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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


見えない教え子

【オープニング】
「塾の講師だぁ?」
 素っ頓狂な声を上げたのは、草間興信所の主、草間・武彦。
 それを受ける形で微笑み、頷いているのは、物腰柔らかな男。
 相馬・叶と名乗った男は、にこにこと武彦を見つめ、不意に「あ」と小さく声を上げた。
「別に勉強を教えろといっているわけじゃありませんよ? 僕の屋敷で子供たちの相手をして欲しいだけですから」
 聞けば、子供たちは平均して小学校低学年から中学年程度ばかりで、小難しいことを教えるよりは、一緒に遊んだり、教養の類を学ばせる方がいいだろうとのこと。
 そんな話を、頷きを交えながら聞き流して。ふと、武彦は疑問を覚え、眉をひそめた。
 ちょっと待てというように手を翳してくる武彦に、叶はきょとんとして。紡がれるであろう言葉を待っていた。
 咥えていた煙草の煙を、一度大きく吸い込んで、ゆっくりと吐き出して。
「何でうちにきたんだ?」
 至極当然の疑問を、ぶつけた。
 塾の講師という肩書きで頼むならば、もっと適切な場所があるはずだ。それが幼子相手となるならば、なお、こんな場所へ来る理由はなくなる。
 それを、何故。訴えれば、叶は「あぁ」と小さく呟き、にっこりと、微笑んだ。
「ここには怪奇依頼を引き受けるような方がいらっしゃると聞いてきたんです」
「……あぁ、やっぱりそうか……そうなるのか……」
 がっくりと肩を落とした武彦。だが、叶はくすくすと笑いながら話を続ける。
「子供たちは十人程度の迷い霊で、一般の方でも僕の屋敷の中でなら彼らと『接する』ことは可能です。あ、草間さんもいらっしゃいますか?」
「行かん」
 きっぱりと拒否を示せば、叶は一瞬、驚いたように目を丸くして。
 けれどやっぱり、穏やかに微笑むのであった。

【本文】
 綾和泉・汐耶の元にその連絡が行ったのは、叶が武彦の元を訪れてから、数時間が経った頃。しかも、武彦経由ではなく、叶からの直接の申し出だった。
 少し申し訳なさそうな声に、頭を振って。叶を見やった汐耶は、唇の端を軽く吊り上げ、笑みを形作ると。
「じゃあ、休み合わせますね」
 快く、了承を返してくれた。

 そして当日。叶は言霊館にて、一本の電話を受けていた。
「――人は一人でも多いほうがありがたいですからね」
 電話越しに聞こえる声に、ついつい笑みと会釈を返して。叶は丁寧に受話器を置く。
 その足元には幾人もの子供。なんにでも興味を示すお年頃なのだろう。叶の電話の相手が気になっているようだった。
「誰と話してたの?」
「お友達ですよ。ほら、それより今日は皆のために先生がきてくれるんですから、ちゃんと大人しく……」
 りーん――……。
「あぁほら、噂をすれば……」
 呼び鈴に応じて。叶はにっこりと、笑みを浮かべて。いいこにしていてくださいね、と念を押してから、玄関へと向かう。
 扉を開ければ、そこには汐耶の姿が。少し早い来訪だが、叶にとってはありがたかった。
「いらっしゃいませ。今日は宜しくお願いします。あ、お荷物持ちますよ。絵本ですか?」
「ええ……あと、お手玉やおはじきなんかも、楽しめるかと思いまして」
 袋に入れられたそれらを汐耶の手から預かり、叶は中へと促した。
 と。丁度そのときだった。
「あら……」
 背後から聞こえた、聞き覚えのある声。
 振り返り、叶と共に声の方へと視線をやれば、そこにはシュライン・エマの姿が。
「あ……シュラインさんもいらしてたんですか?」
 少しだけ、驚いたような声。叶が彼女と知り合いだとは、思っていなかったためだ。
 だが、そういえば草間興信所の主、武彦に人員募集の依頼をしに行ったというような話を聞いたのを思い起こし、汐耶は一人、胸中で納得を浮かべていた。
