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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


過去(ゆめ)見るお守り袋

「それはまた‥‥不思議な話だねぇ?」

 くるくると煙管を弄ぶのは、ここアンティークショップ・レンの女主人、碧摩蓮だ。
 目の前の『お守り袋』に触るべきか、否か。ここは否、と目利きで鍛えた勘で断じて依頼人の前煙管を吸ってみせる。
「ふぅん、これを持ってると神隠しに遭う、か‥‥しかも過去の自分を見ちまうって?」
 ──良い過去も、悪い過去も。
「確かに神隠しに遭ったアンタが言うならそうなんだろう、ね‥‥」
 偶然この小さなお守り袋を手にした中年の男。良い過去なら手放す筈もない、蓮は勘で見たくないものを見たのだと思った。
「分かったよ、この『お守り袋』はあたしが引き取ろう。それで問題ないね?」
 男はホッとしたように頷いた。
 これが手元にあると何度でも繰り返しあの嫌な過去を見てしまうから──と。

「とは言っても今度はあたしが見て捕まりでもしたら難儀だね。誰か声をかけてみようか‥‥」


●過去(ゆめ)見る場所は公園から
 二月にしては何だか暖かいと思われる気候の中、ミリーシャ・ゾルレグスキーは様々な表情で行き交う人の波を無表情にすり抜けていく。
 ──アンティークショップ・レン‥‥あった‥‥。
 必要な事以外口にしないミリーシャは、独り言など呟かない。丁度同い年くらいの少女達のカタマリが甲高い笑い声を上げて通り過ぎたが、彼女はどっしりと表情を変える事なく、団長からの言付け通りに店内へと入って行った。

「ミリーシャ・ゾルレグスキー?」
 店内に居た碧摩・蓮が、煙管を片手に訊ねる。
「‥‥はい‥‥」
 愛想笑いの一つもないミリーシャに何を思うでもなく、そら、と一通の手紙と小箱をワンセットに託された。
「これを団長さんに渡しとくれ。団長には話つけてあるからね‥‥っとああ、それと」
 小箱に手を伸ばそうとしていたミリーシャの前で、煙管の先でコンと叩いてみせた。
「この小箱は団長さんに渡すまで、開けるんじゃないよ。『連れてかれる』からね」

 ──ちょっと‥‥休憩‥‥。
 いつもはオートバイを縦横無尽に走らせ、その他急遽興行移動のトラック運転を任されたりするが、徒歩での使いは久々だった。
 自分の住む街、東京。じっくり見て歩くのは初めてかもしれない。
 ──だからかな‥‥一休み、なんて‥‥。
 急いで帰って来いとは言われていない。むしろ息抜きして来いと追い出されたくらいだ。
 二月の外だったが、太陽の光に溢れた公園は暖かい。そう言えば、テレビで今年の冬は暖冬だとか言っていただろうか。
 ベンチに腰を下ろし、小箱を膝の上でなく隣に置く。団長が何を引き取って来いと言ったかは別段興味がなかったし、開けるなと言われているものを無理矢理開けるキャラでもない。
 のだが。
「キキィーッ!」
 突如間近で聞こえた奇声に閉じていた瞳をぱちりと開ける。
 その聞き覚えのある奇声は、自分の所属するサーカス団でよく聞くもの。手が長く、なかなか器用なあの動物。
「‥‥‥‥」
 無言で隣を見つめると、今まで一人きりだったベンチにカップルのように寄り添って座る猿が居た。
 ──日本猿。哺乳類 霊長目 オナガザル科。学名Macaca fuscata。日本の本州・四国・九州・屋久島に広く分布する。体重は8〜18キロほど。体長が
 などと言っている場合ではない。
「‥‥それ、返して‥‥」
 何しろあの小箱を両手で器用に蓋を開けていたのだから。
 ──お守り‥‥袋‥‥?
 日本独特の刺繍された小袋が中に一つ、入っていた。猿は好奇心だけで動いているのか、それを手に取ろうとする。
「ダメ‥‥それ」
「マンダリンちゃん! マンダリンちゃーんっ!」
 またも常識を破って割り込んできた奇声(そうとしか聞こえなかった)。
「まぁッ! こんな所に居たの!? お家帰るわよ、マンダリンちゃんッ!!」
「‥‥‥‥‥‥」
「キキーッ!」
 マンダリンという名前だったのか。
 という感想はともかく、開けるだけ開けていき、その上放り出すように手放したため、サーカスで鍛えた条件反射によって空中でナイスキャッチする──と。
 グ ラ リ 。
 公園の景色が目前に迫ってくるような感覚に捕われた。

