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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


緊急・強盗は歓迎されない

□Opening
 東京の片隅でひっそりと営業中の『Flower shop K』では、現在販売員の鈴木・エアがレジ番をしていた。店主である木曽原・シュウは、配達と月極めでレンタルしている観葉植物の水遣りに出かけている。
 平日の夕方。
 この時間は、いつも客足も少なく、のんびりとしたものだった。うっかりしていると居眠りしそうなくらい暇な時間。これではいけないと、エアは腰を上げた。紅茶でも入れて、少し休憩しよう……。立ちあがり、入り口に背を向けた、その瞬間の出来事。
「動くなっ」
「とは言え、女一人か」
 どん、と、店のドアが激しく蹴りつけられる音。雪崩込むように、それらは現れた。
「な……、っ」
 エアは、息を飲み、びくりと肩を振るわせる。
 振り向くと、ナイフを構えた男が一人。そして、その脇に、大きな、そうとても大きな、四本足の動物が居た。
「さて、俺は有り金を頂いて行くか」
 ナイフを振りかざしながら、男は、にやにやとレジへ近づいてきた。
「ワシは、ふふ、エサの時間だなぁ」
 そして、信じられない事に、その四本足の動物は、そう言った。ぺろりと舌を出し、見え隠れする大きな牙。たし、たし、と悠然と歩く姿は、豹に似ていた。が、豹に尻尾が二本あるのはおかしい。吐き出す息が、炎を帯びているのはおかしい。
「あ、あ……」
 エアは震えながらあとずさった。
『助けてっ!』
 その時、花屋の危険を感じ取った、花達が叫んだ。
『誰か、助けてっ』
『怖いよ、助けてっ』
 鉢植えも、切花も、皆皆叫んだ。
 しかし、その声は、普通の人間に届く事は無い。
 少なくとも、店員であるエアは、その声が聞こえない。エアは、狭い店内に現れた強盗に、ただ睨まれるだけの存在となった。
『助けてぇ』
「煩し、黙れぃ」
 ごおと、豹のような動物は、火を吹いた。
『やぁぁぁ』
 ぼうと燃える切花。
 その悲鳴は、誰に届いたか。

■05
 たまに通る、この通り。
 以前、少しだけ依頼で関わった事もある花屋の前に、シュライン・エマは立っていた。たまたま通りかかったので、職場に花でもと軽い気持ちで店を覗いたのだ。
「ごめんくださーい……って」
 店のドアに軽くかけた手が止まる。
 と、言うのも、店の中にはナイフを構えた男が仁王立ちしていた。そして、その隣には、まるで豹のような、そしてとても大きな動物が悠然と構えている。怪奇現象に触れ合う機会が多いシュラインだけれど、その感覚を差し引いても、これは普通の状況では無いし、どう考えても、散歩がてらに立ち寄った客では無いだろう。
 何だか取り込み中の所に遭遇してしまった。
「人食いの豹? 悪魔のオセやハウレスを連想するけれど、尾は二本じゃなかったわよねぇ……」
 などと、シュラインは首を傾げて見せた。
 ぼう、と、その時獣の口から炎が漏れる。
 そのずっと奥では、女性の店員がただかたかたと震えていた。
「そうよね、まじまじ見ている場合じゃないか」
 シュラインは、それでも、慌てず騒がず、
「初めまして」
 と、一人と一匹に、ただぺこりと頭を下げた。
 勿論の事だけれども、それには、相手のペースを狂わせる意味もある。

◇06
 ここに来て、店に押し入った男は多少戸惑いを見せていた。
 まず、女性だけの小さな店を狙った。相手がか弱い女性一人なら、たいしたリスクも無く事が運ぶからだ。相棒も、人間を一人丸呑みすれば当分の間は腹持ちすると言う。
 しかし、だ。
 静かな店に、一人また一人と来店してきた事から話がややこしくなった。
 まず現れたのは、清楚なエプロンドレスを身に纏った黒髪の女だ。これは、純粋に花を求めて来たのだろう。店の入り口で、男達の姿を見て目を見張っている。
 次に、少年が笑顔で店に入り込んで来た。この状況がわかっていないのか? 散々脅したのに、逃げる事も無く普通に歩いて男に向かってくるではないか。
 そして、一番男のふいをついたのは、切れ長の目の女だった。何と、この女は、初めましてと自分達に挨拶をした。全く状況が飲み込めていないのか、余程鈍感な人間なのか。
 思わず、ぽかんと口を開けてしまった。
「ふふふ、これは愉快な、今宵は心行くまで、肉を食むとしよう」
 しかし、喉を鳴らす獣……そう、高揚した瞳でエサを眺める男の相棒の一声で、男はようやく自分の役割を思い出す。
「ああ、見られたからには、消えてもらうのが一番だな、へへ、悪く思うなよ」
 良く探ってみると、まだ外に人の気配がする。
 さっさと仕事を終えた方が良いな、と、男はナイフを構え直した。

