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魅惑のピアノ
ザワザワと生徒達がざわめく平日の放課後。ここ最近、学園内はある噂で持ちきりだった。
「ねぇ、聞いた?」
「あー……何だっけ?」
「”魅惑のピアノ”よ!」
学校にありがちな七不思議。しかし、今回の噂はそのどれにも当てはまらなかったのだ。
「そうそう!また出たんでしょ?行方不明者」
「何だか不気味よね……」
真夜中、学校内に突如鳴り響くピアノの音。ただの七不思議ならばそれだけで済んだのだろうが、今回はそれだけでは済まなかった。
巡回の人や興味本位で夜中学校を訪れた生徒、そして見回りの先生。そのピアノの音色を聞いた人間が例外なく行方不明になっているのである。
それも、神隠しにでもあったように全く行方が掴めない。彼等はピアノを聴いてからある一定の期間内に必ず消えてしまうのだ。
「聞いたんだけど……あのピアノ付喪神(つくもがみ)なんじゃないかって」
「付喪神?」
「よく分かんないんだけど……昔は、年を経て古くなった器物とか万類のものには精霊が宿って妖怪になるって考えられてたんだって」
「ふーん。そういえば、あのピアノかなり古かった気が……」
昔は、どんなものでも年月を経れば化ける力をもって付喪神になるとされた。大体は器物に眼、口、手、足などが付いて、勝手に動いたり喋ったりすると言われる。けれどもそれらが人に害を成したりすることは少なく、ただ騒いだり、悪戯したりするだけのことが多い。
……というのが付喪神らしいのだが、稀に何らかの恨み等のせいで付喪神になることもあるそうで。学園内では、昔あのピアノに何かあって化けたのでは!?と噂されているのである。
目撃情報もなければ解決の手がかりもない。噂はあくまで噂であり、怪談など警察が信じるはずもなく。教師はもちろんの事、警察でさえこの不可解な事件にはお手上げだった。
−そして今日も、悲愴の音色は奏でられるのである……。
■依頼編
”魅惑のピアノ”の噂が広まり始めてから数週間。笑い話で済んでいたはずの噂にはだんだんと尾ひれが付き、どこまでが真実であるのかサッパリ分からなくなってしまっていた。
噂との関係性は分からないにせよ警察が学校に出入りしている事は事実であり、それが一層噂に拍車をかけているらしく。噂が勝手に一人歩きするばかりで、一向に解決の目処は立っていない。それどころか、噂そのものが嘘である可能性さえ出てきたのだ。
噂がただの噂であるならそれでいい。けれど、もしも噂が真実であった場合。
「どうしたものかなぁ……」
学園内にいる身内に被害が出る可能性がある。何としてもそれは防ぎたい。けれども、自分ひとりにできる事なんてたかが知れていて。
そんな事を考えているうち、ふと耳に入ってきたクラスメイトの言葉。
「学校に陰陽師が来てるらしいの!その人に頼み込んだら何とかしてくれないかしら?」
「陰陽師……」
陰陽師なら、この噂の真相を突き止めることが出来るのだろうか?事件の内容から見れば、警察や教師よりはずっとあてになるような気がする。落ち着きなくざわざわと騒ぐクラスメイト達を尻目に要はゆっくりと教室を後にした。自分にできる事でないなら誰かに事件を解決して貰えばいい、なんて考えながら−。
「やっぱり、音楽室かな」
膨大な敷地を誇る神聖都学園はその敷地だけでなく校舎そのものも酷く大きい。一言”学校”と言われても校舎が広すぎてどこの事を言っているのか全く見当がつかない程なのだ。一方的な探し人をする場合は例外なくしらみつぶしに探すしかない。とりあえず今回の噂に関わっている場所を回ってみようと、要は重々しい音楽室の扉をゆっくりと開いた。
「………誰だ」
”ギィィ…”と音を立てて開かれた扉の向こう、真っ先に視界に入ってきたのは和服の男。ピアノの椅子に座り、眉間に皺を寄せて腕を組んでいるその男は音楽室に入ってきた要を見ようともせずそう呟いた。
