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看板少年
いっそのこと、一気に一万円くらい値上げしてくれれば諦めもつくのにな、と草間武彦は思った。
ずらりと並ぶイミテーションの煙草の箱の下に、赤いランプが点灯している。その中でも「一番安い煙草」を購入しながら武彦は、真綿で首を絞めていくかのようにじりじりと値上がりし続ける煙草の値段について思いを廻らせていた。
十円、二十円、三十円と、踏ん切りのつかない微妙なラインで刻々と上がっていく煙草の値段を見ないフリで見過ごしていたら、ついに武彦の吸う煙草も三百円の大台に乗ってしまった。しかしまだ、禁煙どころか本数を減らすことにさえ成功していない。これが三百二十円になったら、もう一度立ち止まって考えてみようか、とも思う。金額の問題ではなく、二十円という端数が問題だった。
いちいち煙草を買う時に二十円を用意するのは面倒だったし、だいたいお釣りを取るという作業が嫌いだった。五十円を出せば三十円のお釣りで済むが、百円などを入れようものならじゃらじゃらと出てくる大量の十円玉を取る羽目になる。これは面倒だ。面倒すぎる。
「面倒」と「禁煙」をはかりにかけながら、だからやっぱり一万円くらい一気に値上げしてくれればいいんだよ、と武彦の思いは結局そこへと戻った。リアルに考えれば、一万円の前に、二千円や三千円の壁があるはずだったが、お金のこととなると「面倒臭い」が先に立ち、ついつい「幼児的どんぶり勘定思考」に陥ってしまいがちな彼にとって、この場での煙草のとんでもない値段は何はともあれとにもかくにも「一万円」なのだった。
しかし恐らく、一万円の値上げは普通にない。
武彦は自動販売機の受け取り口に飛び出して来た煙草を取り出し、視線を上げた。眼鏡を押し上げ、パステルカラー色の小奇麗な自動販売機を見やる。興信所の近所の商店街の一角に設けられた、煙草の自販機コーナーだった。ずらりと並ぶ自販機達の洒落た佇まいを眺めていると、体に悪い悪いと歌われながら、結局のところ煙草は「必要悪」なんだな、と思えてくる。
お馬鹿な依存者が落とすお金や税金で、確実に潤っている所があるのだろうし、だからこそ「自販機」も「広告」も、刻々と洗練されていくのだろうし。
気味の悪い鳴き声で鳴くくらいしか特に役に立ってないように思えるあの蛙にだって、死滅されては困る生態系があるのだ。喫煙者にだってその生存を危ぶむ「生態系」があるに違いない。
なんてな。
どうでも良いことを一頻り考えついて、歩き出そうとした武彦の視界に、ふと奇妙なものが飛び込んできた。
何やってんだあれ?
奇妙なものというそれは、奇妙な動きをしている少年だった。年の頃は、十代半ばくらいか。高校生なのか中学生なのか、紺色の学生服に身を包んでいる。何気ない顔で人気のない商店街を歩いてきたかと思うと、一件の文具店の前で立ち止まり、徐に。
店の前に出ている看板を横倒しにした。
目の前で繰り広げられている光景の意味が分からず、武彦は眉を潜めて首を傾げる。
少年は、「はんこ」という赤字が踊る縦長の立て看板を、そっと横倒しにして伏せていた。店の人間にしては奇妙であるし、ふらっと歩いてきて「ばたり」とやったとしか思えない。しかし、悪戯目的のようにも見えず、看板を扱う手つきは丁寧で、きちんと「伏せて」しまうのである。
「なんでだよ」
思わず口に出して呟いてしまった武彦の背後で、突然「あ」という軽やかな声があがった。その声に真っ先に反応したのは看板を倒していた少年である。はっとしたように顔を上げると、脱兎の如く走り出してしまった。
逃げるということは、悪戯なのか? 走り去っていく少年の背中を呆然と見送ってしまった武彦の後ろで、先程と同じ声が言った。
「あーあ。またやられちゃったなあ」
また?
武彦は声のした方を振り返る。そこには優しげな風貌を絵に描いたような眼鏡の男が苦笑を浮かべて立っていた。チノパンにセーターという無難そのものの衣服に身を包んだその男に怒っているような様子はなかった。店の人間なのだろうか、それともただの通行人なのだろうかと、武彦が興味津々な目を向けていると、「あ、どうも」と向こうが先に頭を下げた。
「どうも」
「見てました、今の?」
「何ですかね、あれは」
「さあ?」
男は苦笑と共に小首を傾げる。「僕にも良く分からないんですよねえ」
「はあ」
「あそこ、僕の店なんです」
「あ、そうなんですか、へえ」
言葉と共に視線を上げて、そこに掲げられている磯崎文具店という文字に目を留める。「磯崎さん、ですか」
「え?」
男は少しだけ驚いたような表情を浮かべ、すぐに「ああ、看板ですね」と柔らかく微笑む。
「今はちょっと買い物に出てましてね。店は、お袋が見てたと思うんですけど」
「さっきの、悪戯ですかね」
「さあ?」とまた男は曖昧模糊とした返事を返した。「あの人が何処の誰かも知らないんですよね、僕」
「学生さんみたいでしたね」
「ですかねえ」
「気味悪いっちゃ、気味悪いですね」
「そうですねえ」
さほどそうとは思っていないような社交辞令丸出しの生返事を男は返し、それを最後に会話は沈黙する。閑散とした商店街の中に、二人は暫しの間ぼんやりと佇んだ。一台の自転車が、その隣をかちゃかちゃと駆け抜けていく。
「じゃあ」
それ以上特に何の発展もしそうにない空気感に今やっと気がついたといった呈で、男が軽く頭を下げた。「僕はこれで」
「ああ、どうも」
武彦は小さく頭を下げ返し、ビニル袋をゆらゆらと揺らしながら文具店の中へと入っていく痩身の背中をぼんやり見送る。
あの少年は一体何をしたかったのだろう、とそんなことを考えながら。
■■
真っ暗闇だったブラウン管の中心に、じんわりと滲む光がある。
映り込むのは、きめの粗い映像。全体的に浅く見える色彩が、画面の中を乾いた世界に見せていた。
ポツポツと一定のリズムを置いて映し出されていくは、可愛らしくも何処か刺々しい原色色の雑貨達だ。赤い電車。丸い目の人形。黄色いビー玉。青いミニカー。そこへそっと、白く華奢な手が伸びてくる。手は、赤い電車を掴み取り掌の上にちょこんと載せた。
映像は、すーっと滑らかに遠ざかり視界を広げる。中学生が、二人。学生服に身を包んだ、頬にかかるくらいの髪の可憐な少年と、これまた柔らかそうな髪をした可憐な少年が、雑貨を見ながら楽しそうに微笑み合っている。二人は、可愛らしい顔を綻ばせ合いながら、華奢な肩を突き合わせた。
画面に映る映像は、そこでがらりとその様相を変える。画面いっぱいに広がる、乾いた白色。ばっと青や黄色の原色が広がると同時に、新曲のメロディが軽やかに流れ出す。
「と、こんな感じで行こうかって話になってます」
ビデオデッキの停止ボタンを押しながら、マネージャーの加藤ミドリが言った。
「うん、いいんじゃない」
水野まりもは、テレビ画面に注いでいた視線を上げてミドリに向かい微笑んだ。「やっぱりあれだね。新しい人って何か違うね。僕もこういう映像の感じ、好きかな」
「イベントディレクターとかもやってる人らしいですよ。発想はやっぱり斬新でしょうね」
「へえ」
ミドリの言葉に知った顔で頷きながらも、いべんとでれくたーとは何かという問題について、まりもは暫し考える。新曲のプロモーションビデオの撮影が、どういう経緯でその新人の監督などに渡ったかは分からないけれど、写真で見る限り、たいそう若い(しかも可愛い)その男は、イベントディレクターなどという、わけのわからない肩書きの持ち主だった。
全く、とまりもは小首を傾げずにいられない。と、いうよりまりもの中に存在する「布市玄十郎が」と言った方が正しいだろうか。
見た目はピチピチの美少年、体年齢は十五歳の水野まりもは、そのあっけらかんとした風貌に見合わず一度は生死の境を彷徨ったことがある、中々に壮絶な人生を送る少年だった。十四歳のある麗らかな春の日に、さっくりと交通事故に遭遇してしまい、その際、とある怪しげな組織の怪しげな技術により何とか一命を取り留めたのだったが、何がどうなったかうっかりと「伝説の天才俳優だが酒と賭け事がガンで身を持ち崩した布市(ぬのいちげんじゅうろう:愛称フッチ:享年58歳」の魂が代わりに入り込んでしまったのである。まるで仮面ライダーミタイダーな、話だった。
まりも自身の魂は、今も軽く何処ぞを彷徨っている最中である。ご対面してしまう日だって、そう遠くはないのかも知れない。
ともあれそうして、まだまだ若いつもりで居たのにカルチャーショックを受けずにはいられない日々を送っている布市である。
更にはいべんどでれくたーと来た。
全く最近の若者は、何かというと「横文字の肩書き」をつけたがるのだ。無職にすら「ニート」などという肩書きがある時代なのである。格好つけやがって、ちきしょう。結局お前らはただのホープレスじゃねえのか。
なんてな。
「っていうかさ」
まりもはテーブルに置かれたリモコンを取り、ビデオの映像を巻き戻す。
「はい」
「このまま撮影進めればよかったじゃん。この子達、いいよ」
