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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


耐えるべし、修業

 ティレイラは必死に魔法障壁を作りながら、その至難に耐えていた。
 耐えながら――泣きそうな声で“師匠”を呼んだ。
「師匠! いつまで続くんですか〜〜〜〜〜〜〜!」
「お前がその防御の仕方に慣れるまでだ」
 言い放ったシリューナ・リュクテイアは雷の魔法をファルス・ティレイラに向かって放つ。
 ティレイラは慌てて対魔法用の障壁を張って耐えた。
「師匠っ! 質問がありますっ!」
「なんだ?」
「師匠の魔法にしては弱いですっ。手加減してくださっているんですかあっ!?」
 シリューナはぽーいと投げるように炎の魔法の球をティレイラに放ちながら、少しだけ目を見張った。
「ティレ、すごいじゃないか――私の遊び半分――じゃない、手加減が分かるようになったのか」
「嫌でも分かりますっ!!!」
 放り投げられた火球を障壁で跳ね返し――というより障壁を前に突進させて跳ね飛ばし、ティレイラは怒鳴った。
「修業はありがたいですけど……っ今日の修業は一体何なんですかーーーー!?」
「だから言ったじゃないか」
 シリューナは淡々と答えた。
「お前に、対魔法の障壁を覚えさせるための訓練だ」

     *****

 その日、彼女は考えた。
「つまり、だ」
 椅子に座り高く足を組み。ひとりとんとんとその白い頬をなめらかな己の爪でつつく。
「効率の問題だ」
 足を下ろす。コン、と床が鳴る。
「防御の魔法を覚えさせる……と一口に言っても、何かあるたびに障壁を張っていたのでは体に負担がかかりすぎる……」
 脳裏に思い描くのは、愛する遊び道具――ではなく愛弟子、ファルス・ティレイラ。
 薬品作りの合間合間にシリューナはティレイラを特訓していた。同じ竜族ながら、ティレイラはまだまだ幼すぎる。教えることが山ほどあった。
 立ち上がり、コン、コンと足音をさせながら、シリューナは虚空に目をやった。
「となると……いっそ」
 ふむ、と両手を組み、その紅唇を緩ませて、
「魔法に関するものは対魔法の障壁を覚えておくと得だろう」
 思い立てば行動は早い。
 シリューナは早速ティレイラを呼び出し、『対魔法用障壁』の生み出し方を教え、そして――

     *****

 時ははたしてどれほど経ったのか――
 場所はシリューナが作り出した“訓練場”。
「ティレイラ! 慣れてきたな、少し強くするぞ」
「はいっ! 師匠!」
 シリューナはその場から一歩も動かないまま、腕を一本かざして火球を四、五個生み出し、容赦なく放つ。
 それに耐えるには、障壁を大きくしなくてはならなかった。ティレイラは慌てて力を強くする。
 ぼっと火球は障壁にあたって消えた。
 ティレイラは反動で、障壁を消しはあ、はあと呼吸を荒くする。
「だめだな、ティレ」
 シリューナの冷たい声がした。
「よく火球を見ろ。今までのひとつだけの時より小さかったろう。それが五個あった、そんな時にはどうすればいい」
 ティレイラはぼんやりする頭を必死で振り払いながら、考えた。
 ひとつだけの時より小さかった……
 範囲だけは広かった……
「あ……」
 ティレイラの目が覚めた。
「障壁は薄く……広くすればよかったんだ……」
「分かったか。次に行くぞ」
 シリューナの手に冷気が集まった。
 ティレイラはぎくっと固まった。冷気の魔法。中でも凍結系の魔法はティレイラを悩ませていた。できあがった氷の鋭い先端が、ティレイラの作った障壁をずどっと突き刺し、今にもティレイラを襲おうとするのである。
「と、凍結の魔法には……ピンポイントに小さくぶ厚く……」
 ティレイラはぶつぶつ言いながら魔法が放たれるのを待った。
 シリューナは容赦しなかった。ティレイラが恐れる凍結による氷矢を複数撃ち出してきたのである。
「………!」
 ティレイラはとっさにためていた力を分散させた。広い障壁ができあがり、その薄さを軽々と氷矢が突き破る。
 中には今にもティレイラの心臓を貫こうとするかのような位置のものもあり、ティレイラは冷や汗をかいた。
「馬鹿者。すべての位置を把握してピンポイントに障壁を作れるようにならんか」
「は――はいっ!」
 ティレイラは少し震える手を見下ろしながら、それでも強く返答した。
「では次だ」
 思えばシリューナがいちいち次の始まりを告げてくれるだけにまだ楽をしているのである。本当は、いつ来るか分からない魔法に耐えるための障壁なのだから。
 シリューナはその手に雷の気配をためた。
 雷はもっとも避けるのが楽だ――ティレイラの緊張が和らぐ。そんな瞬間。
 シリューナが腕をかざして放ってきたのは火の矢だった。
「あ……っ!」
 ティレイラは慌てて障壁を張った。しかし気の入っていない、薄く小さいものになった。
 火矢はかろうじて、障壁にぶちあたり落とされる。
「ティレ」
 師匠の冷え切った声が届く。
「はいっ! すみません、次お願いします!」
 考えてみれば、師匠たるシリューナは予備動作なしで色々な魔法が放てるのだ。油断するなどもってのほかだ。
 もう二度と油断するもんか。そう思って気構えたティレイラ。
 シリューナは――
 突然へろへろと長く細く続く炎を撃ち出してきた。
 ティレイラはがくっと膝をよろけさせた。しかし――
 ひょろ長炎はティレイラの近くにきて、急に蛇の頭のような形へと変わり、ティレイラを飲み込もうとした。
「!!!」
 ティレイラは体勢を崩したまま、とっさに障壁を張る。
 しかし、今までの魔法のように、一発で落ちてくれない。蛇はぐいぐいと障壁を押してくる。
 ティレイラはついに障壁を張ったまま座り込んでしまった。
 蛇は容赦ない。そのままティレイラを、底のないこの“訓練場”の下へ下へと押していく。
 ティレイラは、はあと息を思い切り吸って――
 障壁で、蛇の頭を叩き返した。
 蛇の頭が四散する。炎が飛び散り、やがて訓練場の暗闇の中へと消えた。
「……ティレ? 今のを自分で採点できるか?」
 シリューナが腕を組み、とんとんと爪で腕をつついている。
 炎の蛇から一転して、冷たすぎる声だった。
「………」
 ティレイラは答えられなかった。ぜえはあと息をつきながらも、悔しくて悔しくて。
 涙がにじみでた。
 ぐい、と手首でそれを拭った。
 そしてばっと顔をあげ、蛇に押されて大分下にいる自分から、見上げること数メートルのところにいるシリューナに向かって、
「ここから、這い上がってみせます」
 その時のシリューナの満足そうな顔を、ティレイラは知らない――