□07
 男が、ニヤリと口元に笑みを取り戻す。
 獣が、一歩、足を進めた。その口から、また炎が吐き出される。ちりちりと、生花が燃える臭い。
 篠原・美沙姫は、冷静にその様子を見ている。そして、その更に奥で、がちがちと震えて歯を鳴らす店員の女性との距離を測った。
 比良坂・慶次は、次に獣が動く瞬間に呼吸を合わせる。最大に近接するその時こそ、最大のポイントになるだろう。
 そして、男と獣が一瞬の隙から攻撃の態勢へ動く瞬間、シュライン・エマは口の端を静かに持ち上げた。
「 ̄ ̄ ̄ ̄、 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄!」
 きん、と、耳の奥で何かが鳴ったような感覚。しかし、その声は、誰の耳にも認識されない。そう、人間では認識できない音域の音。シュラインの声帯が繰り出すその音は、その一匹にだけ、届いた。
「っ、ぐ?」
 獣がよろめく。
 三半規管の狂い。
「おいっ、どうした? 相棒」
 強盗犯は、今まで見た事も無い、獣の姿を見て情けなく声を上げた。
「ちっ、なにしやがったぁぁぁ」
 そして、叫ぶ。何か、不安がせり上がってきたからか。声が、わずかに震えている。その震えを、シュラインが聞き逃すはずも無い。シュラインは、ナイフを向けられていたのだけれども、全くお構いなしにニコリと微笑んだ。
「やめてくださいませ、暴力は――」
 そこへ、呆然と立ち尽くしていたかのようだった美沙姫が、たっと走り寄った。シュラインと男の間に上手く滑り込み、男をなだめるようにか弱く訴える。
 そして、そっとシュラインに腕を伸ばし、目配せをした。
 視線の先には震える店員の姿。シュラインも、とっさにそのサインに気が付き、一歩店の奥へ後退する。
「何だとコラ、ああ? もう、大変な事になってんだゾ、ええ?!」
 か弱い美沙姫の声に、安心したとばかりに声を張り上げる男。
 美沙姫とシュラインは、その男の言葉に、口をつぐんでまた一歩店の奥へと逃げる。
 そして、男の視線を避けるように、美沙姫は慶次をちらりと見た。
 慶次は、まだ店の入り口付近で構えていた。目の前には、よろめきながらも、何とか立ちあがる獣の姿。その後ろにナイフの男。
 そう、いつの間にか、入り口に居た女性二人は、店の奥で震えていた店員のすぐ側まで入り込んでいた。その二人、そしてまだ震えて状況が飲み込めていない店員に、慶次は明るい笑顔を見せた。
 つまり、
――こちらも、大丈夫だから
 と言うにこやかなサイン。
「おのれ、我を愚弄するか……」
 それが、ようやく態勢を立て直した獣の癇に障ったのだろう。ぱしんぱしんと、獣は自らの尾を床に叩きつけ慶次を威嚇する。
「だったら、何? それが、どうかした?」
 しかし、明るい慶次の声。獣は、大きく咆哮を上げ、慶次に襲いかかった。

