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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


千円分の謝罪

「・・・ふふ」
桂はただ、微笑んだだけだった。しかしその笑顔が、三下忠雄にとっては怒鳴られるよりもずっと、恐ろしかった。
 三下は、一日一度はへまをやる。いくら気をつけていても、決して願ってはいないのに、失敗をしてしまう。今日は桂のマグカップを割ってしまった。
 桂は自分の物に対してかなり愛着を持っている。ボールペンでもカッターでも、自分専用を使う。他人へ貸すことに抵抗はないけれど、返ってこないともう落ち着かない。運悪くなくしてしまったりするとかなり落ち込んでいる。
 そんな桂のマグカップ、三下はしきりに謝るのだが
「別のカップがありますから」
と軽く流され、実際翌日から桂は違うマグカップでコーヒーを飲むようになった。無表情の桂が怒っているのかどうか、三下にはわからなかった。
「どうすればいいんでしょう、碇さん・・・」
こんなとき頼れるのは月刊アトラスの敏腕編集長以外にない。碇麗香は無視しようと思ったが、三下があまりにしつこいので、とうとう折れて茶色い封筒を取り出した。
「ここに千円入ってるから、桂くんにプレゼントを買ってきなさい。桂くんがプレゼントを喜んだなら編集部の経費で落としてあげる。でも、喜ばなかったら・・・」
「い、行ってきます!」
封筒を握りしめ、三下は編集部を飛び出した。とはいっても、千円でなにを買えばいいものか。アイディアよりも、ため息ばかりが出てくるのだった。

 今の時代千円で変えるものなどたかが知れている。買ってみても千円、とわかるような安っぽいものばかり。また、そういうものに限って選んでしまう三下のセンス。
「これはどうですか?」
「却下」
「それじゃあこっちは?」
「よくないですねえ」
さっきから三下は、広い店の中をうろうろしては目についたものを運んでくるのだけれど、シュライン・エマも加藤忍も首を横に振るばかりだった。
 二人が反対しているのはなにも、三下のセンスにだけではない。三下が絶対に千円以内のものを持ってくるからだ。麗香女史から預かった分だけで賄おうとしている。
「情けないですねえ、三下さん。誠意というものがたったの千円とは」
忍の喋りかたはことさらにゆっくりであるだけ、長い時間三下の胸に突き刺さる。追い討ちをかけるシュラインの早口は、霰の如くに降りかかる。
「それにプレゼントを買うのなら、自分のお金を使わなくちゃ。懐を痛めずに謝ろうだなんて、虫がよすぎるわ」
「・・・・・・」
右から左から責められ、塩をかけられたようにしおれる三下。今日はさんざんに、怒られてばかりの日である。だがそれが半分は自業自得なのだから、仕方ない。
 もちろん二人は三下が憎くて苦言を投げているわけではない。だが、仕方のないことである。なにしろ三下は望まぬトラブルメーカー、麗香女史の苦労は相当であろう、意識して怒らなければいつものことで話が片付いてしまう。そして意識していても、やっぱり流れてしまう。
「でも桂くんだって、無口な見た目ほど怒ってないかもしれないわね」
「彼の失敗は日常茶飯事ですからね」
「どちらかといえば桂くんが反省しているわよね。壊されるようなところにマグカップを置いてしまったって」
実感のこもった顔で頷くシュラインに忍。三下に協力している半分は、桂への同情からできている。千円分のプレゼント選びを三下一人に任せてしまっては、あんまり桂が可哀想だ。
「さて、プレゼントですが万年筆などいかがでしょう?やはり編集者にとって武器は文字。武器に磨きをかけるは必須かと思われます」
「いいわね。ついでに文具屋でメッセージカードも買いましょう」
二人から勝手に話を進められそれでいいわね、と最終決断のみ迫られた三下は頷くことしかできない。強く押されると引いてしまう習性が、無意識に備わっているのである。

 文具屋の壁一面に並べられていたメッセージカードの中から三下が選び上げて、シュラインの賛成も受けた一枚はクリーム色に金箔の縁取りが施されたカードだった。上品で、縁の中に入っている天使のシルエットが可愛らしい。
「随分とセンスも上がったわよ、三下くん」
「はあ・・・」
なにしろ最初に選んだカードは招き猫が唐草模様の風呂敷包みを背負っている、ジョークの効いた「引越しおめでとう」のカードだったのだ。いや、引越し用でなければひょっとしたら桂には気に入られていたかもしれないけれど。
「私もなにか買おうかしら」
メッセージカードと同じ棚にポストカードも並んでいる。最近は携帯のメールが多くなって、手紙を出す機会が減ってしまった。メールのほうが安価で早いことは確かだが郵便にはそれに勝る、言葉で利点を説明するのは難しいのだが、目には見えない喜びがある。
「うちにはまだ、郵便が多いですよ」
「そりゃ出版社ですもの。仕事先からも読者からもいろいろ来るでしょ」
「でも時々、変なのも届いて困っちゃうんですよねえ」
不幸の手紙くらいならまだ可愛いほう、中には宛名不明の小包でお祓いをしてほしいという長い髪の人形を送りつけてくる読者もいた。
「月に一度、僕がまとめてお寺まで運ぶんですよ」
「そ・・・そう」
月に一度のペースで処分しなければならないほど、曰くつきの品が届くとはさすがアトラス編集部である。

