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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

「防衛戦は苦手だ…」
 半分に欠けた月が昇る闇の中、ナイトホークがそう呟いた。その近くにいる陸玖 翠(りく・みどり)は、その言葉を聞き面倒くさそうに溜息をつく。
「苦手と言っても、私達の仕事は『ここを夜明けまで守りきる』ですからねぇ。やるしかないでしょう」
 守りきる場所というのは、ただの小さな石塚だった。だがその周りには、ざわざわとした気配と殺気が漂っている。少しでもこっちが気を抜けば、その集団は自分達に襲いかかってくるだろう。
「俺はカフェのマスターであって、戦闘職に就いた覚えはねぇ」
「仕事に貴賤はありませんよ」
 都市迷彩服にコンバットブーツのナイトホークは、不機嫌そうにコルトガバメントを構えている。いつも使っている三八式歩兵銃は持ってきていないようだ。
 午前二時。
 夜明けまであと四時間ぐらいと言うところか。
 果たしてそれまでここを守りきれるのか。それとも、数に押されて拠点を明け渡してしまうのか…。

 その面倒な依頼は、翠が久しぶりに蒼月亭に酒を飲みに行ったときにナイトホークから持ちかけられたものだった。
「危険な仕事してみたくない?」
 そう言いながら、翠が頼んでもいないダルモア12年のロックを差し出すと、ナイトホークはシガレットケースから煙草を出しながら溜息をつく。
「これはお願いと受け取ってもいいんでしょうかねぇ」
「翠向けの依頼だと思うんだけど」
 その依頼は、ナイトホークが言うとおり翠向けの仕事だった。
 ある石塚…それは林の中にある小さな物だが、遠い昔にある魔物を封じた場所で、依頼内容は「三月四日の0:00から夜明けまで、その石塚を守りきって欲しい」というものだった。何でも暦の巡り合わせでその日に封印が弱くなり、眷属の者達がそれを甦らそうと狙ってくるらしい。
「最初別の奴に頼んでたんだけど、急に『請けられなくなった』って連絡が来て、途方に暮れてたところだから丁度良かった。暇つぶしにやらない?」
 まあ確かに多少の暇はつぶせるだろう。翠はグラスを傾けながら考える。
「面倒ですねぇ…ナイトホークが一緒に依頼を受けてくれて、私がフォローという形でなら請けても構いませんが」
「ちょっと待って、何で俺が一緒にやらなきゃならないんだ?」
「私が面倒だからです」
 きっぱりそう言ってみせると、ナイトホークは溜息と共に煙草の煙を吐いた。
 無論…それが本当の理由ではない。
 翠はナイトホークに関して思っていることがあった。それは自分の家で、友人とナイトホークが『戯れ』と称して一対一の戦闘をした時に見た、ナイトホークの戦い方を見てからずっと引っかかっていたことだ。
 血に飢えた兵士のように、ただ真っ直ぐと敵に突っ込んでいく姿。
 あれでは誰かを護る事は出来ないだろう。防御を考えずに、体が動く限り傷つくことすら恐れずその体を動かしているのは、いったい何の感情なのだろうか。狂気か、衝動か…いくらナイトホークが不死だといっても、無茶すぎる。
 そしてもう一つの謎。
 ナイトホーク曰く、戦闘に入ると普段とスイッチが切り替わるらしい。それを本人は「キレる」と言っていたが、そんな生易しいものじゃない。自分が何をしているのか忘れ、我に返ったときに頭を抱えるほど切り替わってしまうのは、ある意味「戦闘人格」だ。
 それをいったいどこで身につけたのか。そして、もし何かを護らなくてはならなくなったとき、ナイトホークはいったいどう戦うのか。翠はそれに興味がある。
「依頼を流すわけにはいかないでしょう?信用商売ですし」
「仕方ないな…本当は土曜の夜は稼ぎ時なんだけど、早じまいして頑張るわ。フォローの方はよろしく」