 そこから先。ティレイラは障壁でシリューナの放つ魔法を押しながら上へ上へとじわりじわり進んだ。今度はどんな属性でも負けない。油断などしない。
 そしてようやくシリューナと同じ高さに戻ってくると、
「いいかティレイラ」
 シリューナが腕を下ろした状態で静かに言った。
「今……よじ登ってきたときの感覚。それを忘れるな……」
「はい」
 ティレイラは神妙に返事をした。
 シリューナはめずらしくにっこりと満面の笑顔を浮かべ、
「――では、レベルアップして再開だ」
「はい。って、へあああああ!?」
 火球氷矢火矢の量は増え、質量も増え、雷の威力も高まり、時には目を潰す光魔法から、とうとう物を飲み込む闇魔法まで。
「し、師匠、やりすぎじゃないですか〜〜〜〜っ!?」
「何を言っている。全部お前のためだ」
「そ、そうなのかもしれないですけど」
 ティレイラは意を決してもう一度訊いてみた。
「これ、いつまで続くんですか〜〜〜〜!?」
「私が飽きるまで――じゃなくて」
 シリューナはこほん、と咳払いをして、
「お前が、この障壁の使い方をマスターするまでだ」
 まあ多分、私が飽きるより前には大丈夫だろう――と恐ろしいことをぽつりとつぶやいていたり。
「師匠! 今何か怖いこと言いませんでした〜〜〜〜!?」
「気にするな。次だ次」
 こうしてシリューナの気まぐれ特訓は続く……

     *****

「ああ……身も心もずたぼろに……」
 特訓が終わり(シリューナの気が済んだらしい)、元の世界に戻ってきて、ティレイラはがくっと床にへたりこんだ。
「何をしている、情けない」
 シリューナはさっそく紅茶を淹れ始めている。
 ほの甘い香りに、ティレイラの心は高鳴った。しかし。
「お前の分はないぞ」
 ……ティレイラ、撃沈。
「いいか、特訓というものはな」
 シリューナは自分のティーカップにだけ紅茶を注ぎながら、ふと振り向いて言った。
「“ありがとうございました”と言って師匠の前を辞してようやく終了するんだ」
「………」
 ティレイラには、すでにシリューナに言い返す気力さえなかった。床からのっそり立ち上がり、
「ありがとうございました……」
 シリューナに頭を下げて、身を翻す。
 と、
「待て、ティレ」
 シリューナが引き止めてきた。
「なんですかお姉さま……」
 特訓モードからは離れたティレがぼんやりとシリューナを見上げると、
「紅茶はやれんが、新しい珍しい茶葉を手に入れた。それをお前にやろう」
「………!」
 ティレイラは目を輝かせた。
「ありがとうございます、お姉さま!」
 シリューナは終始笑顔で、ティレイラにそのお茶を淹れてやる。
 ――それがシリューナが実験で作った新薬であることに、ティレイラは果たしていつ気づくのだろうか。
 “師匠の前を辞してようやく特訓の終了”

 悲しき弟子に、合掌。


 ―FIN―