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振り返れば…
ねぇ
背後から声がして振り返った瞬間、目が眩むほどの閃光が辺りを包む。
チカチカする目をこすりながら、周囲を見合す貴方。
そこはあたり一面に満開の桜が咲き誇る空間。
小川のせせらぎや、メジロの鳴き声はするものの、どちらを向いても出口らしきものはない。
あるのは桜。
まさに桜の森。
「―――アンタもか…」
背後からいきなり声がしたかと思えば、そこにいたのは草間と人形工房の着付師・翡翠。
そしてその格好を見て、唖然とした。
草間は巫女装束に似た格好で三方を持ち、翡翠は十二単を纏っている。
両者は間違いなく男なのに。
「…どうやらそれぞれの格好から察するに、雛人形の配役のようです。しかもあちらには宴の準備が…」
状況から察するに、雛人形のコスプレをして宴をしろと。
誰が。
何の為に。
「いろいろと試してもみたのですが、何の効果もなく…ですので、ここは一つ見えざる主催者の意向に沿ってみるのはどうかと」
なんだか妙な話になってきた。
さぁ、貴方はどう動く?
===============================================================
■
さて、世はひな祭りだというのに妙なことに巻き込まれた十一人の男女。
あたり一面桜だらけの閉じた空間で、彼らは強制的に衣装を纏わされ、まるで箱庭に置かれた人形のように宴に興じる破目になってしまった。
「リアルひな祭りだ♪」
楽しそうに自らの衣装をひらりと靡かせる久良木・アゲハ(くらき・あげは)は三人官女姿。
「草間さん…マジ?…」
草間やアゲハと同じく三人官女姿の氷室・浩介(ひむろ・こうすけ)は、草間の姿にも自分の姿にも唖然としていた。
「………」
黙ってそっぽ向いたまま、草間は一言も話さない。煙草でもあれば多少は気も紛れたのだろうが、生憎一式はいつものジャケットの中だ。
ヤンキー座りでぶすくれている草間に、お内裏様姿の蕨野・ビワ(わらびの・びわ)が近寄り、持ち前の水晶玉をかざして、草間や翡翠の記憶を水晶玉に映し、周囲の景色がどうなっているのか調べてみるも、それぞれの日常から突然ここの空間に文字通り移動したようで、これがまやかしではなくまったく別の空間であるという事しか把握できなかった。
ふむ………と水晶玉を見つめて暫し考えるも、どうやらすぐには抜け出せないようだと眉を寄せる。
何か分かったかと問われるが、ビワは首を横に振る。だがそれだけにしておけばいいのについ、似合ってますよ………と草間に囁く。
それがストレートに草間の自尊心を傷つけたことは、他の者には押して知れた。
「ん〜…五人囃子は居ないのねぇ。桃じゃなくて桜…なんだかぼんぼりの中な気分」
その姿からして右大臣だろう格好をしたシュライン・エマは、周囲の状況をぐるりと見渡し、首をかしげる。
草間の女装姿に微妙な気分になりながらも、袴姿な分マシだが、本人が一番不本意だろうと分かっているので、あえて何も言わないでいる。
「強制的にか…仕事は終わらせてたからいいけどね。てかてっきりこの空間に招待されて衣装をそれぞれで選んでるんだと思った」
「ンな訳あるかっ」
右大臣姿なのであろう法条・風槻(のりなが・ふつき)も、シュラインと同じく五人囃子の衣装が居ないことに気づく。
「…何か意味があってかな。あたしは楽器弾けないからいいんだけど」
先に居た草間と翡翠。そして自分を含む巻き込まれた九人。
お内裏様、お雛様、三人官女、右大臣、左大臣、衛士。
それぞれ順に二人、二人、三人、二人、一人、一人…
バランスの悪いことこの上ない。
五人囃子がいないことといい、配役に偏りがあることといい、何か理由があるのだろうか。