「陰陽師?」
「……そうだが」
「良かった!」
天の助けとはこの事だ!と言わんばかりの表情で歓喜の声を上げた要は、早足で男の傍へと歩み寄る。突然歓喜の声を上げた要に驚いたのか、男はどこか訝しげに要を見上げていて。
黒曜と満月が、正面から交わった。
「俺、綾小路要と申します。今大学三年生の。……学校で噂になってる”魅惑のピアノ”ついて調べに来たんですよね?」
確かめるようにそう問いかけた要に対し、男は”何故?”と言いたげな表情を浮かべる。学校からの依頼を受けてこの場に来たのだろうと思っていた要は驚いたような表情を浮かべ、こてんと可愛らしく首をかしげた。
「俺の名は白夜蓮。学園にいる知り合いに用があってな。ここへはついでに寄っただけだ」
「そうなんですか。……俺、最近事件の調査をはじめたんです。でも、俺一人にできる事なんてたかが知れてますし……」
黒曜石のように綺麗な漆黒の瞳が、静かに蓮の姿を捉える。しばらく蓮の姿を眺めていた要は何かを決意したようにこくんと頷き、そして−。
「この事件、解決してください!」
がばりと突然土下座した。
「は?」
「弟と妹がこの学園に通ってるんです。もしもこの噂が本当で、巻き込まれちゃったら大変でしょ!?」
「あ、あぁ……」
椅子に座っている蓮よりも、床に座っている要の方が低い位置にいる。わざとなのかそうでないのか、必死な声色でしかも上目遣いでじっと見つめてくる要に圧されて蓮は少したじろいだ。完全に要の勢いに負けてしまっている。
「俺に特別な力なんてないし、けど家族は護りたいんです!今回俺が調査を始めたのだって、俺は学園の身内に被害が出たらどうしようと思ってですし…!!蓮さん、お願いします!!」
「いや、悪いが俺は…!?」
じわりと要の瞳にうかぶ涙を見て、蓮がギョッとしたように立ち上がった。ガタン!と音を立てて勢い良く椅子が倒れたが、そんな事を気にしている余裕すらないほど焦っているらしい。
「ま、まだ断るとは言ってないだろ?」
「じゃぁ受けてくれるんですか?」
蓮はどもり、”うっ”と言葉に詰まって黙り込む。そのままじっと見詰め合う事暫し−。
「はぁ……分かった。話を聞かせてくれ」
「ありがとうございます!」
要の涙目に蓮が折れたことによって、無言の応酬は見事要の勝利に終わったのである。
■解決編
コツコツコツコツ……。人気の少なくなった放課後の公舎内を、要はやや早足に歩いていた。陰陽師である蓮に事件の解決を頼み込むことに成功したまでは良かったのだが、蓮に噂について説明しているうちに一つの疑問が頭をよぎったのだ。
”行方不明者が本当にいたのかどうか”という疑問が。これがただの噂であるなら、当然行方不明者などいないはずなのである。そこで、蓮は音楽室及びその周辺の教室に何か違和感などが無いか調査を。要は学園の生徒に噂の出所や真偽を聞いて回る事となった。
一人でも行方不明者がいれば、噂が真実味を帯びる事になるのである。
「どこから聞いて回ろうかな」
ポツリと小さく呟き、要はキョロキョロと辺りを見回した。学園内には心霊現象を独自に調査するクラブが数多く存在しており、うまく接触する事が出来れば信憑性の高い話が聞けるかもしれない。彼自身学園内の怪奇現象情報には詳しいのだが、今回は様々な情報が入り乱れていてどれもイマイチ信憑性が薄いと言わざるを得ない状況であり。
とりあえず新しい情報を仕入れる事から始めようと、要は音楽室から一番近くにある教室の扉に手をかけた。少々立て付けが悪くなっているのか、扉はガラガラと音を立てて開く。
「失礼しま、す……?」
扉を開いた途端教室に残っていた人間全員がバッと勢い良く要の方へと振り、その不自然さに要は不思議そうに首をかしげた。
「えっと……?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと今噂話をしていて……」
