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<東京怪談・PCゲームノベル>


休日限定地球防衛隊


 日本全国ホワイトデーな三月十四日――
「イエ、キャッチとかシューキョーとかではありマセン、地球の危機を救ウ為、ゼヒともボクにゴ協力――ア、待ってクダさい!」
 例によって例のごとく、駅前公園なかよし広場に妙な外国語訛りが響き渡る。
「行かナイで! シェーンじゃナイけどカムバーーック!」
 レトロというよりオヤジなネタで返せ戻せと悲痛に訴える金髪碧眼の眼鏡青年は、ジローことダニエル・薩摩。何を隠そう、正義の宇宙人である。気づく人はまずいないが。
「アァ……本日ハ平日ナレドモいけるんジャないかと予想したんデスガ、ヤッパリ波高シだったようデスね」
 セッカク有休取ったノニ、と世を忍ぶ仮の職業サラリーマンであるジローが肩を落としたとき、
「お困りのようですねジローさん」
「オォウ!?」
 昼下がりの日差しにくっきり映えるジャングルジムのてっぺんに“彼”がいた。
 風もないのにへんぽんと翻る深緑のローブ。
 ローブとは反対側になびいている茶色のぼさぼさ頭。
 一見二十代の気のよさげなぐるぐる眼鏡男子――彼こそは東雲・緑田(しののめ・ぐりんだ)。この地球を愛やら夢やら希望やらで満たしに訪れた遥か異界の存在であり、同じく地球の平和を勝手に守ると誓ったジローとは(大筋で)ソウルフレンドなのだ。
 ちなみに彼の背後にふわふわ浮いているのは屋台型UFO……ではなくて、世を忍ぶ仮の商売道具のラーメン屋台である。自走機能はもちろん浮遊システムまで搭載したマジカルにメカニカルな逸品だ。
「まぁ、とりあえずこれでもどうぞ。日ごろの感謝の気持です!」
 唐突に出現した湯気の立つ丼を、スナップをきかせて緑田が投げる。
 マイ箸をくわえたジローが横っ飛びに飛びつき、汁一滴も零さずキャッチする。
 チョコレートマシュマロキャンディたっぷりのスイートラーメン(カナダ産メープルシロップの風味が絶妙)完食と同時に、ひょろりとしたサラリーマンは虹色ラメの輝きに包まれた。魂の底からラニャーニャなパワーが突き上げる。
「ウチュー少女アストロ☆花子、見・参!」
 その間わずか0.05秒。
 星付き触覚のカチューシャをした、金髪ツンツン頭、尖り耳の“眼鏡っ娘”がそこにいた。謎メーターや怪チューブがごっそり付いたショートジャケット、ローライズのヘソだしホットパンツそしてロングブーツが純白なのは、ホワイトデー仕様らしい。
「ジローさん! いえ、アストロ☆花子! あなたに足りないのは、マスコットです!」
 緑田がびしりと指をつきつけると、だだ〜ん! とどこから謎の効果音。
「マスコットとイウと……」
 メタルフレームを押し上げ、む〜とアストロ☆花子が首をかしげる。ジローの姿だったら袋叩きものの可憐な乙女仕草である。
「特殊カプセルに収納サレていて三つアルのに予算の関係で二つシカ使ってもらえなかっタリ、あっさり洗脳サレて敵にまわったりシテうっかり時間稼ぎも任せラレやしねえアレですか?」
「可愛いのがお仕事な添え物キャラの分際で本筋展開待ちの番外編が予想外の好評を博してしまい、後付けでおいしい設定を貰って最終話では油断すると主役より活躍しがちなアレですよ」
「ああ、ナルホド!」
 ビミョ〜なWボケを決めたところで、だだ〜ん! と効果音テイク2。緑田はアストロ☆花子の眼前にひらりと降り立った――正確には落ちて千々にバラけたのだが、0.05秒で寄り集まって再生したので、まあ、同じようなものだ。屋台はといえば後方の砂場横に逆噴射しながら垂直着陸した後、タイヤをキコキコ軋ませて戻ってきた。
「デハこれからマスコット探しに……?」
「いえ、既にゲット済みでして」
 タラッタラ〜、とどこぞで響くフェンファーレに合わせ、緑田が懐から子猫ほどの大きさの生物を取り出す。
「ご紹介しましょう、宇宙カメレオンのエレン(♂)です!」
 くねくね動くオレンジレッドにうっすら迷彩柄のそれは、爬虫類とも昆虫ともつかぬ珍妙なフォルムをしていた。むろん地球のカメレオンとの類似点はない。ないが、敢えてたとえるならやはりカメレオンとしか表現できない、そんな代物である。
「おあつらえむきに三丁目の側溝にはまっていたので救助してみました。交渉を試みたところ、パートですが、自由時間を作るのを条件にマスコットになってくれるそうです」
 緑田がひよふよと壊れた笛のような音をたてると、同じような囀りで応えた謎生物は宙を舞い、花子の腕にくるりと巻き付いた。
「うん、良い感じですね」
「宇宙カメレオン語にもゴ堪能トハ……しかし、ドコかで見たヨウな?」
 そのとき、二人の背後で急ブレーキの悲鳴に続いてガゴン、という鈍い音が響いた。
