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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

「夜な夜な出歩くひな人形?」
 草間興信所に持ち込まれた依頼は、そんな素っ頓狂なものだった。シュライン・エマが草間 武彦(くさま・たけひこ)からその話を聞き、思わず同じ言葉を言い返してしまう程度には。
 武彦は煙草を吸いながら大きく溜息をつく。
「何でこんな妙な事件ばっか持ち込まれるんだか」
 草間興信所は、ハードボイルドでありたいという武彦の願いとは裏腹に『怪奇探偵』という、大変ありがたくない評判が立っている。その事件を持ち込んだ家もその噂を聞いてここに事件を持ち込んだらしい。
「それでもお仕事が来るだけありがたいと思わなきゃ」
 そう言いながらコーヒーの入ったカップを置くシュラインに、武彦は短くなった煙草を消しながら笑う。
「そうだな。先祖代々伝わってる由緒正しいひな人形らしいから、出歩くのにも何か理由があるんだろ」
 件のひな人形が出歩くようになったのは、今年のひな祭りのために二月下旬に飾り初めてからで、今まで毎年飾っていてもそんな事はなかったらしい。
 最初は飾り方が悪くて位置がずれたのかと思っていたのだが、家人が夜にその部屋を覗くと、女びなや男びなだけではなく、全ての人形が牛車と共に外に出歩いていったという。その家には今年初節句を迎える女の子もいるので、何かの前触れか調べて欲しいということだった。
「全部の人形が出歩くって、大行列ね」
 七段飾りのものだと全部で十五人の人形になるはずだ。それが一斉に出歩くということは、おそらく何かあるのだろう。依頼内容が書かれた紙を見ながら、シュラインは考える。
 全員で出歩く理由…それはいったい何なのだろう。
「まあ行き先は人形に聞くしかないだろうな。これぐらいなら俺とシュラインで何とかなる」
「そうね。初節句の女の子がいるなら、なおさら無事に節句を迎えさせてあげたいわ」

 しんと静まりかえった夜だった。
 風もなく、春先の空気が鼻をくすぐる。それなのに何かざわめくような不思議な気持ち。
「そろそろか…」
 シュラインと武彦は塀で囲まれた庭先の植木にそっと隠れながら、ひな人形達が出歩くのを待っていた。家人が出歩くのを見たという時間は午前二時ぐらいだ。一体彼らはどこへ行こうとしているのだろう…そして何を求めているのだろう。
「………」
 草や木までもが眠っているかと思うほど静かすぎる。
 そこにポーン!と鼓の音が鳴った。
「武彦さん…!」
「ああ、分かってる」
 鼓の他には太鼓や笛の音。ギシ…と牛車がきしむ音がして、スッと壁からひな人形達が現れた。
 仕丁(しちょう)の三人を先頭に、五人囃子が小さくも澄んだ音を響かせる。牛車の前には右大臣と左大臣…女びなと男びなは牛車に乗り込んでいるのか姿が見えない。その後ろを三人官女がしずしずと歩いていく。
「早い?」
 その行列は人形の足とは思えないほど早かった。動作は静かなのに、動く距離が大きい。人形だから歩く速度はそんなに早くないだろうと思っていたのだが、そう考えていると見失ってしまいそうだ。武彦はそっと指先で塀の外を指さす。
「別れて追いかけよう。あいつら塀をすり抜けるみたいだ」
「分かったわ」
 牛車の音や笛の音で後は付けられる。音さえ聞ければ、そこに近づくのは容易い。
 少し息を弾ませながら、シュラインは足音が立たないように気をつけながら行列の後を追った。ちゃんと目的地が分かっているように、その行列は迷うことなく進み続けている。「どこに行く気なのかしら…」
 何だか上手く距離感が掴めない。
 誘われるように後を付けていると、不意に梅の花の香りがシュラインの鼻をくすぐった。ふとあたりを見るといつの間にか梅林に迷い込んでいる。
「えっ……?」
 おかしい。
 あの家の辺り…自分が歩いていける範囲にこんな梅林なんてない。そう思っていると行列もそこでピタと止まった。
『今宵こそ花守殿の所に来られたようじゃの』
『そうじゃの…このまま桃の節句が来てしまったら、わらわはどうしようかと思ったのじゃ』
 牛車の中から出てきた女びなと男びなが、しずしずとシュラインの方を見た。後を付けていたのを知られて機嫌を損ねただろうか…そう思いながら少し息を飲むと、二人は丁寧にお辞儀をする。
『花守殿を知っておられるそなたのおかげで来られたようじゃ』
「花守…あ、ああ!」
 花守と呼ばれる存在のことをシュラインは知っていた。
 異界の花守。松田 麗虎(まつだ・れいこ)…現実での麗虎はフリーライターだが、異界に来ると彼は花守になる。この梅林も異界の林の何処かなのだろう。
「もしかしてあなた達、花守を捜してたのかしら」
 シュラインがそう聞いたときだった。
 パチン…パチン…と、枝を剪定するような音と共に、林の上の方で声がする。
「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿…また今日はずいぶんと大人数だな」
 それと共にシュラインの前に麗虎が現れた。持っていた剪定ばさみを腰に下げたバッグにしまうのを見ると、女びなと男びながぱたぱたとその足下までやって来て、膝をつき頭を下げる。
『花守殿、お会いしとうございました』
『我らの願いを聞いて頂きたい』
 どういう事なのか…ふと後ろを振り返ると、いつの間にか囃子も止まり全員が礼をしている。その様子に、麗虎はシュラインを見て溜息をつきながら笑う。
「すまないな。シュラインを道しるべにしてここに連れて来ちまったらしい」
「私はいいんだけど、あなた達はどうしてここに来たかったのかしら」
『実は、あの家で初節句を迎える女の子に魔物が憑いてしまったのじゃ…』
 それを皮切りに、男びなが事の顛末を話し始めた。
 初節句を迎える女の子がいることはシュラインも知っていたが、その子に何かが憑いているというのは初耳だ。そしてこのまま放っておけば、魔物はその子の命を取り、次の節句を迎えさせないという。
「それとここの林と何の関わりがあるんだ?」
『魔除けの為に桃の花と実を頂きたい。花守殿の林にある実なら、魔除けの力も強いじゃろう』
「それぐらいはいくらでもくれてやるが、まだ何かあるんだろ」
 厄介なのはその後だった。
 魔物はひな人形達に、一つ花に関する謎かけを出したのだ。

