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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

 隙がない。
 篁(たかむら)コーポレーションの応接室に通された黒 冥月(へい・みんゆぇ)が、最初に感じた印象はそれだった。しつらえだけではなく座り心地の良いソファーに、壁に飾られている絵や窓の位置…それら全てが何か計算されたように、ピンとした緊張感を与えている。
「何だか隙がなさ過ぎて居心地が悪いな」
 歯に衣着せずに冥月がそう言うと、向かい合わせに座っている篁コーポレーションの社長である篁 雅輝(たかむら・まさき)は、指を組みながらほんの少しだけ微笑んだ。
「普段は別の応接室を使うんだけど、今は緊急時なので居心地に関しては我慢してください。『仕事』の話をするならこれぐらいの方が良いでしょう?」
 仕事の話。
 去年篁コーポレーションがクリスマスマーケットを行ったときに、スナイパーが重役達を狙おうとしたのを阻止したことがあった。いったい誰が本命だったのかは謎だが、そいつが狙っていた中に雅輝がいたことも確かだ。無論事件に関しては報告しているので、雅輝も把握しているようだ。
「………」
 こと…と音がして、冥月の前に紅茶とケーキが出される。いつもなら雅輝の側には秘書である冬夜(とうや)がついているのだが、今日はその姿も気配も見えない。
「今日は何の用だ?」
 紅茶のカップを持ちながら素っ気なく言うと、雅輝は脇に置いてあった書類を出しながら『仕事』について説明をし始めた。
「今日頼みたいのは、僕の会社役員の護衛です」
 年が明けてから、篁コーポレーションの役員が殺されるという事件が続いているらしい。先日雅輝自身も襲われたと言うのだが、それをまるで他人事のように雅輝は笑いながら話す。
「自分が襲われたのに、ずいぶん他人事だな」
「大抵僕の側には優秀な秘書やボディガードがいるし、これで死ぬなら僕はそれまでの人間だったって事ですよ…と言っても、別に生きることを諦めている訳じゃないから、誤解されると困るんだけど」
 食えない奴だ。冥月はそっと溜息をつく。
 ある意味一番危険に近い場所にいるのに、その自信はどこから来るのだろう。もし仮に、冥月がいきなり顔すれすれに刃を突きつけたとしても、その表情は変わらないような気さえする。
「話を続けてもいいかな」
「ああ、ちょっと考え事をしていただけだ」
 その犯人がクリスマスの時の犯人と同じかどうかは不明らしい。雅輝は目を細め、やれやれというように肩をすくめる。
「単独犯だってのは分かったんだけど、それ以上の情報がなくて今のところ手詰まりなんだ」
 情報がなくて手詰まり…という言葉に冥月は違和感を覚えた。
 雅輝は『Nightingale』という名の個人組織を持っているはずだ。能力者や人ならざる者で構成されているというそれらを使えば、殺人犯の一人ぐらい簡単に捕らえられそうなものだが…。
 だがそれについて問うと、雅輝からはあっさりとこんな答えが返ってきた。
「あれは僕個人のものであって、会社のものじゃないから」
「なるほど。で、その犯人とは、今外で気配殺してる男か?」
 それを言った瞬間、隣の部屋から人が飛び出す音がした。おそらくボディガードを用意していたのだろう。
 いくら外で気配を殺していても、殺気に関して冥月はすぐ分かる。すると雅輝は溜息をつきながら冥月に視線を向けた。
「知っていたのなら、捕まえてくれれば手間が省けたのに…」
「まだ仕事は請けていないからな」
「こんな事なら冬夜を側につけておけば良かったかな」
 雅輝がそう言うと共に、携帯の着信音がする。それに短く言葉を交わすと、携帯を折りたたみながら雅輝はソファーの背もたれに寄りかかった。
「逃げられたそうです。この仕事、請けて頂けますか?」
 影の特徴は捉えたし、護衛をすることも犯人を捕らえることに異論はない。それに、そもそも断るつもりなら最初からここに来る必要はないのだ。
「ああ、元からそのつもりだ」
 これなら簡単な依頼だろう…冥月が紅茶を飲むためにカップを持ったときだった。雅輝の目がくす…と笑い、それと同時に隣の部屋から長い黒髪をポニーテールにした少女が現れる。
「よろしくお願いいたします」
 それは『Nightingale』に所属している葵(あおい)と言う名の少女だった。以前一緒に仕事をしたときに『私の師になって下さい』と言われたことがあるが、無論それを承知したつもりはない。
「じゃあ『二人』でよろしく頼むよ」
「なっ…」
 そんな話は聞いていない。
 葵は期待に満ちた表情で冥月を見つめている。それを無視するように冥月はしっしっと手で払う仕草をした。
