コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


占い師のジレンマ



1.
 今日、草間興信所へやってきた者の姿を見た瞬間、草間・武彦は嫌な予感を覚えていた。
 間違いなく厄介な依頼を持ち込んでこられるという予感だ。
 そしてその予感というのは、悲しいことに滅多に外れることがない。
「何がありました」
 とりあえず椅子を勧めて依頼人らしき女性を不躾にならないように観察してみる。
 ここに来る者に時々ある、何かを恐れているような不安げな目つき、服装は少々華美な装飾品も付けてはいるが嫌味になる程度ではない。
 草間の言葉に、その女性は口を開いた。
「殺されるんです」
 その単語に、草間の顔が真剣なものに変わった。
「殺される、ですか」
「はい」
「いったい誰が」
「私です」
 ここまでは、まだ良い。
 これならばまだ草間の希望している『まっとう』な依頼の流れだ。
 固い表情を作ったまま、草間は更に問いかけた。
「あなたが、というと誰かに殺すぞと脅迫されているということですか?」
「いいえ」
 女性はそう言って首を軽く振ってから言葉を続けた。
「『知って』いるんです」
 その言葉に、草間の脳裏にまた嫌な予感が甦った。
 この流れは非常に覚えがある。デジャヴュという意味ではなく、馴染みになりたくもないのにやたら持ち込んでこられる類のときに感じるそれだ。
「……知っている、とは?」
 それでも顔はまだ真剣なものを崩さずに草間が尋ねれば、女性は自分が占い師であるということを明かした。
 この時点で、草間の事件への関心は薄れ、またこんな依頼かという気持ちのほうが占め始めていた。
 占い師(というものにあまりろくな人間はいないと草間は思っているのだが)が言うには、数日前にそのことを『知った』のだという。
 はっきりした日はわからないがそう遠くはない日──おそらく、この数日の間に自分が殺されるということを絶対の自信を持って占い師は告げた。
 何故そこまでの自信を持ってそう断言できるのかといえば、彼女の占いはいままで一度も外れたことがなく、またそのために多くの客が彼女の元へ訪れるのだという。
 自分の占いは、だから決して外れない。
 だから、自分が殺されるという占いも外れることはない。
 それが彼女の主張だった。
「……じゃあ、なんでここへ?」
 半ばげんなりしながら草間がそう聞いたところで、初めて彼女が口ごもった。
「殺されるのは間違いないんです。そう、占いに出ているのだから。けれど……」
 そこから先を言わない彼女に、草間は「あぁ」と気付いたように口を開いた。
「死ぬのは、やっぱり怖いと」
 その言葉に彼女は頷いた。
 殺されるとわかったからといってそれを素直に受け入れるだけの肝の据わり方は流石にしていなかったらしい。まぁ、自分の命となればそれが当然だろう。
「なら、ちゃんとしたボディガードとしての依頼ということですか?」
 それならまだ『まっとう』(今頃といわれてもやはり草間にとってこの単語が使用できる依頼というのは望んでしまうのだ)な依頼だ。
 だが、そこでまた彼女は口ごもる。
「何か問題でも?」
 煮え切らない彼女の態度に焦れながら草間が問えば、彼女は躊躇いがちに口を開いた。
「私は、今まで一度も占いをはずしたことがないんです」
「そうらしいですね」
「でも、死にたくはない」
 人としては当然の気持ちだろう。
「だから、ここへ助けを求めに来た」
「えぇ、そう。そうです。けれど──私がこれで助かってしまえば、占いが外れたことになるわ」
 はぁ? と草間は怪訝な顔で彼女を見た。
「外れてしまったら、私の占いには意味がなくなってしまうの」
 とりあえず、草間は彼女の主張を整理してみた。
 占いで、彼女は自分が殺されることを知った。
 勿論命は惜しい。
 けれど、自分が助かるということは占いが外れたということになり、いままで一度も外していないから人気がある彼女の占い師としての地位は危うくなってしまう。
 要約すればこのような考えらしいと気付いた草間は、完全にげんなりとした顔になっていた。
 そんな状態でここへ来て、いったいどうしてくれと言うんだ。
 助けてほしいらしいが、自分の『占い』も大事。
 助かりたいが、外れては困る。
 勘弁してくれ。
 そう草間は心の中で呟いて大きく溜息をついたときだった。
 愉快そうな笑い声が入り口付近から聞こえてきた。
 その声に振り返れば、草間が非常に見知った顔──ヴィルアがそこには立っていた。