 いらっしゃいませ。と、先と同じように笑顔で応対する叶。見守っていると、彼の背後から、ぱたぱたとかけてくる数人の子供が。
 これが、件の迷い霊という者たちらしい。
 ……霊と呼ぶには、あまりにも生き生きとした顔をしていたけれど。
 彼らは汐耶らを見つけるなり、興味全開で叶の服の裾を引く。
「このお姉さんが?」
「そうですよ。今日みんなの先生をしてくださいます。汐耶さんと、シュラインさん……それと、もう一人綺麗なお姉さんがきてくれますよ」
「宜しくね、皆?」
 叶の紹介に合わせてぺこりと頭を下げる汐耶に続き、シュラインはにっこりと笑みを湛えて、子供たちの顔を順に覗きこんだ。
 初めて会う人間に対し、興味津々な様子の者もいれば、少し警戒するように、身を引いている者もいる。
 その姿は、どこにでもいる子供だ。皆個性を持ち、霊だの何だのという概念など持たずに、ここに存在しているのだ。
「みんなの名前、教えて?」
 一人ひとり、顔を覗き、瞳を見据えながら名前を尋ねていくシュラインの背後で、彼女が聞きだしている名前を覚えこんでいく汐耶。
 それにしても。十人もの霊が一度に迷い込むなど、普通に考えればない話だ。
 だが、実際に目の前で起こっているのだから、ありえないと片付けられもせず。今回の彼らが例え害ではないとしても、今後同じことが起こった場合を考えれば、原因を知るに越したことはない。
 とは、いえ。先ほどから、じっ、と観察するように見ているが、一見して彼らに共通するものはないように思える。
 とりあえず、名前はばらばら。性別も容姿も、年齢も違うように見える。
 ……ひょっとしたら、生前の住所や、誕生日など、内面によるものが近いのかもしれない。
 いくらかの思案を展開させていると、シュラインが一人の少女の前でしゃがみこんでいるのに気付いた。
 とても大人しそうで、いかにも内気に見える少女の、前で。優しい声が、名前を尋ねる。
「……めいあ」
「めいあちゃん、ね。ごめんなさいね。知らない大人の人が急にきたら、びっくりするわよね」
 苦笑しながらの言葉に、そんなことはない、というようにふるふると首を振る少女。
 そっと頭を撫でれば、照れくさそうに引っ込んだ。恥ずかしがりやなのだろう。怖がっているわけでは、ないようだから。
「めいあちゃんは、本、好き?」
「うん……」
「そう。ここにはたくさんの本があるから、めいあちゃんの好きな本、きっとあるわよ。同じ題材でも、違う角度から視たような本もあるから、読み比べてみるのも、面白いと思うわ。声をかけてくれれば、読んであげるわよ」
 ゆっくりと告げれば、こくこくと頷いて。ついにたまらなくなったのか、パタパタと駆けて行ってしまった。
 そこまでを見届けてから、あら、と残念そうに呟いたシュラインに歩み寄り、声をかける汐耶。
「あの子は、私が見ますね。丁度いくつか本を持ってきていますし、読み聞かせでしたら仕事でもやっていて慣れてますからね」
「そうしてもらえる? あ、すこし煩くなっちゃうかもしれないけれど、そのときはごめんなさいね」
「伝えておきます」
 持参したものを抱えながら、笑みを返して。汐耶は駆けていった少女を追いかけた。
 勝手知ったる屋敷内。広い一般受講室の一角へと行き着けば、先ほどの少女と一緒に、別の少年も本を広げていた。
 二人は汐耶を見つけると、少し照れくさそうにしながらも、表情を明るくし、「先生」と呼びながら手招きしてくれる。
 応じ、彼らの横に椅子を引きずって腰掛けて。何を読んでいるのか、覗き込んでみた。
「………………何の本?」
「初めてでもできる呪術」
 判って言っているのだろうか。少し顔を引き攣らせている汐耶を、きょとんと見つめて応えた少年に、頭を痛める。
(なんてもの置いてるんですか、叶さん……)
 はぁ、とため息を付きながら、もう一度覗く。
 見る限り、内容は全般的に軽いおまじない程度のようだ。とはいえ、タイトルがアレすぎる。
