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見えない教え子
【オープニング】
「塾の講師だぁ?」
素っ頓狂な声を上げたのは、草間興信所の主、草間・武彦。
それを受ける形で微笑み、頷いているのは、物腰柔らかな男。
相馬・叶と名乗った男は、にこにこと武彦を見つめ、不意に「あ」と小さく声を上げた。
「別に勉強を教えろといっているわけじゃありませんよ? 僕の屋敷で子供たちの相手をして欲しいだけですから」
聞けば、子供たちは平均して小学校低学年から中学年程度ばかりで、小難しいことを教えるよりは、一緒に遊んだり、教養の類を学ばせる方がいいだろうとのこと。
そんな話を、頷きを交えながら聞き流して。ふと、武彦は疑問を覚え、眉をひそめた。
ちょっと待てというように手を翳してくる武彦に、叶はきょとんとして。紡がれるであろう言葉を待っていた。
咥えていた煙草の煙を、一度大きく吸い込んで、ゆっくりと吐き出して。
「何でうちにきたんだ?」
至極当然の疑問を、ぶつけた。
塾の講師という肩書きで頼むならば、もっと適切な場所があるはずだ。それが幼子相手となるならば、なお、こんな場所へ来る理由はなくなる。
それを、何故。訴えれば、叶は「あぁ」と小さく呟き、にっこりと、微笑んだ。
「ここには怪奇依頼を引き受けるような方がいらっしゃると聞いてきたんです」
「……あぁ、やっぱりそうか……そうなるのか……」
がっくりと肩を落とした武彦。だが、叶はくすくすと笑いながら話を続ける。
「子供たちは十人程度の迷い霊で、一般の方でも僕の屋敷の中でなら彼らと『接する』ことは可能です。あ、草間さんもいらっしゃいますか?」
「行かん」
きっぱりと拒否を示せば、叶は一瞬、驚いたように目を丸くして。
けれどやっぱり、穏やかに微笑むのであった。
【本文】
「あら、武彦さんは行かないの?」
偶然その場に居合わせたがため。シュライン・エマはゆっくりと成り行きを理解してから、武彦とは相対する快い承諾を返していた。
小首を傾げ、ふぅん、とでも言うような顔で武彦を覗き込むシュライン。
怪奇現象に関わってしまうのは今更だというのに、認めては負け、とでも言うかのように拒否を示す彼。その、子供っぽくも見える態度の中には、単に『子供の前では煙草が吸いにくい』という事情も含まれているのだろう。
思い、くすり、シュラインは笑みを零す。
彼がそうそう素直でないのも、今更の話なのだ。
「助かります。それでは、今週末、僕の屋敷で」
「ええ、判ったわ」
にこ、と微笑まれ、同じような笑みを返して。嬉しそうに興信所を後にする叶を見送ってから。シュラインは、くすくす、笑いながら、やおら立ち上がると。
つん、と武彦の鼻の頭を小突く。
「んじゃ行ってきます」
少しだけむっとしたような……というよりは、諦めを含んだ顔。それに見送られながら、シュラインは週末を待ったのであった。
そうして、いざ迷い霊の溜まり場、言霊館へと足を運んでみれば。シュラインはふと見やった視線の先に、知った顔を見つけた。
「あら……」
「あ……シュラインさんもいらしてたんですか?」
そこにいたのは綾和泉・汐耶。何やら袋のようなものを受け渡しながら、館の主であり、今回のことの発起人である叶と話をしていた。
そして彼らの背後からは、件の迷い霊――らんらんと瞳を輝かせた少年少女がいた。
「このお姉さんが?」
「そうですよ。今日みんなの先生をしてくださいます。汐耶さんと、シュラインさん……それと、もう一人綺麗なお姉さんがきてくれますよ」
「宜しくね、皆?」
叶の紹介に合わせてぺこりと頭を下げる汐耶に続き、シュラインはにっこりと笑みを湛えて、子供たちの顔を順に覗きこんだ。
初めて会う人間に対し、興味津々な様子の者もいれば、少し警戒するように、身を引いている者もいる。
こうしてみていると、何てことはない。どこにでもいる子供だ。皆個性を持ち、霊だの何だのという概念など持たずに、ここに存在しているのだ。
「みんなの名前、教えて?」
一人ひとり、顔を覗き、瞳を見据えながら名前を尋ねていくシュライン。
できるだけ一度で覚えようと、何度も反芻し、頭に叩き込む。
互いの名前を知る。それだけでいくらか馴染むことのできた子供たちの中に。常に誰かの影に引っ込んでいる少女を見つける。