きょとんとした表情で首をかしげたままの要に教室に残っていた女子生徒が申し訳なさそうに苦笑する。最近学園で”噂話”と言えば魅惑のピアノしかない。その事に気づいた要はにっこりと優しい笑みを浮かべて女子生徒の輪に近づいた。
「魅惑のピアノの話をしてたんですか?」
「……うん。怪奇探検クラブの人たちが話してるのを小耳に挟んだの」
要の質問にそう答えた生徒が要を見つめて黙り込む。40人入れるかどうか、と言った大きさしかない教室に5人。4対の瞳にじっと見つめられ、要は居心地悪そうに苦笑した。
「最近魅惑のピアノの噂ってすごく沢山あるから、ちょっと気になっちゃって。無理に言わなくていいですよ」
「あなた、綾小路くんよね。学園内の奇怪に詳しい……」
「あれ、俺の事知ってるんですか?」
質問と言うよりは確認に近いその言葉を聞き、要が瞠目する。けれどもそんな要を無視して女子生徒はうんうんと何度か頷き、”だったらいいかな”と自己完結したようだった。
「最近、霊が減ってるんだって。それも、魅惑のピアノの噂が広まり始めた頃から」
「霊が減ってる……?」
「私も聞いた!悪戯したり人に危害を加えるような霊ばかりがいなくなってるんでしょ?」
そんな話は聞いたことがない。しかし、魅惑のピアノの噂が広まり始めた頃からそれまで噂されていた奇怪を聞くことが大幅に減っていたのは事実で。
(ただ皆が魅惑のピアノの噂に夢中になってるだけだと思ってたんだけど……違ったのかな?)
何かを見落としている気がする。ピアノに惑わされて行方不明になる人と減っていく霊の間に何か関係があるのだろうか。もやもやしたものを胸に感じながらも、要はそれをおくびにも感じさせない綺麗な笑みを浮かべてみせた。
「でも、ピアノに惑わされて行方不明になってるのは普通の人ですよね」
「あ、うん……それが……」
「見回りの先生がいなくなってたって噂あったでしょ?アタシが聞いた話だけどさ、行方不明になった先生んなんていないって。最近事故で亡くなった先生はいるらしいけど……」
どこか困惑したような声色で紡がれた言葉に、要がピクリと小さく反応する。
「でも、学園に入っていった人がどれだけ待っても出てこなかったって事は事実らしくって!」
「実際にそれを見た人はいるんですか?」
「うん、警備員さん達が一度だけ見てる。ふらっと学校に入って行く人がいたから捕まえようとしたらしいんだけど、見失っちゃって。仕様がなく学園の出入り口を見張ってたんだけど、結局朝になっても出でこなかったって……」
学園に入ったまま戻る事のなかった人。減ってきている霊に、行方不明者。付喪神だと噂される古いピアノ。どんな噂を耳にした時よりも、核心に近づいたがする。
「帰ってこなかった人が学園内に入っていった時、ピアノが鳴ってたかどうか分かります?」
「聞いた人がいる、って。小さかったから空耳だと思ったらしいけど」
「やっぱり。話を聞かせてくださってありがとうございます、皆さん」
「あ、うん……」
ふわり、と可愛らしい笑みを浮かべて要が軽く頭を下げた。大体の見当はついたから、あとはこの情報を蓮に伝えて解決してもらうだけである。
「陰陽師の方がこの噂を調べてるらしいので、きっと解決すると思いますよ。それじゃ、失礼しますね」
困惑した様子で自分を見つめる女子生徒たちの視線を振り切り、要は静かに廊下へ移動した。まだいくつか分からない事はあるけれど、とりあえず行方不明者などいないだろうと見当はついたし、それを裏付ける事が出来る自信もある。
−それにしても。
「盲点だったなぁ……」
”行方不明者が出る”という噂に翻弄されて、この学園の根本的な部分を忘れてしまっていたらしい。随分と都合よく有力な情報を手に入れる事ができたものだ、と要はうっすら微笑んだ。
「要」
「あ、蓮さん。どうでした?」
蓮の様子を見に行こうと思った瞬間、後ろから聞こえてきた声。慌てて穏やかな笑みを浮かべ、要は声のした方へと振り向いた。