●過去(ゆめ)のひと時
「‥‥っ?‥‥」
 意識がシェイクされたような感覚に頭と体が驚き、立ち尽くしていたらしい。そっと目を開けると、
「‥‥っっ!!!」
 無表情のままびくりと固まった。
『調子はどうだ? ミリーシャ・ゾルレグスキー君?』
 普段滅多に聞かない母国語と、それを発する声質と、ここから見える細面の顔に思わず動揺した。
 ──何で。どうしてここに‥‥。
 あの人が、と。そして微妙に遠くから微笑みかけるその顔に懐かしさと嘘臭さを感じて思わず足が一歩退いた。
 だが、彼は私に向かって笑いかけたのでも言葉をかけたのでもないらしい。記憶に違わぬその姿と言葉に動じつつもホッとすると、更にミリーシャを混乱させるような声が聞こえた。
『‥‥問題ありません』
 感情の欠落したその声に、先ほどとは違った衝撃が走る。見開いた目には男と向き合う後ろ姿。自分より少し若い、その背は‥‥。
 ──私‥‥?
 そんな、馬鹿な。
 愕然とする自分の前で、自分と同じ声で同じ髪型で男と対峙している少女は、淡々と会話している。
『やれやれ、私はそんな事を訊いたんじゃないんだがね。ああまぁいい、それより次は射撃訓練だったね』
『‥‥はい』
『君は一番優秀だからね。私達は期待をしている。これからも国のため、国民のためを思って頑張ってくれたまえ』
『‥‥はい、長官』
 気持ち悪いほどの笑顔に、過去の自分は一切頓着しない。綺麗なまでに感情の抜け落ちたその顔で一礼すると、訓練場に向かって歩き出す。その背後で、先ほど長官と呼ばれた──アイザック・アブドゥバリエフ長官がほくそ笑む。
 頭の中身を撫でられたような不快な気がするのは、過去に実際自分が体験したそのままだったからだろうか? それとも──。
『今の彼女は淡々としていてつまらないね』
 にこにこと見送っていた彼がぽつりと呟いた。一瞬のうちに冷水を浴びせられたような気になったのはどういう感情からだろうか。
 控えていた男が意地が悪い、と呟く。
『彼女がそうなるように仕向けたのは長官でしょう。人を殺し、笑顔を無くし、ついには涙まで無くしてしまった』
 それは十代の少女に向けられた憐憫の情だろうか。しかしそんな非難も子供の口答えのように感じるのか、長官が苦笑する。
『仕方ないだろう? 武器には、感情など必要ないのだから』

『‥‥右1‥‥左5‥‥前3‥‥後ろ7‥‥』
 今では見る事もない迷彩服に身を包んだ自分が小さく呟く言葉を、自分も追うように呟く。
 声が届かなくても聞こえる。映画のセットのような建物の中で自分が何を思い何を考えているのか。
 ──敵を数えているのだ。
「ぎきぃぃっ!」
 セットの一部から人間でない、何かが飛び出してくる。動きの早いそれを見失う事もなく、過去のミリーシャは手にした短銃(ピストル)で飛び出してきたそれに向かって引き金を引いた。
 綺麗に脳みそを撃ちぬかれたそれは、そのまま地面に倒れ落ちる。人間でない毛むくじゃらのそれに驚く事はない、何故ならそれはミリーシャが幾度も訓練相手に使われた‥‥遺伝子操作により奇形にされた猿だったのだから。
 ばすっ! ばすっ! ばすっ!
「きぃいいい!」
 普通の人間なら見失うだろう猿の素早い動きは、彼女の動体視力の確認と能力アップのために訓練に使われていた。いや、研究所のゴミの片付けとして訓練に利用されていたのかもしれない。
 ──無機物を相手にするより、よっぽど能力向上に役立つから。
 公園でも聞いたばかりのその奇声は、確かに言葉など話せないのに、『悲しい』とミリーシャには聞こえていた。