刺激しないよう、少しだけ距離を置きつつも、視線だけはしっかりと合わせて。優しい声で、名を尋ねた。
「……めいあ」
「めいあちゃん、ね。ごめんなさいね。知らない大人の人が急にきたら、びっくりするわよね」
苦笑しながら言えば、そんなことはない、というようにふるふると首を振ってくれた。
そっと頭を撫でれば、少女は照れくさそうに引っ込む。恥ずかしがりやなだけで、怖がられているわけではないようだ。
「めいあちゃんは、本、好き?」
「うん……」
「そう。ここにはたくさんの本があるから、めいあちゃんの好きな本、きっとあるわよ。同じ題材でも、違う角度から視たような本もあるから、読み比べてみるのも、面白いと思うわ。声をかけてくれれば、読んであげるわよ」
ゆっくりと告げれば、こくこくと頷いて。ついにたまらなくなったのか、パタパタと駆けて行ってしまった。
あら。と、思わず残念そうな声を漏らしたものの、耳まで真っ赤にしていた少女の後姿は、愛らしくすらあるもので。次の瞬間には、口許は笑みに変わっていた。
「あの子は、私が見ますね。丁度いくつか本を持ってきていますし、読み聞かせでしたら仕事でもやっていて慣れてますからね」
「そうしてもらえる? あ、すこし煩くなっちゃうかもしれないけれど、そのときはごめんなさいね」
「伝えておきます」
持参したものを抱え、申し出た汐耶に。苦笑がちに言うと、シュラインは足元の子供たちに視線を戻した。
「さぁ、何して遊ぼうかしら」
遊ぶといっても、室内で、しかも図書館のように静けさが引き立たされる空間では、飛んだり跳ねたりの派手な遊びは出来ない。かといって本を読み続けるだけというのも味がない。
そこで、シュラインが目に留めたのは図鑑だ。絵本や文庫本も多いが、図鑑の量も半端ないこの屋敷。手始めに子供向けの動物図鑑を手に、シュラインは興味津々でこちらを見つめている子供たちを振り返った。
開けば、図鑑に縁のある者もない者も、何をするのかと疑問符を浮かべながら覗き込んでくる。
「動物園で見た!」
「ゆうのおうちにわんちゃんいたよー」
そうして、知っている動物を見つけるたび、声を上げてくれた。
「そう。じゃあ、わんちゃんはどんな風になくか、知ってるかしら?」
「わんわんって鳴くよー」
「そうね。それじゃあ、こっちの生き物はどうかしら?」
鳴き真似をする子供に笑みを返し、シュラインはぞうを指差す。
えーと、と、思い起こすように首を傾げる少女。他の子供たちも何となく応えあぐねていた。
「ぱおー、じゃないの?」
「ええ、そうよ。でももうちょっと高いかな。こんな風に――」
すぅ。空気を吸い込んだシュラインが、再び吐き出した息は、音として紡がれる。精密にコントロールされた音は、皆がよく知るぞうの鳴き声として、耳に響いたのだ。
一瞬、目を丸くした子供たち。だが、次の瞬間にはその瞳をきらきらと輝かせていた。
「凄い!」
「もっとやってー!」
純粋な反応は嬉しいものだ。シュラインは期待の声に応え、彼らがリクエストする動物の声を、次々と模写、再生してみせる。
動物の鳴き声に留まらず、やがてその音色は虫の鳴き声、羽音、乗り物の稼動音、スポーツやモノ作りの過程で生じる効果音へと広がっていく。
子供たちは、自分が知っている音、知らない音、それぞれに歓声を上げ、真似をして、嬉しそうに理解を深めていった。
「――ね、同じ言葉でも、場所によって全然違うでしょう?」
遊びながら学ぶ。叶の言う『塾』の形も作りながら、シュラインは自らも楽しく、遊んでいた。
と。
ちりん――。
不意に、どこからともなく聞こえた……気がする音に、シュラインは顔を上げた。
だが、その音は一度きりしか響かず、出所など掴めたものではなかった。
気の、せいだろうか。
小首を傾げていると、目の前をとことこと横切る影。視線で追えば、部屋から庭へと移動できるガラス戸に向かう、少年。
それから、向かう先の木陰を陣取った、人影。
遠目ではあるが、それが知っている顔だと、シュラインには見て取れた。
木陰で眠るように横たわっているのは、黒・冥月。大方、武彦に頼まれたのだろう。叶が先ほど駆けていったのは、彼女を見つけたためだろうか。
詳細は不明だが、少年は明らかに外を――冥月を目指している。
止めるべきか、シュラインは逡巡してから、声をかけた。
「しゅんき君。どうしたの?」
