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<ホワイトデー・恋人達の物語2007>


激烈 ウォッチャー!

 草間興信所で、一人の少年が悩んでいた。
「ホワイトデーっつったってなー。何を返せば良いやら……」
 バレンタインデーにチョコを幾つか受け取った小太郎。
 そのほとんどが義理であるが、お返しをしないわけには行くまい。
 だが、この少年にとってバレンタインにチョコを貰ったのは初めての経験。
 当然、誰かにお返しをするなんてこともしたことは無い。
「なにをどうしたもんやら、悩む」
 呟きながら頭をワシワシ掻く。
 お返しは三倍返しなんて言葉すら知らないのだ。
 本当に何をして良いのかわからないのだ。
 それはつまり、面白い事の始まりである。

「誰かに聞いてみよう。それが良い」
 それは悪魔のドアを叩くまじないの台詞。
 それは心優しき人に答えを聞く救援の言葉。
 どちらに転ぶも、尋ねられた人次第である。

***********************************

 小太郎はまず、一番身近に居た黒・冥月に尋ねた。
 彼女は小太郎の師匠だ。きっと良い答えを持っているに違いない。
「なぁ、師匠! ホワイトデーって何を返したら良いモンかな?」
「ほぅ、お前にも誰かにお返しするだけの甲斐性があったか」
 読書の途中ながら意外そうに返す冥月を、小太郎は睨みつけ言う。
「そりゃ返すよ! 貰ったんだから、やっぱりお返しはしないとな」
「良い心がけだ。だが、忘れてるわけじゃなかろうな?」
 冥月の謎かけに小太郎は首を傾げる。
 冥月も彼にチョコをあげた一人。もちろん義理だが、返してもらえるなら返してもらおう。
 だがしかし、今、彼が『何を返せば良いか』と冥月に尋ねたのはどういうことだろう?
 返す相手に『何が欲しい?』と尋ねるのは少しルール違反な気もする。
 それはつまり、
「私が上げた分も忘れていないだろうな?」
 ジト目で冥月が小太郎を見ると、彼はうっと口篭って目をそらした。
「わ、忘れてなんかいねぇよ」
「だったら私の目を見て言え」
 それでも冥月の目を見れない小太郎に、容赦なく腹に拳をぶち込んだ冥月だった。

 しばらく悶絶する小太郎を眺めた後、彼が起き上がって尋ねる。
「じゃ、じゃあ師匠は何が欲しいんだよ?」
「そうだなぁ……指輪、とか?」
「いきなり高そうなものを……俺が貧乏興信所に住み込みで働いてる貧乏中学生と知っての事か!」
 興信所には誰もいないので小太郎も言いたい放題だ。
 もし武彦がいれば今のような言葉は出てくるまい。
「まぁ、一応訊くけど、いくらぐらいだよ?」
「少なくとも百万は欲しい所だな」
「ふざけて言ってるとしか思えないんだが、笑う所か?」
 鼻で笑う小太郎に冥月は少し苛立つ。生意気な。
「大体、男の師匠になんで返さなきゃブッ!」
 本日二発目の拳が飛ぶ。
 うずくまった小太郎を見下ろしながら、冥月は顎に手を当てふむと唸る。
「だが、真面目な話、何を貰おうか悩むな」
「悩むくらいなら『気持ちだけで十分』って言葉があるぜ」
「黙れ小僧」
 うずくまりながらも達者な口だ。
 冥月が小太郎を無視して何が良いが考えていると、ふと思い当たる事が一つ。
「そうだな、じゃあこうしよう」
 冥月の声に小太郎も何かと顔を上げる。
 冥月の方はそんな小太郎に流し目をくれ、顎に当てていた手を身体のラインに沿って下降させる。
「お前も若いんだし、力も余っているだろう? その若さを発散させてやろう」
 手は喉を通り、鎖骨を越え、ゆっくりとしたスピードで胸に到達する。
 その胸の坂を下る頃にはその人差し指がグルグルと『の』の字を描くように動く。
 指と胸の触れ合ってる点は柔らかそうにプニとへこみ、その弾力を表しているようだった。
「身体で、返してもらおうか」
 小さめの、息の混じった声で冥月が言う。
 その状況に小太郎は動転して何が起こったのか、何を言われたのか、まったくわからず何も言い返せずにいた。
 言葉を失うほどに狼狽されると逆に済まない気持ちにもなるので、冥月は今までと様子を一変させアッサリと言う。
「最近引越しを考えていてな、その手伝いを頼もう。肉体労働だ。健康な汗を流せるぞ」
「ひ、引越し?」
 言われた言葉にやっと現実味を取り戻した小太郎はまともな思考回路を動かし始めたようだ。
「そ、そんなの師匠の能力なら簡単に済むだろうが」
「それではホワイトデーのお返しにはなるまい。指輪の代わりなら安いものだろ?」
「うっ、まぁ確かに」
 百万円もする指輪は、小太郎が逆立ちしても買える物ではない。
 それが引越しの手伝いで済むなら、本当に安いものだ。
「私へのお返しはそれで良いとして、ユリへのお返しはもう少し考えんとな」
「あ、そうそう。それを訊いたはずなのに、どうしてあんな風になったのか……」
 頭を抱える小太郎を無視して冥月はまたも一人で思案する。
 ユリならば小太郎から貰ったものなら何でも喜びそうだが、やはり思い出は形に残った方が良いだろう。
「ホントに指輪でも買ってみるか?」
「っば! だから金がねぇっつの!」
「馬鹿者。百万円とは言ってない。だがまぁ、安くても一万くらいは誠意として見せなければな」
「い、いちまんえん……俺、今まで諭吉さんを手に取った事すらないんだぜ?」
「それはそれで珍しい人種だな。……まぁ、その辺の問題は私が後でお前にアルバイトを斡旋してやろう。まずはこれが前払いだ」
 そう言って冥月は財布から紙幣を一枚取り出して小太郎に渡す。
 見紛う事なく、一万円札である。
「おぉ、おぉ、これが一万円札か!」
「大袈裟だな。掲げなくても良いだろうに」
「いや、師匠の事だからニセ札じゃないかな、とブゲッ」
 本日三発目である。