 じぃっ、と見つめてくる子供らに、なんでもないというように笑いかけると、汐耶は持ってきた本を広げてみた。
 子供向けの、メジャーな絵本。なるべくハッピーエンドで終わるものを用意してきたが……気に入って貰えるか、少し不安にさせられたものだ。
「このお話、知ってますか?」
「知ってるよー。僕、お母さんに読んでもらったことある」
 本の一つ、『白雪姫』を指差しながら尋ねれば、少年からの肯定。少女の方も、頷いてはいる。
「りんご、洗って食べないから駄目だったの……」
「知らない人から物もらっちゃ駄目なのになー」
 ……いまどきの子供らしい発言だが、夢がないとも、思ってしまうわけで。
 気付かれないように苦笑を零しながら、その本を開いて見せた。
「お母さんは、どんな風に読んでくれたんですか?」
「ん、と、寝る前にベッドの横で読んでた。ね?」
 少年が少女に相槌を求めれば、少女はまた、黙ったまま頷く。
 そのやり取りは、まるでお互いが同じ境遇で育ったかのように思わせられて。汐耶は首を傾げながら、尋ねる。
「……二人は、知り合い?」
 だが、ふるふると首を横に振られた。
「違うよ。めいあがそう言ってただけ」
「ゆうも一緒、って言ってたの」
 さらに聞けば、別にご近所さんだったというわけでも、保育園や小学校が一緒だったというわけでもないらしく。
 ますますもって、彼らが何故この場所に集まっているのか、不思議に思われてしまう。
 だが、それはそれ。原因を探ることは、今回一番の目的ではないのだ。長く関われば、もう少し色々と判ることもできるだろう。のんびりと構えるとしよう。
 一先ず、呪術の本をしまわせ、汐耶は持参したもの、言霊館においてあるもの、色々な本を取り出しては、読み聞かせてやる。
 本が好きなのだろう彼らは、飽きもせず、きっと聴いたことがあるだろう話でも、一生懸命耳を傾けていた。
 その時々にかけられる疑問や感想は、どれも純粋で、微笑ましくて。汐耶の表情は終始、笑みで彩られていたものだ。
 と、また一冊、本を読み終えた頃だっただろうか。少し離れた……シュラインが面倒を見てくれているはずの辺りが、騒がしくなったのに気付く。
 そうして、どうしたのかと顔を上げた、瞬間。急に、わっ、と起こる騒ぎ。声の調子からして、喧嘩になっているようだ。
 何が起こったのだろう、というように少しだけ表情を不安げにさせた二人を宥め、汐耶は様子を見に向かった。
 すると、なにやら喚きながら本の奪い合いをしている姿が、ちらりと見えて。
 幸いにも閉じられていた本は、真っ二つに裂ける、などというようなことはなさそうだったが、このままではそうなってしまうことは明白で。本が破れてしまう。と危惧を感じる汐耶。
「どうしたの。ほら、とうき君、かざねちゃん。手を離しなさい」
 だが、次の瞬間には、駆けつけたシュラインがその無事を確保してくれていた。
「喧嘩になったのはどうして?」
「かざねが僕の本取ったんだもん」
「違うよ。とうきが取ったの。あたしが読んでたのに、持ってっちゃったの!」
「かざね、読んでなかったじゃないか!」
「先生に読んで貰おうと思って呼びに行ってただけだもん!」
 騒ぎが、再び起こる。感情を剥き出しにしている彼らは、いかにも険悪で。周囲の子供たちまで戸惑ったように顔を見合わせている。
 と、庭の方から歩み寄ってくる人――黒・冥月の姿を見つけた。腕に子供をぶら提げているのを見るあたり、彼女も武彦経由で以来を受け、この場に居るのだろう。
 シュラインと視線を合わせ、拗ねた様子の二人に視線を合わせている彼女を見て、汐耶もまた、その場へと歩み寄った。
「壊れないものはないんだ。ああやって手荒に扱っては、本が破れてしまうだろう。じゃんけんでもして順番を決めて使わないか」
「そうそう。大事な本を破られては、さすがに怒らなきゃいけなくなりますからね」
 冥月の言葉に続けるように。彼女の背後から顔を覗かせて、汐耶は穏やかに諭す。