「お外行きたいの。あそこのお姉さんも、一緒にあそぼって呼んでこようと思って……」
やはり、彼女が気になったようだ。
冥月とは依頼で何度も顔を合わせており、決して子供嫌いでないことも、人当たりが悪くないことも知っている。
だが、もしあれが寝ている状態だとすれば。決して寝起きが悪くないとは、限らないのだ。もう一度、暫しの逡巡を展開させてから、シュラインは少年の傍に屈みこみ、そっと、囁くように告げた。
「あのお姉さん、もしかしたらお昼寝中かもしれないからね、そーっと様子を見てから、声をかけてあげなきゃ駄目よ?」
「うん」
こくり、大きく頷いた少年は、からからと扉を開けて、冥月に近寄って。シュラインにいわれたとおり、じーっ、と様子を窺っていた。
が。
「お姉さんっ」
何を思ったのか、いきなり髪を引っ張った。
「いっ――……!?」
実際眠っていたのかおきていたのかは知らないが、飛び起きた。
憤慨するほどではないだろうが、ひょっとして怒ったりはしていないだろうか。いきなり殴ったりはしないだろうが、睨んだりはしないだろうか。
冥月のことはそれなりに知っているが、やはり、万一のことを考えると、はらはらしたものだ。
だが、そんなシュラインの不安はめでたく杞憂に終わり。はぁ、と大きくため息を付いた冥月は、一先ず髪から手を離させると、少年の体を抱えあげ、ゆらゆらと揺らしたりして、あやし始めた。
「ごめんなさいね、どうしても、あなたと遊びたいって言うものだから」
「あぁ、かまわない……私も頼まれた身だしな。それにそういう子供もいるだろう」
やれやれというように肩から少しだけ力を抜いた冥月。やはり、頼まれての訪問のようだ。人手が増えたのは、正直ありがたかった。
ほっとしたように胸を撫で下ろしてから、少年へ視線をやる。
「しゅんき君、楽しい?」
「うんっ」
ぶらぶらと足を左右に振られながら嬉しそうにしている少年を見ていると、微笑ましく感じられたものだ。
ふ、と笑みを零し、そんな様子を見つめていた、そのときだった。
「やだやだっ! 僕のだもん!」
「あたしが読んでたのー!」
ざわめき。それから、甲高い喚き声。
そちらを見やれば、二人の少年少女が本を引っ張り合っていた。幸いにも閉じたままであるため、真っ二つに裂ける、なんてことはなさそうだが、そのまま放って置けばそうなることは目に見えていた。
「どうしたの。ほら、とうき君、かざねちゃん。手を離しなさい」
慌てたように駆け寄り、一先ずその手を離させるシュライン。本の無事は確保されたものの、引っ張り合っていた当人らは頬を膨らませ、いっそ涙目にすらなりながら睨みあっていた。
どこからどう見ても本を取り合っていたわけだが、一体何がどうなってそうなったのか。
二人を順番に見やったシュラインは、少し腰を屈め、できるだけ優しい声音で、尋ねた。
「喧嘩になったのはどうして?」
「かざねが僕の本取ったんだもん」
「違うよ。とうきが取ったの。あたしが読んでたのに、持ってっちゃったの!」
「かざね、読んでなかったじゃないか!」
「先生に読んで貰おうと思って呼びに行ってただけだもん!」
騒ぎが、再び起こる。感情を剥き出しにしている彼らは、いかにも険悪で。周囲の子供たちまで戸惑ったように顔を見合わせている。
どうしたものか。思案を広げようとしていると、腕に少年をぶら提げたような状態で屋敷の中へ入ってきた冥月と視線が合う。
その目が、任せろと言っていた。
解決法があるというのなら、任せよう。思い、黙って見つめるシュライン。
冥月は少年を降ろし、二人の傍らにしゃがみこむと、少し下から、その顔を覗きこむ。
「壊れないものはないんだ。ああやって手荒に扱っては、本が破れてしまうだろう。じゃんけんでもして順番を決めて使わないか」
「そうそう。大事な本を破られては、さすがに怒らなきゃいけなくなりますからね」
騒ぎに気付いたのだろう。冥月の背後から顔を覗かせた汐耶が、彼女の言葉に続くように、穏やかに諭す。
拗ねたような顔をしていた子供らだが、怒る、という言葉には、さすがにしゅんと項垂れた。
じっ、と見つめてから。冥月は、それぞれの頭に軽く手をやり、視線を合わせて撫でながら告げる。
「主張することは大切だが、譲り合うことも大切だ。それが判れば、誰も怒らない。理解したか? したなら、ごめんなさいだ」
優しい微笑。それを以って見つめてやれば、二人は互いに顔を見合わせてから、声を揃えて。
