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占い師のジレンマ
１．
今日、草間興信所へやってきた者の姿を見た瞬間、草間・武彦は嫌な予感を覚えていた。
間違いなく厄介な依頼を持ち込んでこられるという予感だ。
そしてその予感というのは、悲しいことに滅多に外れることがない。
「どういった御用件でしょう」
とりあえず椅子を勧めてから、依頼人らしき女性を不躾にならないように観察してみる。
ここに来る者に時々ある、何かを恐れているような不安げな目つき、服装は少々華美な装飾品も付けてはいるが嫌味になる程度ではない。
草間の言葉に、その女性は口を開いた。
「殺されるんです」
その単語に、草間の顔が真剣なものに変わった。
「殺される、ですか」
「はい」
「いったい誰が」
「私です」
ここまでは、まだ良い。
これならばまだ草間の希望している『まっとう』な依頼の流れだ。
固い表情を作ったまま、草間は更に問いかけた。
「あなたが、というと誰かに殺すぞと脅迫されているということですか？」
「いいえ」
女性はそう言って首を軽く振ってから言葉を続けた。
「『知って』いるんです」
その言葉に、草間の脳裏にまた嫌な予感が甦った。
この流れは非常に覚えがある。デジャヴュという意味ではなく、馴染みになりたくもないのにやたら持ち込んでこられる類のときに感じるそれだ。
「……知っている、とは？」
それでも顔はまだ真剣なものを崩さずに草間が尋ねれば、女性は自分が占い師であるということを明かした。
この時点で、草間の事件への関心は薄れ、またこんな依頼かという気持ちのほうが占め始めていた。
占い師（というものにあまりろくな人間はいないと草間は思っているのだが）が言うには、数日前にそのことを『知った』のだという。
はっきりした日はわからないがそう遠くはない日──おそらく、この数日の間に自分が殺されるということを絶対の自信を持って占い師は告げた。
何故そこまでの自信を持ってそう断言できるのかといえば、彼女の占いはいままで一度も外れたことがなく、またそのために多くの者が彼女の元へ訪れるのだという。
自分の占いは、だから決して外れない。
だから、自分が殺されるという占いも外れることはない。
それが彼女の主張だった。
「……じゃあ、なんでここへ？」
半ばげんなりしながら草間がそう聞いたところで、初めて彼女が口ごもった。
「殺されるのは間違いないんです。そう、占いに出ているのだから。けれど……」
そこから先を言わない彼女に、草間は「あぁ」と気付いたように口を開いた。
「死ぬのは、やっぱり怖いと」
その言葉に彼女は頷いた。
殺されるとわかったからといってそれを素直に受け入れるだけの肝の据わり方は流石にしていなかったらしい。まぁ、自分の命となればそれが当然だろう。
「なら、ちゃんとしたボディガードとしての依頼ということですか？」
それならまだ『まっとう』（今頃といわれてもやはり草間にとってこの単語が使用できる依頼というのは望んでしまうのだ）な依頼だ。
だが、そこでまた彼女は口ごもる。
「何か問題でも？」
煮え切らない彼女の態度に焦れながら草間が問えば、彼女は躊躇いがちに口を開いた。
「私は、今まで一度も占いをはずしたことがないんです」
「そうらしいですね」
「でも、死にたくはない」
人としては当然の気持ちだろう。
「だから、ここへ助けを求めに来た」
「えぇ、そう。そうです。けれど──私がこれで助かってしまえば、占いが外れたことになるわ」
はぁ？ と草間は怪訝な顔で彼女を見た。
「外れてしまったら、私の占いには意味がなくなってしまうの」
とりあえず、草間は彼女の主張を整理してみた。
占いで、彼女は自分が殺されることを知った。
勿論命は惜しい。
けれど、自分が助かるということは占いが外れたということになり、いままで一度も外していないから人気がある彼女の占い師としての地位は危うくなってしまう。
要約すればこのような考えらしいと気付いた草間は、完全にげんなりとした顔になっていた。
そんな状態でここへ来て、いったいどうしてくれと言うんだ。
助けてほしいらしいが、自分の『占い』も大事。
助かりたいが、外れては困る。
勘弁してくれ。
そう草間は心の中で呟いて大きく溜息をついて席を立った。
「しばらく、お待ちください」
それだけ告げると受話器を取り出し、心当たりへと連絡をつけることにした。
２．
「……という訳で、私を呼んだのかい草間君？」
椅子に座って冷静に聞こえる口調で、唐突に呼び出された伊葉はそう口にしていたが、内心は冷静とは程遠いものだった。
（厄介ごと押し付けやがって、くさまぁ〜）
本来なら、そう怒鳴りつけてやりたいところなのだが、命の危機に晒されているらしい依頼人の目の前でそんなことを言うのは流石に憚られたので、できるだけ冷静な対応に心掛けていた。