「タダ酒だしな、飲まねえと損だって。…でも何で男女逆になってんだろな?それに桃の節句じゃなくて桜だし…あー、今年暖冬だからか?」
浩介の指摘どおり、確かにそういう気候ではあるが、それとは多分違うだろう。
「そうだ、テレビで見たけど、三人官女の真ん中って人妻なんだよな」
笑い混じりに草間に向かって言う浩介。だが、浩介の指摘には一部誤りがある。
「男女必ずしも逆って訳じゃないみたいですよ?私は三人官女ですし、啓斗君は衛士、北斗君はお内裏様、セレスティさんも左大臣」
アゲハの指摘に、改めてそれぞれを観察する浩介は、とんだ勘違いだと苦笑した。
「…俺の場合あながち間違いでもないけどな…」
誰に聞こえるでもなくポツリと呟いた守崎・啓斗(もりさき・けいと)彼がそう呟くその事情を知る者は少ない。
暗い表情の兄を見て、この時期は一番不安定になる事を知っている守崎・北斗(もりさき・ほくと)は、一応見張っておかなければと兄の行動をそれとなく見つめている。
「…てか…これどうなってんだ?」
ここに現れたその時には既に直衣姿だった北斗だが、さてこれを脱いだり着たりするにはどうしたらいいんだろうかと、状況の打破よりも先にそんなことを考えている。
そしてまた一人。
草間や啓斗同様、ぶすくれた顔の者が居る。
まぁ、その心情もわからなくもないが。
「〜〜〜〜〜〜……」
十二単姿で仁王立ちしながら、その衣装の重みに必死で耐えているのは菊坂・静(きっさか・しずか)。
これならばいっそのこと三人官女のほうがまだマシだと本人は思っている。
だが周囲からすれば可愛らしく実によく似合っているのでこれといった違和感を感じないのが本音だ。
「大丈夫ですか?」
恥ずかしさと衣装の重さに耐えるように立ち尽くす静に、同じくお雛様姿の翡翠が様子を伺う。
こちらは大して苦労している様子はない。さすが…と言っていいものかどうか判断に悩む所ではあるが。
「あ…翡翠さん…」
自分と同じ格好をした人が居たことで、少しばかりホッとしたのかしかめっ面がふにゃっと崩れる。
「翡翠さんまで被害に…」
そして悲しいのが混ざってウルッと泣きそうな顔になった。
「…条件は私も含め皆さん一緒ですから、ここから出る方法を考えましょう。ね?」
宥めるように頭を撫でると、泣くのを我慢するように下唇をかみ締める静。
「まぁ、雛人形のコスプレをして…という事は、そのコスプレをしている姿を見に来る方が居るということだと思いますので、向こうから接触してくるまで宴を堪能しては如何でしょうか?」
左大臣姿のセレスティ・カーニンガムはさも当然のように宴の席に足を進める。
「とりあえず立ち話も何だし、いったん席について状況を纏めてみようか」
セレスティに続いて風槻も宴の席につき、普段の生活での癖であろう携帯を取ろうといつもの感覚でポケットに手を持っていくが、今の自分の姿を思い出し、あるわけないなと手を引っ込めようとした。
「…?」
懐に違和感が。
恐る恐る手を突っ込んでみると、そこには日頃愛用している風槻の携帯があった。
「どういうこと?」
先ほどまで懐には何も入っていなかった。
何かが入っているという違和感を感じなかったのに。
中のデータを確認しても、それは風槻の携帯に間違いない。
「…身近なもの…持っていたものなら呼べる?」
そんな考えがよぎる。
だが、自らの服が現れるでもない。
ビワが持っていた水晶玉も、彼女の普段の生活や能力に強く関わるものだからこそ、当たり前のように持っていたのだろうか。
「……とはいっても、圏外か」
外部との連絡がつかない以上、この世界にいる自分たちで何とかしなければならない。
そう考えつつも風槻は他の機能は使えるかな、と、撮影モードに切り替えて草間をこっそり激写してみる。
