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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


VD攻防戦2007
●悩んではみたものの
 1月は『行く』、2月は『逃げる』、3月は『去る』などとよく言われる。各々正月休みの影響が残るため、1ヶ月の日数が他より少ないため、年度末および卒業シーズンのためといった理由であっという間に日数が経過してしまうからだと思われる。
 今日は2月14日――気付けば2月も半分が経過しようとしていた。そして何より、この日は色々な意味で重要な日である。そう、泣く子も黙る(かどうか知らないが)バレンタインデーという奴だ。
「とうとう当日ねえ……」
 カレンダーとにらめっこして、シュライン・エマはやれやれといった様子でつぶやいていた。草間興信所に向かう前、自宅でのことである。
 毎年2月14日には、シュラインが草間武彦にどのようなチョコをどうやって渡すかということがもはや草間興信所での恒例となっていた。ある種の攻防戦である。
 それは別の見方をすると、次第にバリエーションに制限を加えられていると言えなくもない。前に使った物や方法を安易に再び利用出来なくなっている、ということだ。まあそんなのさくっと無視するという考えもあるのだけれども。
(結局こうしたけど……これでいいのかしら)
 悩んだ末に決めた物に、一抹の不安を覚えるシュライン。綺麗にラッピングされたそれは、すでに鞄の中に入れられていた。
 今年もあれこれと考えた。いっそチョコレートビールに本当にチョコを混ぜ込んで渡してやろうかとも考えたりしたのだ、シュラインは。ちなみにチョコレートビールとは、高温で焙煎した『チョコレートモルト』と呼ばれる麦芽で作られているからそんな名がついただけで、実際にチョコやカカオが使われているという訳ではない。
 結局シュラインは、普通に手作りのチョコを用意した。で、その中身なのだが……。
「あっ、そろそろ出かけないと」
 時計に目をやり、シュラインはそそくさと自宅を出ていった。では、中身についてはまた後程ということに。

●彼の人の行き先は
 草間興信所に着くと、事務所にあったのは草間零の姿のみであった。朝10時半のことである。
「シュラインさん、おはようございます」
 掃除の途中だった零は手を止めて、入ってきたシュラインに朝の挨拶をした。
「おはよう零ちゃん。朝からお掃除、いつも偉いわね」
 そばに寄り、零の頭をなでなでと撫でてあげるシュライン。
「そんな……いつものことですから」
 そう答える零は、少し照れながらも嫌がる様子は全くない。やっぱり褒められるのは嬉しいことなのだ。
「……で、お掃除しないで偉くない武彦さんは?」
 シュラインがぐるりと事務所を見回す。台所の方に物音や気配などは感じられない。
「お仕事です。何でも行かなくちゃいけない所があるらしくて」
「へえ……。いつ出かけたの」
「9時前には出ていきました」
「極端に早くはないわね。でも朝からそんな約束があるなんて、昨日とか武彦さん言ってた?」
 首を傾げるシュライン。自分の記憶では、そんなこと一切言ってなかったと思うのだけれども。
「言ってませんでしたよね」
 零も首を傾げる。が、不意に草間の出がけの言葉を思い出し、それを口にした。
「そういえば……『どれだけ並んでるかな』って、出る時につぶやいていたような」
「……あー、行き先分かったわ」
 零の言葉で、シュラインには草間の行き先がピンときた。恐らくあれだ、パチンコ屋にでも行ったのだろう。開店前のパチンコ屋を見れば、何人か並んでいるのを目にする。あれは、よい台をいち早く確保しようと考えている者たちである。その中に、草間も混じりに行ったようだ。
「え、どこですか?」
「零ちゃんは行かなくていいとこよ。さ、武彦さんは放っておいてお仕事しましょ」
 聞き返す零に、シュラインはぽむと肩を叩いて言った。

●ひとやすみ
 昼が過ぎ、午後3時が近付いてくる。その間、シュラインは黙々と書類や資料の整理を続けていた。零は零で、掃除が終わると買い物に出かけてきたり、シュラインの手伝いをしたりとせっせと働いていた。
「んー……ん……っと」
 書類の束を整え、大きく背伸びをしたシュライン。そして時計に目をやった。
「あら、もうこんな時間? ね、零ちゃん。一休みして、おやつにしましょ」
「あ、はい。確かお煎餅が……」
 そう言いかけて台所へ向かおうとした零を、シュラインが慌てて呼び止めた。
「待って零ちゃん。一緒に食べようと思って、おやつ用意してきたから」
「そうなんですか? じゃあ私、お茶を入れますね」
「紅茶かコーヒーが合うと思うわ」
「なら、コーヒーを用意しますね」
 足早に台所へ向かう零。零がコーヒーを入れている間に、シュラインは鞄の中から素っ気ない箱を取り出した。
「お待たせしました」
 湯気の立っているコーヒーカップを2つ、零がお盆に載せて運んできてくれた。
「ありがと。さ、零ちゃんも座って。一緒に食べましょ」
 零に座るよう促し、箱を開けるシュライン。中には手作りらしいトリュフチョコが入っていた。
「えっと……」
 トリュフチョコとシュラインの顔を交互に見る零。何だか少し戸惑っているようにも感じられた。
「チョコ、ですよね」
「ええ、チョコよ」
 零の言葉にシュラインがこくんと頷いた。
「……私が食べちゃっていいんですか?」
 零がそう尋ねるのももっともなこと。繰り返すが今日は2月の14日、バレンタインデーなのだから。
「心配しなくていいの。おやつで持ってきたんだから」
 くすっと笑うシュライン。そして率先するように、自分で1つトリュフチョコを口の中へ放り込んだ。
「零ちゃんも食べて」
「じゃあ……いただきます」
 シュラインに勧められ、零もようやくトリュフチョコへ手を出した。
 もぎゅもぎゅもぎゅ、トリュフチョコを食べてゆく2人。一休みが終わっても、まだ草間は帰ってこなかった。