 何がいけないのか。どうしていけないのか。ただ頭ごなしに叱り付けるのではなく、理由を添えて教えてやれば、ちゃんと理解してくれるのが幼子だ。
 冥月もそれを理解しているのだろう。淡々としているが、ゆっくり、きちんと納得させられるような言葉を選んでいるようだ。
 それでも始めは理解に感情がついていかず、拗ねたような顔をしていた子供らだが、怒る、という言葉には、さすがにしゅんと項垂れた。
 そんな彼らの頭に、冥月はそれぞれ手のひらを置いて。
「主張することは大切だが、譲り合うことも大切だ。それが判れば、誰も怒らない。理解したか? したなら、ごめんなさいだ」
 優しい微笑。それを以って見つめてやれば、二人は互いに顔を見合わせてから、声を揃えて。
「ごめんなさい」
 そう、言うのであった。

 一悶着あった後。子供らは一層仲良くなったようで、わいわいと騒ぎながらも、各々に本を読んだり話したりしていた。
 少し、手持ち無沙汰な感じではあるが、問題がないよう見守るのも『先生』の役目であろう。
 叶が用意してくれたお茶とお菓子を摘み、ほぅ、と一息ついて。汐耶は子供たちへと視線をやりながら、呟く。
「楽しんでくれているようで、良かったですね」
 叶は『塾』といっていたけれど、年端も行かない子供たち――しかも霊だ。そんな彼らにあれやこれやと知識を詰め込むようなことをしても、きっと不満があっただろう。
 先ほどのように、時折子供らしい喧嘩なんかも交えながら、のびのびと遊ぶ。そんな『塾』があっても、いいとは思うのだ。
「あ、駄目だって。もとあった場所に戻さないと、叶が困るだろ」
 ふと聞こえてきた声に振り返れば、少し年長の少年が、本を抱えた少女の頭を撫でながら言っているのが目に留まった。
「男の子の方がさらぎ君で、女の子の方はみふゆちゃんですって」
 尋ねられたわけではないが、何となく、疑問を抱えているように感じて。シュラインは先んじて告げる。
 年上の子が年下の子の面倒を見る、というのは、一種の社会勉強に思えたものだ。
 ふむ。と呟くことで相槌とした冥月は、二人が連れ立って去るのを見送ってから、どこかしみじみとしたような声で、零す。
「普通の、子供だな」
 霊だとか何だとか、そんな感覚は、彼らの前ではまるでない。
 あまりにも普通で。普通の、子供で。拍子抜けしたような気もするが、ありがたいような。
 ともあれ、微笑ましい、と思う気持ちだけは、変わらず胸中に存在しているようで。
 知らず知らず、微笑を作っていた。
 ちりん――。
 ふと、耳に響いた音色。
 それは飼い猫が首に提げている鈴のような、ささやかでありながら良く響く音だった。
 聞きとめた三人は、それぞれ、音の出所を探るよう、違った方向へ視線をやる。
 だが、特に何がいるわけでもなく。しばし方々へ視線をめぐらせた後、顔を見合わせた。
 ちりん――。
「……庭に、猫でもいるんですかね」
「そうかもしれないわね。こんな場所だもの」
「特に殺気を感じるようなこともないし、放っておくか?」
 絶え間なく、というほど頻繁ではないその音を、意識の端で少しだけ感じ取りながら。
 けれど、特に害もないだろうと結論付けて。ぱたぱたと駆け寄ってきた子供たちに、再び取り囲まれていく。
 どうやら置いてあった袋の中から、昔遊びセットを発見したらしい。が、見たことがなかったのか、遊び方が判らないようだ。
 自分なりに考えている子供らを微笑ましく思いつつも、こういう遊びを知らないという現代の子供に、少し、寂しさも覚えたものだ。
 くす、と小さく微笑み、汐耶はお手玉を手にとって、実演して見せた。
「わー。先生、上手!」
 くるくると汐耶の手の上で踊る玉を、一生懸命目で追いかける彼等。きちんとキャッチして差し出せば、嬉々として遊びだした。
「一個を上に投げている間に、左手から一個だけ右手に……そう、そんな感じですよ」
