コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


絵に棲む少女



1.
 その日、男が店に持ってきたのは一枚の絵だった。
「どうしたんだい、この絵は」
「知り合いに絵描きがいてね。それが描いたものなんだ」
 意味ありげな笑みを浮かべてそう言った男が持っている絵は、一見する限りそれほど奇妙なものには見えなかった。
 小さめのカンバスに描かれているそれは、何処かうら寂しそうな家。そしてその窓にはひとりの少女の姿がある。
「あんたが持ってきたからには、何かあるんだろう?」
「そうだね。とりあえず、描いた本人は見えたものを描いただけだと主張していたんだが、その男が言う場所にはこんな家は存在していなかった。空き地だったよ」
 その程度のことはそれほど奇妙なことでもない。
 この男が興味を示したのだから、まだ何かこの絵に関して起こったに違いない。
「そして、物好きな人間というのがいて、この絵の何が気に入ったのかそれとも憑かれたのか少し前にこれを購入したんだ」
「購入されたものをなんであんたが持ってるんだい?」
「持ち主が消えてしまったからね」
 あっさりとそう言った男に蓮は慣れているので呆れた顔もしなかった。
「誰かにしばらくこれを預かってもらえば真相がわかるんじゃないかと思ったもので持ってきた次第さ」
 とんとんと男は絵に描かれている少女を指差した。
「どうやら『これ』に連れて行かれたことは間違いなさそうだ。しばらく手元に置いておけばあちらから呼んでくれるだろう」
 そう言って、男は愉快そうにくつりと笑った。
「興味を持った者がいたら、貸してやってみてくれ」
 それだけを言うと、男は店から立ち去った。


 男が訪れた数日後、店の前に立っている少女に気付き、蓮は微笑みながら声をかけた。
「おや、みなもちゃんじゃないかい。よく来たね」
「こんにちは、お邪魔しても良いですか?」
「遠慮することはないさ。さぁさ、入っとくれ」
 制服姿に通学鞄を手に持っていた姿から、どうやら学校帰りにそのまま店へやって来たらしい。
 中学生のみなもには、アンティークショップという存在は何処か敷居が高く感じられ、普通なら気安く立ち寄れるものではない。
 現にいまも入って良いものかどうかで迷っていたところ、それを感じ取ったように蓮が声をかけてくれたためようやく中に入ることができたのだ。
 店内に置いてあるものも──何なのかわからないものもありはするが──見るからに価値のありそうなものが目に付くし、なんとなく萎縮してしまいそうになるが、そんなみなもの気持ちを察してか、蓮はおかしそうに笑いながら「そんな畏まらなくたって良いんだよ」と声をかけた。
 はぁ、とまだ多少緊張気味ではあったものの、あまり中に入ることのない店内に対する好奇心もやはりあるため不躾にならないように辺りを見回していたみなもの目に、ひとつのものが止まった。
 一枚の絵だった。
 飾られるわけでもなく、他の骨董品と一緒になって置かれていたそれは、よくある風景画のように見えたが、何かがみなもの頭に引っかかった。
「気になるかい?」
 そんなみなもの様子に気付いた蓮が、ゆっくりとそれを持ってみなものほうへと近寄ってきた。
「実は、ちょっとした知り合いからこいつを預かったんだけどね、そいつ曰く少しばかり変わったものなんだそうだよ」
「変わったもの、ですか?」
 そう言われて絵を見直してみたが、そこに描かれているのはひとつの家と、その窓に少女の姿があるだけのありふれた風景画にしか見えない。
 そのみなもの様子に、蓮は絵自体とその周囲で起きた奇妙な出来事、そしてここへ持ち込まれた経緯を説明した。
 説明を聞きながら、みなもはじっとその絵を見つめていた。
「単純に考えれば、持ち主さんは女の子に絵の中に引き込まれたということですよね」
「まぁ、そうだね」
「でも、この絵には、この女の子しか描かれていませんね」
 もし、この少女によって以前の持ち主が絵の中に入ったのだとしたら、その人物もここに描き込まれていなければならないはずだ。
 だが、その姿がないということは、家の中に閉じ込められているのだろうか。
 しげしげと絵を観察しているみなもの様子を見て、蓮は愉快そうに笑ってから口を開いた。
「気になるのなら、しばらくその絵を預かってみちゃどうだい?」
「でも、お店に預けられているんじゃ……」
「持って来た当人がそう言ってたのさ。誰かこいつが気になる奴がいたらしばらく預けて様子を見てくれってね」
 大方、その結果が見たいんだろうさと言ったときの蓮の口調は先程までみなもに向けていたものとはまったく違う億劫そうな響きがこもっていた。
「じゃあ、しばらく預からせてもらいますね」
 ぺこりと頭を下げて、みなもはその絵を蓮から受け取った。
「その絵について詳しく聞きたいのなら、本人に聞いてみると良いよ。性格はかなり悪いけど、必要なことは教えてくれるだろうしね」
 言いながら、蓮はメモに何処かへの地図を書き、みなもに手渡した。