 『花の中に桶に足を浸す王様がいる花』を節句までに持ってきたら、娘から離れてやろう。
 約束は違えない。持ってこられなければ娘の命は持っていく。

 その話を聞き、麗虎はふぅと息を吐いた。そしてシュラインの方を見て苦笑する。
「良かったらこいつらを手伝ってやってくれないか?」
 急に話を振られ思わず足元を見ると、女びなと男びなはじっとシュラインを見上げている。ここで「手伝わない」と言えば麗虎は元の場所に戻してくれるのだろうが、それではあの家にいる女の子を見殺しにしてしまうかも知れない。
『お願いじゃ、この通り』
『案内までしてもらって図々しいのじゃが、わらわからもお願いするのじゃ』
 それが必死ながらも可愛らしいので、シュラインは安心させるようにしゃがみ込んだ。これなら人形達に威圧感を与えないだろう。
「いいわよ。でも、私が知ってる花なのかしら…」
「こいつらよりは、シュラインの方が知ってる花だろうな。先入観を持たないほうがいい…見ればなるほどって思うはずだ」
 そう言った後で、麗虎は春の花が咲いている花畑へとシュライン達を案内した。そこにし水仙や福寿草、菜の花などが咲いており、真夜中なのに何故か花たちがほんのりと光を纏っているように見える。
「ここの何処かにあるから頑張って探せ。花たちに聞けば何か教えてくれるかもしれんぞ」
 麗虎がそう言った途端、ひな人形達は散り散りに花を探しに出かけていった。取り残されてしまったシュラインは、麗虎の顔を見ながら困ったように笑ってみせる。
「花たちは答えを知っているのね」
「そうだな。謎かけを解くんだから、花に聞いた方がいいだろう…分かったら呼んでくれ」
 さて、どこから手をつけようか。
 シュラインは何となくその場にしゃがみ込み、そっと水仙に手を伸ばした。
「何か知っていることがあれば教えてくれないかしら?」
 するとクスクス…と小さな笑い声がして、水仙が揺れる。
「わたくしは花の形から『金盃銀台』と呼ばれることがありますの。花冠が白いからですわ…」
 水仙の自己紹介を聞きたい訳ではないのだが、これもまたヒントなのだろうか…そう思っていると、今度はタンポポがコロコロと鈴が鳴るような声で笑う。
「その花は香りがない花なのよ」
 香りがない花…そういわれると、絞り込まれるような気がする。ニオイスミレは違うし、山吹なども当てはまらないだろう。花畑の中を歩きながら、シュラインはそっと花弁の香りを嗅ぎ、花たちの声に耳を傾けた。
「考えて、考えたら分かるはずよ」
「花言葉は『私を思って下さい』…愛される事を願っている花なの」
 たくさんの花が光を纏いながら闇に揺れる。
 その中をシュラインは花を探して歩く。
 花の中で足を浸す王様…それはどういう意味なのだろう。水仙のようにそんな別名がある花なのか、それともあれは自分をからかっただけなのか。さわさわと花が揺れると、その芳香が漂い、その香りにむせかえりそうになる。
「………」
 どうしよう。
 考えれば考えるほど、どの花か分からなくなってきた。一度頭の中で情報を整理した方がいいかもしれない…シュラインは口元に手を当て考え始める。
 花たちは『考えたら分かる』と言っていた。それは何のヒントなのか…何か引っかかっているのだが、それが思うように出てこない。まるで思考の迷路に迷い込んだように、同じ所をぐるぐる回っているようだ。
 そうしていると、花たちがまた耳元で囁き始めた。
「貴女のその姿、探している花にとてもそっくりよ」
「………!」
 何かに弾かれたように顔を上げ、シュラインはそれを探し始めた。考えれば分かる…つぼみが下を向き首をかしげているように見えるため、フランス語の「パンセ(考える・思想)」という言葉からつけられたあの花…。
「分かった?」
「ええ、トリニティって別名のあるあの花ね」
 それは「パンジー」だった。そこまで来るとシュラインは麗虎の名を呼ぶ。
「分かったわ、これで正解でしょ?」
「正解だ。じゃあ人形達も呼んで見せてやるか」
 散り散りになっていた人形達を呼び寄せると麗虎はパンジーを一輪摘み、その花びらを一枚ずつ取っていった。するとその中に『花の中で足を浸す王様』が現れる。
「おしべの黄色が頭で、太った王様が足を浸してるように見えるだろ?」
「本当…知らなかったわ」
 自然が作り出した物なのに、小さな人形がそこにいるようだった。感心しているシュラインに、麗虎が笑いながらパンジーの鉢植えと桃の枝、そして美味しそうな実を渡す。
「これでいいだろう。ひな壇の前に飾ってやればいい…桃は魔除けになるから、これで魔物も近づけんだろうし、約束を違えたら花たちが許さん」
『礼を言うのじゃ…』
「ありがとう。これでこの子達も出歩かなくなるわ」
 そう言ってシュラインが頭を下げたときだった。不意に目の前がぱっと明るくなり、麗虎が水仙の花束をシュラインに差し出している。
「土産に持って帰りなよ。金盃銀台で、火難除けになる」
「もらっちゃっても良いのかしら…」
「花が行きたいって言ってるからな」
 クスクス…と微かな笑い声が聞こえた。それをそっと持ち、シュラインも同じように微笑む。その様子を見て麗虎は梅林の方を真っ直ぐ指さした。
「あとは俺が指さす方向を真っ直ぐ歩いて帰ればいい…また何かあったらいつでも来な。案内はちゃんとするから」
『花守殿、ありがたい…この恩は忘れないのじゃ』
 女びなと男びなが牛車に乗るとまた鼓の音が鳴り、行列が歩き始める。
 その一番最後を歩きながら、シュラインは何度も振り返り麗虎に手を振った。