2.
「本当に、お前はこういう依頼には事欠かないやつだな。商売繁盛で羨ましいことだ」
「こんなものは望んでないんだ。俺が望んでるのはもっとまっとうなだな──」
「いい加減、そんな無駄な望みは捨ててこういう依頼に真摯に取り組むほうに姿勢を改めたらどうだ?」
 ヴィルアのからかい口調に草間は憮然とした顔をしていたが、ややあってヴィルアのほうを見た。
「お前、いま暇か?」
「面倒事を押し付けようっていう魂胆が見え見えだぞ?」
 にやりと笑ってヴィルアがそう言っても、草間は反論することを放棄してからちらと椅子に座っている依頼人の顔を見た。
「あの依頼、代わりにやってくれないか」
 どうやら完全に誰かに押し付ける気だったらしい草間の言葉に、ヴィルアはわざとらしく呆れて肩を竦めてみせた。
「まったく、救いを求めて来ている人間を他人に押し付けるとは冷たい人間だな」
「俺よりもお前のほうがこういうことには向いてるだろ! 解決する最善の方法を選んだだけだ」
 草間の言葉にヴィルアは「しかたがないやつだ」と言いながら、草間とヴィルアのやり取りを不安げに見ていた依頼人のほうへと近づいていった。
「さて、ここの探偵はこういう仕事を任せる相手というものを心得ていましてね、どうやらいまあなたを悩ませている問題を解決するには私が適任だと思って任せてくれたようです」
 先程まで草間をからかっていたものからは打って変わった紳士的な口調でヴィルアは彼女に話しかけた。
「私はヴィルア・ラグーン。お手数ですが、もう一度いまあなたの身に起こっている問題事の説明をしていただけますか?」
 丁寧にそう聞くと、彼女はとつとつと同じことを話させられているということに不快な顔もせずに生真面目に草間に言ったことと同じことを説明した。
「……ふむ、占いが外れるのは困る。けれど、諦めて殺されることもできない。そういうことですね?」
「えぇ」
 占い師は暗い顔でそう小さく頷いた。
「占いが外れるというのは、それほど困るようなことなのですか?」
「それは、困ります。私の占いは外れないと評判なんです。必ず当たるのだと。だからこそ、お客も私の占いを信じて頼りにしてくれます。それが外れてしまったとなっては、私の占いには意味がなくなってしまいます」
「なるほど」
 どうやら占い師が失いたくないのは地位よりもいままでにそれによってもたらされた結果、彼女の占いを頼っている者たちへの信頼のほうなのかもしれない。
 そして何よりも彼女自身が『百発百中でない占いでは意味がない』と思い込んでしまっているのだろう。
 見かけは華奢そうな女性だが、どうして中身はなかなかの堅物でしかも融通もきかないところがどうやらあるらしい。
 だが、根は悪人よりは所謂『いい人』のようでもあった。
 それは、草間やヴィルアに対する彼女の態度に傲慢なところが見られないところからかもしれない。
 気紛れもあって依頼人の話を聞くだけでもと思っていたヴィルアだが、このまま放っておくわけにもいくまいという気分になっていた。
「私の友人に陰陽師がいましてね。勿論、卜占やら予知もするんですが」
 突然のヴィルアの言葉に、彼女は一瞬怪訝な顔になったが、それは無視してヴィルアは話を続ける。
「その友人は、占いの結果が良くないものだった場合外れることを願うのですよ」
 笑みを浮かべたままそう言ったヴィルアの言葉に自身も占い師である彼女は困惑した顔を向けた。
「けれど、外れてしまっては──」
「百発百中は無能だとも言っていましたよ」
 その言葉に彼女が一瞬詰まったような顔になった。
「無能……ですか?」
「えぇ、無能です。その意味、理解できますか?」
 占い師は困惑しきった顔で出されたお茶に口をつけながら考え込んでしまっている。
 忠告をまったく聞かずに自分の考えにだけ固執するタイプではどうやらないらしく、やはり根は良い人なのだろう。
「私はね、占いというのは何もしなければその結果になると考えてるんですよ」
「何もしなければ……」
 ヴィルアの言葉を理解しようと努めているらしく口の中で占い師は同じ言葉を繰り返した。
「悪い未来を知ることができたのだとしたら、それを回避するか、少しでも良いものに変えられるよう努力をするべきだ。ただ受け身で知った未来に流されることなら誰にでもできることではないですかね」
「………」
 占い師は黙りこくって考え込んでいる。
 その様子は真摯なものだったので、聞き流したりおざなりにしているわけではないらしい。
「まぁ、しばらくここにいるわけですから、その間に私が言ったことを考えていてください」
 そう言いながらヴィルアは出かける準備をした。
「おい、何処に行く気だ」
「勿論、この人を殺そうとしている相手のところへだ。その間彼女を頼む」
「それは良いが、相手が誰かなんて──」
「……それは、わかります」
 草間とのやり取りに口を挟んだのは考え込んでいた彼女だった。
「知ってるんですか?」
「いえ、まだ知りません。でも占えばわかります」
 また占いかと草間はうんざりした顔になっていたが、ヴィルアは彼女に問いかけた。
「自分が殺されるという占いをしたのはあなた自身なのに、それを外すために犯人を占おうというわけですか?」
 わざと意地が悪くも聞こえるように尋ねたヴィルアに草間が「おい」と制する前に彼女が先程からよりはやや明るくなった顔で答えた。
「私はいままでこういう方法に気付かなかった。これからは、私に助けを求めに来た人に悪い結果が出たときにはそれを回避する方法も同時に教えられるようになりたいんです。そのためには、まず私が助からなければ」
「では、すぐに占っていただけますか?」
 ヴィルアの言葉に、彼女は小さく頷いた。