□09
 獣が飛び跳ねた瞬間、店内が揺れた。そして、飛び散る炎と火の粉。
「……、聖風壁」
 事が動いた瞬間だった。
 それまで、一切の力を隠していた美沙姫が、優しい風でシュラインと店員を包み込んだ。寄り添うとはっきりと分かる。この店員を守る事こそ再優先だ。
「あ、……ああ」
 あまりの事に、言葉を無くし座り込む店員のエアの背中を、シュラインが優しく撫でた。
「大丈夫、この際、荒事は外の皆さんにお任せしちゃいましょう」
 ね? と、シュラインが美沙姫に問い掛ける。
「安心してください、この中に居れば安全です」
 美沙姫は、しっかり頷くと、エアに微笑みかけた。霊的にも物理的にも、この壁は、きっと三人を守ってくれる。
「な、何が起こって……、くそ、は、な……せ」
 その時、悲鳴に近い怒鳴り声が、店内に響いた。
 大きな声と言うだけで、エアの肩がびくりと震える。その肩を、シュラインが抱き、美沙姫は声の主がエアの視界に入らないよう自身の身体でエアの視界を自然に遮った。
 男は、いつの間にか、影で縛られていた。
 その後ろから手が伸びる。
 そして、ずるずると、男は連れて行かれた。
 それを確認して、二人は、もう大丈夫だから、とエアに微笑みかける。震えて、座り込むだけだったエアは、店内が静まりかえった事にはじめて気が付き、ぼんやりと助けに来てくれた二人の女性を眺めた。
「さ、もう大丈夫、立てる?」
 シュラインの差し出した手を、弱々しくエアが握り返した。
「あ、の、あ……りがとう、ございます」
 ようやく、店員に言葉が戻る。
「さて、消火器はどこかしら? ほら、どんどん火を消しちゃいましょう」
 努めて明るく、シュラインは辺りを見まわした。男と獣の脅威は去ったのだが、花がまだ燃えていたし火の粉が燻っている。
「お手伝い、致しますわ」
 美沙姫も、立ちあがり、精霊達の声を聞いていた。
『熱いよう』
『助けて、助けて』
 花の叫びは、未だ消えない。
「はい、あの、消火器はこちらに……」
 ようやく、よろよろとエアが歩き出す。
 ここは、以前見かけた動く植木のお里だ。普通の植物にも感情があると言うのに、もっと人に近い反応を起こしてるかもしれない。怖がっている上に、痛い思いをしているかと思うと気持ちが急く。シュラインは、てきぱきと炎を消しにかかった。
 花の声が聞こえると言う事は、まだ生きていると言う事だ。美沙姫もシュラインに続き、精霊達の声に耳を貸しながら消化作業を急いだ。

