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<東京怪談ノベル(シングル)>


やれる事なんて

 ダラリ、と言う言葉が形容詞としてふさわしいだろうか。
 小太郎は今、興信所でだらしなく机に顎をつけ、両腕をブラリとたらしていた。
 その様子に、傍らで本を読んでいた黒・冥月は厳しい視線をやる。
「おい、しっかりやれ」
「ふぁーい」
 返答にも気合が足りないので、ルール違反だが勝手に二、三個、重りを追加した。
「おわ! な、なにすんだよ!」
「やる気が感じられない。ペナルティだ」
 そんな冥月の言葉にも、小太郎はそれ以上噛み付く事も無く、また力なくダラリとし始めた。

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 今回の特訓は光の壁の強度向上と形状維持。
 そのため今、小太郎の頭の上にある光の板には幾つも大きめな石が乗っかっていた。
 一つ、約五キログラムある石は今の所十個。子供一人くらいの重さはあろうが、小太郎の光の板は揺らぎもしない。
 あれほどダラリとしながらも、それだけ強度と形状を維持できるならそれなりだろうか。
 だが、今の小太郎の態度が気に食わないので、冥月はまた石を追加してやるのだ。
「……なんか、ペース早くね? 一分に一個追加って話じゃなかったのかよ?」
「お前が態度を改善するなら、それに戻しても良い」
「っち」
 気付かれないとでも思ったのか、小さく舌打ちした小太郎に、冥月はもう二個、石を追加した。
 だが、そんな態度が取れるならまだまだ余裕という事だろうか。
 今の小太郎もまだ必死な様には見えない。
 だが、そのままにしておくわけにもいくまい。このままでは特訓の間、気分を害するのは冥月の方だ。
「何を考え事している。お前が考え事なんて似合わないどころか、不吉の前触れでしかないぞ」
「酷い言い様だな……。でもまぁ、自分でも似合わない事やってるとは思ってるよ」
 いくら考えても答えが見つからないのだろう。小太郎も諦めたようにため息をつく。
「なぁ、師匠。俺にできる事ってなんだろうな?」
「なんだ、突然?」
「こないだの狐騒動の時に思ったんだよ。……俺って何も出来ないのかな、とか」
 いつになく弱気の小太郎。これはこれで気味が悪い。
「何も出来ないと思ってるのか?」
「何か出来ないかなと思ってるんだ」
「ふむ、まだ前向きな姿勢は崩してないみたいだな」
 それならばまだ、小僧も自分のスタイルを崩すほど切羽詰ってはいないらしい。
 ならば、助けてやらない事も無い。
「まずはそうだな。人の話を聞くことから始めたらどうだ」
「う……それは気をつけてる、つもり、だ」
 語尾がだんだん消えかけている。気をつけているつもりだけではダメだというのはわかっているのだろう。
 反省しているようなので、冥月はそれ以上言及するでもなく、次に移る。
「小太郎、では問おう。お前に出来なくて、私にできる事とは何だ?」
「俺に出来なくて師匠にできる事……? 大抵の事は出来るんじゃないか? 俺と師匠とは比べ物にならないだろ」
 そう言って小太郎は冥月を見やる。
「師匠は強いし、独り立ちしてるし、財産もあるだろ? それに身長もある……」
 最後のはただの羨望だろうが、あながち間違った見立てではないだろう。
「だが私にも出来ない事はある。それはわかるな?」
「……まぁ、それは」
 いくら冥月と言っても全能ではない。やはり不可能はあるのだ。
「だったら、私に出来なくて魔女にできる事は何だ?」
「魔女? ……んー、魔法が使える事、とか? 師匠の能力は魔法じゃないモンな?」
「確かに。私の能力は火を出したりは出来ないし、怪我の治癒も出来ない」
 影で心臓マッサージをした事はあったが、裂傷などの怪我を影で治療したりは出来ない。
「じゃあ魔女に出来なくて、この興信所の事務員にできる事は何だ?」
「あの人は耳が良いよな。それに色々外国語も話せるし」
「だったらアイツと興信所の所長なら?」
「あの人には人望があるよな。あの人が声をかけただけで随分多くの人が集まってくる。普通にスゲェよ」
 いつもは突っかかりガチの小太郎だが、一応所長の事は尊敬の念は抱いているようだ。
「じゃあ私に出来て所長に出来ない事は?」
「普通に荒事じゃないか? 師匠は能力がある分、あの人よりも上手く立ち回れるだろ?」
「じゃあ私に出来ず、私よりも強いものができる事は?」
「ん? うーん……」
 トントン拍子で答えていた小太郎だが、ここで言葉に詰まる。
 定義の謎に気付いただろうか。強い、とは一体なんなのか?
 冥月は答えを待たずに問いを重ねる。
「では私に出来ず、お前にできる事は何だ?」
「師匠にできなくて、俺にできる事……?」