3.
「許さない……あいつのせいでアタシは……」
 衣服などが乱雑に置かれた部屋の中央で、ひとりの女がぶつぶつと呟いていた。
 その目にはギラギラとした厭な光があり、手には尖ったナイフが握られている。
 もう反対の手には一枚の写真。だが、その写真はずたずたに切り裂かれてしまっていている。
 写真はそれ一枚ではない。床には同じように切り刻まれたもの、尖ったもので穴だらけにされたものなど、元は写真であったはずの紙くずが散乱していた。
 原形をとどめているものはひとつもないそれは、しかしひとつだけ共通しているものがあった。
 写っている人物が、すべて同じ人物だった。
「あいつの、あいつのせいで……」
 そう言って女がまた手に持っていた写真にハサミを突き立てようとしたときだった。
 この場には似つかわしくないほど明るいインターフォンが耳に届いた。
 普段ならばそんなものは無視している女だが、それは何度も鳴り響き、それでもなお無視しようとしたときに、その声が聞こえた。
「……ここにいるんでしょう?」
 その声を聞いた途端、女はカッと血走った目を扉に向けた。
 聞き間違えようがない声だった。
 いままさにハサミを突き立てようとしていた相手の声、忘れるはずもない声だ。
 どうしてその相手がここに? などという疑問を抱く前に女は「はい」と暗い声で返事をしてからハサミを握ったままゆっくりと玄関に向かった。
 覗き窓を見る必要もない。あの声を女が聞き間違えるはずがなかった。
 開けてすぐその凶器を振るえるように構えながら女はゆっくりと鍵を外した──途端、その扉は外から開かれた。
「な、なにっ!?」
 予想外のことに外へ崩れそうになった女の肩を訪問者が乱暴に突き飛ばし室内へ押し返す。
 そのまま訪問者も室内に入ってきたが、その姿を見た途端女は驚いたように目を見開いた。
「あ、あんた……誰?」
「貴様に名乗る必要はない」
 冷たくそう言い放ったのはヴィルアだったが、先程女が聞いたと思った声──占い師の姿は何処にもない。
「あいつは、あの女は何処よ!?」
「彼女はいない」
 女が聞いた声はヴィルアが彼女の声を作り出して聞かせたものだ。
 騙されたとわかった途端、女の顔が醜く歪む。
「あんた、なによ! アタシになんの用があるのよ!」
「そうだな。その手に握られているものを依頼人に向ける気など二度と起こさないようにさせることだな」
 その言葉とともに、ちらりと床を埋め尽くしている原形を留めない写真の群れを見る。
 写真は全てあの占い師のものだとなんとか判別できるようなものばかりだ。
「あんたには関係ないでしょ! あいつのせいでアタシは、アタシは彼に捨てられたのよ!」
 女のヒステリックな声にヴィルアは冷笑を返す。
「なるほど。確かに彼女は貴様の恋の破局を予見した。だが、それを聞いて貴様は何かしたか? 何もしはしなかった。自分の手でそれを防ぐような努力を、貴様はしたか?」
 この様子から察するに、この女は何もしなかった、もしくは、より悪い結果をもたらすだけのようなことしかできなかったのだろう。
 しかし、それを占った相手への恨みに変えるのは筋違い、逆恨みも良いところだ。
「良いか。占いを聞いてどう動くかは自分で考えることだ。貴様はそれを怠った。どのような結果になるかを最後に決めるのは貴様自身だ」
 まぁ、とヴィルアは言葉を続ける。
「この部屋などから察するに、占いなど聞かなくとも、遅かれ早かれ破局は免れなかったとしか思えんがな」
 なおも何か喚こうとする前に、女の顔色が変わった。
 ヴィルアの空気に剣呑なものを感じるだけの鋭さはまだ残っていたらしい。
「殺しはしないし、殺す気にもならん。だが、二度とこんなくだらん逆恨みなどする気にはならんように痛い目は見てもらおう」
 そう言ったヴィルアの口元には冷たい笑みが浮かんでいた。