「いや、それが」
「うん」
「彼らは一般人なもので」
「あ、そうなの」
「撮影依頼してた雑貨店にこの二人が偶然居合わせたみたいで、ちょっと盗み撮りで使っちゃったみたいです」
「ふうん」
「それに、やっぱりまりもさんが出ないと」
「そっかなああ、やっぱりい」
「あくまでこれは、こんな感じで行きたいっていう、サンプリングですからね」
「なるほどね」
「私、応援してます。今回の新曲も、絶対売れます」
ミドリは丁寧にカールされた睫を瞬かせながら、にっこりとまりもへ微笑みかける。
愛想の笑いを返しながら布市は、これが誘惑の笑みならなあと考えずにいられない。こっちはいつでも準備万端、うっかりすれば布市の守備範囲にだって入りそうな女性マネージャーは、これでも絶対安全圏に居る女なのだった。それを確信しているからこそ事務所もミドリを、マネージャーとして起用したのだ。
以前のマネージャは男だったが、男は男でいろいろと面倒を起こしてくれ(まりもの可愛さにうっかりぽっくりいってしまうとか)(布市の「行き過ぎたまりも演出」に悩殺されてしまうとか)やっぱりマネージャーは、非力なまりもでも勝てる女じゃないとな、という話に流れ、「でも女だとこれまたうっかり恋をしてしまうのではないか」という杞憂に及び、「ただの一ファンとしてまりもをしっかり支えてくれる人は居ないのか」と探し回った挙句、行き着いたのが加藤ミドリ(女)である。彼女となら、末永く正常な「友好関係」が結べるだろう。
彼女は「女」でも、「男」を愛せない「女」なのだった。
■■
先程からずっと零れそうで零れない、灰の溢れた灰皿が気になって気になって仕方ない。
シュライン・エマは、一心不乱に向き合っていたパソコン画面から、大きな溜め息と共に視線を上げた。許容範囲を無視されたアルミの灰皿には、これでもかとばかりに煙草の吸殻が詰め込まれている。それはむしろもう、コレクションやら収集やらの域に達した一種の芸術のようですらあった。
まだ捨てないつもりなのかしら。
会計ソフトの入力作業を一時中断し、彼女は灰皿を睨みつけながら腕を組む。ちゃんとやるから、と言っていた男の顔を思い出した。
時期がくればちゃんと自分で捨てるから。
この事務所の主であり、この灰皿をこんな状態にした犯人でもある草間武彦は、以前シュラインに向かいそう言った。勝手に事務所の中を生理整頓されたことが嫌だったらしく、「自分でやろうと思っていたところだったのに」と可愛くない子供のようなことまで言った。
言ったので、言われたからには放置してやることにした。
確かに彼だって全く掃除をしないわけでもないらしい。気が向くとそれがもう平日だろうが何だろうが、一気に「年末か」と突っ込みたくなるような大掃除を開始する。灰皿だってきれいになる。だからもうそれまで待つしかない。
しかし、灰皿の許容はとっくに超えている。超えているどころか、溢れているのだ。これはもう、人間ならとっくに窒息死している感じだ。
何だかもう、悲鳴すら聞こえる気がする。「シュラインさん……た、助けて」
これはもう、果実で言うなら熟れすぎて地面に落ちた状態ではないのか。殺人事件で言うなら時効を迎えた状態ではないのか。
今自分がこの中身を捨てなければ、この灰皿は一生そのままの状態をキープするのではないかという懸念に、いよいよ彼女は苛まれる。
いや、このままならまだいいほうだ。次はもっと悲惨な状態になっているのかも。
果実なら地面に落ちたところを踏みつけられて、のべりとコンクリートに張り付いている救いようのない状態のような。
殺人事件なら時効が過ぎた後に犯人が手記を……いや、いいか、もう。
シュラインはさっくりと立ち上がり灰皿を掴み取ると、事務所の奥にあるキッチンスペースへ向かった。水道の蛇口を捻り、三角コーナーへと中身をぶちまける。更にはそれをダスターボックスに捨て、キッチンスペースを出た。
また、元の場所に座る。
ついでに気になっていたデスクの上の散らかりようも解消してやろうと、彼女はがさがさとデスクの上を片付け始めた。
と。
「あー」
入り口の方から声がする。「何か整理整頓している人が居るー」
シュラインは小さく顔を挙げ、そこに武彦の姿を認めるとまた整理整頓作業に戻った。
「自分でやるのにー」
「これってわざとなの」
「何が」
「わざと私に片付けさせようとしているの。こんな悲惨な状態を見せつけて私がどうするかを試してるの」
「あ、それは」照れたようにはにかんで、武彦が眼鏡を押し上げる。「してる……なんてな。この、乙女」
「何笑ってんの」
「今のは、笑うところだろ」
「どうでもいいけど、灰皿、いっぱいいっぱいいっぱいの上をいく、いっぱい、いっぱい、いっぱい、いっぱいだったから」
「集めてるからな」
「さすが暇人。集めるものが人と違うわ」
「暇と言えばさ」
能天気な声で、さっそく買ってきたばかりの煙草の封を空けながら武彦が言った。「さっきさ。変なもん見つけてさ」
「煙草買いに出ただけで変な物を見つけてくるなんて草間武彦は天才」
「店の前に出てる看板を倒してるんだよ、どう思う」
「どうも思わない、っていうか、何を言われているのかいまいち良く分からない」
「お店とは全く関係のない少年が、通りをふらっと歩いてきたかと思ったら、店の前に出ている看板をバタン、とやる」
「悪戯でしょ」
「短絡的だなあ、シュラインくんは」
「武彦くんが小難しく考え過ぎなんだと思います」
「丁寧なんだよ。看板の扱い方が。とても悪戯のようには見えなかった。白昼堂々、看板を倒す少年。どうしてそれは看板なのか。気になると思わない?」
「思わない」
素っ気無く答えてシュラインは「これでよし」と椅子の上に尻を落とす。「だいたい丁寧な看板の扱い方ってどんなよ」と前髪をかきあげた。
「こう、凄い、こう」
「いやもう、いいから」
「お前が聞いたんだろー」
「だったら調べてくれば良かったじゃない」
くるくると椅子を半回転させながらシュラインが言うと、武彦は「えー」と顔を顰めた。
「調べるって何を」
「とりあえず、看板から」
「えー」とまた彼は顔を顰める。「恥ずかしいじゃなーい。依頼されたわけでもないのにさあ。店の前で何やってんだアイツってことになるじゃない」
「その店の人はどうする気もないわけね」
「俺も調べてくれって言われたら調べやすかったんだけどな。むしろ全然、あーまたやられてんなあ、くらいな感じで」
「まあねえ。看板倒されただけなんだったら、どうにも対応は微妙よねえ。何屋さんなの?」
「文房具屋だな。磯崎文具店。はんこって書いてある看板を、そっと倒されてたね」
「あー、ますます微妙」
「微妙だよな。こうーッ……微妙だよなあ。俺もこう、人とか死んでくれると勢いに乗りやすいんだけど」
「じゃあさ。気になってるから調べさせて貰いますつって、行っておいでよ」
「えー」
「えーって言うな」
「恥ずかしいだろー。調べてどうすんですかって、そのあたりがもう凄く恥ずかしい。でしゃばってる感が凄くもう、消え去りたいくらい恥ずかしい」
「ふうん」
生返事を返しながら、シュラインはじっとり、と武彦を見やった。目が合う。
「へたれって言うな」
「まだ言ってないし、私これから編集さんと打ち合わせあるし。翻訳の方の締め切りももうすぐだし」
「だからこの、どうして看板を倒していたのか、みたいな所、気になるんだなあ」
「私これから編集さんと打ち合わせあるし、翻訳の方の締め切りもあるし」
言いながらソファの方へ移動して、バックの中にノートパソコンを突っ込んだ。
「なあ、これからちょっと時間」
「あ、急がなきゃ」
「それでね。その少年が来てた制服なんだけど。紺色で、腕の所に青いマークみたいなのがあるんだよ。あれって何処の学校だったっけ」
「頼まれてないんじゃお金にならない」とシュラインはどすの利いた声で言い、「ご趣味にお付き合いする暇はございません。ごきげんよう」と続けた。
「分かってるって。やってくれるんだろ、シュラインくんは」
「聞こえないー」
素っ気無く言い去って、シュラインはパタンと興信所のドアを閉めた。
■■
「だからさ。フリーペーパーとかに載ってる美容整形外科の広告ってあるでしょ。あれのモニターがさ。アタシの知ってる女だったわけ」
白くライトアップされた棚に、色とりどりの可愛らしい小物が並んでいる。その一つを手に取りながら、希は続けた。
「でさ。衝撃受けつつもどうしていいかわかんないから、とりあえずパラパラーってページめくっていくでしょ」
返事を待つような間をあけて、隣に並ぶ「彼女」へと目を向ける。しかし、彼女は返事をしない。どうでもいいといった呈で棚の小物に手を伸ばしては、また戻すというような動作を繰り返している。希はめげない。むしろ、彼女が聞いていないことすら聞かず話を続ける。
「そしたら最後の方にあるアーティスト紹介のページにさ。うっかり見つけちゃったよねえ。元彼」
「…………」
「分かる? アーティスト紹介ページに紹介されてた、バンドのメンバーの中に自分の元彼が居たの。ショックよね」