「シュライン?どこ行ってたんだ」
 門の前で心配そうに立っている武彦を見た途端、シュラインは嬉しそうに両手に花を持ったまま近くまで走っていった。ひな人形達には、自分達から桃の実やパンジーを渡すと言うことで了解してもらったので、これから夜な夜な出歩くことはないだろう。
「ごめんなさい、ちょっと一仕事して来ちゃったの」
 異界の森には触れずに、シュラインはどうしてひな人形達が出歩いていたのかの説明をした。あとは夜が明けてからこの花と実を家の人に渡し、ひな壇に飾れば魔物は去っていく…異界の桃の木ならきっとその力も大きいはずだ。
 それを話すと武彦が何かに気付いたように、深呼吸をした
「シュライン、香水とかつけたか?なんか花の香りがする…」
 そう言われると、ほんのりと服などに香りがついているような気がする。ずっと花畑にいたせいなのか、それとも花たちの可愛い悪戯なのか。きっと、ひな人形が飾ってある部屋にも同じような香りが漂っているのだろう。
「花を探していたせいだと思うわ。でも、本当にいい匂い…」
 さっきまで静まりかえっていた木々達が、優しい気配を見せている。もう心もざわめかない。
「水仙もその魔除けなのか?」
 そんな事を聞く武彦に何となくくすっと笑い、シュラインはパンジーと桃の枝を渡した。
「これは…お土産かな」
「は?」
 いつか…武彦にもあの風景を見せてあげられたら。
 そう思いながら水仙に顔を近づけると、鈴が転がるような笑い声と共に何処かで鼓の音がポーンと高い音を立てた。

fin

◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
異界の花守の依頼…というには変則的なお話ですが、花に関する謎かけを解く話を書かせて頂きました。パンジーの中の王様は、ずいぶん前に知ったのですが、本当に王様が足を浸しているように見えます。
ひな人形達はずっと花守を捜して彷徨っていた…という感じです。夜な夜な行列も大変そうですが。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
また機会がありましたらよろしくお願いします。