□Ending
「じゃあ、本当にただの強盗なんだな」
 確かめる冥月の言葉に、店員のエアははっきりと頷いた。男に見覚えは無かったし、獣のようなあの生き物もはじめてみると言う事だ。
 ただの強盗なら、これからは警察の仕事だ。
 冥月は、ようやく、少しだけ笑みを浮かべ、エアにこう切り出した。
「花を、買いに来たんだ」
「あ、はい、どのようなご用途でしょうか?」
 エアは、すっかりと落ちついていた。エプロンを締め直し、販売員の顔をのぞかせる。
「墓に供える為の物を見繕って欲しい」
 しかし、冥月の表情はどこか寂しげだった。そう、今日は亡き恋人の墓参りに行く予定だったのだ。
「あまり大袈裟だと彼は恥ずかしがるからな。質素にしてやってくれ」
 微笑みさえも、寂しげな。
 エアは、それでも、頷いて少し小さめの花束を作った。墓用の花ではなく、恋人に贈るような作りにした。本来、菊や竜胆を使う所を、淡い色の小さなミニバラを使う。ただし、リボンは白い。それが、少し寂しい。しかし、黒い服を身に纏った冥月の胸の中で優しく抱きしめられた花達は、控え目だけれども特別なものを感じさせられた。
「あの、今回の事本当にありがとうございました」
 エアは、花束を冥月に手渡し、丁寧に頭を下げた。
 冥月は、片手を上げ、それに答えたかと思うと、もう店の外へ向かい始める。
「作業に戻ったら、少しは落ち着いたようね」
 静かに花屋を後にする冥月を見送りながら、シュラインはエアに微笑みかけた。あれほど震えていた彼女だが、花を守るため火を消し店内を整え始めると、エアは段々と調子を取り戻したようだった。エアもシュラインを見つめ返し、丁寧に頭を下げた。
「はい、本当に助かりました、ありがとうございました」
「ふふ、お花達も怯えていないと良いけれど」
 シュラインは、そう言うとぐるりと店内を見渡した。消化作業が早かったので、被害はそれほどひどくは無いようだった。
「ええ、こちらの花達は、とても強く意志もしっかりとしているようですわ」
 美沙姫は、静かに微笑み満足そうに頷いた。
 精霊達が教えてくれる。今は、花も笑っていると。良かったと感謝していると。とても素直な花達だ。
「そうですわ、これを機会にお屋敷で入り用の花を仕入れる贔屓先にさせて頂きます」
 本来の目的を思い出し、美沙姫がエアに提案した。
 ここの花ならきっと大丈夫。満足の行く花が揃うだろう。
「え? あ、有難うございます」
 身のこなしや丁寧な言葉に、只者では無いと感じてはいたけれど、これはエアに嬉しい提案だった。
「けど、ゴメンな? 怖い思いさせちまって」
 店内を回っていた慶次が、エア達の元へ戻ってきた。安心させるような笑顔を見せ、けれど、考えるように俯いてしまう。
「いいえいいえ、本当にありがとうございました、私だけではどうなって居たか」
 エアは慌てて首を振り、慶次を覗き込んだ。
「あー、折角綺麗に咲いてんのに半分焼けてら……」
 それは、あの獣の炎だ。花達の声は、まだ聞こえる。
「それは、しかたがありません」
 そう、仕方がなかったのだ。部分でも焼けている花は、無事だった花と分けて積まれていた。花屋である以上、そうする事しかできなかったのだ。
「なぁ、この焼けた花……買ってもいいか?」
 考えていたかと思うと、慶次がぱっと顔を上げた。
「え? 焼けた花を……、ですか?」
 戸惑うエアに、慶次が照れたように笑う。
「いや、このまま捨てられるのは可哀相だなーって思ってさ……ちょっと位外の景色とか空気とか……見せてやりたいなーって」
『お外の景色?』
『きゃっ』
『本当に?』
 慶次の言葉に、花達は明るい声を上げた。それは、エアには聞こえない言葉だけれど、エアは嬉しそうに微笑んで頷いた。
「ありがとう、花達もきっと喜びます、勿論、お代は要りません……、是非、お願いします」
 エアの明るい声に、慶次も、そして花達も笑った。
「いやもう、びっくりしましたよ、今時強盗なんて、本当性質が悪いですよね」
 その時、警官を引き連れトヨミチが現れた。
「ねぇ、皆さん」
 トヨミチは、舞台に立つ役者のように声を張りその場に居た者達に呼びかけた。眼鏡を外し、オーバーなリアクションさえ自然にこなす。
「か弱い女性を三人、それに通りすがりの少年さえも人質に取り、立てこもっていたんですよ」
 若干、若干事実と違う気もするが、シュラインも美沙姫も、同じように頷いた。慶次も俯いているが、笑いをこらえるように肩が震えているのは気のせいだろうか。
「いや、しかし、彼のあの傷は一体……?」
 トヨミチの言葉に、警官の一人が疑問を口にした。
 そう、犯人として差し出された男は、何やら怖い怖いとぶつぶつ呟き震えながら警察の車に乗っていった。その顔は、げっそりと頬がこけ、見るも無残なボロ雑巾と化していた。
 うっと、言葉に詰まるエア。
 だが、トヨミチは、さも残念そうに警官に振り向いた。
「俺も、必死に説得を試みました、けれど、そう、警察に通報したと言う事が知られ……、その時、彼が突然暴れ出したんです、止める暇もありませんでしたよ」
 まるで、警察に通報した事が過ちであったかのように、そして、通報してしまった自分を責めるようにトヨミチは目を伏せる。震える肩が、悔しさを物語っていた。
「ああ、いや、最近かなり悪質な強盗が頻発していました、彼にはきっと余罪もあるでしょう、いえ、ご協力感謝します、どうぞ、ご自分を責めないで」
「……、はい、ありがとうございます」
「皆さんが無事で良かった」
 警官は、皆の顔を一人ずつ確かめ、納得したように頷いた。
 その隣で、こっそりトヨミチが舌を出して居たのだが、皆見なかった事にした。
「皆さん、本当にありがとうございました」
 エアが、改まって、皆に頭を下げる。
 そう、彼女とこの店を守れた事は、まごうことなき真実なのだから、それできっと良かった。
<End>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4607 / 篠原・美沙姫 / 女性 / 22歳 / 宮小路家メイド長/『使い人』】
【6205 / 三葉・トヨミチ / 男性 / 27歳 / 脚本・演出家+たまに役者】
【6614 / 比良坂・慶次 / 男性 / 17歳 / 高校生/比良坂家嫡男】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          
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 この度は、ノベルへのご参加有難うございます。花屋の緊急に駆けつけてくださいましてありがとうございました。ライターのかぎです。多少の被害はありましたが、花屋も店員も皆様のおかげで無事事無きを得ました。
 □部分が集合描写(2PC様以上が登場するシーン)、■部分が個別描写になっております。

■シュライン・エマ様
 こんにちは、いつもご参加有難うございます。そして、店員を励まし続けてくださいまして有難うございます。おかげで、立ち直りも早く後遺症も無くて済みそうです。いつもシュライン様の心遣いに感心させられています。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。