2.
 黒猫亭と書かれた看板を眺めて、みなもは小さく息を吐いた。
 昼間はカフェだからと前もって蓮から教えられてはいたが、みなもにはあまり馴染みのない昔ながらという雰囲気の店は、先程のアンティークショップ同様入ることに少々勇気がいった。
 それでも中に入らなければ話を聞くこともできないと思い、ゆっくりと扉を開く。
 店内は静かでBGMらしきものもいっさいかかっていない。
 人の姿もほとんどなく、音というものが一瞬何も聞こえなくなったような錯覚に陥りそうだった。
 店内には、カウンタとテーブル席にそれぞれ男がひとりずついた。
 ひとりは黒尽くめの服を身に纏った少々近寄り難い雰囲気の男、テーブル席にいるのはセンスは悪くはないもののあまり服装に気を使ってはいないタイプの男だった。
 どちらに声をかけるべきだろうと悩んでいたみなもに、声をかけてきたのは黒尽くめの男のほうだった。
「やぁ、これは可愛らしいお嬢さんだ」
 その言い方が、何処かからかっているような馬鹿にしているような響きを含んでいたため、みなもは多少むっとしながらも絵を男のほうに近付いていった。
「この絵を蓮さんのお店に預けた方がいると聞いたんですが、あなたですか?」
「そうだよ」
 にっこり、というよりはにやりというほうが相応しい笑みを浮かべて男はそう答えてから、テーブル席の男を紹介した。
「そして、あちらがその興味深い絵を描いた画家という寸法さ」
 狭い店内ではその声が聞こえないはずもなく、言われた男のほうはぶっきら棒に黒尽くめの男に対して口を開いた。
「ただの絵だぞ、あれは」
「人がいなくなったのにかい?」
「たまたま失踪した場所にその絵があっただけだろ」
 どうやら描いた当人は、本当にこの絵の奇妙さに気付いていないらしい。
 そんな様子に黒尽くめの男はくつくつと笑ってからみなものほうを向き、テーブル席のほうへ移動するように促すと、自分もカウンタからは離れなかったもののテーブル席に近いほうへと移動した。
 失礼しますと断りと入れてからみなもはテーブル席に男と向かい合うように座った。
 途端、男の目がみなもを捕らえたと思ったと同時に、テーブルに置いてあったスケッチブックを開き、なにやら描き始めだした。
 男の行動にみなものが戸惑っていると、黒尽くめの男はくつくつと笑って口を開く。
「気にしないほうが良いよ。彼の癖でね。何かが見えるとそれを描いておかないことには気がすまないんだ」
 話を聞くには支障はないからと言われ、何を描いているのかは気になりながらも絵について尋ねることにした。
「この絵は何処で描かれたんですか?」
「何処だったかな。街を適当に歩いていたときに見かけた空き地か何処かでラフだけ描いた気がする。完成させたのはアトリエだ」
「どうして、これを描かれたんですか?」
「見えたからだよ、それが」
 男としてはその言葉で全ての説明がついたつもりなのかもしれないが、みなもにはまだ状況が掴めない。
「彼は仕事で描くとき以外は見えたものをそのまま描くんだよ──彼がそう見えたと思ったままをね」
 みなもに対して黒尽くめの男がそう補足した。
 では、その場所で過去に何かがあり、それをいまみなもの前でスケッチをしている男が『見た』ということなのだろうか。
「その辺りで昔何かがあったというようなことは、ご存じないんですか?」
「まったく。俺はそういうものは調べないし興味がない。浮かんだものを描く。それだけだ」
 やはり何処かぶっきら棒に聞こえる話し方でそう男は答えてから、ようやく手を止めた。
「よし、こんなものだな」
 そう言ってスケッチブックに描いた『それ』を徐に見せられたみなものは、僅かに目を見開いた。
 そこには、おそらくは海と思われる場所で人魚の姿をした可愛らしい笑顔を浮かべているみなもが描かれていた。
「あの、どうして知ってるんですか?」
 確かにみなもは人魚の末裔であり、その姿になることもできる。
 だが、このふたりにはそんなことは当然言っていないし、まさか蓮が前もって教えたということもあるまい。
 驚きと困惑の混じった顔を男に向けると、そういう反応には慣れているのだろう、男は軽く髪を掻きながら口を開いた。
「お嬢ちゃんが持ってきた絵と同じさ。こういうふうに見えたんでね。いつもの癖で描かせてもらった」
「ほう、キミにしてはなかなか可愛らしく描けてるじゃないか」
 カウンタからそれが見えたのか、黒尽くめの男はからかうようにそう言った。
「まぁ、俺があの絵に関して言えるのはその程度だな。もしかしたら何かあったのか何かいたのかもしれないが、俺にはそういうのはわからん。ただ見えるだけなんでね」
「あまり参考になる話ができなくて申し訳ない。これはお詫びだ」
 絵描きの男の言葉を聞き終わるとほぼ同時に、いつの間に準備していたのか紅茶の入ったカップを黒尽くめの男がみなもに差し出した。
「あたし、注文してませんけど」
「店に入ってくれたからには、せめて何か飲んでいってもらわないとね。折角来てくれたお嬢さんをこのまま返してはマスターに僕らが叱られてしまうよ」
 くつくつと笑いながらカップを置いて、立ち去る直前、黒尽くめの男は「あぁ」と思い出したように口を開いた。
「この絵の少女のことについては、僕にも多少は補足できるかな。彼が描いた場所には昔家があったらしい。まあ、少女がその家と関係があるのかは知らないが、少なくとも絵にいまいる彼女に悪意はないから危険なことは起きないだろう。だから──」
 言いながらみなもの顔を向いたその口元には、やはりにこりともにやりともつかない笑みが浮かんでいた。
「キミさえよければ、相手をやってやると良い。どうやら、ひとりのときしか少女は現れないようだがね」