そして希は彼女に目を向ける。白に赤茶色の模様が泳ぐノースリーブの上に灰色のケープを羽織り、下半身は黒のタイトなパンツと黒のブーツ。肩にかかるくらいの髪を無造作な感じで結び、その上に黒い帽子を被っている。対して、隣に並ぶ「希」は、長身を生かしたシンプルコーディネートである。しかし「彼女」の場合、佇まいが何となく「微妙」だった。
見ようによっては、そうしてそこに並ぶ二人が「付き合っている二人」にも見えてしまうことが問題だった。そう、例えば。美しい青年と、可愛らしい彼女。二人並んで雑貨店の棚を漁っているところからして、きっと仲の良い二人なのだろう。と。
「ごめん、のぞむ。あたし、全然話聞いてないから」
しかし彼女、法条風槻は、帽子の下から覇気のない目を覗かせて素っ気無く、言った。
「アタシの名前は、のぞむじゃなくて、のぞみよ」
彼、希は痩身の体をそっとかがませ、そっと風槻の耳元に囁いた。
途端に風槻の目が、どよんと翳る。「はいはい、里中、のぞむ、くん」
「聞こえない聞こえない」
「だからさ。アンタのくっだらない話聞きに、のこのこ出て来たわけじゃないからさ、あたし」
「いや、だからね。美容整形外科のモニターになるような女を友達にしてた自分か、アーティスト紹介ページに紹介されるような男をうっかり逃しちゃった自分か、どっちがよりダイナミックにショックかっていう」
「あー、うるさいうるさい」
覇気のない低音のハスキーボイスで希の話を遮って、風槻は痩身の体を追い払うような仕草をした。しっし。
「仕事の話だけしてぱっぱと別れるなんて、味気ないでしょうが」
「うるさい、このオカマ」
「あら。酷い。差別よ、差別。アタシはオカマでなくてオンナ」
「生理の辛さも知らないくせに女を気取られても」
「気取ってんじゃなくて、女なの」
当然ながら、ちょっとした性癖の隔たりがある彼女らの間に恋愛が成立するはずもなく、その真実は「付き合っている二人」なのではなく、「仕事のための情報を交換し合っている情報屋同士」なのだった。
真実は、目に見えないところにある二人、なのである。
希はそっぽを向く風槻の腕を取り、店の隅に佇む一人の少年を指さした。
「ほら、アタシなんかはちょーオンナだから、あーゆー可愛らしい男の子なんかを見るともうむらむら」
「あー」
「ね?」
「うん、あたしはオンナだけど全然わかんない」
「乾きすぎなんだよ、お前」
チッと、男性の声で舌打ちをして、「そういえば」と男性の声のまま希は続ける。
「あの制服って確か××中学校の制服だよね」
「うん」と生返事を返しながら、風槻もそこに佇む少年をそれとなくチェックする。紺色の制服の腕には、青色の校章が刻まれていた。確かにあれは××中学校の制服である。少年は、じっと掌に乗せた赤い電車の模型に視線を注いでいる。頬にかかるくらいの黒髪から、物憂げな表情を覗かせていた。
「あれが何か今回の仕事と関係あるわけ?」
「ない」
「なんだよ、ねーのかよ」
「いいなあ。あーゆーのアタシ好きだなあ」
「何もう好みの話とかになっちゃうわけ」
「眼鏡が、いい」
「そういえば前から思ってたんだけどさ。のぞむも結構眼鏡似合うと思うよ」
「だけど自分とはエッチできない」
「はいはい、悲しいね」
「悲しいね」
小さく頷く希の肩をぽんぽんと叩き、風槻はふあと大きな欠伸をした。
「でさ。あたしもそろそろ仕事の話してくんないと、限界に悲しくなってきたからさ」
「はいはい、そうよね」
ひょいと洒落た仕草で肩眉を上げた希は、また雑貨の並ぶ棚に目を向けて風槻の傍へ寄り添った。彼氏が彼女に何かを囁くように、ひそひそと風槻の耳元へ「仕入れた情報」を囁いていく。相手にだけわかるような隠語を使い、暗号化された情報を二人だけの世界でやりとりする。
彼、希は「人」を使っての情報収集が得意だ。つまりは人に強いオカマなのである。対して風槻は「機械」を使っての情報収集が得意だった。つまり、機械に強い女。アナログの世界とデジタルの世界。それぞれの強みを持つ二人は、お互いに「仕事は一人でするもの」という一点で共通する。そしてその一点で共通しているからこそ、互いの足りない情報を補う人間として互いを利用できた。何だかんだと言いながらも、付かず離れず、割り切った仕事が出来るから、というのが互いの共通認識だ。
「了解」
風槻が小さく呟くと、希の女にしては骨ばった、けれど男にしては華奢な手が彼女の方をポンと叩く。「後は任せた」
「はいはいどうもありがとうございました。お礼はまた口座に振り込んどきます」
「そうよねえ。風槻が男なら、体で支払ってもらうんだけど」
「あたしさ。これまで女でよかったとか特に思ったこと無かったんだけどさ、今、ちょっと思ったな」
「うそ、思っちゃった」
「思っちゃったね」
「それは赤飯炊かないと」
「焚かないとね」
「それはそうとさ。さっきからさ、あの子さ。凄い気になる動きしてるんだけどさ」
「あー」
風槻は首を仰け反らせ、ぼうっとした表情で店内を横切っていく学生服の少年に目を向けた。
「あんなに思い切った万引きってあるのかな」
希が言いたいのは、少年がその手に持ったままの「赤い電車」のことだろう、とは容易に察しがつく。あれは間違いなくこの店の棚にあったものだし、それをそのまま持ったまま出て行くことはすなわち、どんなに堂々としてようとやはり一種の万引きなのである。
「店員、普通に気づいてないしね」
「止めてあげるべきよね」
「っていうかあの子、気づいてないんじゃないかなあ。自分の手に雑貨があること」
「えー、んな、おじいちゃんじゃないんだからさあ」
「いや、あるんだって。あたしもこの前さ、普通に頭の上にずらしてた眼鏡」
「アタシ、前からお坊ちゃまとお近づきになってみたかったのよね。知的で物憂げな美少年。いいなあ」
「いや、聞けよ」
「アタシの店にはあんな清楚な少年は出入りしないのよねえ」
うっとりとした目で少年を見つめる希に、やれやれと溜め息を吐きながら、風槻はポケットの中で振動し始めた携帯へと手を伸ばした。
「でも今声かけたら、百パーセント引かれると思うけど」
どうでもいいけど、と付け加えそうな声で言って、携帯の表示を確認する。草間興信所。武彦か。それともシュライン姉か。
「だけど万引きは放っておけないでしょ、やっぱり」
出口のガラス戸に向かい歩いていく少年へと果敢にも向かっていく希を見やりながら「もしもし」と風槻は携帯電話を受けた。
「おう、風槻」
武彦の能天気な声が聞こえる。
「何なの、一体。仕事ですか」
仕事の依頼なら電話ではなくメールで頼むと、武彦には常々言っていた風槻である。しかし電話の方が便利だと思い込んでいるのか、はたまたメールを打つのが面倒なのか――恐らくは後者だろうが――、武彦はいつも、風槻に連絡を取りたい時はまず、その携帯を鳴らすのである。その隔たりを埋めようとすれば、そもそも電子メールがいかに便利か、という所から話を始めなければならないような雰囲気だったので、それはそれでもう、鳴らさせておくことにした。やりたいようにやらせる。別名、放置。
武彦は取立て覇気のない声で、近所の看板がどうしたこうした、中学校の制服がどうしたこうしたと、わけのわからない話をつらつら述べている。これはわざわざ真昼間から人様の携帯電話を鳴らすほどの内容なのか。こんなことをくどくど喋るのは、何かの法律違反になるんじゃないのか。
と、脳裏の片隅でぼんやり思いつつ、武彦の声を聞き流しながら、風槻は目の前で繰り広げられている希と少年のやり取りを観察する。
少年は、希に声をかけられ虚ろな表情のまま顔を上げていた。眼鏡の奥のぼんやりとした瞳が、ぱちぱちと数回瞬きをする。しかし不意に、ハッとしたように華奢な体を震わせる。
「え? あ、」
「いいのよ、いいのよ。怖がらないで」
「え、あ、あの」
「何か困ってることがあるなら、アタシに話してご覧なさい」
「いえ、僕」
「万引きなんてしたって憂さは晴れないわよ。ん? それとも何? これが欲しいの? アタシが買ってあげようか? ん?」
「万引き?」
少年は驚いたような声をあげ、自らの手に視線を落とす。「あ、これ」
そこでやっと彼は、まだ自分の手の中に電車の模型があることを自覚したようだった。
「ああ、すみません」
か細い声で呟く。控えめな仕草で頭を下げた。
「違うんです。あの、少し考え事をしてて。ご迷惑をおかけしました、お」
と、少年はそこで固まる。おねえさん、と言うべきかおにいさん、と言うべきか困っているのかも知れない。
そのまま少年は暫しぼんやりとし、またゆっくりと瞬きをし。
「おねゅいーさん」
俯きながらぼそぼそと言った。
■■
アルコールランプの淡い炎が夜の闇を照らし出す。
滲んだ光がその一角を幻想的に浮かび上がらせていた。
どちらかと言えば人影の少ない寂れた路地に、その占い師は店を構えている。ゆらゆらと揺れるアルコールランプの炎ばかりを見つめて、はや数時間。今夜はまだ、一人もお客に出会えていない。