 教えながらやっていけば、ぎこちないながらも少しずつこつを覚えていく。子供たちの飲み込みの速さというものには、感服するものがあると、改めて思ったものだ。
「お姉さん、見て見て!」
「あら……さくま君、随分上達したんですね」
「でしょー」
 ひょいひょいと器用にお手玉を操る少年に笑みを返せば、誇らしげに笑い、えっへん、と胸を張る。
 その頭をさわさわと撫でてやれば、今度は照れくさそうに肩を竦めて笑う。
 ころころと変わる表情を、やんわりとした笑みで見つめていると。
 ちりん――。
 ふと耳朶を突く、先ほど聞こえた鈴の音。
 耳を澄ませ、意識を少しだけ、その音へと傾ける。庭に程遠いこの場所では、猫、という考えは否定されたものの、相変わらず出所は不明だ。
 不思議そうに首を傾げる汐耶を、少年はきょとんとした顔で見つめていた。
「お姉さん、聞こえてるの?」
「え……?」
「鈴」
 少年にとっては当たり前で、けれど、汐耶が聞こえているのは意外で。そんな、鈴の音。
 それが何なのか。尋ねようと口を開きかけた汐耶だったが、その口から出てきたのは、まるで違う、言葉。
「皆は、どうしてこの場所に集まったんですか?」
 言霊館に集う迷い霊。いずれも年少の子供たちばかりという、そんな特殊な状況の原因。汐耶の頭の中に始終付き纏っていた疑問。
「何でって……呼ばれたからだよ?」
 少年が返すのは、至極簡単で、けれど深みを持っている言葉。
 呼ばれた。それは、誰に。
 さらに質問を重ねれば、少年はまた、不思議そうに首を傾げて。
「鈴にだよ」
 さも当然というように、応えるのであった。
「……そう、ですか……」
 気の抜けたような言葉は、それ以上の追求が無意味だと思ったためではない。何故だか、不思議と納得してしまっていたのだ。
 握り締めていたままのお手玉を、ぽふ、と床の上において。汐耶は真剣になっていた表情を、ふわり、笑みに和らげる。
 いまは、彼には、追求すべきことではない。
「今度は、おはじきで遊んでみませんか?」
 ただ、導かれた彼らを満たしてあげることが、大切なのだ――。

 気が付けば傾き始めた太陽。時間的にはまだまだ遊び足りないといったところだろうが、そうも言っていられないのが、大人の事情という奴で。
 ぱんぱん、と手を打った叶を、一同一斉に振り返った。
「今日はここまでです。みんなで片づけしましょう」
 保育園で見られそうな光景。はーい、と、少し名残惜しげな声を上げながらも、子供たちはさんざん散らかした部屋を綺麗にしていく。
 それを終えて。ちゃんと全員が揃っていることを確認した叶は、くるり、汐耶らを振り返り、にっこりと微笑んだ。
「それじゃあ、今日きてくれたお姉さんたちにお礼を言いましょうね」
 ……やっぱり、保育園だ。
 声をそろえてありがとう。告げた彼らは、少しだけ照れくさそうで。
「また遊んでね!」
 そういって駆け出していく子供たち。
 その姿が屋敷の門をくぐった瞬間、ふわり、溶けるように消失した。
 一人、また一人。続いていく子供たちは、まるで初めから存在しなかったかのように、消えていく。
 だが、それはいなくなったわけではないのだと、彼らは知っている。
 叶の屋敷から出て行った子供たちは、普通の人の目には届かない、霊体へと還っただけに過ぎないのだ。
「また、くるのかしら」
「かもしれませんねぇ」
 シュラインの呟きに、叶はのんびりと答える。
 普通なら問題視される事項だが、別に彼らを成仏させることが目的だったわけでもなく。また来たいのだというのなら、それはそれでいいような気も、した。
「次にきたときは、挑まれちゃうかもしれませんよ」
「……適度にあしらうさ」
 くす、と笑みを零して言う叶。なかなか覚えの良かった少年らを思い起こし、冥月は溜め息にも似た吐息を零しながら返す。
 たまにならばいいものだが、あれを毎度となると、少し参る。紛いなりにも暗殺者だった自分の技など、本当は覚えない方がいいのだろうから。
