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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


水妖の気配

「オフ会か」
 ゴーストネットOFFのオフ会スレを眺め、天宮暁美はほうと息を吐いた。
 来週、異具菜異館という古びた館にGOの一部の住人が集まりパーティーを行うらしい。そこに管理人は来ないが、暁美は参加する事にした。

 その日は雨だった。黒雲が太陽を遮り、恵みと共に大地に言い知れぬ不安を大地に注ぐ。崖の下に広がる大海は、何故ここにきたのかと怒り狂っていた。これらと相まって人気の無い館は、まるで恐怖の館の様態を現していた。
 これが映画ならば、館の中で殺人事件が起きたりモンスターが現れたりして、観客達を楽しませるだろう。
 だが、これはスクリーンの中ではなく現実だ。そのような事は、決してありえ無い。
 チェリーナ・ライスフェルドはその雰囲気から、ここには怪異があると感じていた。
(あまりきっついのはヤだけどね)
 参加者を見渡してみる。男女様々な参加者達の中でチェリーナの目を引いたのは、紫の瞳。
 チェリーナはその不可思議な瞳に興味を持ったが、カラーコンタクトだろうと納得させた。深く追求するのはよくない。
「私、サクラ。あなたは?」
「エックス」
 エックスと名乗った少女…暁美は、何かを恐れているようであった。チェリーナはそれがこの館の持つ空気であると察すると、暁美の緊張を和らげる為そっと彼女の手を握った。
 次々と館に入っていく参加者達に続き、二人は中に入っていった。

その様子を離れた所から見守る影があった。応仁守・瑠璃子である。
暁美が狙われている事を知っている彼女は、部下を用いて事前に調査を行った。その結果、屋敷は安全であると判明したのだが、瑠璃子の心は晴れなかった。
(嫌な予感がする…気のせいだといいんだけど)
波はいよいよもって激しく荒れ狂い始めた。

 オフ会は、といっても館の探検であるが…は好調に進んだ。
 何よりも、チェリーナのおかげで、暁美は一人の少女として扱われた。館の持つ恐怖に飲み込まれがちな暁美を落ち着かせる為、チェリーナは様々な話をした。今まで経験してきた怪異などを、できるだけ差し障り無く面白く話して見せた。
 館の一階と二階の探索が終わる頃には、暁美はチェリーナに心を開いていた。
 異変が起きたのは、地下室へ続く階段を降りていた時だ。
 最初は風かと思った。だが、動きを止め、耳を澄ましてみると風にははっきりとした色があった。黒板を爪で引っかいた時のような不快な色だ。
 不快な色には、おぞましい事に何らかの意思が感じられた。つまり、この音は人類の持ついかなる言語とも異なる、全く未知の言語なのだ。
 数名の参加者は広間に戻る事を選択した。暁美とチェリーナは、探索続行組に残った。
 地下に進むにつれ、音は大きくなっていく。数十mは下ったであろう地点で階段が終わると、大きな広い空間に出た。向かい側の壁に更に下に続く階段と、上に登る階段が見える。
 部屋の中心には2mはあろうか、屈強な男が三人。幾何学模様の施された、小さな像を囲んで何らかの儀式を行っているようだった。
 チェリーナは声をかけようとしたが、彼女は足を止めた。
 彼らは確かにヒトの形をしていた。シルエットだけならば、人間といっても過言ではない。しかしその全身は鱗に覆われ、首には鰓があり、指の間に鰭があり、頭に頭髪は無く、人類ならば耳のある場所には濁った大きな目がぎょろぎょろと辺りを見渡し、目の場所には小さな鼻らしき穴が一つあるだけだ。
 つまり、異形だった。
 しかも最悪なことに、相手はこちらに気付いてしまった。人類の定義で測れば怒りに近い感情を込めた声を発し、バケモノは一同に襲い掛かってくる。
「皆は逃げて。私が時間を稼ぐから」
 皆に指示を下すと、チェリーナは手足に聖水をかけた。
 恐怖を放ち階段を駆け上がる人々の耳には、彼女の声なぞ留まっていないだろう。その場に残った暁美を除いて。
「私も、あなたを殺させない」
 一瞬、暁美の瞳に宿った強い意志。チェリーナは直感的に理解した。この少女は、いかなる手段かはわからないが、怪異の世界でこそその真価を発揮するのだと。
 一匹が暁美に踊りかかる。睨み付ける暁美。
 風が吹いた。温かい風だ。バケモノの絶叫が木霊する。
「お姉ちゃん、参上」
 倒れたバケモノを踏み越えて現れたのは、瑠璃子であった。

 一目見た瞬間、瑠璃子は暁美の力が発揮されていないと察知した。
 沸き起こる疑問と不安。しかし答えは出るはずも無い。
 ならばと頭を切り替える。今はこの状況を切り抜けるのが先決。
 呼吸を整え、瑠璃子は戦闘に集中した。