 小銃(ライフル)、散弾銃(ショットガン)、機関銃(マシンガン)、暗殺を主とする自分がいざ使えない武器がないように、徹底的に叩き込まれた。
『97、98、99‥‥100!』
 腕が鈍らないように、最低100は連続で撃ち続ける。辛い、とも苦しい、とも感じない顔は紛れもなく自分のもので、今のミリーシャはただ黙って目の前で続けられる訓練を見ていた。
『よし、的は全て急所だな』
 散らばる毛皮の下の内臓を軽くチェックした男は、ミリーシャに次々と指示を出していく。
 今でこそ難なく武器を扱い、玩具のように扱われる命を前にしても顔を歪めなくなったが、記憶には鮮烈に残っている。
 ──ミリーシャ、君はまだ武器もまともに扱えないのか?
 ──いちいち情けをかける必要などない、それはただの練習用の的だ。
 ──この程度で脈拍100を越えたか‥‥長官に報告せねば。まだ使いものにならない、と。
 記憶が溢れてきて、息が苦しくなってくる。目の前の男達に奪われた感情はまだ正常に作動せず、眉間に皺だけが寄った。
『失敗は許されない。失敗をすれば君はここへは戻って来れず、あの猿のように殺されるだけだ』
 情熱の一欠けらもない指示者の前で、過去のミリーシャは暗殺者としての技を磨いていく。
 人を殺すだけでなく、人を殺すに至るまでの過程で必要な技の数々。トラフィック解析含む通信傍受、エンジンの周波数から得る情報、赤外線や可視光線で理解するE−O情報、暗殺相手に辿り着くまでのオープンソース・インテリジェンス‥‥これら全て、ここ以外では得られなかった事ばかりだ。
「‥‥息が‥‥苦しい‥‥」
 ヘリの操縦桿を握り、真剣に垂直上昇や垂直降下、ホバリングを繰り返す過去の自分を見上げながら、ミリーシャは呟いた。
 かつて確かにここで生活をしていた筈なのに、今の自分にはただ苦しく感じられた。
『ミリーシャ、テールロータブーレードの迎え角の調整が甘い。‥‥そうだ、コレクティブピッチレバーを引き上げて上昇させろ、機体が右に回り始めたら左ラダーペダルを踏み込め。テールローターの推力を増大させるんだ』
『‥‥はい、サイクリックを左に操作して右側進を止めます‥‥』
 ただ諾々と従う日々だった自分。それが当たり前だった筈なのに、今の自分には息苦しい。
 埃舞う地面に立ち、自分の心も風に煽られゆらゆらと揺れているのを感じる。心の中には目の前の光景だけでなく、一番深くに沈めた記憶が甦っていた。
 ──いや、やめて。
 そこは何もない、最低限の机と椅子がある部屋だった。
 ──おねがい、もういやなの、家にかえりたい!
 泣き叫ぶ自分と、数人にのしかかられ体の自由を奪われ見上げた灯り。
 ──やめて、やめてやめてやめてやめてっ!!
 生ぬるい雫がこめかみを伝い、長い髪がぐちゃぐちゃになった。
 つぷ、と腕に何かが入り込む。ただただその感覚が嫌で、からからに乾いた唇でやめて、と呟いていた。