 振り向けば車道から歩道に乗り上げ、なかよし広場入口の車止めに鼻面をぶつけてぷすぷすいっている移動販売車が一台。
 と、勢いよく左右のドアが開いた。
「エレン見ーっけ!」
「探したよエレン!」
 けたたましい声とともに飛び出してきた人影に、アストロ☆ジロー☆花子が顔色を変える。
「ピッパ姉妹……!」
「おや、お知り合いですか、花子?」
「限りナク黒に近いグレーな双子デス! 道理デこの子に見覚えが……サイズが違うカラうっかりしてマシタ」
「ふむ。魔女っ子とは別種のパワーを秘めているようですね」
 手を振りながら駆けてくる無駄に元気な美少女二人をすかし見て、緑田は呟いた。ぐるぐる眼鏡は伊達ではない。魔法のなんでも分析器なのだ。次いでローブのひだから魔法の携帯(ワンセグ対応)を取り出し、音速の指さばきで魔法の検索開始。
「ディーラとカーラ……ああ、“あのシュークリーム屋”さんの……ほう、実は宇宙から……」
 かたやショッキングピンクのボブカット、こなたコバルトブルーのツインテールという視覚に優しくないド派手な髪色の双子娘が鼻先でヒーローショーばりのポーズを決める頃には、プロフィールチェックはあらかた終了していた。
「それ、迷子になってたペットなんですー」
「預かってくれてありがとうございまーす」
 明るい口調とは裏腹にピッパ姉妹、本日はまた「どこの特撮現場を抜けてきた!?」な悪の女幹部風コスチュームである。漆黒のエナメルレザーと拍車付きピンヒールが禍々しい。純白衣装の花子と対峙している様子は、まさに善悪ヒロイン決戦。
 ……と、いきたいところだが。
「今日コソ尻尾をつかんでみせマス!」
 ファイティングポーズでいきごむ花子に、双子はぽかんとしている。
「ディーラには尻尾なんて生えてないですー」
「カーラにもないよっていうか誰ですかー?」
 無理もない。たまに来店してはシュークリーム一個で三時間粘る胡乱な金髪リーマンと見た目十六、七の魔女っ子が同一人物とは、閻魔様でもわかるめえ。
「緑田サン、あの」
「残念ですが、ラニャーニャ・パワーを使い切らないうちは元に戻れません」
「そ、そういうことナラ……ワッハッハ、コレは僕のマスコットとして労働中ダ! 返シテ欲しくば腕ずくデ来るがイイ!」
 自分の方がよほど悪役っぽいアストロ☆ジロー☆花子である。さすがの能天気姉妹も困惑顔だ。
「だってエレンはディーラ達とお仕事中なんだよー」
「そーそーダブルブッキングなんてありえないしー」
「エエイ、問答無用!」
 溜めなしでいきなり必殺技を出そうとしたアストロ☆花子は、しかし、いきなりオレンジレッドの世界に飲み込まれた。ほんのり温かくてちょっと生臭い。苦しくはないが、身動きできない。
 ひよふよ。
 壊れた笛のような音がする。
 かすかにピッパ姉妹の声が聞こえた。
「そんなの食べたらお腹壊すよ、エレン!」
「地球人は消化に悪いから駄目だってば!」
 ふよひよ。
 唐突に世界が戻ってきた。ふらつく花子を緑田が支え、宇宙カメレオン専用消臭スプレーをそっと手渡す。
「『けんかはやめてみょん、わたしのためにあらそわないでみょん』だそうですよ」
「いえ、ソレはあくまで口実……“みょん”?」
「宇宙カメレオン訛りです」
 緑田はハムスターほどに縮んでくねくねしているエレンを地面から拾い上げ、二言三言喋ると、得たりと頷いた、
「そう、その通り、大切なのは愛です。希望です。平和です。いいですか、お嬢さん方!」
 深緑のローブをはためかせ、緑田は大きく腕を回して周囲一帯を指し示す。
「今日はホワイトデーなのですよ? 諍いにかまけてこの愛の満ちる日を逃すのは惜しい!――ご覧なさい、なぜか此の地に集いし愛の迷い子達を!」
 ここで本日三回目のだだ〜ん! である。おっかぶせるようにどよめきが起こる。
 なぜもへったくれもない。
 いかに平日とはいえ未確認飛行ラーメン屋台と怪しい眼鏡男子に加え、どう見てもコスプレ美少女が三人も、更には伸縮自在の謎生物まで登場する騒ぎなのだ。通行人やらご近所さんやら純然たる野次馬やらで、駅前公園なかよし広場ジャングルジム周辺はぎっちり囲まれていた。公園が見下ろせるビルも窓という窓に人が張り付き、屋上も鈴なりだ。さっきの接触事故さえ宣伝とみなされたらしい。
 ちなみにギャラリー最前列は、緑田めあての早耳オカルトマニア及び屋台の常連客と、魔女っ子めあての大きなお友達である。いずれも携帯を掲げて写メに余念がなく、三脚持参の強者もちらほら見受けられた。
「競うならば今日の日にふさわしく、スイーツでいきましょう。とろける甘さで世に幸せをもたらすのです……さあ、手伝って下さいアストロ☆花子! ディーラさん、カーラさん、あなたがたもご一緒に。店長さんにはメールで了解を得ましたから」
 緑田、錬磨の早業である。
「えっと、つまり予定変更? 流さずにここで売るってこと?」