「足手纏いはいらん。それに『Nightingale』は会社のものじゃなかったんじゃないのか?」
「使うも使わないも僕次第と言うことで」
 やっぱり煮ても焼いても食えない奴だ。詭弁ではあるが、確かにその通りでもある。
 雅輝の座っているソファーの隣にいる葵は、冥月に足手纏いと言われたのがショックだったのか、落胆した表情でこう言った。
「冥月師…私、雅輝様のお役に立ちたいんです。前のような失態はいたしませんから、一緒に連れて行ってくださいませ!」
 確かに前の時のように、高飛車で自信過剰なところもなくなった。雅輝の役に立ちたいという気持ちは確かなのだろう…仕方がないというように冥月は紅茶を飲み、息をついた。
「仕方ないな…だが、足手纏いだと思ったら容赦なく置いていくから覚悟しろ」
「ありがとうございます。お手を煩わせないようにいたします」

 重役である吉田(よしだ)の監視は、雅輝が前もって知らせてくれたスケジュール通りに進んでいった。他の会社との商談、昼食会、会議…元々几帳面なところがあるらしく、唐突にスケジュールを変えることがないので、監視するのはかなり楽だった。
「今のところ妙な気配はないな」
 殺気も、特徴のある影も近づいてはきていない。次は年度末の重役会議を本社でやるので、引き返さなければならない。すると車を運転している葵が、唐突にこんな事を聞いてきた。
「……つかぬ事をお伺いしますが、前にお会いした冥月師の弟子という香里亜(かりあ)さんとは、いったいどのようなご関係なのでしょう?」
 何故今そんな事を聞いてくるのか。チラ…と横目で葵を見ると、葵は妙に真剣な表情をしている。葵は、冥月師になって欲しいと言っていたので、それが気になるのだろうか。そういう所は年相応の少女であるらしい。
「関係…と言われても、妹のようなものだ」
「でも、仲も良さそうでしたし…」
「それは知り合った時期とかの違いだ。会う回数も多いからな。ほら、護衛相手を見失ったら本末転倒だぞ」
「は、はい!」
 やきもちと言うよりは、もっと複雑な心境なのか。その辺の乙女心は冥月にはよく分からないが、葵にとっては重大な問題のようだ。それに溜息をつきながら、冥月は護衛相手に関して書かれた書類に目を通す。
「………」
 篁コーポレーションは、雅輝が祖父から受け継いだ会社である。だが、まだ二十代の雅輝が社長になったことに対して、反発する者達もいるらしい。護衛している吉田もその一人である。だがそれに関しては、仕方がないところもあるだろう。
「あの方は、雅輝様に反発する派閥の中心なので嫌いですわ」
 ぼつりと葵がそう呟いた。
 確かに葵から見ればそう思うのは当然かもしれない。だが冥月は葵に向かってこう言い放った。
「私情を挟むなら帰れ。篁はそんな器の小さな男か?私達をつけた意を汲め」
「………」
 葵が押し黙る。
 本当に吉田が邪魔であると思うなら、雅輝はわざわざ護衛などつけないはずだ。黙っていても反発する相手がいなくなるのだ。これほど楽なことはないだろう。
 なのに護衛をつける理由。
 それは雅輝が彼の役員としての能力を買っているからだ。反発は自分の経営力で納得させればいい。しかし優秀な社員を失ってしまえば、そこに穴が開く。世の中は好き嫌いの感情だけで動くものではなく、雅輝はより大きなものを見ているのだ。
 しばらく都内を走り、本社の地下駐車場に車を回したときだった。
「……いるな」
 駐車場の影に冥月は男の影を見つけた。気配を消しているようだが、あふれ出る殺気と特徴のある影でそれが分かる。本社の駐車場に忍び込んでいるとは、なかなか大胆な奴だ。
「どういたしましょう?」
「本当に犯人なのか、襲撃まで待とう。護衛は得意だ」
 それを聞いた葵は、こくっと一つ頷きこう言った。
「では、犯人の方は私にお任せ下さい。冥月師はあの方の安全を」
 それは前とは違う、決意をにじませた言葉だった。以前であれば一人で護衛も犯人確保も出来ると息巻いたであろうが、今日は犯人にだけ集中するという。どうやら葵は冥月が見てない間にちゃんと成長していたようだ。
 ……チリチリとするような緊張感。
 役員が通用口へ向かおうとすると、そこにスーツの男が近づいた。
「…………!」
 瞬間…男が内ポケットに手をやり、指の間に薄い刃物を挟み投げつけようとする。それは正確に急所を捉えていたが、全て冥月の影によって吸収された。
「な、何だ?」
 影を伝い移動し、冥月は吉田の前につく。
「早く社内へ。後は私達が何とかする」
 チッ…とスーツの男が舌打ちをした。そこに葵の声が響き渡る。
「会社の敵は雅輝様の敵ですわ…私がお相手いたします」
「駐車場で殺せばもっと焦ると思ったんだがな…まあ、女を殺すのは好きだから楽しませてもらうか!」
 それと同時に手から刃が飛んだ。ポニーテールをほどいた葵は、伸縮自在の黒髪でそれをさっと払うが、男の動きは速かった。
