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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingV sideU―Helleborus niger―



 羽角悠宇は拳を握りしめ、口を開く。どこか皮肉な笑みを浮かべて。
「欠月。おまえは一度決めたことはどうあっても曲げないんだからさ。……俺としてはおまえを一人の人格としてまともに扱わないような所になんか帰らせたくはないけど……おまえはそうするつもりなんだよな」
 ベッドの上に横たわる欠月は黙って悠宇を見つめている。何か言い返すために口を挟むかと思ったが、そうはしないようだ。
「それを妨げるのは……おまえがおまえであることを妨げることになると思う」
「…………」
 悠宇ははぁ、と小さく、けれども深い息を吐き出してにこっと笑った。清々しい笑みだ。
「俺……おまえを縛り付けてるその家に、一緒に行く。おまえを一人で行かせるのは嫌だからな」
「は……?」
「遠くにいるおまえを苦しめるようなやり方で呼び寄せたり、おまえの能力そのものを見ていても……俺なんか居たところで何か事態がマシになるとも思わないけど、でもおまえ一人でそんな所へは行かせたくないんだ」
「……ちょ、ちょっと熱でもあるわけ? それともカノジョにフられた???」
 本気で困惑している欠月に、悠宇はフンと鼻で笑う。
「そんなに変かよ、言ってることが」
「キミ、知らないからそんなバカなこと言えるんだよ!
 あそこに外部からの人が行くってことはね、『ここ』に戻ってこない……もう二度と今の生活に戻れないかもしれないんだよ?」
「全員が遠逆の血筋ってわけじゃねえだろ? 大げさだな」
「ほとんどは結婚相手が来るんだよ。その人たちはあそこで暮らすし……。入ったらよっぽどのことがないと出てこれない。
 下手すると殺されるし……殺されるよりヒドイことされちゃうよ。そうなっても文句は言えないんだよ?」
「ひどいこと?」
「種付け用に飼われるかもしれないし……。そうなったら困るじゃない。キミ、カノジョいるんでしょ?」
「た、っ」
 言葉に詰まる悠宇は頬を少し赤らめ、視線を逸らしてゴホンと大きく咳をした。
 欠月は本気で心配している。
「やめなよ。好きでもない女の子相手にキミ、そんなことできないじゃない。真っ直ぐなんだから」
「……ビミョーにバカにしてねーか?
 なあ欠月、一緒に行こうぜ。一人だったら苦しい時や辛い時、どうにもならないことばかりでも、誰か一緒に居れば少なくとも寂しいのは幾分かマシだろう?」
 欠月が拒絶反応でも示すように顔をしかめた。
「バッカじゃないの! なにが辛いだよ、寂しいだよ! キミねぇ、自分のことはどうなの?
 家族や恋人と別れちゃって、家族にも連絡なんてほとんどさせてもらえなくなるんだよ? そのへんわかってて言ってんの?
 家族や恋人を、ボクと天秤にかけなよ! どっちが大切かなんて、誰が考えてもわかるでしょ!」
 いつつ、と彼は最後にうめく。顔の傷に響いたのだろう。
 悠宇の脳裏に、家族と、大切な少女の顔が浮かぶ。『ここ』には、悠宇の大切なものがたくさんある。
 目の前に横たわる欠月を見ろ。こんなに傷だらけじゃないか。こいつが何をした? 人工的に生み出された存在だ。目的のために創られた存在だ。だが、こんな風にしていいわけがない! 欠月は『人間』なのだから!
「寂しくなんてないよ。ボクはそもそも『そういう感情』が薄いんだからね」
 フンと不愉快そうに鼻息を洩らす欠月。
 まともなヤツなら欠月の言うように『今の生活』を選ぶだろう。そうするほうが安全だ。
(ほんと、素直じゃねーの)
 キミが心配だから、やめろ。それくらい言ってくれればこっちもこんなに意地を張らないのに。
「おまえのことをちゃんと見ていてやりたいんだ。見ていることしかできないかもしれないけどさ……ただ、何があっても逃げないからな」
「…………ばかなやつ」
 欠月が毒づく。
「ボクなんて観察しても、いいことなんてないってのに……。
 いいの? キミは二度とここに戻って来れないかもしれないんだ。そういう運命を受け入れられるの?
 大丈夫。なんとかなる。
 なんて、そんな空想は通用しないよ?」
「観察じゃねーよ。友達としておまえが心配なだけだ」
 じゃ、決まりな。
 そう言って悠宇は立ち上がる。
 部屋から出て行こうとして悠宇はドアに手をかけたまま振り向く。欠月が不機嫌そうにぶすっとしていた。
「勝手に一人で帰んなよ?」
「なに釘刺してるんだよ!」
「だっておまえ、やりそうなんだもんよ」
「……わかった。一人で帰ったりしない。約束するよ」
「お。言ったな?」
 にやっと笑って悠宇が出て行く。欠月がああ言った以上、一人で帰ったりはしないだろう。