「なんかそうみたいよ〜じゃあエレン、ちょっと車持ってきて」
 飼い主の指示を受け、中型犬サイズに膨れていた宇宙カメレオンの頭部とおぼしきあたりがばくりと開く。そこから蝶の口吻に似た器官が勢いよく伸び、ギャラリーの頭上にアーチを描くと、横腹にシュークリームの絵のついた軽トラをぐるぐる巻きにして戻ってきた。この間、例によって0.05秒。後日ネット上に流出した“決定的瞬間”の不鮮明画像を巡って論争が巻き起こったことは言うを待たない。
 やるとなったらピッパ姉妹は迅速だった。跳ね上げドアを開け、カウンターを引き出し、商品からポップから手際よく陳列する。
「おいしくて色んな意味で凄いシュークリームいかがですかー?」
「初心者パックおまけ付きは素人さんでもたぶん大丈夫でーす!」
 微妙に引っかかる呼び込みも、悪の女幹部がやると妙にしっくりくる。
「私たちも負けてられませんよ、花子!」
「は、はい、緑田さんっ」
 気を取り直した花子は律儀に戻ってきたエレンと共に客寄せミッションに入った。いかにも魔女っ子らしく花だのリボンだのをまき散らしながら優雅に回転すると、カチューシャの星から虹色ラメが光のシャワーとなってギャラリーに降り注ぐ。
「アストロ☆アイドマ・フラーーッシュ!」
 最後にロングブーツの踵をタン、と打ちつけると、なぜか溜息まじりの拍手と「アンコール!」の声がかかった。イリュージョンかなにかと間違われたらしい。
 とはいえ“つかみ”の魔法は図に当たり、常連客を先頭に好奇心旺盛な野次馬がぞろぞろとやって来る。大きなお友達も撮影・握手OKとわかるや急接近。たちまち屋台は大盛況になった。あぶれた客は隣の軽トラに回り、その逆もありで、どうも勝負というより合同販売会の様相を呈してきた。縦横無尽に擬足を伸ばし秒速で“交通整理”をしてまわる宇宙カメレオンがいなかったら事故必至の賑わいである。
 そんなとき、接客に励みつつもなお双子の様子を窺っていた花子の尖り耳が若者の一団の会話をキャッチした。
「なあ、ここで買って行こうぜ、お返し」
「いいだろ別に。どう考えてもあれ、義理だったし」
「俺買うわ。これ、受けそうな予感がする」
「ちょっと恥ずかしくね?」
「めんどくせー」
 メタルフレームの奥で青い瞳がぎらりと光る。
 ときならぬ魔女っ子オーラの高まりに、緑田は練切をあしらった和風スイートラーメン(スープは敢えて苦みを残した濃茶ベース)を盛る手を止めた。
「どうしました花……」
「コノ贅沢者ォォ!」
 星付き触覚からアストロ☆ビームが走った。
 超微弱レベルに設定済みでも宇宙の神秘と萌えが主成分の(ある意味)殺人光線である。購入推進派を含む若者もろとも半径5メートルの人々がもんどりうってぶっ倒れる。
「貰っておきナガラなんというコトを! 僕なンカ、僕なンカッ」
 拳を震わせる眼鏡っ娘に、緑田はうっかり気がついてしまった。
「アストロ☆花子っていうかジローさん……もしやチョコ貰えな――」
「ホワイトデー、ソレは勝チ組男のスペシァル・デイ!」
 ソウルフレンドにすら皆まで言わせず、毎度おなじみ0.05秒で椅子を積み重ねた即席の演台でアストロ☆花子いきなり仁王立ちである。図星を指されてナニカがイッてしまったらしい。
「そうそう、義理ったって貰えないよりはいいよねー」
「うんうん、ゼロに比べたらもう、天地の差だよねー」
 すかさず台の両サイドを占拠し、もっともだが大きなお世話な台詞を吐くピッパ姉妹をたしなめるかと思いきや、
「ソノ通り!」
 ばさばさっとカンフー映画まがいの効果音を響かせて、金髪の眼鏡っ娘が力強いポーズを決める。なぜか背後で五色の花火が上がり、どっと観衆が沸いた。
「本命トカ義理トカ好きトカ嫌いトカはこの際、関係ナイ! 貰えた事実こそナニヨリの冥加ト心得、全身全霊デ! 一心不乱ニ! ありッタケのパッションで謝意をアラわす、ソレがホワイトデーの漢(おとこ)! 漢ノ散り方!!」
 散ってどうする。
 だがアストロ☆アジテーション・クラッシュ(という技名らしい)は効果絶大であった。
 しりもちをついたまま見上げていた者はすっくと立ち上がり、一度買った人は並び直し、注文中なら量を増やしといった具合に、完全にその気になっちゃった面々が屋台と軽トラに改めて群がった。もちろん先刻の若者達もいる。そればかりか、周りのビルや駅前商店街からも続々やって来た。意外と大技を決めてしまったようだ。局地的に生産性下がりまくりである。電車が止まらなかったのがせめてもの救いかもしれない。
 かくしてピッパ姉妹のシュークリームは笑いの取れるお返しとして、緑田のスイートラーメンは一杯を二人でたぐるデートアイテムとして数々の愛と夢と希望を育み、ホワイトデー特別セール(ではないのだが)は大人気のうちに幕を閉じたのであった。



