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草間・武彦の挑戦
1.
2月には、バレンタインという行事が存在していた。
草間・武彦もご多分に漏れず(ほとんどが義理だが)いくつかチョコはもらっていた。
それ自体は別段構わない。
問題は、義理だろうとなんだろうとチョコを受け取ったからにはお返しというものを用意しないといけないということだった。
世の中には3倍返しというふざけたことを言う者もいたが、勿論草間はそんなつもりはない。
しかし、これといって良い案も浮かばなかったときに、それを言ったのは零だった。
お菓子をもらったんですから、お返しもお菓子にしたらどうですか?
勿論、草間自身の手でそれを作るというものだ。
当然草間は冗談じゃないとそれを当初拒否。
しかし、結局楽しそうだということで強引にセッティングされてしまった。
そしていま、使い慣れない菓子作りのための道具及び材料を目の前に草間は途方に暮れることとなった。
(畜生、どんなものになっても責任は持たねぇからな!)
自棄気味にそう心の中で呟いて草間は料理に取りかかった。
2.
勿論シュラインは本命としてチョコを草間に渡していた。
が、もともとこういったものはお返し──特に形のあるものを最初から期待して渡すようなものではないはずだ。
渡した量も、他のものたちからももらうだろうからと負担にならない程度にしておいた。
なので、草間がいま唸りながら取り掛かろうとして、結果できあがるものを何としてでももらわなければという気もなかったのだ。
「そうはいくか。返すなら全員返さないといけないだろ」
先のようなことを思いシュラインが少しでも作る量が減ったほうが良いのならと思って言ったことに対して草間はそう返事をし、その言葉にシュラインは少し笑った。
「じゃあ私も手伝うわ。ベイクドチーズケーキなんて初心者でも作り易いと思うわよ?」
「おいおい、渡す相手に手伝ってもらうのはおかしいだろ」
「そんなこと気にしちゃ駄目よ。って、あら、クッキーなのね」
キッチンを見ると、クッキーを作るための材料と道具がずらりと並んでいる。
「零が、ホワイトデーのお返しといったら飴かクッキーが基本だろうと揃えたんだ」
「クッキーは意外と大変なのにね。武彦さん、バターはちゃんと常温に戻してある?」
そう言いながらシュラインは作る当人の草間よりもてきぱきと調理の準備を整えていく。
さらさらと紙に傍らに置いてあった料理ブックに書かれていることプラスシュラインの経験などを基にして、草間でも簡単に作れるであろうレシピを書き上げるとそれを邪魔にならずに見やすい場所へとぺたりと貼った。
そこから徐に草間の邪魔にならないところにもう一組材料を用意した。
「おい、これ以上は作れないぞ」
「これは私が作るの。誰か作ってるのを参考にしたほうがわかりやすいでしょ?」
笑いながらそう答えると、ふたりでクッキーを作ることになった。
「はい、じゃあ武彦さんはこっちを頑張って練ってね」
常温に戻してあるクッキーをボウルに移したものを草間に手渡しながら、インスタント珈琲を用意する。
「そんなものどうするんだ?」
バターを練りながら聞いてきた草間にシュラインは笑いながら、草間が持っているボウルを指差した。
「珈琲味のクッキーなんて武彦さんらしいじゃない」
少量のミルクで珈琲を溶かしたものを後で混ぜれるように別の場所へと置いておく。
シュラインが作るのはシンプルなものだ。
「意外と疲れるんだな、これ」
「最初の練りが肝心だから、そこを手抜きしちゃ駄目なのよ」
そう言いながらシュラインもバターを練っていたが、その手際は流石に慣れたものだ。
「武彦さん、クッキーは型抜き?」
「それが整って良いだろうって用意されたが、ハートじゃない。それだけは阻止した」
そう言いながら生地を薄く伸ばしたものをハートはないと言っていたものの、定番の丸型から星の形をしているものがあり、それで型を抜いてはまた生地を伸ばしという作業をしばらく進めた。
ある程度の量ができ、多分(多少失敗しても)足りるだろうという数ができたそれを、オーブンの中に入れたが、生地が中途半端に残ってしまっていた。
型抜きで使うには少々足りないそれを見たシュラインが草間に声をかける。
「武彦さん、この生地もらっても良いかしら」
「別にいいけど、お前はお前で作ってたんじゃないのか?」
「でも捨てるわけにいかないでしょ? 任せて頂戴」
にこりと笑いながらそう言ってから、「焼けるまでは休憩していて」と言って草間をキッチンから出し、シュラインは自分が最初から作っていた分を完成させると、草間の残した生地を手に取った。
3.