真っ青な深い瞳と、きりっとした眉。すっと通った鼻梁に、形の良い赤い唇。テーブルの上で静かに組まれた両手には、黒い手袋。黒く艶やかな髪を無造作に垂らし、男はじっと人が通るのを待っている。その佇まいは「占い師」というより、「吸血鬼」といった方が相応しい気もするのだが、「神秘的ならいい」と思い込んでいる彼は、「自分が怪しい人に見えるらしい」ということに気づいていない。
確かに、ちょっとばかしいろんなことに無頓着な人が彼の前を通り過ぎれば、その「何となく何か凄い物が見えそうな水晶」に気を取られたりして、「何となく凄いことを言ってくれそうな占い師」にうっかり見間違えてくれるかも知れないが、そもそも多分、いろんなことに無頓着な人は占いを頼りにしたりしない。
万が一、「占いを頼りにする、いろんなことに無頓着な人」なんていう都合の良い人が居たとしても、この人通りの少ない路地裏では出会える確立が低い。もっと人通りの多いところで店を開くべきだ、という可能性については、彼自身、考えついても実行する勇気が出せないでいる。
何せ、実のところ彼は、占いに関しては度素人なのだ。正々堂々と人気の多い場所でなど、店を開けない。だけど、是非、やってみたい。ひょんなことから手に入れた「何となく何か凄い物が見えそうな水晶」も使ってみたいし、人様の話を聞くのは嫌いではないし、じゃあもう「占い師」でいいじゃないですか。
と。
短絡的だけれども控えめに、占い師ってみることにしたのである。
人生何事も果敢にチャレンジなのです、がポリシーな彼の傍らには、板切れに紙を張っただけの看板がそっと立てかけられている。占い師始めちゃいました、シオン・レ・ハイ。
「誰も来ないなあ」
水晶をつつきながら、シオンは呟く。「暇を潰すためにやってるのにこれじゃあ、益々暇ですなあ」
と。
「おう、少年。何時からそこに」
ぎょっとしたように飛び上がったシオンを見て、むしろ少年の方がぎょっとしたようだった。小さな体をばっと飛び上がらせ、後ろの壁にぺたりと張り付く。しかし、シオンの驚きだって並ではない。今の今まで、自分の前に人はいなかったはずなのだ。唐突に人が現れたら、しかもじーっと見下ろされていたら、それは驚くだろう。君は一体何処から現れたのですか、と問い詰めたいくらいである。
「あー、何かびっくりしてちょっと涙が出ちゃった」
目元を拭いながら、改めてそこに立つ少年に目を配る。学生服を着た少年だった。年の頃は、十五歳くらい。
「少年。君は一体何時からそこに居たんですか」
「え、いや、今。ですけど」
「こんな時間に少年が出歩いていていいんですか」
「え。っていうか、え。おじさん。僕が見えるんですか」
「は?」
間の抜けた声を出し、シオンはぱちぱちと瞼を瞬かせた。「何ですと?」
「いや、見えてるんですね、僕のこと」
「妙なことを言いますね」
「ですかね。僕って結構、いろんな人に見えないと思うんですけど」
「えー」
「いや、マジで」
「えー。さては貴方、変な人ですね」
「それはおじさんでしょ、こんな所で占いって……しかもこの看板。字ィ汚すぎ。わざとですか」
「わざとですかって、わざとじゃないですけど、見えるとか見えないとかって何ですか」
「ああ、僕。幽霊なんですけど」
少年は何でもないことのように言って、向かいの椅子に腰掛けた。「こういうの、自縛霊っていうんですかね」
「またまたぁ」
「いや、本当なんですって」
「幽霊にしてははっきりしすぎですよ」
「なのかなあ。自分では自分の姿わかんないんで、僕」
「えー」
といいながら、改めて少年の姿をじっくりと観察してみるシオンである。「少年、ちょっと立ってみて頂けますか」
「え、立つんですか。いいですけど」
「で、もう一回座ってみて貰えますか」
「はい……え、で?」
「うーん」
少年の尻の辺りをじっくりと観察していたシオンは、酷く考え深げに頷いて腕を組んだ。「確かに、幽霊かも知れない」
「え、そんなさっくり。っていうか、え? 何見てたんですか」
「おしりですよ、少年」
「尻? で分かるもんなんですか」
「いえね。普通の人間なら、もっとこう、座るときに尻の方に重みがあるんじゃないかな、と思いましてね」
「ああ、なるほど」
「良く良く見ればふわふわしてますよ。地に足が着いてないような感触というか」
「ああ、かも知れない」
「だから君は幽霊かも知れない。幽霊としての節度は全く無視ですが」
「それって、僕が無視してるんですかね。それともおじさんが見えすぎなんですかね」
「うーん、それはどうでしょう」
「っていうかやっぱりおじさんって、占い師やってるくらいだから霊感とかあるんですね。凄いや」
「いや、それはおじさんが人間じゃないからじゃないですかね」
「えっ、人間じゃないんですか」
「いや、幽霊じゃないですよ」
「えっ。じゃあ、何者なんですか。っていうか、人間でも幽霊でもない存在って益々何者なんですか」
「微妙なんですよねえ。妖怪っていうか、奇奇怪怪っていうか。イフリートと雪女のハーフっていうか」
「ま、とりあえず人間じゃないってことなんですよね」
「ま、とりあえずはそうですよね」
「そうなんだ。じゃあやっぱり、普通の人間には僕のこと見えないんですかね」
「というより君は見えたいんですかね」
「たぶん、見えたいんだと思いますね」
「あー、見えたいんですねえ」
「僕、名前も住所も、自分のことは何も分からないんです。だけど、凄く会いたい人が居ることだけを知っている」
「はあ」
「それが誰なのかも分からなくて。だけど凄く会いたい人が居るんだってことだけを知ってるんです」
「あー、自縛霊ですね」
風邪ですね、というような手軽さで、シオンは少年の診断をする。「それ、会わなきゃ駄目ですよ。会うまでずっとそのまんまですよ」
「だけど、どうしたらいいんでしょうね」
「一般的には、誰かにとりついたりしますよね」
「あーそれ結構できないんですよねえ。やり方わかんないんで。もう少し長く彷徨ってたら出来るようになるのかも知れないけど。やっぱりそれまで待たなきゃ駄目なんですかね」
「うーん」
「霊能者とかあるじゃないですか。あれってどうなんですかね」
「あー。どうなんでしょうねえ。結構、胡散臭いのも居たりしますからねえ」
「そうなんですよ。しかも、何か勝手に成仏させられても困るっていうか」
「うんうん」
「こう、何か。とりあえずとっかかりとかでもいいんで。何かこう……こう、何とかして、何かこう、目に留めて貰えるような方法ってないですかね」
「気づいて貰うには何かアクションを起こすべきですよね」
「うん」考え込むように頷いて、少年はシオンの言葉を繰り返す。「うん、アクションですよね」
「貴方のことを見える人にも、見えない人にも、気づいて貰えるアクションですよ」
「アクションですよね」
アクション、アクションと呟くシオンの頭に、ところでその姿を目に留めて貰えたとして、それで一体何がどうなるのだ、という考えがポッと浮かんだ。しかしそれを振り払う。目先のアクションにまた夢中になることにした。いいのだ、と彼は思う。いいのだ。問題が面倒になればなるほど、一つ一つを切り離し解決していくことが重要になるのだ。次の問題はまた次考えればいい。今は一先ず前へと進むのだ。
「僕、気がついた時にはもうこの辺りを徘徊してたんですよね」
少年が独り言を言うようにポツリと呟く。
「だったら、この辺りでアクションを起こすべきですよね」
シオンは水晶を脇にどけ、テーブルの上に肘を突く。
「だと思うんです。この辺りに何かがあると思うんで」
「この辺りでアクションですねえ」
唸り声を上げながら、シオンは意味もなく視線を右へと逸らせた。すると少年も同じような表情で何となく同じ方向を見る。
占い師始めちゃいました、シオン・レ・ハイ。
下手糞な文字が躍るみすぼらしい看板が、ひっそりと夜の闇の中に佇んでいた。
■■
「ごめんね何か、送って貰っちゃって」
ふかふかとしたクッションに仰け反りながら、シュライン・エマは言った。
「全然いいですよ」
隣に座る少年はその可愛らしい顔ににこやかな笑みを浮かべ、小さく首を振る。「通り道ですし」
「本当に?」
シュラインは申し訳なさそうな瞳を少年へ向ける。彼の名前は水野まりも。某、巨大芸能事務所に所属のアイドル少年である。シュライン自身は余り、アイドルだの何だのということに興味がないため、水野まりもという芸能人に関してのデータには無頓着だった。何やら、歌が上手いらしいとか、それでいて最近、芝居の方面でも数々の賞を受賞しているだとか、知っていることといえばそんな程度である。テレビの騒ぎようを見る限り彼は何だかとっても凄そうだったが、芸能人としての「水野まりも」よりも個人としての「まりも」の方が、シュラインとしては馴染み深い。