どうやら通信機能以外は使用可能なようだ。
「それにしても、雛人形のコスプレってことは…翡翠さんのお仕事関連なのかしら。五人囃子だけ残った、もしくは無い雛祭のお人形とか心当たりあります?」
シュラインの問いに暫し記憶を反芻する翡翠だが、工房や自分が関わっている案件で該当するものは無いと答える。
「…しかし、その線はあるかもしれませんね。五人囃子だけ残った…もしくは無い雛祭だったか…」
「皆のこの姿は、人形に入り込んだか、入れ替わったかした姿…ってのも考えられるかなぁと」
だがビワの水晶玉や突然現れた風槻の携帯によって、その線はないように思えた。
「と〜りあえず、見えない主催者の意向に沿ってみるのも一つじゃね?ほら、あんな風に宴の用意もしてあるしさ」
浩介の提案ももっともだが、化かされているとしてあの宴の料理や酒がまやかしかもしれないとつい勘ぐってしまう。
「量は少ないですし、見栄えも無骨なものですが…本物のように思えますねぇ」
セレスティは並べられている料理をしげしげと見つめる。
化かすというなら形こそ豪華絢爛であるのがセオリーというもの。
内容的には一般家庭でのささやかな雛祭の祝い料理のように見える。
それもまるで子供が手伝ったかのような。
「雛壇があるわけじゃあないけれど、せっかくだし段の順番で並んでみる?」
雛祭を再現しようとしているなら、そうしてみるのも手だろうと、シュラインの提案に一同は頷く。
お内裏さまとお雛様は二組居るわけだが、とりあえずそれぞれの役柄の配置に並んでみた。
「………何も起こらない…か」
「ん〜…何がしたいのかわからないわねぇ…」
ため息をつく草間とシュライン。
状況を打破するべく色々考えるが、どれも状況に変化はなく、唸りながら黙り込んでしまう。
そんな中でもマイペース…というか素直に宴を楽しもうとしているのはアゲハとビワだ。
「色々凄いけど楽しいねぇ、服も可愛いし、お料理も何だか落ち着く味だし。なにより私の家の宴会とは違ってすっごい平和だし〜」
菱餅とか雛あられとか白酒とかお菓子とか、いつもと違うものを平和に食べられるのが嬉しいと、アゲハはニコニコしながら宴の席についている。
だがそれも普段の彼女のテンションから見れば少し浮かれているように見えた。
動きこそ普段と変わらないのだが、テンションが非常に高い。
「アゲハちゃん…まさか酔ってる?」
アゲハの手にはおとそが。
「酔ってないですよ〜」
シュラインの声に、くるりと振り返った彼女の瞳はらんらんと輝いている。
やはり酔っ払っているようだ。
「…へべれけになってるわけじゃねーけど、これじゃ判断力はまともじゃねーかな」
苦笑する北斗。
「とにかく、見えざる主催者の意向に沿って宴を楽しむべきなんだろうが、それでいつ出れるという保障もないわけだし、俺はその辺を探索してくる」
そういって啓斗は舞い散る桜の花弁にできるだけ触れないよう避けつつ宴の席から離れていってしまった。
「てことで宴も楽しそうなんだけど俺ぁ兄貴と「出口探索あーんど主催者も宴に混ざりやがれこん畜生作戦」を敢行しようと思うわけ。主催者見つけたら連れてくるんで俺と兄貴の飯、残しといてくれな?」
そういって北斗も啓斗の後を追った。
■
「これ美味しいですね…………」
日頃の貧乏生活を忘れるためにも、水晶玉に皆のコスプレ姿を映したり料理を食べたりと宴を堪能するビワ。
同様に飲み食いしつつ、この世界に紛れ込む直前のことなどを思い出し、考える浩介。
「…ねぇ、って声かけられて…気づいたらここにいてこんな格好してたんだよなぁ。主催者は女性か女の子か?」
「僕達…この格好のまま帰ったり…しないですよね?…お酒でも飲んで何もかも忘れたいです…」
半ばやけになりつつ白酒をあおる静。