数時間の後、シュラインのアドバイスなどを参考に草間はクッキーを無事完成させ、一緒にオーブンに入れておいたシュラインのクッキーもできあがった。
草間の作った型抜きクッキーは、見た目は型を使用したのだから見た目にそれほど差はない。
一部、薄さにむらがあったために焼け方に影響があり固すぎるものと逆に厚みがありすぎるものはあったが、それでも初心者にしては上出来のほうだった。
一方シュラインのほうはといえば厚さも均等で見栄えも完璧。そして型は使わずに棒状にしたものをスライスしていく方法を取ったので小さく摘んで食べられるようなものになっていた。
「こういうのは慣れた奴が作るほうが、やっぱり良いよな」
そう言って溜息を吐きながらもできたそれの中から、焦げてはいないものを選別して袋に分けておき、残ったもの、正確には少々失敗したものは事務所のテーブルに並べられた。
「目の前にいるのに袋に渡すってのもなんだから、ここで渡して良いよな?」
「私は構わないわよ。いま飲み物も用意してくるわね。硬そうなのもあるからホットミルクなんて良いかも」
言いながら、すでに温めてあったらしいミルクをカップに注いで持ってきたシュラインのトレイの中にあるものを見つけて草間は思わず「うん?」と声を漏らした。
「シュライン、もうひとつ作ってたのか?」
「これは特別」
そう言いながらシュラインが草間に見せたのは先程草間が余らせた珈琲生地とシュラインが作った生地を棒状にしたものを四つのブロックに交互に配置した模様ができているクッキーだった。
「こういうのも乙かしらと思ったんだけど」
シュラインのこのアイデアには、草間も満更ではなさそうだった。
「良いんじゃないか。じゃあ、そっちから先に戴きたいね、俺は」
それじゃあ自分は草間が作ったほうをということでお互いのクッキーにミルクを添えて食べることにした。
草間のクッキーは、少々固すぎるきらいはあったが、味は悪くはないしミルクにも合う。
そうシュラインが褒めても、それはお前が教えてくれたからだと照れくさそうに答えただけだった。
シュラインが作ったほうに対する草間の返答はといえば、すこぶるわかりやすかった。
黙々と、時折クッキーをミルクに浸して(そうするとまた違った感じでうまいとわかったからだが)自分の分をすぐに平らげてしまっていた。
「料理を作ったときの最高の褒め言葉って何か知ってる?」
「なんだ?」
「余計な話をする気がなくなるほど食べることに集中してくれること、ですって」
シュラインの言葉に草間はへぇと納得したような顔をして、シュラインのほうを見た。
「なんだか、俺がお返しをするはずだったのに、またもらう側になっちまったな」
「いいじゃない。今更お返しだとか気にするようなものでもないでしょう?」
そう言いながらふたりで残りのクッキーもひと通り食べ、一応零の分も残しておいておいた。
「これだけおいしかったら、他の人も喜んでくれるわよ」
シュラインが微笑みながらそう言うと、草間が申し訳なさそうにシュラインのほうを見た。
「作るのを手伝わせといてこういう頼みをするのもどうかと思うんだが……ラッピングのほうも手伝ってくれるか?」
勿論、シュラインがそれを断るわけもなかった。
了
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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0086 / シュライン・エマ / 26歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 草間・武彦
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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シュライン・エマ様
ホワイトデーイベントに参加していただきありがとうございました。
エマ様のみでしたので、草間とふたりでのクッキー&お菓子作りとさせていただき、エマ様もクッキーを作られるというプレイングがあったので、草間氏の生地と合わせてひとつのものを作るということもしてみました。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。
蒼井敬 拝
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