 完全に油断をしていたその時、近距離で爆風が起こり、立ち竦んでいた体が吹っ飛ばされた。
 幸い直撃を受ける事はなかったらしいが、体に染み付いた経験が『攻撃されたのだ』と警告を鳴らしている。即座に起き上がり身を伏せて周囲を様子を伺うと、既に目の前の光景が変わっていたのを知る。
 空が藍色に染まり、目の前には赤く染まった死体が一体転がっている。地面の陥没具合と周囲の影響を弾き出し、弾道ミサイル辺りだと当たりをつけた。
『うっ、あ‥‥』
 死んだかと思った赤い丸太が声を上げた。その高い声は紛れもなく女性。しかも
「‥‥わ、たし‥‥?」
 銀色の長い髪が散らばっていた。そのところどころにも赤い、闇の中では黒くも見える染みがついている。
 咄嗟に過去の自分が死んだのかと思った。だが、よく考えればこれだけの大怪我を負った事が‥‥過去に一度だけ、あった。
 ──‥‥最後の暗殺任務で、失敗した時の‥‥シーン‥‥?
 罠に嵌まり、対象者を屠る事が唯一出来なかった任務。さっきまで感じていた息苦しさとは別の感情が迸り、泣きたくなった。
『‥‥死体?』
 誰もいないと思っていた暗闇に、小柄な少年が現れた。身を伏せるこちらには一切気付かない仕草で血だるまになっている自分に屈みこむ様子を、少し離れて見守った。
『大丈夫‥‥?』
 流れる血に気付いたのだろう、即座に荷物から布を取り出し手当てをする様子を見てられず、ミリーシャは自分の腕に顔を伏せた。
 体の震えが止まらないのは、何故?
 凍っていた頬がじんわりと熱を持つのは、何故?
 心がこれほどまでに震えるのは、どうして──?

 くるくると万華鏡のように変わる光景は、既に怪我も完治し、少年について入ったサーカス団でオートバイの芸を完全に身に付けた後を映し出す。
 幾つかのサーカス団に世話になり、ごく自然の流れで日本に移り住む事になった。今私が住む街、東京へと──。

●目覚めの時
 ハッ! と顔を上げて真っ先に目に入ったのは、嘘みたいに明るい日差しだった。
「‥‥え?」
 いつもの無表情が嘘のように、目を見開き、辺りをキョロキョロと伺う。
 平和そうな声が公園のあちこちで聞かれ、人の悪意や撃鉄の無情な音など無縁の世界。心と体にお湯が滲み込むように緊張を和らげていく。
「‥‥‥‥」
 手元を見ると、遺伝子操作などされていない猿から受け取ったお守り袋が一つ。
 不思議な夢を見た、と思うと同時に、頬に触れる優しい風が、温もりを与える日差しが、愛しい、と思えた。
 そのまましばらく自然が与える恵みを享受していたが、団長に頼まれていた使いを果たすべく、腰を上げる。
 人の波に戻ると、アンティークショップ・レンに入る前に見たような少女達とすれ違った。
 ──きゃ〜、それ可愛いっ!
 ──ほんと? これあの店で買ったんだ、これから行く?
 ──行く行くーっ♪
 ころころと表情を変えて笑う少女達。いつもは無表情に見送るそれに、気付けばミリーシャの口元が綻んでいた。

「‥‥生きてる‥‥」
 今の私も。公園で出会った猿も。すれ違った少女達も。この東京で感じる自然全ても。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 6814 / ミリーシャ・ゾルレグスキー  / 女性 / 17 / サーカスの団員


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■         ライター通信          ■
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ミリーシャ・ゾルレグスキーさま、ご依頼ありがとうございました!

今現在、笑顔を失っている理由を過去(ゆめ)という形で表現させて頂きました。如何でしたでしょうか?
皮肉な事に、人は何かを失ってからでないと笑顔一つの重みや自由を奪われない事の大切さを実感出来なかったりします。
ミリーシャさまは辛く過酷な環境にいたからこそ、その重み、大切さをよりご存知なのではないでしょうか?
薬物の影響で表面的にはわからなくても、小さく表れるそこに、何か大きなものを秘めているように‥‥。

ミリーシャさまの一面を少しでも上手く表現出来ていたら幸いです。
もし何か不都合な所がございましたら、遠慮なく申し付けて下さいませ。

今後もOMCにて頑張って参りますので、ご縁がありましたら、またぜひよろしくお願いしますね。
ご依頼ありがとうございました。

OMCライター・べるがーより