「………」
 今のところナイトホークは、何とかキレずにコルトガバメントによる射撃で敵を牽制しているようだ。石塚の周りには四角くしめ縄が張られていて、その対角線上に二人で背中合わせになっているというような格好だ。
「ずいぶんいるな…」
 ほのかな月明かりしかない程の闇なのだが、ナイトホークは暗さを感じずちゃんと敵が見えているようだ。人…そして人でないもの、それら全ての神経がある一点に注がれている。
「実体がないものは私が何とかしましょう。でも、実体があるものはお願いします」
「了解。防衛戦だから、無闇に動き回らないようにするわ」
 舞台は整った。
 あとはどう出るかだ。
 敵はとにかく周りにあるしめ縄を切り、石塚を倒そうとして来るだろう。もしそうなってしまったら、翠の力で何とか封印はし直せるかも知れないが、何が封じられているか分からなければ、対処するのに時間がかかる。
 うおぉぉぉん…。
 うおぉぉぉん…。
 何かが叫ぶような声が聞こえ、それと共に小さなものが一斉に羽音をたて飛びかかってきた。
「キィ!キィ!」
 目も鼻もなく、大きな口だけが目立つ魔物が尖った歯を見せ向かってくる。翠はそれを見て懐から出した符を鉄扇に変え近くに来たものを払い落とす。
「前哨戦にしてはいささか興醒めですね」
 そう呟きながらも、翠はナイトホークの様子を見ることも忘れなかった。まさかこれぐらいでキレて、敵に突っ込んで行かれては困る。まだ夜は長い。
「可愛くない先遣りだ…」
 以前翠が渡した召喚符を使い着剣小銃を呼び出したナイトホークは、それで魔物をなぎ払っていた。我を忘れることもなく、まだ足下で動いているものをブーツで踏みつけ翠の方を見る。
「……もしかして、かなーり心配されてる?」
「当たり前でしょう。キレられて、敵に突っ込まれたら、私一人で護らなければなりませんからね」
「防衛戦でキレたら、もうどうしようもないな。馬鹿もここに極まれりだ」
 確かにそうだ。
 今回のように拠点防衛で、拠点を放り出して敵陣に突撃してしまっては意味がない。ナイトホークもそのあたりは分かっているらしく、気を使っているようだ。
「………」
 また何かの鳴き声が聞こえた。今度は実体のない霊と、人のようなものが同時に突っ込んでくる。それはまるでうねりのように次々とキリがない。
 タン!タンタン…!
 着剣小銃を地面に突き刺し、ナイトホークが脇に下げていたコルトガバメントを撃つ。実体のない相手は翠の術と符を飛ばし、次々と消していく。
「……っと、こちらもお相手しましょうか」
 近くに飛び込んできた男に、翠は軽い身のこなしで首元に回し蹴りを入れた。実体のない敵は何とかすると言ったが、そうでない者を全てナイトホークに任せるわけにはいかない。
「ちっ…」
 しめ縄に近づこうとした者を蹴り飛ばし、銃床を振り回しながらナイトホークは黙々と敵を殲滅していた。前に家で見たときは攻撃を自分で受けに行くような印象だったが、今日はちゃんと避けたりしている。
 翠も舞のように敵を避け、容赦なく鉄扇での攻撃を入れる。この調子なら大丈夫だろう…敵は多いが、二人で何とかなる数だ。今回は防衛が依頼であるから攻撃に出ないだけで、翠が本気を出せばこれぐらいは簡単に殲滅出来る。
「意外ですねぇ」
 敵が近くに来たら、我を忘れると思ったのだが。
 前に見たときとは違い、ちゃんと自分の意志で動いているように見える。攻撃が一旦引いたときに銃のマガジンを交換する余裕もあるし、血に餓えた兵士のようなそぶりも見せてはいない。するとナイトホークがニヤッと笑いながらこう言った。
「言っとくけど、毎回戦闘の時にキレてる訳じゃないから。ちゃんと普通に他の人とこういう仕事もしてるし」
「ふむ…」
 では、その基準はどこにあるのか。
 きっと何か条件のようなものがあるのだろう。そう考えながら、翠は天を仰いだ。月はだいぶ西に傾いている。この調子なら何とか持ちこたえられそうだ。そう思った刹那…。
「………!」
 身の毛がよだつほどの殺気と邪気。
 生臭い風があたりに漂い、ひときわ大きく何かが鳴いた。

 うおおおおぉぉぉん…!