***********************************

 その後、冥月に連れて来られたのは宝石屋。
 小太郎にとっては完全な異次元であった。
「……信じられないよな。こんな石に、なんでこんな価値がつくのか」
「まぁ、お前には縁遠いものかもな。こういう機会でなければ近付くことなどあるまい」
 貧乏学生の羨ましげな表情を見ながら、冥月はため息をついた。

 ショウケースにならぶ色々な指輪を眺め、小太郎は唸り続けている。
 高いのである。
 宝石が一つつけばそれだけ値段が上がる。当然の理だが、やはり小太郎にはこんなガラスと変わらないような石に金を払うのも理解できないらしい。
「おい、小太郎。そっちはお前がどんなに頑張っても手は届かんだろう」
「そ、そうな。桁が違うよ。なんでゼロが六つも七つもついてるのか、まったくわかんねぇ」
 愚痴りながら小太郎は冥月の許に寄った。
 近くに来た小太郎に、冥月はオススメを見せてやる。
「これなんかどうだ。シンプルなシルバーリングだが、値段は手頃だし、お返しにあまりゴテゴテしたものを貰っても、ユリも困るだろ」
「そうだな……それにするか。正直、俺はあんまりアクセサリーとかわかんないし、師匠に任せたほうが良さそうだな」
 呟いて冥月の手からその銀の指輪を受け取り、カウンターへ持っていく。
 値段は一万円でギリギリ、ぐらいのものだった。
「こ、こんな小さいものに……っ!」
 貧乏性もかなり極まっているようだ。
 泣く泣く、といった感じで苦笑いする店員に一万円札を渡す小太郎だった。
「おーい、師匠、おわったぞー」
「ああ、すぐ行く。……これとこれと、これも頼む」
「あ、はいかしこまりました」
 小太郎の呼びかけに応える傍ら、冥月は店員をはべらせて幾つか指輪を指し、代金を払って指にはめていた。
「……ブルジョワジー。貧富の差って恐ろしいな」
 小太郎の呟きを、冥月はどこかで聞いた台詞だ、と小さく笑った。

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 店を出て、小太郎が一息ついた。
「息苦しかったぜ。どうにもこういうところは落ち着かない」
「もう少し、色んな所に慣れたらどうだ。経験しておいて損はあるまい」
「あまり寄り付かないだろうけどな。こんな指輪だって今後、買うかどうか……」
 小太郎はポケットからケースを取り出してしげしげと眺める。未だにこれが一万円もする代物だとは思えないらしい。
「あ、そうだ、小太郎」
「ん? なんだよ?」
「指輪を渡す時には一つ、礼儀がある」
 ニッコリ微笑む冥月に、何の疑心も持たずに小太郎は耳を傾ける。
「れ、礼儀! それを外すとやばいか?」
「ああ、ヤバイな。ドン引きされること間違い無しだろう」
「……ぬぅ、それは気をつけないとな。で、その礼儀って言うのは?」
 真剣な表情で問う小太郎に、冥月も真剣な表情を近づけ、声を潜めて話す。
「良いか、良く聞け、小太郎。指輪を渡す時は相手の左手の薬指にはめてやるのが礼儀だ」
「左手の、薬指」
「そうだ。ユリに渡す時もそれをしっかり覚えておけ。相手に失礼のないように、真剣にやるんだぞ」
「お、おう。わかった」
 そんな師匠の脅し文句を、小太郎は真面目に受け取った。