●予想通りの行き先
「遅いわね、武彦さん……」
 再び書類整理に取りかかっていたシュラインはぼそっとつぶやくと、トリュフチョコの残りをまた1つ口へと入れた。時刻は午後4時半を回っている。未だ草間は戻ってこない。
(まさかこのまま今日、帰ってこないなんてことないでしょうね?)
 そんな危惧がシュラインの脳裏に浮かんだ。可能性はなきにしもあらずである。
(でも……渡すにしても……)
 仕事の手をふと止め、シュラインが難しい顔になる。どうも草間にチョコを渡す時のシミュレーションをしているのかもしれない。
(……遊びがないのも面白みにかけるような、ある意味疑心暗鬼になるだけのような……)
 ああ、何とも悩ましい。シュラインはまたトリュフチョコを口の中へ放り込んだ。気付けば残りは1つとなっていた。
 そんな時である。
「ただいま……っと」
 紙袋を抱えた草間が事務所へ戻ってきたのは。
「あ、お帰りなさい!」
 真っ先に零が草間を出迎えた。
「お、来てたのか」
 シュラインに目を向け、草間が声をかけた。
「ええ、書類や資料をまとめてたの。後で武彦さん、チェックお願いね」
「ああ、分かった。と、零。これ頼む」
 草間が零に紙袋を手渡した。中には煙草やらクッキーやらがぎっしりと詰まっていた。
「どうしたんですか、これ?」
「土産だ、お土産。煙草だけ出して、お菓子は仕舞っといてくれな」
「はい、分かりました」
(……どうやら勝ったみたいね)
 シュラインは草間と零の会話を聞きながら、そう分析した。負けてたら、そもそも紙袋抱えて戻ってくることもないはずだし。
「ねえ、武彦さん」
「ん、何だ?」
 シュラインの呼びかけに、どうしたんだといった様子で応える草間。
「朝からお仕事お疲れさま。それで、『チューリップ』は満開だったのかしら?」
 にっこり微笑むシュライン。すると草間がすっと視線を外して言った。
「ああ……よく『回った』しな」
 はい、これでパチンコ屋行きだったのが確定。
「温室のある所だったんですか?」
 ただ1人、分かっていないのは零だけである。
「まあ暖かい場所……だよな、あれは」
 草間は苦笑してつぶやくと、そのまま自分の机へと向かう。で、着席したと同時にシュラインが書類の束を持って立ち上がった。
「あのね武彦さん。これをチェックしてもらいたいの」
 草間の前にその書類の束を差し出すシュライン。
「どれどれ」
 草間は受け取るとすぐに目を通し始めた。その様子をじっと見つめるシュライン。と、何を思ったのかおもむろに突然草間のおでこを――。
 ぺちん。
「なっ?」
 急に額を叩かれ、驚きの表情をシュラインへ向ける草間。開かれた草間の口に、シュラインはすかさずおやつだったトリュフチョコの最後の1つを投げ入れた。しかし……。
 ごくん。
 何とトリュフチョコは、ダイレクトに草間の胃へ飲み込まれてしまったのである。
「ちょ、おまっ……何入れたっ、何を入れたーっ!!」
「ごめんなさい。……飲み込んじゃったのね」
 驚き収まらない草間にぺこんと頭を下げると、シュラインは自分の席へと戻っていった。
 それから再び黙々と作業を続けるが、首を傾げ難しい顔。先程の行動が、予想外の出来事もあっていまいちだったと思っているのかもしれない。

●今年のチョコは……
 午後7時を回り、ようやくシュラインの作業が全て終わった。残りは草間の範疇、草間でないと出来ない部分である。
「それじゃあ武彦さん。後はよろしくね」
 片付けをし、帰り支度をしたシュラインはそう草間に声をかけた。
「ああ、お疲れさん。暗いんだし、気を付けて帰れよ」
「シュラインさんお疲れさまでした、お休みなさい」
 草間と零が各々シュラインに労いの言葉をかける。シュラインは鞄を持って一旦玄関の方へ向かいかけたが、不意にくるっと反対を向いて草間の前までやってきた。
「そうだ、忘れる所だったわ」
 このシュラインの言葉は嘘である。だって、忘れてなどいなかったのだから。
「はいこれ。今年のチョコ」
 鞄から綺麗にラッピングされた件のチョコを取り出し、シュラインは草間へ手渡した。
「……ああ、ありがとうな」
 少し訝しみながらも受け取る草間。毎年何かしらあるのだから、今年も警戒していたようだ。けれども、シュラインは普通に渡しただけであった。
「じゃ、武彦さん、零ちゃん、また明日ね」
 と言い残し、シュラインはそのまま帰っていった。
 シュラインが居なくなると、草間はすぐにラッピングを解いてチョコを開けた。中にはシュラインがおやつに持ってきたのと同一の、トリュフチョコが入っていた。
「どれどれ……」
 1つ摘み、口の中へ放り込む草間。しばらく口の中でトリュフチョコを転がしていたが、やがて口を開いた。
「これは……シャンパンか?」
 そう、草間が今言ったように、これはシャンパントリュフチョコであった。
「お酒入りだったんですか?」
 零が少し驚いたように言った。何故なら自分たちがおやつで食べたそれは、シャンパンなど入っていないお酒抜きのトリュフチョコだったのだから。
「……特別なんですねえ……」
 何気なくつぶやく零。
「そりゃそうだろ。特別な奴が作ってくれたんだからな……」
 草間はそう言いながらまた1つ、口の中へと入れた。

【了】