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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

 ある土曜日、客の出足も落ち着いてきた深夜。
 蒼月亭のカウンターの中では、マスターのナイトホークと従業員の立花香里亜(たちばな・かりあ)がカクテルを作ったり、コーヒーを出したりしていた。
「香里亜、そろそろ上がっていいぞ。夜遅いし」
 壁に掛けられているアンティークの壁時計を見て、ナイトホークがそう言う。そして何か思いついたように、シガレットケースを開け、その顔を向けた。
「あ。そう言や、香里亜に聞きたいことあったんだ」
「どうしたんですか?ナイトホークさん」
 エプロンを外しながら、香里亜が首をかしげて笑う。香里亜が生まれ故郷の北海道から東京に出てきて、もうそろそろ一年ぐらいだ。何かと色々あったが、それでも毎日楽しく過ごしていたりしているようだ。
「香里亜って、まだアレ続けてるのか?」
「アレ?」
「師匠と弟子」
 師匠…とは、蒼月亭常連の黒・冥月(へい・みんゆぇ)のことだ。東京に来て色々思うことがあったのか、香里亜は冥月に「鍛えて下さい」と直々に頭を下げ、弟子という形で護身術などを習っている。
「続けてますよー。毎日家でも筋トレとか柔軟とかしてますし」
「ふーん…じゃあさ、次に行くときあったら俺も行っていい?」
 ぱちくりと、香里亜が目を丸くした。ナイトホークが自分からそんな事を言うのは初めてだったし、護身術が必要だとも思えなかったからだ。
「いいと思いますけど…丁度明日予定入ってますし」
「うん、じゃあ行く前に声かけて。ご苦労さん」
「お疲れ様でしたー」
 ドアベルを鳴らして出て行く香里亜の後ろ姿を見ながら、ナイトホークは煙草に火を付ける。
 最近思っていることがあった。
 どうして、自分は戦闘状態に入ると我を失うのか。そして、その境目はどこにあるのか。
 どう考えても何かがおかしい。自分では「キレる」などと言っているが、そんな生易しいものじゃない。何をしていたのかも覚えておらず、脳内麻薬で痛みを無理矢理押さえ込み、敵に突っ込んでいくなんて正気の沙汰じゃない。
「誰がそんな条件付けをしたんだか……」
 気味が悪い。
 自分のことなのに、自分が全く分からない。どうして、何故…そんな疑問だけが、ぐるぐるとついて回る。
「自分で自分を試すなんて、あんまり気分のいいもんじゃないけどな」
 飛んでいるのは闇の中。
 その闇は、深く、果てがない。

「珍しいな、お前がここに来るなんて」
 いつものジャージとTシャツ姿の香里亜の隣で、都市迷彩服を着て煙草を吸っているナイトホークを見て、冥月は一言こう言った。
 前の日に香里亜から、ナイトホークが来るというメールをもらっていたが、まさか本当に来るとは思っていなかったのだ。
「うん、ちょっと思うところがあってね。香里亜のついででいいから、俺は」
 ついでというには、なかなか本気装備だ。脇のホルスターには『コルトガバメント』、腰に下げた銃剣は、自分で持って使うだけではなく小銃の先に付けるのだろう。そのどれも手入れがされているのは、冥月が見ればすぐ分かる。
「老師、今日もよろしくお願いします」
 いつものようにぺこっと頭を下げる香里亜と、携帯灰皿で煙草を消すナイトホークを見て冥月は考えた。
 あの様子なら、ナイトホークはある程度の基礎は出来ているだろう。ならその動きを香里亜に見せるのも、いいかも知れない。自分でやるだけではなく、実際の戦いを見るのもいい訓練の一つだ。
 問題は、ナイトホークが何を考えてここに来たか、なのだが……。
「ダメだったらとっとと帰って、飯喰って寝るけど」
 いつものように笑うナイトホークに、溜息一つ。
「まぁいい。香里亜、人の動きを見るのも勉強だ。ナイトホークの良い所と悪い所を、自分なりに観察してみろ」
「分かりました」
 そそっと道場の端まで行き、香里亜はちょこんと正座をする。それを言われた当の本人は、まさかいきなりそんな事を言われると思っていなかったのか、慌てて冥月の顔を見た。
「ちょっ……多分俺、良い所一つもないぞ」
「グダグダ言うな。実力見てやる。来い」
 さて、ナイトホークの実力はどれぐらいのものか。
 少なくとも、最初から素人だった香里亜とは違うだろう。
「………」
 まずい。
 ナイトホークは表情には出さずに思っていた。自分は誰かの見本になれるような戦い方は出来ない。それに本気で来られたら、絶対キレる。その時に、とんでもないことをしでかさない自信はない。
「お手柔らかに……」
 そう呟いた刹那……!