 探索組が更なる深遠で怪物と遭遇した頃、探索の中断をした参加者達は、ロビーで思い思いの格好でくつろいでいた。
 呼び鈴が鳴った。ドアの近くで本を読んでいた男はテーブルの上にあった名簿を取り、ドアを開けた。
 現れたのは女であった。黒を基調としたイブニングドレスを纏い、装飾付きの帽子を被り、拍車付きのブーツを履き、使いこまれた皮製のガンベルトを腰に巻き、右手にはコルトピースメーカー。19世紀のイギリスの淑女と西部劇のガンマンを混ぜた様な、どこかずれた出で立ちである。
 真紅の瞳は、人あらざる美に満ちていた。純粋が故の、ヒトには狂気としか映らぬ高貴な美に。餌を見つけた捕食動物のとろけるような美に。
 稲光を背に受け、ガンスピンを止めると、女は男に狙いを定めた。
「6発。この銃の弾丸は6発ですわ。それを凌げば、リロードの間に逃げられるかもしれませんわね」
 笑いながら言う。その笑いもどこか…確かに人間的であるのだが、どこか致命的な箇所が狂っていた。例えるならば、遠近滅茶苦茶な絵画のような。
 普通の人間ならば、卒倒するか恐怖に駆られて逃げ出すかのどちらかだろうが、彼はその手の類が大好きな人間だった。相手が溜息の出るような美少女という、現実の姿を取っているというのもあった。それは不幸であった。少なくとも、この場に於いては。
 男は逃げようともせず、女に右手を差し出した。窓の外で雷光が轟いた。
「あら。残念でしたわね」
 前のめりに倒れる男。その胸から流れる赤い液体が池を作り始める。女…アナベル・クレムは、にっこりと無垢に微笑んだ。
「こんなに大勢を一度に狩るというのも、久方ぶり…」
 人間達を見渡す。
 それが合図だった。我を取り戻した人間たちは、我先にと逃げ出した。
 散り散りに消えていく人間達を横目で眺めながら、アナベルはこの家の主はいい趣味をしていると思った。狩りを終えた後、血を飲みながら風情に浸るのもいいかもしれない。
「では、スタートですわ」
 硝煙の香りと古い屋敷独特の匂いを胸いっぱいに吸い込むと、アナベルは狩を開始した。
 銃声がひとつ響く度に、一人が死んだ。人間達は必死の抵抗を行った。
 だが、吸血鬼である。人間との間には絶対的な差がある。その上アナベルは銃の名手。抵抗は無意味であった。
 最後の一人を狩り終えた直後、アナベルは地下へ続く扉を発見した。開けてみると、遥か下方からは人間の匂いと何かが駆け上がってくる音が聞こえた。
「これからがメインディッシュのようですわね」
 邪悪な笑みを浮かべ、アナベルは深遠に銃口を向けると、必死の形相で階段を上がってくる人間達に引鉄を絞った。

 上の方から銃声と叫び声が聞こえてくる。チェリーナはどうするべきか、暁美は怯えた顔を瑠璃子に向けた。最後の一匹にトドメをさすと、瑠璃子は口を開けた。
 指示を下そうとして…銃声が止んだ。一拍を置いて、誰か、恐らく一人が降りてくる足音が聞こえてくる。
「逃げ道は正面だけか」
「そうもさせてくれないみたいですよ」
 更なる深遠へと続く口から、今倒したものと同じバケモノが沸いてくる。
 この下が海に続いている事を思い出し、瑠璃子は唸った。
 相手はその形状の通り、海に棲む生物。鰓を狙えば楽に倒せる。だが、数でこられると流石に不味い。
 悩んだ末に、瑠璃子は一点を指差した。自らが降りてきた、上に続く階段を。
「あそこからなら、脱出できる」
「ど真ん中を突っ切らなきゃいけないですけど」
 相手を観察しながら、チェリーナは頷いた。バケモノどもは積極的に攻めてこようとせず、像を守るようにして布陣している。
 頷きを交わすと、二人は暁美の手を取り、壁に沿って走りだした。
 同時に一匹のバケモノが三人に飛び掛った。
「邪魔を!」
 気合一閃。いつの間にか瑠璃子の手に握られていた刀が煌き、バケモノの胴体を両断する。
 一瞬で両断された仲間を見て、バケモノどもは更に警戒を強めた。動かず、じっと三人を凝視している。
 その虚をついて、三人は全力で駆け抜けた。段差に右足を乗せた時、何かが部屋に現れる気配がした。三人は後ろを見なかった。ただ、前へ進んだ。

 永遠に続くかと思われた闇は、突然の強い閃光により唐突に終わりを迎えた。
 まるで嘘のような熱い日差しに、三人は一瞬戸惑い、現実を認識して腹の底から生を喜んだ。
 ひと段落すると、チェリーナは瑠璃子に問うた。
「私? エックスのお姉ちゃんです」
「さっき刀が見えたような気がしたんですけど?」
「刀? 合気道をやっているから、気合が刀に見えたのね。光栄なことだわ」
 それは嘘だ。でも、チェリーナはそれ以上追求しなかった。
 にっこりと微笑む瑠璃子と暁美を見れば、そんな気は失せてしまうのだ。


■登場人物
6911/アナベル・クレム/女性/231歳/吸血貴族/ガンスリンガー
2903/チェリーナ・ライスフェルド/女性/17歳/高校生
1472/応仁守・瑠璃子/女性/20歳/大学生・鬼神党幹部
■ライター通信
 こんにちは。檀 しんじです。
 ご参加頂き誠にありがとうございます。
 今回はホラー風味に描かせて貰いましたが、如何でしょうか。
 またご縁があればお願いします。