***********************************

 ホワイトデー当日に、小太郎はユリに会いに行った。
 今日もIO2の仕事があったそうで、そこまで迎えに行く事にしたのだ。
「おぅ、ユリ!」
「……こんにちわ」
 適当な異能犯罪者を捕まえて、引き渡した所なのだろう。
 丁度ユリが一息ついているところに、小太郎が出くわした。
「……どうしたの? 小太郎君が会いにくるなんて珍しいじゃない」
「ん、ああ。今日はホワイトデーだから。お返しを渡しに」
 そう言った小太郎はポケットからケースを取り出す。
 それを見たユリは驚くだろうと思っていた小太郎だが、対した彼女はふーんと小さく呟いただけだった。
「あ、あれ? 反応薄くね?」
「……それ、冥月さんと買いにいったんでしょ?」
「そうだけど、何でそれを?」
「……偶然見かけて。随分楽しそうなお買い物だったわね」
 というユリだが、印象に残っているのは最後に二人が顔を近づけていた様子のみ。
 後ろからふと見えただけなので、一瞬キスをしているようにも見えたそうだ。
「……あんな高価そうなお店で買ったものなんだから、大好きな師匠さんにあげたら?」
「っば! お前、何言ってんだよ。せっかく一生懸命選んだっつーのに!」
 と言っても結局は冥月の案を採用したわけだが。
「とにかく、これはユリの為に買ったんだ。黙って手を貸せ」
「……え?」
 嫉妬治まらぬユリだが、小太郎に強引に左手を引かれて驚いた。
 大して抵抗もできず、その綺麗な左手を小太郎の前に差し出していた。
 そして小太郎はすぐにケースから指輪を取り出し、彼女の薬指に指輪をはめてやった。
 何と奇跡的に大きさもピッタリ。いや、冥月の見立てならそこまで計算していたのかもしれない。
 小太郎だけではこうは行かなかっただろう。
「……よし、完璧じゃね」
 小さく、満足げに小太郎は呟いた。
 その真正面にいたユリは、しかしその言葉を聞く余裕は無かった。
「……あ、あの、小太郎君?」
「ん? なに?」
「……こ、これはどういう……?」
 左手の薬指というのは特別な指。そこにはめられる指輪は契約の指輪。
 そんな事を露も知らない小太郎は首をかしげた。
「何かおかしい事したか?」
「……おかしいって言うか……まだ早いと思う……」
 疑問符を浮かべ、真剣に問う小太郎の視線に居た堪れなくなったユリはそのまま彼に背を向けて逃げ去った。
「な、何かしでかしたか、俺!?」
 そんなユリの真意を少年が知る日は、どうやらまだ遠い。

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「割に合わない気がする」
 その後、冥月の引越しの手伝いも終えた小太郎はそう呟いた。
「どうした、小僧。なにやら不満気な顔だが?」
「半日拘束の上、やたらデカイ家具を運搬させられたら、きっと誰だって不満顔だぜ」
 しかも報酬は無し。それはもちろんだ。これはホワイトデーのお返しなのだから。
「時は金なり! 今の引越し手伝いは百万金に値する、いや寧ろ、きっと今の俺は過剰にお返しをしてると思うんだよ!」
「結局、お前は何が言いたいんだ?」
 小僧らしくない回りくどい物言いは、彼の中の葛藤の現れだろうか?
 これはお返しだ、ボランティアだ、と思いつつも、キツイ引越しのお手伝いで子供らしく見返りが欲しくなったのだろう。
「何か報酬を要求する!」
「……なんともふざけた話だな? お前はホワイトデーのお返しをしてくれたのだろう?」
「そうだけど、さっきも言った様に過剰にお返しをしていると思うんだ。だからその差額を」
 返して欲しい、と言いたいのだろう。
 冥月は継げない言葉を察し、生意気なこの小僧に何を返してやろうか、と少し思案し、思いつく。
「よし、じゃあちょっと目を瞑れ」
「な、なんで?」
「お返し。欲しいんだろ?」
 まぁ、何かもらえるなら、と小太郎は黙って目を瞑る。
 静かになった小太郎の頬に、冥月はそっとキスをした。
「ありがとな」
「……っば!? な、何すんだよ!」
 その行為に気付いた小太郎は驚いて飛び退く。顔が真っ赤だ。
 冥月は悪戯っぽく笑いながら、
「お返しが欲しかったんだろ?」
 と小僧をからかった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 黒・冥月様、シナリオに参加くださり、ありがとうございました! 『貰った事もなければ返したことも無い』ピコかめです。
 あれ、ユリの誤解解いてなくね……?

 最後のキスの件、何の見返りなのか、勝手に俺が補完しましたが、どんなモンでしょう。
 だけどアレですね。低身長の小太郎のホッペにチューってのはさぞ苦労した事でしょうw
 これでユリの誤解も解いてないわけですから、キスしてたんじゃね、とうっすら疑ったユリに言い訳するのも一苦労かもですね。
 因みに、ユリに渡したものがもう一方と被ってますが、物語的にはリンクしてません。あしからず。
 では、またよろしくお願いします!