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<東京怪談・PCゲームノベル>


GATE:04 『黄昏の決闘』 ―前編―



「というわけでね、今回はその事件を解決してもらうことが目的になるねぇ」
 女将ののんびりした口調にそれぞれが「うーん」と唸る。
 死んだ男からの手紙……。一体どういうことだろう?
「そのネイサンって人に話を聞かないといけないよな。カリムをなんで殺したのかとか」
「話を聞かなければならないが、ネイサンはどこに?」
 梧北斗と菊理野友衛の言葉に女将は「そんなのアタシが知るもんか」と言い放って奥へと戻る。
「今度は西部劇かぁ……。死んだはずの男から手紙……死んだはずの……人間が、ね」
 ぶつぶつと呟く成瀬冬馬の脳裏に浮かぶのは、ある少女だ。黒髪の、あの……。
(死んだはずの……奈々子ちゃん)
 店内を見回す冬馬。前にここを去る時に見た、あの……ミッシという少女はいない。いや、ワタライ全員がいない。彼らは呼ばない限り奥から出てこないのだ。まるで店員だ。確かにここは駄菓子屋風の店ではあるが。
「おぉーい、成瀬さん、大丈夫?」
 眼前でひらひらと手を振る北斗に気づき、冬馬は「ごめん」と謝った。そんな冬馬を心配そうに見ているのは友衛もだ。
「大丈夫か……? あの黒髪の女のこと、気にしてたが……」
「いやっ、いいよ! 気にしないで!」
 冬馬は明るく、そしてわざとらしい大声で言って両手を振ると、奥に向けて声をかけた。
「オート君! ボクと一緒に聞き込み行ってくれる!?」
 奥からオートが出てくる。彼はいつものように微笑を浮かべていた。
「構いませんよ。行きましょう、成瀬サン」
 北斗はフレア、友衛は維緒と共にそれぞれ町に情報収集に出掛けた。