 その晩。
 終電も近いガード下で、ジローは再び緑田の屋台に出会った。
 地球人に化けた状態で魔女っ子化する二段変身は、エネルギーの消耗が激しい。それはお互い承知の上だ。
 ゆえにくだくだしい挨拶はなし。軽い会釈で黙って座れば“いつもの”が出てくる。
 が、今夜は普段頼まないコップ酒がついてきた。
「コレは……」
「あちらの方から」
 見ればカウンターの端にオレンジレッドがくねくねしていた。
 ひよふよ。
「『おとこをみがいてりべんじなんだみょん』だそうです」
「エレン……」
 ジローは一息にコップを呷る。それから本日最後の0.05秒でラーメンを完食し、くすんと鼻をすすって宣言した。
「ハイ、来年はトラック一台分貰ッテみせマス!」
 ふよひよ。
「『そのいきだみょん』だそうです」
 緑田は宇宙カメレオンの擬足と腕をクロスさせて頷く友に微笑むと、虚空から一升瓶を取り出した。
「これはサービスです。男三人、今宵は心ゆくまで飲みましょう」


 翌日、朝帰りの緑田は居候先の奥さんの勘気に触れ、寝坊したジローはオフィスで顰蹙を買い、二日酔いでサイズ調整がきかなくなったエレンは飼い主の不興を被ったという――






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

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【6591/東雲・緑田(しののめ・ぐりんだ)/男/22歳/魔法の斡旋業兼ラーメン屋台の情報屋さん】


【NPC/ジロー(ダニエル・薩摩)/男/777歳(外見20代半ば)/サラリーマン】
【NPC/ディーラ/女 666歳/『あのシュークリーム屋』売り子】
【NPC/カーラ/女/666歳/『あのシュークリーム屋』売り子】


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■         ライター通信          ■

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おひさしぶりです、東雲・緑田様。

まずは納品の遅れをお詫び致します。誠に申し訳ございませんでした!
今後はこのような事態にならぬよう、精進致す所存です。
さて、愛の満ちる日ということで勝負には発展しませんでしたが、
ピッパ姉妹とは顔見知り、エレンとは飲み仲間(笑)になりました。
こんな感じで、いかがでしょうか?

それでは、またご縁がありましたら、よろしくお願い致します。

三芭ロウ 拝