「早い…!」
 飛んでくる刃と同じぐらいの早さで男は葵に近づき、刃をちらつかせた。男もただの人間ではなく、指と指の間から刃を出し投げつけることが出来る能力者のようだ。葵は咄嗟にそれを受け流し、軽く後ろに飛んで距離を取る。
「男を殺すのも楽しいが、本当はあんたぐらいの女を殺す方がゾクゾクする…どこから刻まれたい?耳か?それとも…」
 ヒュン…と言う風切り音と共に葵の頬に真っ直ぐ赤い線がつく。
「はっはっは…その方が色っぽい!」
 それは手練れの動きだった。指の間から刃を出し、容赦なく葵に襲いかかり追いつめようとしていく。話す余裕があるぐらい、男の動きは無駄がない。きっとこの能力で、数々の人間を殺してきたのだろう…その血腥さは、冥月が見ても分かった。
「………」
 人を殺し慣れている。その経験から行くと葵の方が多少不利だ。葵が使える能力は髪を伸ばしての攻撃と、後は戦闘訓練による体術だけで、その攻撃を刃物で防がれれば防戦一方になる。かろうじて紙一重でかわしてはいるが、疲労が溜まれば時間の問題だ。
 飛んできた刃に地面を転がり、体制を立て直しながら葵は男に向かい髪を伸ばし続ける。その黒髪がばさっと音を立てて地面に落ちる。
 それでも冥月は葵の先頭を黙って見ていた。いったいどれぐらい成長したのか…そして、任せろと言ったときのあの瞳。自分が手を出すのは最後の手段だ。
 その間にも男は葵の髪を切り刻み、舌を出して刃を舐めた。
「ははっ、シャギーが入った方が似合うぜ。あと、もう少し血化粧があれば完璧だ…」
 押されているはずなのに、葵の目は光を失っていない。くす…と唇の端を上げ、目を細めている。
「貴方はどう頑張っても、私に合いそうにありませんわ」
「そろそろ死ぬか?」
 男が右手を伸ばしたときだった。
 葵が真っ直ぐ走り込み、男が出した左足を踏み台にしてジャンプする。そして後ろに回り込むと同時に、さっと髪をなびかせた。長い髪が音も立てずに男の体に絡みつき、締め上げていく。
「ぐっ…」
「油断して、構えた手と逆の足が出るのを待ってましたの」
 戦闘の間、葵はちゃんと男の動きを見ていたのだ。実力に差があり、能力で劣っていたとしてもその一瞬まで待ち、隙を狙って最高の一撃を入れることが出来る。
 それは機転だけではない。あれから相当訓練したのだろう…あのジャンプからそれが分かった。毒を飲んで自殺されないよう、口を縛ることも忘れていない。
 がく…と葵がその場に膝をついた。それを見て冥月は影で男を縛り上げ、葵の元に近づいた。抵抗はしているが、手は影に吸収しているので刃を出すことは出来ないだろう。
「任せろと言われた時は不安だったが…よくやったな」
 そう言って微笑み、血や泥で汚れた顔を拭うと、葵は潤んだ目で冥月を見つめた。
「冥月師にそう言って頂けると、嬉しいですわ…」
 何とか立ち上がろうとしているのだが、精根尽き果てたようだ。ぺたっと地面に座ってしまった葵を、冥月はそっと抱きかかえた。
「み、冥月師?」
「そのままじゃ篁の所に帰れないだろう?このまま送ってやろう」
 無言で俯いた葵は、お姫様抱っこに慣れていないのか、ほんのりと顔が染まっている。しかも先ほどのしなやかな動きが嘘のように、緊張してガチガチだ。それに冥月が微笑み、通用口のドアを開けようとしたときだった。
「居心地良さそうだね」
「雅輝様?」
「篁…」
 そこには雅輝と冬夜が立っている。冬夜が無言でサングラスを外し男の顔を覗き込むと、抵抗していた動きが止まった。
「お疲れ様。後はこっちで何とかするから、二人でお茶でも飲んでゆっくりするといいよ…それにしても、葵がそうされてるのを見るのは初めてだね」
 葵が両手で顔を隠し、一瞬バランスが崩れそうになる。それを立て直し、冥月はふうっと溜息をつく。
「こら、動くと落とすぞ」
「恥ずかしいですわ…責任取ってくださいます?」
「何の責任だ。篁、お前が何とかしろ」
 それに雅輝が目を細める。
「僕が運んだほうが恥ずかしいと思うから、冥月が社長室まで運んでくれないかな」
 やっぱりいつかこいつは殺そう。
 くすっと微笑む雅輝に視線を投げ、冥月は葵を抱きかかえたままエレベーターに乗った。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
篁雅輝からの依頼で、葵と一緒に依頼をこなして頂きました。葵の活躍を…ということでしたので、戦闘では葵が戦ってます。にしても雅輝の狡猾さと、葵の意外と可愛いところが見えたりしています。
Nightingaleに関して多少プレイングをいじらせて頂きましたが、ご了承下さい。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。