彼とは、草間興信所の調査依頼で何度か一緒に仕事をしている。見た目は元気いっぱいの可愛らしい少年だったし、言葉使いだって態度だってまさしくアイドル然としているのだったが、彼といるといつも、何か、違和感のような引っ掛かりをシュラインは感じる。滲み出ている複雑な雰囲気とでもいうべきか。実のところ、情緒深い一面を持った、老獪な人物なのではないかと、シュラインは踏んでいた。
「本当ですって」とまりもは笑った。十五歳の若々しい声が、車内に響く。
「でもこれからまだ、仕事があるんでしょ」
「はい。プロモーションビデオの撮影で」
「プロモーションビデオ」
「はい。もうすぐ新曲の発売があるんです」
二人は今日、偶然シュラインが編集者との打ち合わせで訪れていた三角出版で遭遇した。まりもの方も雑誌の取材だかインタビューだかで三角出版を訪れており、タクシー移動のシュラインに対し送っていってくれる、と申し出てくれたのである。
しかし。
シュラインは、先程からルームミラー越しに感じる視線が、気になって気になって仕方ない。
こんなに申し訳ない気分になるのは、マネージャーから発せられる視線のせいだ。
「ほんとに、すみません」と、彼女は前方のルームミラーに向け頭を下げる。運転しているのはまりものマネージャーである女性だった。ちろちろと視線を送ってきているところからして、シュラインを鬱陶しく思っているのではないだろうか。これからまだ仕事があるのに。そう思われていたら、申し訳ない。
別にタクシーでだって帰れたんだけどな。
マネージャーの女は、シュラインの言葉を受け、大袈裟なまでにびくっと体を震わせた。おずおずとルームミラー越しに視線を寄越し、「はい、いえ。もういつでも大歓迎ですから」と、強張ったような声で言う。
「はあ、どうも」
オーバーなリアクションに、彼女は生返事を返すしかない。ちょんちょん、とまりもの肩を突いた。「あの人、怒ってるのかしら」
「あ、いえ。全然そういうんじゃないんで。気にしないでいいですよ」
「私、別にタクシーで帰れるんだけど」
「あの」
と、運転席から降ってきた声が二人のこそこそ話を遮った。
「え? あ、はい。何でしょう」
「あの、貴方のお名前、は?」
「は?」
「あの、わ、私は加藤ミドリっていいます。歳は二十七歳で、家族構成は両親と兄が一人居ます」
「え、はあ……シュライン・エマです、どうも」
「あ、エマ、さん」
「はい、エマです」
「エマさん……」
「……はい」
相手の意図が全く見えない会話は続くはずもなく、不意に車内は微妙な沈黙の中へと落ちる。シュラインは複雑に頬を緩ませながら、取り繕うような瞬き繰り返し、おずおずとルームミラーから視線を逸らせた。とりあえず窓の外を見ておくことにする。
何なの、この微妙な空気。どうしたっていうの、この微妙な空気。
一人、飄々とした表情で何かの雑誌に目を落としているまりもが恨めしい。
「あ、あの」
とまた、ミドリが言った。
「あの、もし良かったら、これからその、どうですか。見学されませんか」
「は?」
「え、いや。プロモーションビデオの。撮影を」
「プロモーションビデオ」
呆気に取られた面持ちで呟いて、シュラインは雑誌に目を落とすまりもへ目を向ける。別に興味ないし、と本人を目の前にして言ってしまうのもどうかと思い、「そうですねえ。じゃあ、少しだけ」といい加減な相槌を打った。
××
真っ黒な絵の具の海の中を、水野まりもが這い回る。時折酷く物欲しげな目でカメラを捉え、黒く濡れた両手で甘い頬を覆い、涙のように伸びていく黒い筋。
プロモーションビデオのテーマは「少年と男の境」を表現することにあるらしい。映像は、浅い色彩の乾いたタッチで撮影された「少年時代」と、その心の中を表現する「原色世界」とが、交互に交差する造りになっているらしかった。
今はその、「原色世界」の撮影中だ。映像の世界のことはシュラインには良く分からないし、まだ完成された内容も見てはいないので何を言うこともないのだが、直感として面白そうだとは思った。爽やかに乾いた彼らの日常の風景から、静かでしかし迫力のある原色が飛び交う映像、そしてまた乾いた映像。その交差は是非見てみたい。少年は心の中にどろどろとした原色の濃密な想いを抱えている。というその着眼点も分からないではない。
まりもがまた、そのイメージにピタリとはまるのだ。元気いっぱいの美少年と、物憂げな表情を浮かべる美少年とを、彼は実に上手く表現している。
それがシュラインも良く知る「とある青年」の発想に驚くべきか、その濃密な世界観に圧倒されるべきか。彼女は濃厚な絵の具の匂いが充満するスタジオの中で、その異様な熱気に当てられ、頭がくらくらとしてくるのを感じた。
何か皆、本気だもんなあ。
プロモーションと言えば、音楽の後ろで流れている映像、という認識しかなく、その何分か程度の映像に、そうして本気で取り組んでいる人間が居ることは、実際目にしてみないと分からない。シュラインはモニター画面の中で、自由自在に「男と少年」の交差を演じるまりもを、ぼんやりと観察する。
演技については特別何の感慨もないシュラインですら、その、「その場の空気すら変えるかのような演技力」の凄さは分かった。がらりとスタジオ内の空気が変わるのだ。今ならそう。この原色世界に。
彼はたちまち全てのものを飲み込んで、その場に合った気分へと人の心ですら塗り替えてしまう。
「凄いんだな」
「凄いですよ」
ぼそ、と背後で女の声が言った。
シュラインは思わずぎょっとして、屈んでいた体制から体を起こした。「あ、ミドリさん」
「シュラインさん、いい匂いがしますね」
「……どうも」
何となく感じた身の危険から、そっと彼女との距離を開ける。そこでカットという監督の声が響いた。
スタッフに連れられ、まりもがスタジオの一角へと消えていく。暫くして戻ってきた彼は、バスローブに身を包んでいた。かさかさとビニルシートを踏みしめながら、シュラインの元へと駆け寄ってくる。
「どうでした」と、まるであっけらかんと彼は微笑んだ。
つい先程までそこで物憂げな表情を浮かべていた少年と同一人物とは思えない。
「うん、まあ」
とシュラインは煮え切らない返事を返す。心証が悪かったわけではなく、何を言っていいか分からなかったのである。「繋がった映像見ないと、分からないものよね」
「ですかね」
「でも、思うんだけどさ」
「はい」
「こういうことするから、やばい男子からファンレターが来たりするんじゃないの」
「こういうこと?」
「絵の具の中で悩殺ポーズとってみたり。凄い、セクシー」
「セクシー」
シュラインの言葉にまりもはくすくすと笑った。「そうでしたかね」と呟く。
「何か見てるだけなのに、ちょっとドキドキしちゃったわ」
「ま、微妙なラインですよね」
「微妙なライン?」
「これをアーティスティックなものとして。そうだな、芸術として捉えるか。アイドルの遊びと取るか。偶像の肥やしにするか。あとはもう、見る側の心一つですよ。勘違いもくそも、こっちが定義できることじゃない。要する全ては、見る側に託されてるんです」
そうして彼は酷く大人びた顔をする。
そうだ。こういうところが。十五歳の少年とは思えない彼の、酷く複雑な部分なのだ。
「じゃあ僕、着替えてきますね」
その時、シュラインのバックの中で携帯電話が軽やかな着信のメロディを告げた。
「あれ、風槻だ」
表示を確認し、シュラインは小首を傾げる。
■■
武彦の電話を受けた風槻は、とりあえずシュラインに連絡を取ることにした。面倒に巻き込まれるのも面倒だったし、とにかく何はともあれ面倒臭いので、ここは一つ、武彦の言っていたことについて姉さんに確認しよう、と思ったのである。
数回のコール音の後、「はい」とシュラインは電話を受けた。
「あ。姉さん? あたし」
「うん。どうしたの」
「いや、ちょっとさ」
話を始めようとした所で風槻は、電話の向こうが酷く騒がしいことに気づいた。慌しそうな人の動きの気配と物音。何も考えてないように見えて、そういうことには案外目ざとい風槻である。自分自身が遠慮会釈なく空間を切り裂いてくるかのような電話というシステムを余り好んでいないため、相手の空間にも多少の気を使ってしまうのだった。
もちろん、TPOを押してまで無理から電話を受けるようなシュライン姉ではないことも知ってはいるが、それでも一応、気にしてみる。
「あー、姉さん何処に居るの」
「スタジオ」
「あー、忙しいなら、またかけなおすけど」
「ううん。全然いい。大丈夫だから。ちょっとさ。ほら、風槻は知ってるかなあ。水野まりもっていうアイドル居るじゃない」
「水野? 水野まりも?」
「うん。その人のプロモーションビデオの撮影をたまたま見学できることになったからさ。それでちょっと。今は撮影終わったから」
「あー。そうなんだ。ふうん」
「何なら特別に、撮らせて貰った写メ画像とか送っちゃうけど」
いや、私は特に興味ないな。と、いい加減な返事を返している風槻の隣で、水野まりもの名前に過剰に反応したのは、隣で会話を聞いていたらしい希だった。
「え! 何、水野まりもッ?」と風槻にアタックを食らわしてくる。
風槻は携帯を耳から外し、希に一括した。「何、ちょ黙って」
「あ、ごめ、うん。何でもない」