 冬馬は町で聞き込みをおこなっていた。聞き込みに没頭しようとしていた。余計なことを考えるのは後回し。今は聞き込みに集中しよう。そう自分に言い聞かせながら。
 カリムの親しい人。カリムを死後に見かけた人がいるかどうか。カリムが死んでいない場合、潜んで居そうな場所はないか。そして――。
 元々ネイサンとカリムは仲が悪いそうだ。それでとうとう頭にきて決闘し、カリムが死んだ。つまりはそういうことらしい。
「カリムが親しいのはリネという女性だけか。死後に見かけた人はゼロ。潜んでいそうな場所は町の外か……ちょっと遠いから今日は行けないね」
「ではリネに会いに行きますか?」
「でも夜の酒場でしょ? 今はお昼だから寝てるってさっきオバさんが言ってたし……。ああ、夜に行けばいいのかな」
「そうですね。そのほうが良いでしょう」
 そうだね、と頷いてから……冬馬は押し黙る。一緒に歩き回り、それでもオートは自分から口を開きはしない。わかってはいた。わかってはいたが。
「あ、あのさ、オート君」
 声をかけるとオートが冬馬のほうを見遣った。オレンジ色のレンズの向こうの瞳は、はっきりとこちらに向けられてはいない。いつ訊こうかと悩んでいた冬馬の心中を察していたのか、いないのかわからない態度だ。
「なんでしょう?」
「訊きたい事が、あるんだけど……あ、答えられないなら別に答えなくてもいいんだけど」
 言い難そうにしている冬馬にオートは小さく微笑む。
「わかってます。答えられない質問には、答えませんから」
「……この間、ミッシって子を見かけたんだけど……その……彼女は……何者なんだろう?」
 動揺するかと、本当は思っていた。オートが少しでも、なんらかの反応を見せるかと。
 しかしオートは穏やかに微笑んだままだ。まるで、たいしたことがないような、態度。
 冬馬は続けた。
「フレアちゃんを『姉さん』って言ってたけど……姉妹なのかい? フレアちゃんには、聞きづらくて、ね。彼女も……ワタライ、なの?」
「なるほど。成瀬サンは、一ノ瀬奈々子に似ているから、ミッシングが気になるんですね」
 さらりと。
 心臓に響く言葉を、オートは放った。まるで、冬馬が何に悩んでいるか最初から知っていたかのように。
 冬馬は狼狽しそうになる。その通りだった。
 一ノ瀬奈々子の面影が強い。彼女そのものと言ってもいいくらい、瓜二つだった。だが奈々子と決定的に違うのが年齢、身長、体躯だ。
 奈々子よりも年上で、奈々子よりも身長が高く、奈々子よりも女らしい身体つきだった。
 一ノ瀬奈々子という少女が成長すれば、あんな姿になるのではと思うほど――。
「ミッシング……?」
「ミッシング=ライダー。それが彼女の名前です。
 ミッシはフレアと姉妹ですよ。昔はもっとフレアに似ていたんですよ。今はもう、ほとんど面影はないですけど。ああでも……『姉妹』という表現は適切ではないかもしれません。でも、妹……後から生まれた存在なので、間違ってはいないですけどね。
 それと、ミッシングはワタライではありません」
 おかしい。
(フレアちゃんのファミリーネームは『ストレンジ』じゃないか……? ミッシングって子は『ライダー』だ)
「腹違いの姉妹ではありませんよ」
 冬馬はぎくりとした。まるで読心しているかのように、オートが先回りして答えたからだ。
「そんなにその少女のこと、大事なんですか? 目の前で死んだから?」
「っ、な、んで……それ」
「誰がどう見ても絶望的な状態で、生きているとあなたは本気で思っているんですか? 本当に?
 あの瓦礫の下敷きになって、『奇跡的に』生き残れるなんて……。そんなこと、『あるわけない』でしょう?」
 冬馬の顔つきが強張る。突付いて欲しくない傷を、無理に、強引に、開かれた。
「……よく、知ってるね。まるで見てきたかのように、言うし」
「見てましたよ」
 なんでもないことのように、オートは答えた。
「ええ。あなたの思ったように、ボクもフレアも、見てました。その時、あなたがたの世界にボクたちは居た。だから見ました。
 一ノ瀬奈々子という少女が、高見沢朱理という少女を庇って、成瀬冬馬の目の前で押し潰された。違ってます?」
 残酷なことを、平気で訊いてくるオートに冬馬は吐き気を覚える。
「言っておきますけど、ボクたちは手を出していい状況下にはなかったんです。だから助けられなかったし、助ける義理もない。そこをわかってください」
「…………ねぇ、じゃあ、さ、ボクと出会った時、どうしてそのこと……」
「わざわざ言う必要はないと思いますが。あの時の人が、まさかゲートのこちら側に迷い込んでくるとは思ってもみませんでしたから」
 オートたちにとっては何万と見てきた人間のうちの一人にすぎず、人間ではない彼らがいちいち覚えていると思うほうが間違っているのだろう。
「ミッシングは一ノ瀬奈々子ではありません」
 はっきりとオートが言い放った。
「別人ですよ、成瀬サン。少なくとも、『あなたが探している一ノ瀬奈々子』ではない。あなたも、わかっているでしょう?」
 その通りだ。冬馬の探している少女は、チガウ。けれども、モシカシテ、という思いがあったのも事実。
 あの瞬間。
 化生堂を出て行く際に自分の横を通っていったミッシングの姿に、完全に『彼女』を重ねた。
 もう一度見れば、はっきりするかもしれない。だって自分は諦められない。諦めたくない。夢の中で叱咤され、諦めないでと言われた。アレを自分の願望だとは思いたくない。例え死んでしまっていても、死体を、死んだことをこの目で確認するまでは諦めてはいけないはずだ。例え死んでいても、彼女を忘れてはいけない。忘れたくない……!
 恐ろしいのかもしれない。奈々子をいずれ忘れてしまう自分が。人間の記憶はいつまでも鮮明ではない。とにかく、はっきりとケリをつけたかった。これから一生、きっと自分は黒髪の娘を見れば一ノ瀬奈々子を思い出す。彼女の面影を追うだろう。
 冬馬は唇を噛んで俯いた。「なんだ別人か。あはは。そうだよね」なんて、軽口は叩けない。
 別の世界に、見知ったことのある人物に似た存在があることも……わかっている。
 だが。
(『偶然』だなんて、チャチな言葉じゃ……)
 フレアに会った時、思った。ああ、似てると。見知った少女に似ていると感じたが、口には出さなかったし、思わないようにしていた。おそらくは梧北斗も思っていることだろう。高見沢朱理に会ったことのある人ならば、そう感じているはずだ。
 フレアは朱理が成長すればこうなるのではという姿を、している。顔はほとんど見えないが、雰囲気が似ているのだ。けれど話せば別人だと認識する。
 高見沢朱理はあんな喋り方もしないし、もっと溌剌として活発な少女だった。フレアのように苦味のある含んだ言い方も、陰のある表情もしない。
 それなのに重ねてしまうのだ。目の前のオートでさえ。
(正太郎君に似てるって、思うよ)
 『似てる』。便利な言葉だ。
 ただ、あのおどおどして頼りない薬師寺正太郎とオートは似ても似つかない。こんな風に心を抉るような言い方を、あの少年はしないはずだ。
「そんなに逢いたいですか、一ノ瀬奈々子に」
 オートの声に、冬馬は項垂れた。逢いたい。すごく、逢いたい。自分の気持ちを確かめたい。もう一度逢えば、答えが出るような気がして。
 短気で怒りっぽく、親友の少女をいつも小突いていた。笑うと本当に可愛くて、照れても、ムスっとしてても……可愛かった。
「……逢いたいよ」
 歯の隙間から搾り出すように言うと、オートはレンズの奥の瞳を細めた。何かを思い出すように。
「……そうですか」
 だが、彼の口から洩れたのはその一言だけだった。



 化生堂に最後に戻って来たのは冬馬とオートだった。集めた情報を交換し合い、それから夜にもう一度酒場に行くことになった。
 明らかに様子のおかしい自分を友衛と北斗が気遣っている気配は感じていた。けれど、それに応える心の余裕がない。
「あの、ちょっとトイレ……」
 そう言って北斗が立ち上がり、障子を開けて部屋から出て行く。そこでやっと冬馬が口を開いた。
「死んだ人がもう一度目の前に現れたら……菊理野さんは、どうする?」
「?」
 ネイサンの話かと友衛は思った。
「……そうだな、怖がる、じゃないか普通は。驚く、もあるな。似ているが全くの別人ということもある」
「……だよね」
 そこで冬馬はにこっと笑った。少し疲れてはいるが、いつもの冬馬の笑みにも見えた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6145/菊理野・友衛(くくりの・ともえ)/男/22/菊理一族の宮司】
【2711/成瀬・冬馬(なるせ・とうま)/男/19/蛍雪家・現当主】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、成瀬様。ライターのともやいずみです。
 今回は成瀬様の「傷」にも関わる話がオートと交わされました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!