 冥月が真っ直ぐに喉を狙い右手を伸ばす。それは完全に殺気含みの一撃だ。
「………?!」
 少し殺気を当て、本気を見てやろう…なのに、一撃を繰り出した瞬間、ナイトホークが纏っていた空気が変わる。その変化を冥月は敏感に感じ取った。
「……何だ、これは?」
 正気の沙汰じゃない。その一撃を横にかわしたナイトホークは、銃剣を引き抜き冥月に真っ直ぐ突っ込んでくる。それは今まで冥月が見たことのない、ナイトホークの姿。
 いったい何を考えているのか。
 確かに本気を見るために殺気を放った。だが背水の陣でもない戦いには、あまりにも無謀なその動き。銃剣を操るナイトホークは、口元に笑みさえ浮かべているようにも見える。
 ……確かにナイトホークは不死なのかも知れない。
 なのに、何故こんなどうしようもない動きしかできないのか。銃剣の突きや払いを受け止め、冥月は溜息をついた。これ以上茶番を続ける必要はない。
 すっ……と冥月の右足がしなり、ナイトホークの腹を蹴り飛ばした。反動で飛ばされたナイトホークはそのまま壁に背中を打ち付ける。
「ナイトホークさん?!」
 立ち上がろうとする香里亜を冥月は手で止めた。これぐらい、すぐ復活する。
「ダメだな。香里亜、奴は一切参考にするな。ああ……この様子なら、案外早くぎゃふんと言わせられそうだぞ」
 ごほっ。
 一つだけ咳をし、ナイトホークが顔を上げた。冥月が自分を罵倒するのが聞こえるが、それにチラリと目を向け天を仰ぐ。
 やっぱりキレたか。
 予想はしていたものの、流石にへこむ。
 別にナイトホーク自身強くなりたいとか、戦闘力を上げたいとかそんな希望は全くないし、出来れば東京の片隅で何事もなく静かに平穏に、カフェをやって暮らして行けたらいいだけなのだが、流石にそうも行かないだろう。長く生きていれば、どうしても切れないしがらみはあるし、それとつかず離れず関わりは持たなければならない。
「ま、どうしようもねぇか……」
 馬鹿にされるのも、罵倒されるのも仕方ない。
 自嘲的に息をつくと、その襟首を冥月が掴んだ。その目に宿る怒りは、言葉に出ずとも分かる。
「貴様、そんな戦い方で香里亜を守れると思うのか……不死とはこれ程人を堕落させるか?」
 その態度に冥月は怒りをあらわにする。
 何があったかとか、そんなものに興味はない。だが、香里亜を東京に呼んだからには、もっと自信があるのだと思っていた。なのに、不死を武器にするような戦い方が、冥月はどうしても許せなかったのだ。
 今まで見せたことのないような冥月の迫力に、香里亜は正座をしたまま言葉を失っている。
「………」
 嗚呼、羨ましい。
 これほどの感情があれば、過去を失うことはなかったのかも知れないのに……。
 この力があれば、一番大事な人を失うことはなかったのかも知れないのに……。
「人は死なない為に強くなるんだ、不死を平然と武器にするお前は、いくら戦っても今以上に強くはなれん。不死は無敵ではない」
「……知ってるよ、そんな事」
 襟首を掴まれたまま、ナイトホークが溜息混じりに笑う。
「別に、強くなりたいなんて思ってねぇし、無敵だなんて思ったこと一度もない。むしろ邪魔なばかりで、何の役にも立たねぇ。なあ、香里亜……こんな状況で何だけど、一つ聞いていい?」
「は、はい……」
 冥月の気迫に圧された香里亜が、おずおずと頷いた。
「香里亜はさぁ、俺に守られたくて東京に来たわけ?」
 バン!