お雛様姿の自棄酒というのは何とも微妙である。
その様子を見つつ苦笑する翡翠は、ある程度のところまでいったら止めに入ろうと、静の様子を見ている。
「雛祭は桃を飾っていますが、ここは桜が咲いているのですね。桃源郷なのでしょうか」
頭上に咲き誇る桜を見上げ、花見と白酒を堪能しているセレスティ。
「そうそう。さっきも思ったんだけど、桃の節句なのに満開の桜ってのが妙なのよね」
「あたしは雛祭って祝ったことがないから具体的にはわからないんだけどね。雛壇の飾られるのが橘と桃ってのは知ってるけども」
シュラインと風槻も雛人形のコスプレをしている自分たちと、この満開の桜の空間に違和感を覚える。
季節的にはかぶらない事も無いのだが、それでも文字通りの桃の節句であるはずなのに。
「………ん?」
視界の端で何か小さなものが動いた。
浩介は肩越しに振り返るも、そこには何の姿もない。
気のせいだろうか、とも思ったが、それにしてはタイミングが良すぎるような気がした。
セレスティとシュラインと風槻の三人が桃の節句なのに桜なんて…という話題に集中すると同時に出てきたような気がしたのだ。
「……もしかして…主催者は人形だったりして?」
それならば声をかけてきたのは女の子?
酒を飲みつつ自分たちを見つめるものの気配に視線を配る。
■
一方、主催者を見つけようと宴の席から遠ざかり舞い散る桜の中を歩き回る啓斗と北斗。
「…………こうあたり一面薄紅色なのは…落ち着かないな…」
衛士姿とはいえ、慣れない格好ゆえに重く感じる。
これで優雅に立ち振る舞えと言われても相当体力を消耗すると思う。
溜息交じりに歩き続け、周囲に目をやるも、桜と舞い散る花弁以外何もない。
時折、自分たちを見つけも何ものかの気配を感じるも、近いようで遠く、居所を掴みきれない状態だ。
「…そろそろ本気で脱出したい…」
息切れしたわけではないのだが、延々と続く桜ばかりの世界に辟易したのだろう。
桜の木の根元にへたり込み、俯いたままポツリと呟く。
「ストレートに考えるなら主催者は土の中…なんだが……それほど質の悪い主催者と言う感じはしないな…何処に…いるんだか」
ジッとしているとすぐに頭や肩に花びらが積もり、遠目には花びらに埋まっているように見える。
北斗は苦笑交じりに啓斗に駆け寄る。
「あーにーきー雪山でもない所で遭難すんなよな〜。…雛人形に雛遊びされてるって考えりゃまぁこれも微笑ましいんじゃん?」
腕を引いて一先ず皆のところに戻ろうと促す北斗。
「……それが永遠に続かなけりゃいいがな…」
また、溜息一つ。
宴が終了するまでに何の変化も無いようならその時皆で何とかしよう。
北斗はそう兄に語りかけた。
■
「料理残ってる――――!?」
「あら、お帰りなさい。そっちは何か収穫あった?」
シュラインが北斗の要望通り取り置きしておいた料理を差し出すと、北斗は満面の笑顔で礼を言う。
わざわざ北斗の為に…と恭しく礼をするも、啓斗の表情は暗い。
「こっちは何も…というか、こっちはって聞くってことは…宴の席では何か変化が?」
「氷室君がね。ちょっと妙な気配に気づいたみたいなの」
「妙な気配…?」
浩介曰く、酒を呑んでいたら視界の端に小さな何かが動いたのが見えたという。
「それも、桃の節句なのに桜って話をしてた時に、な」
「何かまずかったのかな?」
料理には余り手をつけず、酒主体の風槻は飲みながら周囲を観察する。
「桃の節句なのに桜」
あえて強調して声を張り上げてみる。
途端、桜がざわついた。
「――やっぱりそこに何かあるのか?」
草間を含む六人の視線が桜に向けられる。
「きゃ――――――ッ何これ何これ!?」
桜に集中していた一同は驚いて視線を悲鳴のした方へむける。
悲鳴をあげたのはアゲハだった。
しかし…
「……なんだぁ?それ…」