 欠月への発作は、帰宅するという報告をした途端に止んだ。最悪だと悠宇は思う。帰らないなら欠月はずっとあの痛みにさらされていたわけだ。
 欠月が退院する日、それは遠逆家に帰る日だ。悠宇は病院前で待っていた。ボストンバッグを抱えて。
 自動ドアをくぐって出てきた欠月は、二週間前の傷など綺麗になくなっていた。相変わらず嫌味なくらいの美貌だ。
「お。元気になったな、欠月」
「……キミが本気とは思わなかった」
「逃げたりしないって言っただろ」
 腰に片手を当てて言うと、欠月は渋い顔をする。
「……キミって相当損するタイプだよね。詐欺にあって痛い目みればいいのに」
「おまえ……」
 こめかみに青筋を浮かべる悠宇を放って、欠月は歩き出す。
「とにかく東京駅から新幹線に乗るから」
「お、おう! あれ? でもどこにあるんだ、おまえん家って」
「言ってなかったっけ? 行き先は京都だよ」
 キョート?
 悠宇は瞬きをした。

 京都駅で下車し、それからさらに移動する。
 バスを降りてから悠宇は周囲を見回した。なんというか……人があまり居ないというか、見当たらない場所だ。
 のどかだ。と、誰かが言うかもしれない。
 何もない。と、誰かが言うかもしれない。
 欠月は山に踏み込んでいくと、獣道を進んでいく。わりと緩やかに歩いているようだったので、こちらの速度に合わせてくれているのだろう。
(こんな山奥にあんのかよ、遠逆家ってのは)
 どのくらい奥なのかわからなくなってきた頃、欠月が足を止めた。悠宇もそれに従う。
「……これで訊くのは最後だけど…………ほんとに行くんだね?」
「逃げないって言っただろ」
 うんざりしたように応えると、欠月は困ったような、呆れたような……それでもどこか嬉しいような奇妙な表情をした。
「じゃ、行くよ。ボクの手を握っててね」
 差し出された欠月の手を握りしめる。欠月が一歩踏み込んだ。悠宇もそれに続き……。
 さっきまで山奥だったはずなのに、目の前が違う光景だ。
(結界……?)
 後ろを振り向くと、やはり自分が歩いて来た山の中だった。
 遠逆家はこの山奥に結界を張り、その結界内に屋敷を構えているらしい。
 平安時代のような寝殿造り風の家屋が目の前に広がっている。どのくらいの大きさなのかわからない。濃霧が辺りを占めているので遠くまで見えないのだ。
 欠月は悠宇の手を離し、敷地内を歩き出した。
「どこ行くんだ?」
 慌ててついて来る悠宇に欠月は溜息を洩らす。
「ボクの部屋。荷物を置きに行かないと」
「あ、そっか。そういやここっておまえん家だったな」
 歩きながら観察するが、人の気配を感じない。まるで幽霊屋敷だ。それになんだろう、この『感触』。
(気味悪いっていうか……)
 欠月の部屋は廊下に面した場所にあった。庭から廊下にあがり、障子を開く。
 欠月は悠宇の荷物を受け取って畳の上に置く。欠月の部屋は、本当に物が少ない。目立つのは全身を映すための鏡だけ。その鏡にも布がかかっている。
 退魔士服に着替えた欠月が部屋から出て行こうとするので悠宇は引き止めた。
「どこ行くんだ!?」
「長に報告だよ。キミはここに居たほうがいい。ボクがなんとかうまく言うから」
「いや、それは失礼だろ。やっぱり挨拶に行くよ、俺も」
「……なんで変なとこだけ律儀なの……?」
 げんなりした顔で言う欠月に悠宇は可笑しくて吹き出す。今の顔、おもしろかった。