「いや、ほら、お前のほうが俺よりはこういうことには向いてるだろうと思ってな」
それでも内心の声が聞こえているらしい草間はそう言い訳をしながらも、完全にこの一件は伊葉に押し付ける方向で確定してしまっているらしい。
ここでこれ以上草間とやりあっても時間の無駄だと判断して、伊葉は依頼人である彼女のほうへと向き直った。
「話は一応この草間から聞いてはいるが、改めて貴方自身の口から直接いま起こっている問題の説明をしていただけるかな」
そう言った伊葉に、彼女は同じことを話すことを苦とは思わないらしく、とつとつと草間にも言ったことを説明した。
「占いは外れては困る。けれど、殺されたくもない……か」
もしこれを言った相手が男だったのなら、我侭を言うなと突き放しているのが本音だった。
だが、依頼人は男ではなく女性。それも、どちらかといえば美人に入るほうなのだから無下にもできない。
「まぁ、東京に美しい女性がいなくなることは忍びないからな」
軽口に聞こえるようにそう言った途端、聞いていた草間が噴出したが、それには軽く睨みを効かせておいた。
「ところで、貴方はどういう方法で占いを？」
肝心なことを聞いていなかったことを思い出してそう尋ねると、彼女も思い出したように鞄から何かを取り出した。
見れば、それはタロットカードだ。
「タロット占いですか」
「えぇ」
「これで、貴方の死が出た。そういうことですね？」
「……えぇ」
その言葉に暗い顔をして下を向いた依頼人に、慌てて草間が伊葉に声をかけた。
「おい、依頼人を落ち込ませてどうするんだよ」
「そんなこと言うんなら、最初からおまえがなんとかしろ」
つい、そんなことで揉めてから、思い出したようにこほんと伊葉は咳払いをして話を戻した。
「占いで死が出たということは、それが自分の運命なのだと貴方は思ってるんですね」
「そうです」
やはり暗い顔のまま頷いた依頼人に、伊葉は何かを決意したように大きく頷いてその顔をじっと見つめた。
「俺は貴方をその運命から守ろうと決めた。そこでだ！ その結果を占ってくれないかい？」
「……え？」
伊葉の提案に、依頼人は戸惑った顔を見せたが、それに対しても力づけるような口調のまま伊葉は言葉を続けた。
「俺が貴方を守るということは、貴方の運命に俺が関わるということだ。これで俺と貴方の運命は一蓮托生だ」
「確かに、それは、そうなりますけど……」
まだ何か抵抗があるらしい依頼者を説き伏せるように伊葉は言葉を紡ぐ。
言葉によって相手を説得させるのは、政治家としての伊葉にはお手の物だ。
「運命というのは、他者と交わることで変化することもある。いや、むしろ運命というのは本来そういうものだ。人と交わらない生き方などないし、同時にひとりだけの手によって決まる運命などたかが知れている。ほとんどは、他者との交わりにより良くも悪くも変化するものだ。違うだろうか？」
「そうですね、そういう考えもありますが……」
「貴方は、占いが外れないと言った。なら、いまここで俺の運命を占って欲しい。そして、そちらの占いが外れなければ、結果的に貴方は占いを外さないことになる」
「……そう、ですね」
「それとも、貴方は俺が貴方を守ろうとする運命を占いたくないとでも言うのかな？ そして自分がこのまま殺されることを望むとでも？」
まだ何処かで踏ん切りが付かないらしい依頼者に、あえて今度は突き放すような言葉を投げると、依頼人は慌てて首を振った。
「い、いえ。死にたくはないです。助かれるのなら、助かりたい」
「そうだろう？ いくら占いで出たとはいえ貴方は最初から死にたくなんてなかった。そして死ぬべきじゃない。俺が守ると決めた時点で、貴方の運命は変わったんだ」
ようやく素直にそう言った依頼者の肩を、伊葉はぽんと叩いた。
３．
「流石に、あの手の説得はお手の物だな」
聞いていた草間が感心したようにそう言ったのは適当に流し、伊葉は「さて」と依頼者のほうを見た。
「貴方を守る俺の運命がどう出ているか、占ってもらえるかな？」
「はい」
素直にそう返事をして彼女はタロットを取り出すと占いを始めた。
あまり占いには興味のない草間でも見覚えのある絵柄の入ったものと、知らない柄の入ったカードなどが開かれ、彼女はそこから何かを読み解くように目を動かしていた。
「貴方は、とても強い力をお持ちのようですね」
「ああ。だが、いまはそういうことは置いておこう。肝心の結果だけが聞ければそれで良い」
型通りの話し方をしようとした彼女を遮り、伊葉は要点だけを聞いた。
「貴方と俺の運命は、どうなっている？」
返事をする代わりに、彼女は一枚のカードを伊葉の前に差し出した。
『運命の輪』──事態の変化、運命などを司るカードだ。
「位置は？」
念の為、そう尋ねると、彼女はにっこりと微笑んだ。
「勿論、正位置です」
「よし。じゃあここにいても始まらないだろう。外に出て相手が出てくるのを待つか」