「何でもないじゃないわよ風槻。何、水野まりもと知り合いなの? 何、その電話水野まりもなの?」
「違うって、ちょっと黙って、あー。姉さんごめん。いや、うん。そうそう。一緒に居る奴が、その水野だかまりもだかのファンみたいで」
「なになになになになになになになに。ファンよ、ファン。凄いファン。アタシ、水野まりものファンだから」
「ちょっとのぞむくん、話に入ってこないでくれますか」
「水野まりもの名前が出たのに黙ってられなーい」
「何よ。どうしたいのあんたは。関係ないんだから……あ、ごめ。え? ああ。そうなんだ。いいの。ふうん。んじゃあ……」
と、風槻はちろり、と横目で隣のオカマを盗み見る。期待にらんらんと輝く瞳と目が合った。
「あたしの知り合いが水野まりものプロモーションビデオの撮影現場に居るんだってさ」
「ええええええ!」
「で、二、三枚、まりもショットを送ってくれるってさ」
「えええええええええええええ! 欲し、欲しい、欲しい欲しい!」
「黙ったらあげてもいいよ」
「黙ります」
途端にしゅんと大人しくなった希を軽く軽蔑の眼差しで見やり、風槻はシュラインとの会話に戻った。
「ごめん。本当ちょっと頭おかしい奴なんよ」
「いや、いいんだけど。大丈夫?」
「うん、全然大丈夫。でさ。話っていうのは、さっき、武彦から電話があった件なんだけど」
「ああ。もしかして……看板がどうしたとかって話?」
「そうそう。あの話、姉さん噛んでるの。いや何かさ、すっごい手伝え的な空気は出されてたんだけど、どうにも煮え切らないっていうか。どういう依頼なわけ?」
「いやー。依頼っていうか。とりあえずあの人の趣味だから、今回は」
「趣味? 何だそりゃ」
「頼まれてないのに、気になってる、系?」
「暇だねえ。あの男も。んなもん、放置だ、放置。じゃあ、手伝わないでいいよね、今回は」
「まあ……そうね」
シュラインは歯切れの悪い返事をした。
「何よ」
「いや。まあ。放置でいいんだけど。紺色で腕の所に青い校章が入ってる制服って……何処の制服だったかなって思って」
「一つ言っていい?」
「うん」
「気になってんじゃん」
「……うん」
小さく頷いたシュラインの声に、風槻は心の中で温く苦笑する。何だかんだと言いながら、シュライン姉は草間武彦の虜だ。人間とはつくづく分からないものだな、と思う。姉さんならもっと良い男が狙えるだろうに。どうしてあんなボケーっとした男が良いのだろう。
「まー。そういえばさ。看板倒されてンのってさ。そこの文房具店だけなのかな」
「え?」
「目撃証言その付近で当たってみたら? 制服の方はあたし調べとくからさ」
「風槻……」
「なんざんしょう」
「制服、私の方も心当たりあるから。……今から送る画像、武彦さんに送っといてくれる?」
「一つ言っていい」
「うん」
「いちいち面倒臭いよ」
「ごめんね」
それから数分後、シュラインからまりもショットと制服の心当たりだという画像が届いた。
どちらも、プロモーションビデオ撮影中に拾った画像なのだという。制服の画像の方は、プロモーションビデオのサンプリングに映っていた映像を盗み撮りしたもの、なのだそうだ。映像は酷く不鮮明だが、制服が見えるなら問題はない。
それにしても、この少年……。
風槻は画面の中に映る華奢な少年二人組の片方へと視線を注いだ。
その隣でほくほくと、シュラインから送られてきた画像をチェックしていた希が呟く。
「ね。風槻。これってさ、さっきの万引きボーイなんじゃないの」
やっぱりそうか、と風槻は思う。
けれど。だからって、どうした。
とりあえず、学校名を解説として付け加え、制服の候補としてその画像は武彦に送っておくことにした。
■■
それは一匹の小さな蟲の足音からいつも始まる。
かさかさ、かさかさかさ。かさかさか、さ。
「あ……」
と、か細い悲鳴を漏らし、京師蘭丸はバス停の脇に倒れこむようにしてしゃがみ込んだ。
こんな所で。と、眼鏡の奥の瞳を苦しげに細める。
かさかさかさかさ、かさかさかさ。かさかさか、さ。
頭の中を這い回る蟲。彼らは一体どんな姿形をして、彼らは一体何の意味があって僕の頭の中を回るのだろう。
かさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさ。
この音が始まると彼はたちまち自分の「記憶」の中に落ちてしまう。例えばそれは、脳の中を走る電気信号の音なのかも知れない。常人のそれをはるかに上回るような記憶機能を、脳が処理する時に出る軋み音。しかし、彼自身、そのことを詳しく考えたことはなかった。自分は人と違う。この記憶力は普通じゃない。そのことだけでもう、彼は十分におぞましかったのである。それ以上のことなど、考えたくない。
彼は聊か、特異な体質を持つ少年だった。優れた記憶力、と一言で片付けてしまうには複雑過ぎる、「記憶力」の持ち主なのである。
彼は一度体験したことを決して忘れない。そして何より、その記憶の中に、彼は「落ちて」いってしまうのだ。常人が、記憶を思い出すのとはまるで違う。記憶の回廊の中に、彼は落ちていく。時も場合も選ばずに、整理整頓もされていない、記憶が襲ってくる瞬間。
それこそが最も、彼の恐れている瞬間だった。
「あ、駄目……」
かさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさ。
頭の中の蟲の量が、たちまち未曾有の量へと増加する。
かさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさ。
脳裏に響く足音が、どんどんどんどん大きくなっていき。
かさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさ。
辺りを引っかき、ちりちりと脳の中が熱くなり。
かさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさ。
ああ、駄目だ。落ちていく。
蘭丸は、そっと瞳を閉じた。
次に瞼を開けた時、彼は自分の記憶の中に居た。
また記憶に飲み込まれてしまったのだ。
それは、鬱蒼とした木々が生い茂る、緑色の世界だ。ポツリ、ポツリと蛍のようなオレンジ色の光が舞って、空には赤と黄色と緑のオーロラが広がる。
幻想的な、けれどどろどろとした原色の世界の中に、彼はポツンと一人、佇んでいる。
彼の全身は白く霞み、今しも消えてしまいそうにゆらゆらと佇んでいる。その周りを取り囲む、無数のテレビ画面。
木々にくくりつけられているものもあれば、地面に置かれているものもある。テレビ画面は一斉に、様々なシーンを再現している。「自分」が居るべきはずの部分だけがぽっかりと抜けたその「映像」は、彼の記憶の全てだ。
遠くの地平線まで「記憶のテレビ」が点在しているのが見える。まるで、地を這う蟲のように果てしなく、記憶は保存されている。
落ちる場所は様々だ。見たくないものも、見たいものも、全ては彼の意図に関係なく、そこに映し出されている。
「ああ」
そしてまた、今日も一番見たくないものが、そこには映し出されていた。
彼が逃げていた問題。友人の、安住雅弘との記憶である。
どうして記憶は、欲しい時に欲しいところだけを上手く切り取ったり出来ないのだろう。どうして記憶に、人の心は揺さぶられてしまうのだろう。
――ああ、警察に行くべきか。それとも、彼の家に乗り込んでいくべきか。
彼は物憂げに表情を曇らせながら、ペトリとテレビの画面に頬を預けた。
けれど果たしてそれで僕に何が出来るのか。
何より彼が恐ろしかったのは、自分が一体どうなってしまうのか。という問題だった。
僕の記憶に友人は、どう留められてしまうのか。
忘れられない恐怖。思い出が風化していってはくれない恐怖。
彼を探すべきか、否か。
――難しく考えることはないじゃない。
彼はそっと白いテレビ画面に指を這わせる。
「ただ少し、休みたくなっただけかも知れない」
僕にも言わずに? 誰にも何も言わずに? 二週間も学校を休む?
「また笑って、僕の前に現れてしまうかも知れない」
本当にそう思うのか。あいつは何かの事件に巻き込まれて、もしかしたらもう……。
僕は友人を、雅弘を探すべきなんだろうか。
心配する気持ちはもちろんあった。彼は一人暮らしだし、身寄りだってないし。担任だって、何だかんだと言って結局、自分に災いが降りかかることを恐れている。
いつか、誰かが彼の安否を確認する日は来るだろう。もう少し学校を休み続ければ、誰かが何かアクションを起こすだろう。
けれどそれは、誰かでいいのか?
いつもそうだ。記憶に縛られ、僕は何一つ、自分から行動することが出来ない。踏み込むことを恐れ、現実を目にすることを恐れている。
何を想像してみたところで、それは目に入らない限り現実ではない。想像なら、想像のまま終われる。怖いのは、現実が襲ってくる瞬間。
そう例えば友人がもし……。
「君、おい、君」
「…………」
「おい、大丈夫か」
え?