4.
「それで? 女のほうは懲りたわけかな?」
「少なくとも二度とそういうことをする気力は沸かんだろうな」
「まったく、顔に似合わずキミもなかなかにえげつない真似をする」
 そんなことを言いながら、ヴィルアの隣に座っていた男は愉快そうにくつくつと笑った。
 場所は黒猫亭という店。
 あの後、依頼人へ事の次第を説明し終えた足でそのままヴィルアはこの店へ向かった。
 相変わらず主の姿はなく、客の姿もまるでヴィルアを待っていたように座っていた、いま横にいる黒川だけだった。
 そしてヴィルアの姿を認めた途端、黒川は先に口を開いたのだ。
「また、おもしろい話がどうやらあるようだね?」
 どうやってかは知らないが、黒川はすでにヴィルアが今回草間に押し付けられた事件について嗅ぎ付けていたようだ。
 ここを訪れたのはそれを話しに来るためと決め付けるような黒川の言葉にヴィルアは反論する気はなく、適当に酒を飲みながら聞かれたことだけを話していった。
「占い師の彼女は、少しは考えが改まったのかね」
「自分の占いの結果を防ぐために占ったのだから、改まったのだろう」
 今後も彼女はおそらくそうやって、助けを求めてきた者たちを少しでも良い方向へと導けるように、占いではないアドバイスなりも行ってやるようになるだろう。
 もっとも、今までのようにただ占って結果を言えば良いのとはわけが違うのだから最初からうまくいくとは限らないし、一時は客も離れてしまうかもしれない。
 けれど、彼女ならば新たな客が、彼女の力を必要とする者が訪れるようにもなるだろう。
「彼女はこの先きっと、いままでよりも良い占い師として頼りにされるようになるだろうね」
 くつくつと笑いながらそんなことを言った黒川に、ヴィルアは嫌味そうに口を開いた。
「お前も占いをするとは知らなかったな」
「なんなら、カードでも使おうか? こう見えてなかなか当たると評判だが」
「お前の口からのでまかせを信じるほどお人好しじゃない」
 冷たくそう返すと、黒川はにやりと笑った。
「僕は占うと言ったときにはでまかせしか言わないぜ? 勝手にそれを信じたものが勝手にその言葉を『予言』へ変えるのさ」
「お前らしい考えだな」
 ヴィルアの言葉に黒川はくつくつと笑った。
「何はともかく、生まれ変わった彼女へ幸あれ、だ」
 からかい口調と共に差し出されたグラスに、ヴィルアは軽く自分のグラスを重ねた。
 グラス同士の触れ合う冷たい音が静かな店内に一瞬響いた。





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

6777 / ヴィルア・ラグーン / 28歳 / 女性 / 運び屋
NPC / 草間・武彦
NPC / 黒川夢人

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信                    ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ヴィルア・ラグーン様

3度目のご依頼、本当にありがとうございます。
雰囲気などがお気に召していただけているとの事に、大変嬉しく思っております。
黒川との会話もとのことでしたので、興信所での事件の後始末を黒猫亭のほうでさせる形を取らせていただきましたが、お気に召していただけましたでしょうか。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