「…悲鳴…じゃなくて黄色い声?」
この面子の中では一番アゲハの身内に近い啓斗と北斗は、アゲハ自身に何かあったわけではないと瞬時に判断してホッとしたようだ。
「アゲハちゃん何それ…」
「―――人形?」
アゲハが笑いながら振り回すその物体に、シュラインと風槻は目を凝らしてみようとする。
「久良木さんストーップ!」
浩介がアゲハの腕を掴もうとすると、するりとかわして腕を高々と上げる。
「駄目ですよーあげませーん」
「いや別にいらないし!振り回さずに見せてくれって言ってんの」
「見つけたのは私です〜」
酔っ払いに理屈は通用しません。
しかも普通の酔っ払いと違い、動きは機敏だ。
「…五人囃子…………?」
料理をつまむ手を止めることなく、ビワはアゲハの手元を見つめる。
竜笛を持った一体の人形が、アゲハの手の中でじたばたともがいている。
「の、一人だね」
ムービーモードに切り替えてもがく五人囃子を撮影する風槻。
「…?何か喋ってる」
小さな声が聞こえたようで、シュラインが耳をそばだてると、確かに声がした。
(放してくりゃれ――――――)
(後生でおじゃる―――)
「…放してくれって言ってる。喋る人形?」
「マジッすか」
浩介も耳を澄まして人形の声を聞こうとする。
(皆の衆――――)
(緊急事態でおじゃる―――)
「―――マジで喋ってやがる」
こうして日本人形がじたばたと動いてしかも喋っているというのは、何処かで聞いたような話だが実際に目にすると何とも不気味なものだ。
「アナタが主催者ですか…」
「き、菊坂さん?」
ゆらりと立ち上がった静は重い衣装を引きずってアゲハの傍までやってきて人形を見据える。
何だか嫌な予感がした翡翠も後からやってきた。
「…………なんだって…」
まずい。
目が据わっている。
「菊坂さん酔っていらっしゃるようですね、ちょっと休みま…」
「こんな格好しなきゃならないんだああああああああああああああああああッ」
(ぎゃ―――――――)
アゲハの手を握るように人形に詰め寄ろうとする静。
当然人形を締めつける力は倍になる。
「菊坂さん落ち着いて!」
「菊坂くんちょっと待って!」
翡翠とシュラインが静を取り押さえようと慌てる。
「さすがにバラバラの生き人形は見たくないな…」
風槻はおとそと雛あられを持ってアゲハの前にちらつかせる。
「とりあえず人形は置いといてこっちで飲もうよ」
「は〜い♪」
以外にあっさりと人形を放り出し、風槻にお酌をしてもらうアゲハ。
人形と同じく、放してと暴れる酔っ払い二号な静を抑えながら、翡翠はよれよれになっている人形に話しかける。
「――貴方が、この宴の主催者ですか?」
(見つかってしまっては仕方がないでおじゃる)
(お察しの通り、此度の宴の主催は我ら五人でおじゃる)
一人が白状したかと思えば、桜の影から続々と他の四人の人形が姿を現した。
「……宴に強制召喚するだけじゃ飽き足らず、こんな格好までさせてどういうつもりだ?」
怒気をはらんだ声で人形を睨みつける啓斗を横で北斗は、まぁまぁと宥めようとする。
「五人囃子のひいな遊び…ですかね?」
それまで悠長に宴を堪能していたセレスティがここぞとばかりに人形達に問う。
(我らの遊興のためではないでおじゃる)
(姫様に満足していただく為でおじゃる)
(そうでおじゃる)
(姫様に雛祭を見せたかったのでおじゃる)
「姫様――…ってぇと何か。最初に俺らに声かけてきたのはそのお姫様ってことか?」
浩介の問いに五人囃子はかたりと首を前に倒す。
「そのお姫様は、人形じゃなくて人間なのね?」
自分たちの遊びの為ではないというのだがら、同じ雛壇の人形の望みでもないだろうと推測するシュライン。
(我らは姫様の嫁入り道具の一つでおじゃる)
(しかし…我らと道具だけが残り、他の皆はなくなってしまったのでおじゃる)
