ、そう呟いた。
天使という存在自体、「ただの」という言葉で終わらせられないものだが、特にこれといって関心が持てなかったので気のせいだと思うようにする。関係ないのだと、そう思っていたのだが、その天使は嬉しそうに春也とミシェルに話しかけているではないか。
「この子って、ハルくんのお友達?」
「リューイか。…まぁ、似たようなものだ」
「ね、この子って私の姿見えてるかな??綺麗な男の子ー!」
どうやら春也の知り合いらしい。急な天使の登場に驚かないあたり、この天使はいつも突然現れるのだろう。ミシェルも動じていない。それにしても……やけにテンションの高い天使である。天使は春也の隣にいた鎖姫を見つけると、目を輝かせていた。
「それはどうも。僕は屍月 鎖姫。君は?」
「うわ、私が見えてるんだね!凄ーい!私はね、リューイって言うの。よろしくね!」
「リューイ、屍月さんにはミシェルの姿が見えている。…レン探し、彼も協力してくれるらしい」
「そうなの?そっかー。鎖姫ちゃんも手伝ってくれるんだね!ありがと!」
(……?)
ふと、春也の言葉に疑問が浮かんだ。
レン探しに協力するとは言ったが、春也とミシェルがレン探しをしている事をリューイも知っているのだろうか?リューイの口振りからはそうとれる。
「リューイちゃんも探してるんだ?レンって人形」
「直接的には手伝えないけど、まぁ、一緒にいる事は多いよー。私ね、神様の命令で人間界に降りてきてるの」
リューイが言うには、昇天してこないミシェルの魂を神様が気にしてリューイを監視役につけたらしい。ミシェルが昇天できないのはレンが関わっているのだろう。それは容易に想像できる。実際、その通りらしく、神様が定めた期間内にミシェルの魂が消滅してしまわないように、そして期間内にレンを見つけられなかったら強制昇天させる為にリューイは降りてきたのだと、分かりやすく説明してくれた。
(…期限つき、ね…)
「……鎖姫ちゃんは、気付くかな?」
チラリと、リューイは何処かを見やって小さな声で呟く。春也にすら聞こえない位、小さな声で。
リューイの視線の先には…影が、ある。それは人間の人影で、それは先程からこちらの様子を窺っていて……でも、ただそれだけの影だ。
「さて、じゃあ…今日はこれで帰ろうかな。何かあったら連絡してくれても良いから」
言って、鎖姫は春也に連絡先が書かれたメモを渡すと片手をあげた。
「また」
『えぇ!またね、鎖姫!』
「鎖姫ちゃん帰っちゃうの?バイバーイ!」
「…またな」
それぞれ分かれの言葉を告げると、鎖姫は背中を向けてこの場から立ち去った。
「協力者の登場…ね。……妙な気配のする子だ。…あの子はどんな事をしてくれるのやら」
影が動いた。
その影は鎖姫とは反対方向に向かいながら呟く。
「最後まで、見届けさせてもらいますよ」
そう言って―――影は消えた。
物語が歩き始めた。
一人の青年が加わった事で、物語は確実に一歩を進んだのだ。
―――全ては、始まったばかり……
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
PC
≪2562・屍月 鎖姫(しづき さき)・920歳・鍵師≫
NPC
≪藤城 春也(ふじしろ はるや)・男・17歳・学生≫
≪ミシェル=クラーム・女・永遠の17歳・魂だけの存在、霊体≫
≪リューイ・女・18歳・天使≫
≪見届ける者(みとどけるもの)・24歳・≫
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
初めまして!朝比奈 廻です。この度はご参加有難うございました!
意地悪っぽい感じがしつつも、どことなく優しさが感じられるプレイングでした!屍月さんの事、書いてて楽しかったです。イメージと違うようでしたら遠慮なくおっしゃって下さいね。
では、有難うございました!楽しんで頂けましたのならば幸いです。次回がありましたら、どうぞ宜しくお願いします。
朝比奈 廻
|
|
|