 文具屋で忍と万年筆を買い、シュラインと買ったメッセージカードに誠実な謝罪を書き込んで、桂へ贈るプレゼントの準備は済んだ。あとは編集部へ戻る道すがら
「本当にこれで許してもらえるでしょうか」
「大丈夫よ」
「あとは信じるだけです」
落ち込む三下を励ますだけだった。なぜか三下は滅多に落ち込まないくせに、一旦落ち込むと浮上するまでが非常に長い。うっかりすると紙袋に入った万年筆とメッセージカードを落としそのまま歩いていきそうな具合だ。
「あ」
心配しているその矢先から紙袋がアスファルトへ転がった。慌てて忍が拾い上げたが三下は気づく様子もなく前を歩いていく。声をかけるが振り返らない、二度、三度繰り返しそれでも三下が立ち止まらないのでシュラインはかっとなり、持っていたハンドバッグを投げつけた。
「あいた」
バッグは見事角に命中したが、三下はさほど痛そうな声も出さない。代わりにようやく振り返った。
「なんですか?」
「なんですか、じゃないわよ」
静かな口調だったがシュラインは怒っていた。怒っていたがしかし、バッグを投げつけた以上手を出す気はなかった。
 ようやく桂の気持ちがわかった気がする。失敗をした三下は落ち込むけれど、反省するつもりがない。だから同じような失敗を何度もやるのだ。これでは怒っても意味がなかった。ただ、ため息だけが出る。
「馬鹿ですねえ」
忍は呆れてなにも言えず、肩をすくめた。こういうときは三下の味方をしても、シュラインの味方をしても決していい結果にはならないことを知っている。君子危うきに近寄らず、が最良の選択である。

 編集部へ戻ってきた三人は真っ直ぐに桂の机へと向かった。桂はちょうど、新しいマグカップにコーヒーを注ぎ戻ってきたところであった。ミルク入りを一口飲んで、桂はシュラインから三下そして忍へ視線を動かす。ただし三下の前は心なしか早く通過したような気がする。
「どうしました」
「・・・あの」
三下が口を開き、ようやく桂の気が真ん中へ動く。シュラインと忍の視線も三下へと集中し、自然と三方から見つめられる形になる。
「なんですか?」
「そ・・・その・・・」
小刻みに震えている三下を見ていると大丈夫か、という気になってくる。今の三下は桂に許されようとしか考えていない。さっきも言ったとおりに根本的な反省がない。それが嫌な予感をもたらすのだ。
「どうしました?」
いつまでも三下が俯いているので、温和な桂もさすがに痺れの切れた表情である。用がないなら仕事へ戻りますよ書きかけの原稿があるんです、と左手はマグカップを置いて机の上の原稿へと伸びる。
「あの、桂さん、すいませんでした!」
丁度そのとき、タイミング悪く三下がプレゼントを突き出した。
 紺色の紙袋が、コーヒーのたっぷり入ったマグカップにぶつかる。マグカップは倒れ、机の上に熱いコーヒーをぶちまけた。書きかけの原稿が滲み、コーヒー色に染まり、台無しになる。
「あ」
おまけにマグカップが机から落下し、ぱりんと音を立てて真っ二つ。
「・・・あ」
声は三下のものか、桂のものか。どちらのものかわからなかったが、ただ一つはっきりしているのは今度こそ三下は完璧に桂を怒らせただろう。
 この怒りは果たして、万年筆とメッセージカードで治まるのだろうか。それとも別の、改めて謝罪が必要となるのだろうか。
「忍くん」
蛇に睨まれた蛙のように、桂の前で硬直している三下を横目にシュラインが小声で話しかけてくる。
「なんですか」
「さっきあなた、私が三下くんにバッグを投げつけたとき、傍観してたわね」
「ええ」
「今は私も同じ気分、どっちの味方しても後が恐いって感じ」
「そうですか・・・でも」
「?」
「私はどちらかといえば、桂さんの味方ですよ」
「・・・・・・そうね、私も」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
5745/ 加藤忍/男性/25歳/泥棒

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
普段三下くんは理不尽な不運に見舞われる役振りなのですが、
今回は自業自得だなあという気持ちで書かせていただきました。
シュラインさまのフォローも三下くんには届かず、という感じです。
碇女史とシュラインさまは似ている雰囲気があるのですが、
シュラインさまのほうがお母さんタイプなので
(碇女史は一線引いて傍観しているいる感じ)
三下くんに四六時中つきあっていたら胃潰瘍で入院してしまいそうです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。