 ここに来て小太郎の頭がパンクし始める。本気でわからないようだ。
 一向に答えに行き着けない小太郎を見て、冥月は小さく笑って言葉を続ける。
「この世は単純な力だけではない。その人にしか出来ない何かを持っているヤツも確かに『強い』んだ。お前はまず、その『自分にしかできないこと』を増やす事から始めろ」
「……だから、それがわからないんだって」
「わからないんだったら、わかるようなものを増やせと言うんだ。そうすればそんな風に悩まずに済むだろ」
「……確かに」
 答えを得られて小太郎はスッキリした顔になる。わかりやすい小僧だ。
「まぁ、そのためにはまず、強くならなきゃならない。まだ弱いお前には十年早い哲学だな」
「……っぐ、精進します」
 口惜しそうに言葉を詰まらせる小太郎に、冥月は更に追い討ちをかける。
「大体、能力と言うものは誰かを助けるためにあるものではない。そういう風にも使える、と言うだけだ。何を勘違いしているのか知らんが、過信しすぎではないか? 異能が無ければ人を助けられないわけではあるまい」
「確かにそうだけど、俺の力は……この力は人助けに役立てたいんだ」
「頑なだな……まぁ、それもお前らしいと言えばそうだが」
 少年らしい頑固さ、とは言え、小太郎の場合はそれが行き過ぎで困る事も多々だが。
 まぁ、だが、一つの答えを得られた小太郎は晴れやかな表情だ。これで幾らか特訓に真面目に取り組むだろう。
 だが、今の話の流れで冥月は一つ思い当たる。
「それと小太郎。お前の目は殺気や悪意が見れるんだったな?」
「え? あ、うん。殺気や悪意だけじゃなくて色々見れたりするんだけど……」
 つまりそれなりに相手の本音が見れるらしい。
 それは多分、人が人として育つ時にはかなりの障害になるだろう。
「それはしばらく封印しろ」
「え? なんで?」
「その目はお前を感情の機微や駆引きに凄まじく疎くしている。まぁつまりは、お前、空気読めてない」
「マジで!?」
 そんな自覚は無かったらしい。傍から見ればバリバリ空気読めてないのに。
「だから、その目を封印してもう少し、素で相手の心を汲むようにしろ」
「って言ったって、この目はどうしようもねぇよ。俺が好きで見てるわけじゃないし」
「どういうことだ?」
「剣を作り出す能力みたいに、出し入れが利くわけじゃないんだよ。生まれつきの能力だし、つい最近までみんな色が見えているのが普通だと思ってたぐらいだぜ?」
 どうやら常に発動しているらしい。生まれつきという事は、小太郎が意識して止める事は出来ないのだろう。
 瞬きが意識の外で行われるのと一緒なのだろう。
「……ならば仕方あるまい」
 そう言った冥月は興信所内にある戸棚から一枚の符を取り出す。
 某事件で得られた能力を封印する能力を持っている符だ。
「これをそうだな……これにつけてみようか」
 冥月が影から取り出したのは首飾り。
 それに符を巻きつけ、小太郎の首にかける。
 そしてアンチスペルフィールドを展開させる。
「お、おお……!」
 そうすると小太郎の目から特殊な色が消えた。フィールドは小太郎の頭の上を覆うように張られているようだ。
「これでなんとかなるだろ。必要になった時意外はそのネックレスを外すなよ」
「お、オス。これで俺も空気読めるようになるか?」
「それはお前の頑張り次第だろうな」
 これであの少女も少しは報われると良いが。
 小僧の鈍感具合にはいつも悩まされているあの娘にも人並みの幸せは掴んで欲しい。
「本音と建前が違うのは当然だ。見えるものだけを信じていたらこの世界は生きていられないぞ」
「それはわかってるつもりだったんだがなぁ」
「つもりだけではだめなんだよ。お前はもう少し、真実を見抜く術を磨け」
 ため息をついて、冥月はこの話を切り上げる。
 今の所出来る事は終わっただろう。後は本来の特訓の方に戻ろう。

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「じゃあ、スッキリした所で、もう駆け足で特訓も終わらせようか」
「は? どういう意味だ?」
 疑問符を浮かべる小太郎の更に上、影の扉が開き、石がボロボロと落ちてくる。
「お、おお、おおおお!」
 いきなり加算される重さに、小太郎は驚きの声を上げた。
 その石が山のようになった頃、光の板が悲鳴をあげて割れた。
 その様子を静観している冥月だが、小太郎のほうはそうは行かない。
 頭の上に乗っていた石、それを防いでいた光の板が割れたのだ。当然、石は重力に引かれて小太郎の頭の上に落ちてくる。
「痛ででででで!」
「おっと、スマンな」
 その石の山が大分崩れた頃になり、冥月がその石を影の中に追いやる。
「当たったか」
「当たったよ! 当然な!」
 激昂する小太郎を、冥月はそれでも笑って遠巻きに見ていた。