3.
 情報らしいことはあまり聞けないまま、みなもは店をあとにし、自分の家に絵を持ち帰ることにした。
 悪意はないので相手をしてやってくれと黒尽くめの男は言っていたから、もしかすると彼はもっと詳しい事情を知っているのかも知れないが、言わなかったということはおそらく本人に聞けということなのだろう。
 本人とは、無論絵の少女だが。
 自室に絵をそっと置く。
 どうやったら少女から声をかけてもらえるのだろう。
 きっかけらしいものは何もそういえば聞いていない。
 しばらくの間、じっと絵を見つめる。
『アタシのおうちになにか用?』
 不意に、そんな声がみなもの耳に届いた。
 いつの間にか、絵の少女の目がこちらを向いている。
 少し驚いたものの、その声に悪意は感じられず、どちらかといえば無邪気な響きがこもっていた。
「そこはあなたのおうちなの?」
『そうよ。お姉ちゃんは誰?』
「あたしはみなも」
『遊んでくれる?』
「良いわよ」
 そう返事をした途端、絵が変わった。
 ゆっくりと描かれていた扉が開いていく。
 あ、とそれに驚きの声をあげる前に、みなもは見覚えのない部屋の中にいた。
 どうやら、絵の中に招かれたらしい。
「いらっしゃいませ」
 その声に、下を向くと小学1、2年といったところの年齢の少女が笑顔で立っていた。
「ここはあなたのおうちなの?」
「そうよ」
「ずっとここに住んでるの?」
 みなもの言葉に少女は首を振った。
「おうちは前なくなったの。でも、同じおうちを見つけたからいまはここに住んでるの」
「どうしてなくなったの?」
「……燃えちゃったの」
 そう答えた少女の顔は泣きそうに歪んでいた。
 どうやら、少女が本当に住んでいた家で火事が起こったらしい。少女はそのときに逃げ遅れてしまったのだろうか。
「お父さんやお母さんは?」
「いないの。でも、いまはおじちゃんがいるの」
「おじちゃん?」
 みなもの問いに、少女はこくりと頷いた。
「お姉ちゃんみたいにおうちに遊びに来てくれたの。いまお隣の部屋で寝ちゃってるけど」
「それは、おじちゃんが自分から来たいって言ったの?」
 そう聞いた途端、少女は黙った。
 その反応で、みなもの場合とは違い無理矢理引き込んだということは察しがついた。
 悪意からではなく、寂しいから、遊び相手が欲しかったからなのだろうけれど、みなもは優しい口調で少女に話しかけた。
「おじちゃんにも家族がいるの。無理矢理つれてくるなんて駄目よ?」
「でも……」
「お姉ちゃんがしばらく遊んであげるから、おじちゃんはおじちゃんのおうちに帰してあげて?」
 その言葉に、少女はしばらく考えてからこくりと首を縦に振った。
「じゃあ、何して遊ぶ? お話くらいならいくらでも聞けるけど」
 話し相手くらいしかあまりできないけれどとも思ったが、少女はそんなみなもの気持ちよりも自分から遊んでくれると言ってくれただけで十分嬉しそうだった。
「じゃあ、アタシのおうちの話。お姉ちゃんのことも聞きたいし。あと、あと……」
「慌てなくて良いから、ゆっくり話して?」
 嬉しそうにはしゃぐ少女に少々苦笑しながらも、みなもは少女の話し相手をしばらく務めた。
 少女はいろいろなことを話した。
 ある日家が火事になったこと、家族と別れたこと、家があった場所から離れることができず、ずっとひとりでいたこと。
 そして、ある日自分の家がまたできていた(これは男が描いた絵だったのだが)のでそこに住み着いたこと。
 いままで誰とも話せなかったからか、少女は本当に楽しそうに悲しいはずのこともみなもに話した。
「お父さんたちのところには行かないの?」
 そう聞いたときだけは、少女の顔に悲しそうなものが浮かんだが、すぐににっこりとまた笑った。
「きっと迎えに来てくれるの。だから、それまでこのおうちで待ってるの」
 少女が絵に入り込んだ理由がなんとなくわかったような気がした。
 家があった場所で、きっと少女は家族のことを待っていたのだろう。けれど、家族は迎えに来ない。
 そんなときに、自分の家が描かれた絵を見つけた。
 ここで待っていれば──自分の家で待っていればきっと家族が家を見つけて少女を迎えにきてくれる。
 少女はそう思っているのだろう。
 胸が少々痛んだが、悲しい顔をするわけにもいかず、少女もそんなことは望んではいないようだった。
「お姉ちゃん、今度はお姉ちゃんの話も聞かせて?」
「何が聞きたいの?」
「なんでも」
 それに促されるように、みなもも自分のことなどを少女に話して聞かせた。
 どのくらいそうしていたのだろう。
 少女が眠たげに目を擦った。
 長い間ひとりでおり、人と話すことなどなかったせいもあってか、疲れが出てきたようだった。
「また遊びに来るから、今日はもう休みましょう?」
「ほんとにまた遊びに来てくれる?」
 少女の言葉に、みなもは優しく頷いた。
 それと同時に、家の扉が開かれた。
「お姉ちゃん、またね」
 そう言って手を振っていた少女に手を振り返し、みなもは絵から自分の部屋へと戻った。