他の仲間が居なくなってしまったことと、持ち主を姫と呼んでいることから相当古い時代の、それこそ戦があった頃の人形なのだろう。
面立ちも今時の人形に比べて表情もややきつめに作られている。
「お姫様の為に雛祭をしてあげようとしたんですねッ 人形なのに忠義な話じゃないですかッ」
いきなり話に加わり、涙ながらにうんうんと頷き、同情するアゲハ…しかし酔っ払ったままである。
「じゃあ、桃の節句なのに桜なのは?」
シュラインの問いに人形達は急に口ごもる。
(……ひ、姫様が桜がいっぱいだと言ったのでおじゃる)
小さな声を更に小さくしてぼそぼそと呟く。
「つまり。白い桃の花をお姫様が桜だと勘違いしたと」
小さい子なら区別つきにくいだろうなぁと一人納得する浩介。
人形達は姫君の間違いを訂正するのはかわいそうだと思ったのだろう。
桃ではなく、満開の桜の園を構築したというわけだ。
「全てはお姫様の為に、ということでふか…………」
話しながらボリボリと雛あられを口にするビワ。
少々しんみりしたような瞬間でも、己の目的を忘れない。
「ところで、いつになれば解放してもらえるのかな」
仕事は片づけたばかりだとはいえ、次の仕事の連絡が入っているかもしれない風槻だが、できるだけ早くもとの世界へ帰りたい。
五人囃子は団子になってぼそぼそと話し合いを始める。
(どうするでおじゃる)
(どうもこうもないでおじゃる)
(姫様の為に雛壇を完成させるのでおじゃる)
(しかし明らかに多いし足りてないでおじゃる)
(姫様が雰囲気で配役を選んでるからでおじゃる)
「くぉら」
巻き舌気味に人形に凄む浩介。
人形達の会話に耳を欹てていると明らかに返す気がなさそうな内容だからだ。
「さっきの状況から見てもお前ら一時的にこういう空間作って衣装を変える事はできても戦うことはできねーんだろ?できるなら振り回された時に自分で何とかしてるモンな」
浩介の指摘にあからさまに動揺する五人囃子。
どうやら図星のようだ。
「まぁまぁ、せっかくこうして宴を用意してくれているのですから、要は隠れているそのお姫様が満足すればいいのですよね?」
左大臣姿のセレスティがそうのたまい、盃を浩介に差し出す。
「…満足するのかどうか微妙な所だがな…」
またもや溜息一つの啓斗。
「そうね…五人囃子の意図はどうであれ、まやかしではなく実際に料理まで用意してくれたわけだし、形としては宴のお招き。ゆったり宴を楽しんじゃいましょ。そのうちこっそりそのお姫様が混ざってるかもしれないし」
セレスティの言わんとするところを察したシュラインが苦笑交じりに皆に提案する。
「戻れないんですね……僕達を戻す気は無いんですね………ついでに人形に変えてしまおうってんですね――――ッ!!」
泣きながら一人突っ走って酒をあおる静に、もういいかげん止めた方がよいと判断した翡翠が静の盃を取り上げる。
「こうなったら皆で大いに盛り上がりましょう!天岩戸作戦ですよ!」
静とは対照的に熱血っぷりを見せ、至極明るく楽しく振舞うアゲハ。
共通点としては二人ともひどく酔っ払っているということだが。
「確かに…………皆で楽しそうにしていれば………顔を出すかもしれませんね………」
ビワもその意見に賛成のようだ。
「ま、結局それが帰るのには一番の近道なのかもね。というわけで白酒切れたので追加もらえる?」
先ほどから飲みまくっているのだがまったく酔った様子がない風槻。
そんな風槻の手から器を受け取りどこかへ消える五人囃子のつつみ役。
(…酒豪でおじゃる)
(どうするでおじゃるか)
(人の思考は人が一番分かると思うでおじゃる)
(言うとおりにしてみるでおじゃる)
(持ってきたでおじゃる〜)