 とは、いえ。はしゃぎながら、見よう見まねで手足を動かす子供たちは、やっぱり微笑ましいものだとも、思う。
「ほら、読書の合間、体を動かすのはいいことですよ」
「……むしろ、相馬さんが教えて貰った方がいいんじゃないんですか?」
 これからも、危ないオーラを放つ本を増やしていくつもりなのだろうし。
 小首を傾げながら、けれど口許には笑みを浮かべて。そんな汐耶の言葉に、叶は肩を竦める。
「考えておきます」
 それから。
「今日はありがとうございました」
 満面の笑みで、告げるのであった。


 子供たちの姿が消えて後。シュライン、冥月の二人も見送った汐耶は、持参していた本を回収しながら、ちらり、同じ場所で作業を手伝っている叶に目をやった。
 そうして、何気なく呟く。
「何故、子供たちの霊ばかりが集まったんでしょうね」
「……色々、理由はあると思いますけど……」
「まぁ、ここの本にも原因はあると思いますけどね」
「あ、やっぱりそう思いますか?」
 苦笑して、叶はのんびりと視線を戻す。
 今日一日相手をした子供たち。それは皆、姿は違えど一様に『霊体』と括られる存在だ。
 行く当ても寄る辺もない彼らにとって、この言霊館は――その中に収められている、あの特殊な本の数々は、惹かれずにはいられない場所でもあったのだろう。
 だが、汐耶はそれ以上の理由というものを、知っていた。
 ――叶とて、知っているはずだ。
 知っていて隠すつもりなのだろうか。思いつつも、ちらり。もう一度叶を横目に見てから、ポツリと零す。
「さらぎ君……あの子、叶さんの知り合いでしょう?」
 すると、叶は驚いたように目を丸くして汐耶を見つめた。
 薄く開かれただけの唇は、何を言うこともない。だが、その瞳が物語っていた。どうして、知っているのか。と。
 見つめ返し、汐耶は口の端をかすかに吊り上げて微笑を作る。
「あの子がここのことをよく知っていましたから。ああして子供たちを集めては、度々遊びに来ているんじゃないかと思ったんです」
「……凄いですね」
 純粋な感心。その後に、いつもより少し真面目な微笑を浮かべて。叶はふと、視線を虚空へと上げた。
「隠すつもりはありませんでしたけど……必要ないかな、とも思いまして。すみませんね」
「いえ……ただ……」
 時折聞こえた、鈴の音。子供たちを『呼んだ』、謎の音色。
 辺りに響くようなその音は、出所を掴むことは難しかった。けれど、度々に視線を巡らせて、判ったのだ。
 鈴の音は、彼の傍でだけ聞こえると。
「あの子は何者なんですか?」
 数瞬、考えるような間を挟んでから。ぽつり、問いかける。
 それを受けて。叶は視線を汐耶へと戻すと、にっこり、微笑んで。
「水先案内人です」
 一言、それだけを告げたのだった。

 ちりん。鈴の音が響く。
 頭の隅にかすかに残るその音色は、きっとまた、迷い霊を引き連れて現れるのだろう。
 何も、あの屋敷に限ることはなく……。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 / 23 / 都立図書館司書】
【2778 / 黒・冥月 / 女 / 20 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 ご無沙汰しております。この度は【見えない教え子】に参加くださいましてありがとうございます。
 参加者様ごとに微妙に視点の異なった仕上がりとなっております。他の方の視点にも、興味がございましたら是非参照を……。

 お久しぶりのご依頼ありがとうございます。遅れての納品となってしまい、申し訳ありません;
 今回の汐耶様は全体的に物腰柔らかで優しい雰囲気……というイメージで仕上げております。
 事の原因を考えてみる、というプレイングでしたので、鈴の音源へと辿り着くに至りました。ちょっぴり嬉しいです(笑)
 重ねて、ご参加いただきありがとうございました。