4.
 数日後、みなもは絵を持って蓮の店へと訪れた。
「やあ、いらっしゃい」
 みなもの姿を認めた蓮はそう声をかけてきた。
「お借りしていた絵を返しに来ました」
「いいのかい?」
「借り物でしたし」
「前の持ち主はもういらないって言ってたし、別にこいつは売り物じゃないんだから返しに来る必要はなかったんだけどね」
 そう言ってから蓮は行方不明になっていた男が自分の部屋で見つかったことを教えてくれた。
 時刻などを聞く限り、どうやらみなもが遊ぶと約束したと同時に返されていたようだ。
「また遊ぶって約束したんじゃないのかい?」
「そうですけど、こちらに置いておいたほうが良いかなと思って」
 みなもの言葉に蓮は怪訝な顔をした。
「あたしも遊びに来れるけど、ここに置いておいたら他にもあの子と遊んでくれる人がいるかもしれませんから」
 それを聞くと蓮はにっこりと笑い「わかったよ」と言った。
「じゃあ、これはここに置いておくから、いつでも遊びに来ておくれ」
 それじゃ、と店を出るときに、みなもは少女の声を聞いた気がした。
『また来てね』
 それに応えるように絵のほうを振り返り、「またね」とみなもは手を振った。





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

1252 / 海原・みなも / 女性 / 13歳 / 中学生
NPC / 碧摩・蓮
NPC / 黒川夢人
NPC / 増沢柳之介

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信                    ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

海原・みなも様

この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
2度目のご注文、本当に嬉しく思っております。
絵を描いた当人とのやり取りが少々長くなってしまった気がするのですが問題ありませんでしょうか。
絵の少女とのやり取りと、その絵の後の扱いについてはああいう形を取らせていただきました。
お気に召していただければ幸いです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