蘭丸はぱちぱちと数回瞬きし、ふっとその顔を上げた。見知らぬサラリーマン風の男が、心配げに自分の顔を覗き込んでいる。
ああ、また記憶の中に落ちてたんだ。
「あ、ああ」
掠れた声で呻き、蘭丸はおずおずと微笑む。
「すみません、大丈夫です。少し、気分が悪かっただけなんです」
そしてそっと立ち上がると、ふらふらとした足取りで歩き出した。
■■
看板だけがぱたりと倒れる。
看板だけが、ばたりと倒れる。
シュラインはその言葉を頭の中で繰り返し、では、武彦さんが見た「少年」とは何だったのだ。と小首を傾げた。
まりも達と別れて数時間後、彼女は結局、草間興信所近くの商店街で「倒される看板」についての聞き込み調査を行っていた。武彦の御為という気持ちからというよりも、自分が先に事態を把握して彼を出し抜いてやろう。いや、彼に自慢しまくってやろう。というような、多少、意地悪めいたニュアンスを含む気持ちからだったかも知れない。
シュラインは、武彦が好きだ。
あの、何を考えているのか分からない、のらりくらりとした態度を見ていると苛立つし、シュラインには理解できない言動だって多いし、行動パターンは読めたとしても、やはり依然としてコイツの頭の中はどうなっているんだろう、と小首を傾げたくなるときも多い。
一種の神秘的な謎というヴェールに包まれたあの男を知りたくて、把握したくて、掴みたくて、恐らくはまるで「彼」とは違う「私」は、あの人を求めてしまうのだろう。だからと言い、素直に三つ指立てるなど自分の性格に合うはずもなく、どちらかと言えば自分が常に、彼の感情を揺り動かす存在でありたいと思う。
良い意味でも。悪い意味でも。
そんなわけで、彼女は聞き込み調査に勤しんだわけだが。
夕暮れ時のラッシュを終えた直後だった。商店街は緩やかな倦怠の中にあり、買い物ついでに噂話を聞きたがる彼女の姿を怪しむような人もなく、看板についての証言も面白いように取れた。
しかし。
そう、しかし。なのである。
人々の口から出たのは、「風もないのに」「看板が」「ゆっくりとスローモーションのように倒れる」と、要約すればそんな話ばかりで、「看板が倒される」話ではなかった。
そうなのだ。看板は「倒される」のではなく、勝手に「倒れる」のだ。商店街の人々の認識では、「倒れる」看板ということになっているのだ。
看板を倒す少年というのも奇妙だが、風もないのにゆっくりと倒れる看板というのも変だ。しかし何よりそれでは、武彦が見た「少年」とは何だったのだ? しかも、一緒にそれを見ていた文具店の男も居るそうではないか。確か、磯崎文具店の……。
やっぱりそこで話を聞くしかないかな。
冬の日没は早く、気がつけばもう辺りは薄闇の中に包まれている。シュラインはコートの襟を引き寄せて、日の暮れた商店街を颯爽と歩いて行く。
と。
きゅっと何かに引っ張られるような感覚に、彼女は足を止めた。
「え」
と思わず後ろを振り返る。白いコートを誰かの手が掴んでいた。
「こんばんは」
その先にある手の主を見て、シュラインは思わず脱力してしまう。「シオンさんじゃない」
そこに居たのは、シオン・レ・ハイという、陽気でお茶目でおっちょこちょいの、お洒落な四十がらみのおっさんだった。いつもは高そうなスーツに実は均整の取れた体躯を包んでいるおっさんは、今日は何を血迷ったか黒いケープのようなものに身を包んでいた。
その姿はまるで、時代を間違えた吸血鬼である。
「何やってんの」
「占い師始めちゃいました、うふ」
「あっそ、良かったね」
「あ、冷たいですね。どれ、私が一つ占ってあげましょうか」
「いや、いいし。私はこれから、聞き込み調査に行かなきゃいけないし」
「ではその前途を私の占いで」
「っていうかシオンさん、占いなんて出来たの」
「いえ、出来ません」
虫眼鏡をくるくると手の中で弄びながら、シオンが何でもないことのように言う。
「え、出来ないの」
「出来ませんよ。私が出来ることといったら、人様の煙草に火をつけることくらいですからね」
「わかってて、占い師だなんて名乗っていいの」
「駄目でしょ」と、相手を叱り付けるような声色で言い、あっけらかんと彼は笑い出す。「あはははは」
「笑ってるよ」
「とにかく私、ちょっと暇でしてね。何なら私も聞き込み調査に付き合ってもいいくらいの勢いで」
「いや、駄目でしょ」
「何を調べられてるんですか」
「あー。風もないのに倒れる看板が……いや、少年が。うーん、看板少年が……いや、いいの。ごめん。じゃあ、私行くから」
「ちょっと待って!」
またコートの端を引っ張られ、シュラインは前につんのめりそうになる。切れ長の瞳を釣り上げてシオンを振り返った。
「何よ!」
「いや、ちょっと待ってくださいよ、シュラインさん。今、貴方。看板、と仰いました?」
■■
「はい、これ。二人のデータね」
風槻は、二枚の紙をポケットから無造作に取り出すと、興信所のテーブルの上にかさかさと広げた。
武彦に送った画像がヒットだったという連絡を受け、調べ上げてきてやったデータである。むろん、制服がヒットだったという話だけならば、わざわざ風槻がしゃしゃり出る幕もなかったのだが、ヒットだったのは「制服」とそれを着ている「人物そのもの」だったのである。
是非彼らの身元を調べて欲しい、と言われたもので、個人情報ほど調べやすいものはないと思っている風槻は、後々武彦からぼったっくってやろう、と思い、調べ上げてきた。
「こっちの彼は安住雅弘。で、これが住所」
「おう」
「で。こっちの彼は京師蘭丸ね。これが住所」
「いつも思うんだけど。風槻はこういうの、どうやって調べてくるの」
「それは言えないでしょ、だって。普通に企業秘密ってやつでしょ」
「そうか」
「ま、それなりにすごい大変なんだけどね」
「……そうか」
「言っとくけど、後は怖いから」
「風槻ぃ」
「甘えた声を出しても無駄」
風槻はどっかりと興信所のソファに仰け反って、伸びをしながら覇気のない声で言った。
「まあさ。とりあえずどっちが看板倒してたか知らないけどさ。とっつかまえて話聞きゃあ、一件落着なんじゃないの」
「えー」
「何よ」
「誰がとっつかまえに行くんだよ」
「そりゃアンタでしょ」
「えー。警察でもないのにー?」
「警察でもないのに、だね。うわ、恥ずかしい」
「ただいまー」
「お。姉さん、グッドタイミングお帰り」
「あら、風槻」
軽く手を上げて、シュラインが微笑む。「看板の話で来てくれたの?」
「まあね。今、その看板少年とやらの住所出してやったとこ。とっつかまえて終わりって話で」
「いや、それがそうとも限らないのよね」
「そうとも、限らない?」
武彦が小首をかしげながら呟く。するとそれを合図にしたかのように、シュラインの後ろからそっと一人の男が顔を出した。
「なんだ、シオンじゃない。どうしたんだよ」
「あは。武彦さん、こんばんわ」
「実はその看板少年。どうやら、幽霊みたいなの」
「え。幽霊。死んでるんすか」
「死んでるんすか」
風槻の声と武彦の声が輪唱する。
「まあ。死んでるんじゃないかなあ。幽霊だし。その辺のことは、こっちの変なおじさんに聞いて」
「何だよシオン。お前また何かやらかしたのか」
「私は何もしてないですよ、全然。全く」
「何、死んでるのー」
もう店閉まってンのー、とでも言うような気軽さで風槻が呟いた。それからテーブルの上にある紙を持ち上げ。
「いよいよ、話ややこしくなってきたんだけど」と、欠伸をした。
■■
■■
「あー。えせ占い師さんだー」
武彦がゆらゆらと煙草の煙を燻らせながら、興信所の入り口を見やり、言う。
そこに立っているのは言わずもがなの、シオン・レ・ハイだった。
「何しに来たんだ、こんちきしょう」
「実はこちらの興信所の冷蔵庫にあるプリンの賞味期限が、今日切れると上司から伺ったもので」
「伺ったもので?」
「もしそのまま捨てられるくらいなら、私が食べてしまおうかな、と」
「プリン食いに来たでいいじゃん。っていうか何でうちの冷蔵庫の中まで知ってんだよ」
「人様のうちの冷蔵庫を調べるのは、基本ですからね」
「何のだよ」
武彦が「看板少年」を目撃してから二日後、草間興信所は今日も平和と怠惰の中にまどろんでいた。
「で、食べていいんですかね。プリン」
「食べたいなら食べれば」
「おお、ありがとうございますありがとうございます」
るんるんと鼻歌を口ずさみながら、台所の方へと消えていくシオンの背中を見送りながら武彦は小さく溜め息を吐く。いい加減なおっさん……。
元を辿れば今回の「看板少年」だって、シオンのいい加減な思いつきの一言から始まった話だったのだ。
ことの次第はこうである。
ある日、占いをしていたシオンの元に一人の幽霊少年が訪れた。(だいたい占いって何だ、占いって)どういう話の運びでそうなったかは定かではないが、そこでシオンと話したことを機に、ただの幽霊だった少年は、看板を倒す少年に変身することとなる。
だいたい何をどう話せばそんな話になるのか、とそもそもそこから聞きたいが、とにかく「誰かに気づいて貰うため看板を倒していた」ということらしい。
確かに武彦はそれを目撃したし、気にもなったし調べもしたから、昨日めでたく、看板少年こと安住雅弘は、「会いたかった人」と会うことができ、成仏したのだが。結局は何となく「シオンの言う通り」みたいなことになってしまってる流れは、納得出来ない。
だいたい何故、看板なのだ、とそこが分からない。
「でもさ」
早速プリンを取り出してきて頬張っているそのアホ面に、武彦はその疑問をぶつけてみることにした。
「何で看板だったわけ?」