「そうと決まればほら、お前ら五人囃子なんだろ?せっかくの宴の席に音楽もなしじゃ面白くないじゃん?」
北斗はにんまりと笑い、五人囃子を宴の中央に入れる。
人形達はしぶしぶ演奏を始めた。
こんな小さな人形が奏でる音色なのにその響きは能楽堂で雅楽を聞いているかのように、体の中に深く響いてくる。
「すごいすごい」
目を輝かせながら拍手を送るアゲハは実に楽しそうだ。
彼女自身酔っ払ってるとはいえ、これほど平和な宴の席など初めてと言ってもいいかもしれない。
何せ彼女の家柄からして世間の行事一つとっても一癖も二癖もある場合が殆どだからだ。
「さ、一献」
そういってぶすくれたままの草間に盃を持たせ、酒を注ぐシュラインは楽しそうにしないと、と笑い混じりに囁く。
「〜〜〜…」
腹を決めたようで、注がれた酒をグイッと一気に飲み干し、大声で笑い出す。半ば自棄にも見えるのだが。
「いい曲ですね〜〜〜〜〜」
酒を止めてもまだかなり酔いが残っている静は、十二単姿でお囃子に合わせて鼻歌を歌い始める。
おそらく素面の静であればそんなことを絶対しないであろう。
これは酔いが覚めた時にこのことを覚えているかどうかが気になるところだ。
「宴に興を沿えるのはよいことですね」
この空間に来てからというもの、実はずっと寛いでいるセレスティ。
天岩戸作戦ではないのだが、楽しそうにしていればいずれ主催者も現れるだろうというのは彼も考えていた所。
しかし、それは建前で実は動き回って疲れたくないというのが本当のところだ。
それに気づいている者が一体何人いることやら。
「これは…………いい土産話になりますね…………」
誰にするというわけでもないのだが、五人囃子の演奏や静の鼻歌など、全員が集まった宴の様子をビワは楽しそうに水晶玉をあちらこちらにかざしてその記録を収めていく。
「こういう雛祭が最初ってのも、まぁ悪くないかな」
持ってこさせた白酒を飲み、その肴に雛あられの塩気のありそうな粒を摘んでは口に放り込む風槻。
「あ、そうだ。こないだの紅葉狩りの時はしつれーしましたッ」
思い出したように翡翠に向かって頭を下げる浩介だが、翡翠は楽しかったですよとにこやかに返す。
翡翠としてはむしろあの後浩介が風邪をひかなかったかどうかが心配だった。
「……」
無言のまま北斗と共に宴に興じている啓斗。
だがやはりその表情は暗いまま。
<―――おひなさまが よかった?>
「!?」
聞き覚えのある声。
この世界に引き込まれた時の。
振り返る前に聞いたあの声。
気がつけば、すぐ隣に小さな5〜6歳の小袿姿の少女が座っており、啓斗の顔をジッと見つめている。
他の誰も、すぐ傍にいる北斗ですら気づいていないようだ。
「…いや、このままでも十分動きづらいから」
小さな子供の思考だからだろうか。
それとも啓斗という者を見た上で感じたことなのだろうか。そう尋ねた理由を聞く気は無い。
<ととさまが ひめのためにつくってくれたおひなさまなの>
五人囃子と道具以外の人形は失われてしまったが、それでもこの姫君にとっては大事なものなのだ。
姫の思いを受けて、長い年月を経てあの人形達が姫の思い描く空間を構築できるようになったほどに。
「……きっと―――…父親や母親のいる方へ行けば、他の人形達にも会えると思うけど、な」
自分が言うべき台詞でないことぐらい分かっている。
月並みな言葉であることも。
それでも、この姫君には必要な言葉だろう。
啓斗は言葉を続ける。
「あの五人囃子と一緒に」
<ごめんなさい ありがとう>
「!」
啓斗の隣に座っていた姫君の体が光りだす。
その閃光に思わず目を覆った。
「何だ!」
「何なの!?」
「眩しい!」
あっという間に全員が光に包まれた。
この空間に連れてこられた時のような光。
そして、光が消え、眩んだ目をこすりながら周囲を見回す一同。