「ごめんなさい」
そう、言うのであった。
一悶着あった後。子供らは一層仲良くなったようで、わいわいと騒ぎながらも、各々に本を読んだり話したりしていた。
少し、手持ち無沙汰な感じではあるが、問題がないよう見守るのも『先生』の役目であろう。
叶が用意してくれたお茶とお菓子を摘み、ほぅ、と一息ついて。汐耶は子供たちへと視線をやりながら、呟く。
「楽しんでくれているようで、良かったですね」
叶は『塾』といっていたけれど、年端も行かない子供たち――しかも霊だ。そんな彼らにあれやこれやと知識を詰め込むようなことをしても、きっと不満があっただろう。
先ほどのように、時折子供らしい喧嘩なんかも交えながら、のびのびと遊ぶ。そんな『塾』があっても、いいとは思うのだ。
「あ、駄目だって。もとあった場所に戻さないと、叶が困るだろ」
ふと聞こえてきた声に振り返れば、少し年長の少年が、本を抱えた少女の頭を撫でながら言っているのが目に留まった。
「男の子の方がさらぎ君で、女の子の方はみふゆちゃんですって」
尋ねられたわけではないが、何となく、疑問を抱えているように感じて。シュラインは先んじて告げる。
年上の子が年下の子の面倒を見る、というのは、一種の社会勉強に思えたものだ。
ふむ。と呟くことで相槌とした冥月は、二人が連れ立って去るのを見送ってから、どこかしみじみとしたような声で、零す。
「普通の、子供だな」
霊だとか何だとか、そんな感覚は、彼らの前ではまるでない。
あまりにも普通で。普通の、子供で。拍子抜けしたような気もするが、ありがたいような。
ともあれ、微笑ましい、と思う気持ちだけは、変わらず胸中に存在しているようで。
知らず知らず、微笑を作っていた。
ちりん――。
ふと、耳に響いた音色。
それは飼い猫が首に提げている鈴のような、ささやかでありながら良く響く音だった。
聞きとめた三人は、それぞれ、音の出所を探るよう、違った方向へ視線をやる。
だが、特に何がいるわけでもなく。しばし方々へ視線をめぐらせた後、顔を見合わせた。
ちりん――。
「……庭に、猫でもいるんですかね」
「そうかもしれないわね。こんな場所だもの」
「特に殺気を感じるようなこともないし、放っておくか?」
絶え間なく、というほど頻繁ではないその音を、意識の端で少しだけ感じ取りながら。
けれど、特に害もないだろうと結論付けて。ぱたぱたと駆け寄ってきた子供たちに、再び取り囲まれていく。
「この鳴き声やってー」
少女が本を抱えて歩み寄り、ぱっ、と広げて指し示す。その、中身は。
「……カメレオン……?」
困った。カメレオンの鳴き声など、シュラインは知らない。
そもそも鳴くのだろうか。この生き物は。
だが、きらきらと瞳を輝かせている少女を前に、出来ないというわけにも行かず。暫し考える間を置いてから、シュラインは一つ、提案した。
「この生き物は、どんな声で鳴くと思う?」
すると、笑緒ははたとしたように首を傾げ、うーん。と考え出した。
「ん、と……ぎゅーっ、って鳴くと思う!」
「ぎゅ……こんな感じかしら?」
思案を交えながら紡いだのは、少し低い、絞り出すような声。
それを聞いて、また、うーん。と唸りだした少女の横から、別の少女が顔を覗かせ、言う。
「もっと可愛い感じだと思うー」
それを皮切りに。集まっていた数人が、わいわいと話しては次々と案を出してくる。
子供の発想力というのはすばらしく、また恐ろしいもので。シュラインは時々、表現に迷ったり困ったりしながら、カメレオンの鳴き声というものを模索していく。
知らない音の新鮮さと、豊かな想像力に、心躍らされながら。
気が付けば傾き始めた太陽。時間的にはまだまだ遊び足りないといったところだろうが、そうも言っていられないのが、大人の事情という奴で。
ぱんぱん、と手を打った叶を、一同一斉に振り返った。
「今日はここまでです。みんなで片づけしましょう」
保育園で見られそうな光景。はーい、と、少し名残惜しげな声を上げながらも、子供たちはさんざん散らかした部屋を綺麗にしていく。
それを終えて。ちゃんと全員が揃っていることを確認した叶は、くるり、シュラインらを振り返り、にっこりと微笑んだ。
「それじゃあ、今日きてくれたお姉さんたちにお礼を言いましょうね」
……やっぱり、保育園だ。
声をそろえてありがとう。告げた彼らは、少しだけ照れくさそうで。