 広い畳の部屋で正座する悠宇は、奥のほうに座る老人を見つめる。ちょっと距離が開きすぎてないか? と思うほど老人は離れた場所に座っていた。悠宇の右斜め前に欠月が背筋を伸ばして正座している。
「遠逆欠月、戻りましてございます」
「任に失敗したようだな」
 老人の濁った声に欠月が怪訝そうにする。
「そんなわけはありません。心臓を貫き、首を刎ねて四肢を切断しました。そんな状態で生きている人間などおりません」
「だが生きている」
 欠月の、信じ難いという気配が後ろの悠宇にも伝わる。
(欠月が任務に失敗なんてするわけねぇよ)
 徹底した性格の欠月が失敗など……ありえない。殺せと命じられ、それを承諾したならば、欠月は必ず目的を達成する手段を用いる。それなのに失敗しただと?
(わざと欠月を呼んだんじゃないのか……?)
 そう疑ってかかられても仕方がない。というのに、欠月は任務に失敗したのだと顔を俯かせていた。老人の言うことが絶対のように。
「もうよい。さがれ」
「あ、」
 欠月はハッとして腰を少し浮かせる。悠宇のことを説明するためだ。
「よい。羽角悠宇じゃろう? おまえに説明される必要はない。おまえはさがって良い」
 抗えない様子の欠月は悠宇にちらりと目配せをし、立ち上がった。
 気をつけて。
 と、欠月の口が呟く。声はない。
 悠宇は了承の頷きをすることはできなかった。欠月は悠宇の背後の襖を開けて出て行ってしまう。
 残された悠宇は老人を真っ直ぐ見た。正座をし続けるのは辛い。欠月のやつはよく平気だと感心した。
「して、おぬし、何をしにここまで来た? まさかと思うが欠月に同情して来たと言うのではなかろうな?」
「……欠月の友達だからです」
 友達を心配するのはいけないかよ、と心の中で舌打ちする。
 老人は目を細めた。
「ほう。間抜けかと思うておったが……なかなかいい目をする。欠月にはない真っ直ぐさじゃのう。
 欠月は止めたじゃろ? あいつの何がそんなにいいのかのう」
「欠月をどうするんですか……?」
「欠月は『核』として使うだけじゃ。なに。心配せずとも殺したりはせん。羽角悠宇、おまえも抵抗しなければ死なずに済む」
 なんの重みもない言葉と声だった。さらりと「用済みになったら殺す」と言われたのに。
「遠逆家に来るということは、欠月から『どういうことになるか』聞かされたはず……それなのにおまえは来た。では覚悟はあるということじゃろう?」
 悠宇は唇を引き結んだ。
「おまえは種付けに生かしておいてやろう。気になる娘がおれば嫁にしても構わんぞ? ただ……怠け者はいらん。憶えておけ」
 どうしてこんな老人に従わなければならない?
 そうは思うが、反抗するためにここに来たわけではない。少しでも欠月の支えになるために来たのだ。悠宇が予想した以上に、ここは難しい場所のようだ。嫌なことを無理強いされる場所、だ。断れば欠月を酷い目にあわせるかもしれない。いや、きっとそうだ。
 『殺しはしない』。つまり……殺す以外は、なんでもできると言っているのだ……!



 悠宇は個室を与えられた。欠月の部屋の近くらしい。渡された黒い袴と着物を眺める。
 ここは人間の住む場所じゃない……。長い廊下を歩きながらそう思った。
 自分はここで耐えていけるのだろうか? いつまでここに居るのだろう。もしかして死ぬまでか?
 前を歩く案内役の男を眺め、悠宇はそっと溜息をついた。



 それから三日ほど経った日……。
 遠逆家の正門前に立っていた彼は門を見上げる。
 前当主――遠逆和彦だった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、羽角様。ライターのともやいずみです。
 欠月と共に遠逆家に来てしまいました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!