辺りは真っ暗で、しかも先ほどまでの麗らかな春の気候ではなく、昼間の温かさとはうって変わって底冷えのする春の夜。
「……ここ、公園じゃないか?」
「…公園ですね…………」
見たことのあるような作りの大きな公園。
花見の季節になれば夜中でも人の多い場所だ。
上を見上げればまだつぼみが膨らんで咲き始めたばかりの桜の枝がそこかしこに広がっている。
「携帯も服も元通りだ」
メールのセンター問い合わせをしてみれば、何件か届いていたようで着信音が鳴り響く。
「……十二単じゃない……やったあああああぁ もがっ」
「声が大きいですよ」
酒の抜けていない静の口を押さえ、元に戻れてよかったですねと翡翠は微笑みかける。
「あら?」
桜の木の下には、ボロボロの人形が五体。
そして雛道具が散らばっている。
「…宴の席で使われてた器は全部これだったのね」
そっと道具を持ち上げるも、それはシュラインの手の中で崩れ落ち、触れようとした五人囃子も霧散した。
姫君の為に全ての力を使い果たしたのだろうか。
原型が残らなくなるほどに。
「結局主催者は出てこず…か」
ちぇっと舌打ちする北斗に、啓斗はそうでもないと呟く。
「―――ちょっと変わった雛祭でしたね。なかなか面白かったです」
帰れるのであれば、こういうことも悪くは無い。
セレスティはにこやかにそう言った。
「突然でしたね…でもとても楽しかったです、ありがとうございました」
まだ酔っているのだろう。しかしアゲハは空を見上げてから深々とお辞儀する。
五人囃子と、こっそり現れたあの小さな姫君に向かって。
―了―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍)】
【0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍)】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【3806 / 久良木・アゲハ / 女性 / 16歳 / 高校生】
【5566 / 菊坂・静 / 男性 / 15歳 / 高校生、「気狂い屋」】
【6235 / 法条・風槻 / 女性 / 25歳 / 情報請負人】
【6587 / 蕨野・ビワ / 女性 / 18歳 / 占い師】
【6725 / 氷室・浩介 / 男性 / 20歳 / 何でも屋】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、鴉です。
【振り返れば…】に参加下さいまして有難う御座います。
雛祭前にお届けするつもりだったのですが、結果としてお届けが納期ギリギリになってしまって申し訳ありません。
コラボといっても連動企画とかでこちらに必ず参加しなければ異界ピンの方に参加できないという訳でもなかったのですが、短期間での満員御礼嬉しく思います。
これもひとえにコラボ相手の匠絵師のおかげだと思い、感謝至極に存じます。
振り返れば…雛人形コスプレ、というか語呂が悪かったので途中で止めただけですので他意はないデス(汗)
五人囃子がいないこと、桃の節句なのに桜なことなど、何人かにお気づき頂けたようで嬉しく思います。
ただ、やはりこちらの提示の仕方が悪かったようで、複数の方が『気がついたら衣装を纏っていた』ではなく『PC自ら衣装を選ぶ』と思われてしまったようで…その辺り表現の曖昧さが悔やまれるところです。
誰にでも同じようにご理解いただけるよう、もっと精進いたします!
ノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。
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