 掴んでいた襟首ごと、冥月がナイトホークの体を壁に叩きつけた。
 守る気もないのに……ただ自分の力を恐れる少女を、こいつは何の気なしに「東京」に呼んだというのか。
「貴様……」
「冥月さん、やめて下さい!私……」
「守る気もないのに呼んだのか?もし香里亜の身に危機が及んだら、貴様はどうする気だったんだ?」
「……俺は、香里亜のナイトじゃねぇよ」
 多分何を言ったとしても平行線だ。冥月はナイトホークが強くなることを、香里亜を守ることを願っている。そこに自分の陳腐な感情や、過去などを語る必要はない。そんなものは、紙くずほどの価値もない。
 同じように、冥月の過去に何があったのかを聞く気もない。
 ただ、その怒りや情熱を羨ましいと思うだけで。
「香里亜、一分目閉じて耳を塞いでいろ」
 何か言おうとしている香里亜を止め、冥月はナイトホークをキッと睨んだ。
 来たら何とかなるとか、何とか出来るなどというのは幻想だ。それでどうにでもなるなら、悲しい事件も何も起こらない。長く生きていることが、全く役に立っていない。不死であるはずなのに、それを生かそうともしていない。
 それが、冥月には許せなかった。
「ナイトホーク、不死がどれ程お前を弱くしたか、不死がどれ程役に立たないか。『殺さずに』徹底的に叩き込んでやる」
「それで冥月の気が済むんならいいさ……っと、悪い。これだけはぶっ壊されると困るから、香里亜!」
 ひょいと香里亜に向かって放り投げたのは、銀色に光るシガレットケースだった。それがちゃんと手に収まったのを見て、ナイトホークは溜息混じりに持っていた銃剣を納める。
「………!」
 風を切る音と共に、冥月の影が飛んだ。
 生かさず殺さず……自分が愚かだと言うことが分かるように。膝や体の内側など、痛みを敏感に感じる場所を容赦なく冥月は攻めていった。
 きっと、これもナイトホークにとっては回復可能なものなのだ。その証拠に右手を折られても、それを反動にする勢いで立ち向かおうとする。体が動く限り、自分も……いや、何も守ることなく、ただ敵前しか見ようとしない狂気の兵士。
 不死であれば自分を守り、その間に他のものを守ることが出来るのに。
 何故この男はそれが分からない?
「………」
 前へ済もうとする足を砕く。何の抵抗も出来ないように肩を砕く。それでも、這いずって前に進もうと顔を上げるするその喉に、手刀を入れ……!
「やめてくださいっ!!」
 その叫びと共に、冥月が入れようとした手刀が跳ね返された。と同時に、ナイトホークも急に我に返ったかのように床に突っ伏す。
「ダメです……私、誰かを傷つけるために、強くなりたいんじゃないです。わ、私……自分で、自分を守れるぐらい強くなりますから……だから……」
 香里亜の大きな目から、ぽろぽろと涙が流れ落ちた。
 誰かと誰かが傷つけ合うのを見るのは嫌だ。ナイトホークがどうして不死になったのか、お父さんは教えてくれなかったし、聞く気にはなれなかった。
 東京に来たのは、あのまま向こうにいたら自分は籠の中の鳥になってしまうからだ。
 たくさんの人と触れ合いたい。自分の力に恐れたままでいたくない。自分だけじゃなく、他の誰かを守れるぐらい強くなりたい。
 ただそれだけなのに、どうしてこんな事になっているのだろう……。
「……私ならお前を初撃で殺せる。蘇生の間に何が起るか考えろ」
 ボロボロになり倒れているナイトホークに、冥月はそう言い捨てた。本当は喉にもう一撃入れてやるつもりだったが、香里亜に免じてこれぐらいにしてやろう。
「悪かった。介抱頼む」
 泣いている香里亜を振り返らず、冥月は立ち去っていく。もうこの後に香里亜の修行をするのは無理だし、自分も少し冷静になった方がいいかも知れない。
「冥月さん……」
 そんな冥月に少し振り返り、香里亜はその背を見送った。
 自分は本当に何も知らない。冥月がどう生きてきたのかも、その強さを何故手に入れたのかも……本当は、そんな力に関係なく生きていたかったのかも知れないのに。自分が知っているのは冥月の一面だけで、本当はその裏に見せたくない何かや、忘れられない過去があることに気付かないふりをしていただけで……。
「………」
 手の甲で涙を拭く。今は泣いている場合じゃない。まだ俯せになって倒れたままのナイトホークに、シガレットケースを持ち走っていく。
「大丈夫ですか?ナイトホークさん」
「ん、ああ……しばらくしてりゃ治る。香里亜、お前強くなったな」
 本当に、強くなった。何だか自分が急に年寄りになったような気がして、ナイトホークが思わず苦笑すると、香里亜は涙目で笑いながらこくっと頷く。
「師匠がいいからですよ。戦うだけじゃなくて、たくさんたくさん色んなこと勉強しましたから」
「冥月にさ……『これはこれとして、またコーヒー飲みに来い』って言っといて。なんかさぁ、邪魔してごめんな」
「いいんですよ。そのうち私が、ナイトホークさんを守りますから」
「そっか……香里亜ちっこいから、俺の頭上がら空きだな」
「むーっ、またそんな事言う」
 ぺたっ。
 ポケットから出した可愛らしい柄の絆創膏を、香里亜はナイトホークの口に貼り付けた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
香里亜の修行にナイトホークがついてくる話でしたが、色々な兼ね合いの元プレイングなど多少アレンジさせていただきました。ご了承下さい。
お互い知り合ってからのことしか分からないので、色々思う所はあるのかも知れませんが、それも人生の一場面かなと。そういうぶつかり合いやすれ違いがあってこそ、人付き合いは面白いのだと思います。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。