「また遊んでね!」
そういって駆け出していく子供たち。
その姿が屋敷の門をくぐった瞬間、ふわり、溶けるように消失した。
一人、また一人。続いていく子供たちは、まるで初めから存在しなかったかのように、消えていく。
だが、それはいなくなったわけではないのだと、彼らは知っている。
叶の屋敷から出て行った子供たちは、普通の人の目には届かない、霊体へと還っただけに過ぎないのだ。
「また、くるのかしら」
「かもしれませんねぇ」
シュラインの呟きに、叶はのんびりと答える。
普通なら問題視される事項だが、別に彼らを成仏させることが目的だったわけでもなく。また来たいのだというのなら、それはそれでいいような気も、した。
「次にきたときは、挑まれちゃうかもしれませんよ」
「……適度にあしらうさ」
くす、と笑みを零して言う叶。なかなか覚えの良かった少年らを思い起こし、冥月は溜め息にも似た吐息を零しながら返す。
たまにならばいいものだが、あれを毎度となると、少し参る。紛いなりにも暗殺者だった自分の技など、本当は覚えない方がいいのだろうから。
とは、いえ。はしゃぎながら、見よう見まねで手足を動かす子供たちは、やっぱり微笑ましいものだとも、思う。
「ほら、読書の合間、体を動かすのはいいことですよ」
「……むしろ、相馬さんが教えて貰った方がいいんじゃないんですか?」
これからも、危ないオーラを放つ本を増やしていくつもりなのだろうし。
小首を傾げながら、けれど口許には笑みを浮かべて。そんな汐耶の言葉に、叶は肩を竦める。
「考えておきます」
それから。
「今日はありがとうございました」
満面の笑みで、告げるのであった。
「今日のこと、草間に報告するのか?」
帰り際。多分同じ方向に向かうだろうということで、シュラインと冥月は並んで歩いていた。
そんな折の問いかけに、シュラインは一瞬だけ思案めいた沈黙を挟んでから、頷いた。
「えぇ……一応、元は武彦さんが頼まれてた依頼だもの」
くす、と微笑んだシュラインに、冥月は「そうだな」と相槌を返す。
暫しの沈黙。それを経て後、シュラインは「でも……」と呟いた。
「どういおうか、少し迷ってるのよね」
「どう、とは?」
思案顔のシュラインに続きを促せば。
「普通に『楽しかったわよ』って言おうか、『また頼まれるかもよ』って言おうか……ね」
少し、意味深な言葉を吐く。
それは単に、去り際に子供たちが「また」と告げていたからという理由ではなく。
もう少し深い意味を持った、台詞。
だが、冥月もその言葉の理由を、判っていて。
「……また、の方がいいんじゃないか?」
思い起こすように、ぼんやりと視線を上げながら、呟くのであった。
ちりん。鈴の音が響く。
頭の隅にかすかに残るその音色は、きっとまた、迷い霊を引き連れて現れるのだろう。
何も、あの屋敷に限ることはなく……。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 / 23 / 都立図書館司書】
【2778 / 黒・冥月 / 女 / 20 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
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■ ライター通信 ■
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ご無沙汰しております。この度は【見えない教え子】に参加くださいましてありがとうございます。
参加者様ごとに微妙に視点の異なった仕上がりとなっております。他の方の視点にも、興味がございましたら是非参照を……。
お久しぶりな発注を頂いたにも拘らず遅れての納品となってしまい、自己管理能力のなさをただ恥じるばかりです;
今回の依頼、シュライン様は幼稚園や小学校の先生に近い雰囲気を持っていらっしゃるように思いましたので、全体的にそんな感じで仕上げております。
声帯模写を使っての『講義』等、素敵な発想での子守り……もとい『授業』は、とても楽しく書かせていただきました。
重ねて、ご参加いただきありがとうございました。
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