「あのピアノ、噂通り付喪神だな。だが、血の香りがしない。人を喰らってるわけじゃなさそうだ。……そっちは?」
「面白い話が聞けましたよ。巡回をしていた教師が行方不明になったと言う噂ですが、嘘だったみたいで。でも、最近亡くなった先生がいるとか」
「へぇ……?」
クツリと悪戯な笑みを浮かべ、蓮が満足そうに相槌を打つ。
「更に、魅惑のピアノの噂が広まり始めてから学園内の霊が減っているようです。噂もぱったりなくなりましたし……」
「興味が移っただけじゃないのか」
「俺もそう思ってたんですけど、どうやら違うみたいですね。行方不明者はいない、って言うのが俺の予想です」
自分を促して歩き始めた蓮の隣に並びながら、要がきっぱりとそう言い切った。自信がありそうな声色で話す要の言葉に興味を抱いたのか、蓮は黙って言葉の先を促す。
「俺も先生が一人亡くなったこと知らなかったですし。この学園じゃ心霊現象なんて珍しくないでしょ?行方不明になった先生の正体は亡くなってしまった先生の霊だと思うんです」
「……なるほど」
「つまり、付喪神に魅了されていたのは人じゃなくて幽霊。元々死んでしまっている人間の行方を追うなんて絶対に無理だし、尾ひれがついた部分も多いと思いますよ」
確かに、噂などよりもずっと現実的な予想である。要はじっと蓮を見上げ、視線でどう思うかを問いかけた。
「ありえるな。力の強い付喪神の中には霊を浄化したり取り込んだりできるものも多い。そうか……なるほど。自分で音色を奏で、霊を呼んでいたんだろう。しかし、どうして分かった?」
「今まで色んな噂を聞いてきましたからね。過去の例と比較して考えてみました」
「へぇ?随分と腕の良い情報屋だな」
その言葉に要が満足げな笑みを浮かべる。そんな要を眺め、蓮は思い出したように立ち止まった。
「真相が分かればこっちのものだ。害はないようだが、今日の夜にでも何とかしてみよう」
「ありがとうございます!どーにかして下さいね、ホントに」
「あぁ。とりあえず、中に学園に立ち入る許可をもらわないとな。……職員室ってどっちだ?」
その問いに、要が今歩いてきた道を指差す。職員室に行くためには、大分戻らなければならなかった。
「階段の傍に地図がありますよ」
「そうか。どうなるかは分からんが、解決したら何か説明でもあるだろ。じゃぁな」
ひらひらと手を振りながら去っていく蓮の後姿を見、要はふぅと小さなため息をつく。けれども、その表情は嬉々としていて。
「後は寮の部屋で寝てるだけで事件が解決するなんて、ホント願ったり叶ったりですね」
そうポツリと呟いて、蓮は寮に帰るべく歩き出した。
後日、大学の掲示板に奇怪が解決したと言う張り紙があるのを見た要が、酷く満足げな笑みを浮かべた事はここだけの話である−。
fin
+ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)+
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6980/綾小路・要 (あやのこうじ・かなめ)/男性/22歳/大学生
+ NPC +
4106/白夜蓮(はくやれん)/男性/18歳/陰陽師
+ ライター通信 +
初めまして、綾小路さま。ライターの真神ルナと申します。
この度は「魅惑のピアノ」に参加してくださり、誠にありがとうございます!
綾小路さまの個性をどこでどのように活かせば良いか悩んだ結果、このような形に収まりました。
如何でしたでしょうか?少しでも楽しんでいただけたなら幸いです^^
リテイクや感想等、何かありましたら遠慮なくお寄せくださいませ^^
それでは失礼致します。
またどこかでお会いできる事を願って―。
真神ルナ 拝
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