「それは危険じゃないのか？」
草間がそう口を挟んでも伊葉は「任せておけ」と答えた。
「俺が守ると決めた相手に手が出せると思うか？」
自信のこもったその言葉に、草間は反論しなかった。
あからさまに護衛についていては相手も用心するだろうということで、伊葉は彼女から少し離れた位置で見張りながら歩いていた。
占いの結果にというよりも伊葉の頼もしい言葉に安心してか、興信所を訪れたときよりは彼女の顔にも不安の色はない。
しかし、相手がどういうものかはまだ判明していないので、何処から何が襲ってくるかはわからないままだ。
それも占えば良かったかと思わなくもなかったが、何にでも占い任せで依頼をこなすこともあるまい。
夜も更け、人通りも少なくなったときだった。
「あの、伊葉さん」
不意にそう声をかけられ、伊葉は依頼人のほうへと近付いた。
「なにか」
「この先を、私はいつも通るんですけれど、今日はなんだか……」
そう彼女が指差した先は、明かりもほとんどない路地だった。
聞けば、彼女の家へ行くにはこの道を使うのが一番早いのだという。
厭な予感が伊葉の脳裏を過ぎった。
こういう路地がいかに危険かということくらいは、占いなどできなくともわかる。
まして、あんなことが表わされた後では、通るのを躊躇うほうが当たり前だ。
そして、十代の頃を不良として過ごしていた伊葉には、そこにある気配に気付いていた。
「そこから動かないでじっとしててもらえるかな」
問いではなく絶対の言葉としてそう依頼人に言ってから、伊葉がその路地へと入る。
何歩か進み、もっとも明かりのない場所へ立ったときだった。
何かが、こちらに近付いてきた。しかし、それは人外のものではない。
手に持っているのはナイフか何かだろうが、それが伊葉に向けられたときには、すでにその手は伊葉によって掴まれていた。
「わっ！」
「おまえ、いつもここを通ってくる女を知ってたな？」
おそらくは通り魔らしいその男にそう言ってから後の伊葉の行動は、非常にわかりやすいものだった。
伊達に十代を不良として無頼生活を送ってはいない。
この程度の相手など、伊葉にとっては取るに足らない。
悲鳴をあげる気力もなくなるほどボコボコに痛めつけた後、伊葉は依頼人を呼び、家まで送り届けた。
４．
数日後、すっかり明るい顔になった依頼人が再び草間興信所を訪れた。
そこには草間から呼び出された伊葉もいる。
「あれ以来、死が占いに出ることはなくなりました」
ありがとうございますと占い師は丁寧に頭を下げた。
「これもおふたりのお陰です」
「こいつは何もしてないがな」
伊葉がわざとそう言ったところで草間がごまかすように咳払いをした。
「また何か悪い占いが出たら、今度からは誰かに助けを素直に求めたほうが良いですよ」
「はい」
草間の言葉に素直にそう頷き、草間が立ち話もなんだからと珈琲を用意しに部屋を離れたところで、伊葉は小さな声で占い師に話しかけた。
「実は、昔別れた女がいるんだが。やり直せるだろうか」
その言葉に占い師は少し驚いてから、にっこりと笑ってからその場でカードを取り出した。
「『審判』……復活を司るカードですね」
「位置は？」
そう尋ねた伊葉に、占い師はやはりにっこりと笑った。
「正位置です。けれど、これは貴方おひとりだけで占った結果ですから、その別れた女性と直接お会いしないと運命はわかりませんよ？ 運命は人と交わることにより絶えず変化するものなのですから」
一瞬喜びかけた伊葉は、その言葉に肩を竦めて椅子に座り込んだ。
了
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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6589 / 伊葉・勇輔 / 男性 / 36歳 / 東京都知事・ＩＯ２最高戦力通称≪白トラ≫
NPC / 草間・武彦
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■ ライター通信 ■
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伊葉・勇輔様
この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
最後の占いはお任せということでしたので、一応は復縁の兆しあり。けれど……という形をとらせていただきましたが如何でしょうか。
会話をかなりこちらで作らせていただきましたので、伊葉様のイメージに合わないものがないかが不安ですがお気に召していただけましたら幸いです。
またご縁がありましたときにはよろしくお願いいたします。
蒼井敬 拝
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