するとその場に居合わせた風槻も、特に何の感慨もないような無表情をシオンへ向けた。二人に見つめられたシオンはちょっと照れたようにはにかんでから、もじもじとし、プリンを置いた。こほん、ともったいぶった咳払いを一つ。
「そこに」
と張りのある声で言った。髪をかきあげ、優雅な仕草で足を組む。
「看板があったから」
ふうと武彦は溜め息を吐いた。
「でさ」
風槻はシオンの言葉を帳消しにするような雰囲気で、「今回のご趣味に関する遊戯料を請求させて頂きたいのですが」と言った。
「えー。金取るのかよ」
武彦もその態度に関しては賛成だったので、彼女の話に乗っかることにした。「風槻ぃ」
「だから甘えた声出しても無駄だって」
「俺、貧乏なんだ」
「真昼間から人の携帯鳴らしといて、個人情報調べさせといて、ただで帰れって言うのかこの野郎」
「棒読みで凄まれるのも何だか新鮮だね、風槻」
「ちょっと待ってください。私は無視ですか」
シオンがここぞとばかりに口を挟んだ。それを全く意に介さず二人は話を続ける。
「ちゃんと今月中に口座に振り込んどいてよ」
「えー」
「えーって言うな」
「無理だよ。俺今、金ないもん」
「高くつくご趣味でございますね」
「あの、私は無視ですか。私の言葉は無視ですか」
「ところでさ」
と、風槻はシオンに顔を向ける。
「すっごいどうでもいいけど。さっきからおじさんまた、鼻水出てるよ」
「あ、花粉症でして」
ずずずと鼻水を啜りながら、シオンが苦笑した。
××
「彼は今、そこに居るんですか」
京師蘭丸は震える声で呟いてから、そこにいる一同を振り返る。
「ええ」
と、シュラインが短い返答を返した。
シオンはそこに居る幽霊少年をぼんやりと眺めていた。彼は、幾度目かの張り込みの果てにやはりあの「磯崎文具店」の前に姿を現し、風槻さんという女性が調べておいてくれた「京師蘭丸」という名の少年をその場につれていくと、全てを悟ったような顔をして「ああ」と小さく呻いたのだった。
「ああ、そうか。僕、自殺したんですね」
しかしそれは何とも明るい、あっけらかんとした声だった。
「何で死のうと思ったのかな。それだけはどうしても思い出せないな」
蘭丸という少年の話によれば、雅弘少年は一人暮らしだということだった。十五歳の少年が一人暮らし。それが一体どういうドラマの果てに出来上がった孤独なのかは分からないが、彼が死んだことに気づく人間が、あるいはそれを気にする人間が「級友だけ」という状態の淋しさに、シオンは少しだけ泣き出したくなった。
しかし泣いたところでどうにもならない。彼はもう死んでしまっているのだ。
「ねえ、どうしてこの文具店の看板は、何度も倒してたの」
シュラインが、静かな声で不意にそう、問うた。
「あの人、僕が見えてるみたいでした」
少年はまたあっけらかんとした明るい声で言う。
「ええ」
「だけど僕のこと怒るでもなく、毎回ちゃんと僕の倒した看板を直してくれてるんですよ。何か酷く許されてる気がして、嬉しかった。あーゆーいい人っていうか。優しい人、いるんですね、世の中にいっぱい」
「そうね、嫌な人もいるけど、いい人もいるわね」
「ですよね……今更もう、遅いんですけど。絶望するには早かった気がします」
雅弘少年は自嘲気味に微笑んで、級友である京師蘭丸の方へと向き直った。
「それでさ、蘭丸」
「…………」
「僕は君に会いたかった」
「…………」
「っても聞こえないんだよね。だけど、僕は唯一、君のことだけをずっと心配してたんだろうと思う。僕のことを心配してくれるのは君だけなんだって僕はずっと知っていたから」
何も見えていないのだろう蘭丸は、眼鏡の奥の瞳を不安げに翳らせ、ただじっと事の成り行きを見守っている。
「ごめんね。心配させてごめん。そんな君をずっと、僕は心配してた」
「…………」
「ねえ。蘭丸。君はきっとちゃんと、生きてね」
雅弘少年は、そっと自らの手を蘭丸のそれへと重ね合わせた。
「あ、」
か細く蘭丸が悲鳴を上げる。姿形は見えずとも、彼の何かを感じているのかも知れない。
驚いたような顔でシオンを振り返る蘭丸に、シオンはうんうんと微笑みながら頷いてやった。
二人の手が触れ合う瞬間。シオンには確かに見えた気がした。
■■
「兄には昔から、霊感がありましたよ」
と、加藤ミドリは淡々とした声で言った。「何か良く、幽霊とか普通に見えたみたいだし」
「それにしてもまさか、ミドリさんが磯崎さんの妹だったとはねえ」
「いえ、磯崎じゃないんです」
「磯崎じゃない?」
「看板はあれ、苗字じゃないんです」
「え、違うの」
「違うんです。うちは加藤ですから」
「じゃあ、何で磯崎……」
「その件については話せば長くなるので、あの。もしよろしかったら、これから何処かで」
「いえ、それは結構です」
シュラインはミドリの言葉をぴしゃり、と遮る。まりもからつい先程、加藤ミドリには「ちょっとした性癖の隔たりがある」ということを聞き、しかも貴方に気があるらしいとまで宣告されてしまったシュラインである。
ここは曖昧な態度は避けた方が無難だろう。
「で、腹は決まった?」
S警察に向け緩やかに車は走る。シュラインと蘭丸の二人を送って行ってくれると申し出てくれたまりもの言葉に甘え、興信所を出てから早数十分。蘭丸はずっと蒼白な顔をしたまま、シュラインの隣で黙り込んでいる。
級友の死がよほどショックだったのか、あるいはこれからその第一発見者となってしまうのが怖いのか。
いや、恐らくはその両方だろう。
彼は独り言のようにこう言った。僕は彼の死を一生忘れられない。僕の思い出は風化していかない。
それが何かの比喩なのか、まさにそのものの意味なのかは、シュラインには分からない。
けれど出来ればそれが、ただの心の傷だけで終わらないように。何かの糧になるように、かけてやれる言葉はないか、とずっと考えていた。
「ねえ、蘭丸くん? もし。貴方が言ってたように、貴方が彼のことを決して忘れられないのだとしたら」
「え?」
「誰にも覚えられてないより、あの子は少なくとも救われるんじゃないかな」
「僕の……記憶も無駄じゃないってことですか」
蘭丸はか細い声で呟いて、眼鏡の奥の物憂げな瞳でシュラインを見上げる。少しでも扱い方を間違えれば、がらがらと壊れていきそうな華奢なガラス細工を見る不安を彼女は感じる。
そして不意に、あの時見た、プロモーションビデオの内容を思い出した。
大人になるということは、整理することが上手くなる、ということだ。いろいろなことに見切りを付けるのが上手くなり、諦めることを知り、様々なことに心を乱されなくなり、そうして乾いていくこと。
しかし今、彼らはどろどろとした原色の、真っ只中にあるのだ。淫らに濡れた、生々しい原色の。整理できないどろどろの、原色の中に。
少しでも方向を間違えれば、たちまちその眩暈の中に飲み込まれていくかのような。
「思い出を記憶するのも、記憶を取り出すのも、貴方自身だから。無駄か無駄じゃないかは、私には分からないわね」
「…………」
「だけど、何からどんな影響を受け、何を学ぶか。貴方に選択する権利はあると思う」
「僕、自身、ですか」
「そう、貴方自身」
僕自身。蘭丸は小さくそう呟いてみる。
「それを無駄なものにするか、教訓に出来るかは、貴方次第」
僕次第……。
彼の死。彼の自殺。それを、悲惨な思い出だけとして留めるのか。あるいは。
僕は、どんなチョイスをするのだろう。
例えば、忘れられないのではなく、忘れないという選択は。
僕がそう決めるのは。僕がそう、選ぶのは。
人生全ての経験を、これから体験する全ての事柄を。これまで体験してきた全ての事柄を。嬉しいことも悲しいことも、苦しいことも辛いことも。僕が僕の全てを受け止めるのは。
だけどそうだ。全てを飲み込むくらい強くなろうと思えるのなら。僕はもう、あの記憶の中に落ちたのだとしても、怖くないのかも知れない。
「大人になるって、自分のみっともない所も、恥ずかしい部分も、全部、受け入れて笑っちゃうことなのかも知れないわね」
「大人になること……」
蘭丸は小さく呟いて、そっと自らの手を握り締める。あの時の感触を思い出し、少しだけ唇を釣り上げた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号0086/ シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【整理番号3356/ シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい) / 男性 / 42歳 / 紳士きどりの内職人+高校生?+α】
【整理番号6235/ 法条・風槻 (のりなが・ふつき) / 女性 / 25歳 / 情報請負人】
【整理番号4860/ 京師・蘭丸 (けいし・らんまる) / 男性 / 15歳 / 中学生】
【整理番号4691/ 水野(仮)・まりも (みずの?・まりも) / 男性 / 15歳 / MASAP所属アイドル】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。
このたびは当ノベルをご購入頂き、まことにありがとうございました。
ライターの作り出す世界観と、お預け頂きました「彼」や「彼女」との化学反応をお楽しみ頂けたら幸いです。
愛し子をお任せ下さった皆様の懐の深さに感謝を捧げつつ。
また。何処かでお逢い出来ることを祈り。
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