 その声が林の木々を鳴らす。バキバキと何かを踏みつけるような音と共に現れたのは、今まで翠が見たこともないような異形の化け物だった。
 おおよそこの世界の生き物からかけ離れた姿。ぬめぬめと光る体と、触手の先に付いているかぎ爪のようなもの。目や鼻のような器官はなく、ただざわざわと近寄りながら月に向かって吼える。
 その鳴き声に反応するように、石塚がカタカタと音を立てた。
「………」
 これはかなり厄介そうだ。異世界の生き物なのか、それとも別次元からの招かれざる客なのか。どちらにしろこのまま放っておく訳にはいかない…夜明けまでここを守り通せば、後は何物が来ても解放されることはない。翠がそう思って符を用意したときだった。
「たあああっ!」
 何の前触れもなくナイトホークが叫び声を上げた。銃剣を構え、しめ縄を切ろうと振り下ろされるかぎ爪の前に身を躍らせ、己の体でそれを阻止する。
「ナイトホーク!」
 翠の声は聞こえていないようだった。目が据わり、自分に食い込んだかぎ爪を左手で握ったまま右手で銃の引き金を引き続ける。だが、このままではナイトホークが力尽きる方が早い。
「結局私の仕事なんですね」
 溜息をつきながらも、翠はナイトホークがどこでキレるかの基準が分かったような気がしていた。
 おそらくナイトホークは、自分の力で敵わない相手と戦うときになると、自動的にスイッチが入るようになっているのだろう。何故そうなったのかは翠には全く分からないが、それなら先ほどまでの戦闘と、自分の家で見た戦闘の違いが納得出来る。ナイトホークに防御を教えていたのは、遙かに力を超えた者だったのだから。
 それはもしかしたら、自己防衛の手段なのかも知れない。
 しかし、それはあまりにも矛盾した機能だ。自分を護るための戦闘人格が、身を傷つけても突撃していくようでは本末転倒だ。
 それに、もし誰かを巻き込んで戦闘せざるを得ない自体になった場合、これでは誰も護れない。
「………」
 異形はかぎ爪をナイトホークの身に食い込ませたまま、銃で撃たれた場所から体液を吹き出している。そして、当の本人はニヤッと笑みさえ浮かべている。
 翠はそこに走り込み、木の幹を踏み台にして飛び上がった。月を隠すように空中で異形を見下ろし、符を取り出し一瞥…。
「元ある場所にお帰り下さい。ここはあなたのいる世界ではありません」
 符が張り付くのと、異形が吼えたのは同時だった。
 恨めしげに長い鳴き声が響き、空間のひずみへとその姿が引きずり込まれていく。それを見て、ナイトホークは自分の体からかぎ爪を引き抜いた。
「これで大物は終わりですね。ナイトホーク、生きてますか?」
「生き…てる…」
 そう言うと同時にナイトホークは地面に膝を突いた。何とか意識を保っていたようだが、これが限界らしい。流石に体に穴が開いた状態ではどうしようもないだろう。
「本当に、面白い人ですね」
 その姿を見下ろしながら、翠は少しだけ微笑んだ。

「……はっ、現実?」
 そう言いながらナイトホークががばっと体を起こしたのは、夜が白々と明け始めた頃だった。結局あの異形を異界に送った後は特に何もなく、ナイトホークもすぐに蘇生したようだが疲れて寝ていたらしい。
「よくお休みでしたね」
 しゃがんでじーっとナイトホークを見る翠の視線が痛い。
「俺、もしかしてキレましたか?」
「ええ、異形を見た途端それはもうスカッとキレました」
 そして溜息をつきながらこう続ける。
「ナイトホーク、不死ということは結構なメリットですから、いかに捕まらず護れるものを護るかですよ。でも、キレる原因は何となく分かりました」
 自分の力で敵わない相手だと、戦闘人格へのスイッチが入る。だがどうしてそうなったのか、誰がそんな条件を後付けしたのか。それをどうにかしない限り、何かを護る戦いはナイトホークにとって難しいだろう。
 それを聞いたナイトホークは膝を抱えて俯く。
「分かってるんだ、それは。俺だって護りたいもんとかあるし。でも、気が付くとやらかしてるんだよな…あーっ、馬鹿もここに極まれりだ」
「少しずつ何とかしていきましょう。いつもキレる訳じゃないって分かっただけでも、私にとっては得る物がありましたよ」
 そう言いながら翠はナイトホークに手を差し出した。
 ほんの少しだけだが、ナイトホークの抱える闇が見えたような気がする。いつかそれが振り払えれば…。
 差し出した手を支えにしてナイトホークが立ち上がり、自分の姿を見て溜息をつきながらシガレットケースを出す。
「この格好でどうやって帰るかな。絶対通報されるな、こりゃ」
「召喚符で服でも召喚しなさい。ほら、夜が明けますよ」
 少しずつ朝の光が辺りを照らし、小鳥の鳴き声が聞こえ始める。
 そっと翠が石塚を振り返ると、朝の光に照らされたそれは何事もなかったように静かにそっと佇んでいた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6118/陸玖・翠/女性/23歳/面倒くさがり屋の陰陽師

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
ナイトホークからの危険な仕事を同伴で、一緒に何かを護る…ということで、色々考えて拠点防衛の話を書かせて頂きました。何度かナイトホークは仕事に参加しているのですが、毎回キレているわけではなく、一定の条件でキレてます。そこに少し触れる話になっています。
翠さんからみると危なっかしいですよね。そのあたりがどうなるかは、また別の話ということで。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。