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<東京怪談・PCゲームノベル>


ちいさなカミサマ

「なんというか……趣味的ね」
 全身真っ白なふわふわした印象の服装といい、あどけない表情といい、そしてへたくそな工作で作ったとしか思えない発泡スチロールを切り出した羽といい、特殊な嗜好の方々への受けはべらぼうに良さそうだ──シュライン・エマ(しゅらいん・えま)のカミサマを自称する少女に対する第一印象はそんなものだった。
「いっそ売るか?」
「いやそれはどうなの?」
「でもマニアには高く売れそうじゃね?」
「──否定はしないけど……」
「何のご相談ですか?」
 公園の隅に設置されたベンチに座り、顔をつき合わせてこそこそと密談するシュラインと華煉との間にずずいと顔を割り込ませたカミサマが問いかけると、華煉は重々しい表情でぽん、とカミサマの肩に手を置く。
「オマエをどこぞのマニアに売りつけようって相談だ。悪く思うなあたしの精神のためにお前はぶっちゃけ犠牲とゆーか生贄になれ」
「うわー……バチ当たりにも程がありますねー……」
「石ころ一つ浮かせられねぇ無能が何抜かす」
 ぐりぐりと互いの額を押し付けあって至近距離で睨み合いつつ喚きたてる二人を引き剥がし、シュラインはどうしたものかと首を傾げた。
「目を離したらその筋の人に連れ去られちゃいそうだし、とりあえず草間興信所に戻りましょうか? 目の届く範囲でまずはお手伝いでもしてもらおうかしら」
 今日はことさら急ぎの仕事は入っていない。だが家事仕事というのは毎日毎日発生する終わりのない労働である。いくら何もできないといっても、目さえ離さなければあまり無茶なことも出来ないだろう──そこまで考えて、シュラインはカミサマに右手を差し出した。勿論迷子を恐れてのことだ。
 だがカミサマは何を勘違いしたのか、その手をとってぶんぶんと無駄に力強く握手してくる。
 なににせよ、とりあえず。
 退屈しない一日は過ごせそうだ。




 シュラインが珍しくオフであるということは、実質草間興信所がほぼ休業状態にあるといっても過言ではない。
 いつもはたとえ仕事がなくとも仕事を求めてやってくる連中や、仕事がない草間をひやかしにやってくる顔見知りが後を絶たないというのに、今日に限ってそこには草間武彦の姿しかない。
 訪れたシュラインとカミサマ、そして華煉。
 なんというか明らかにおかしな取り合わせに、草間はしばし考えた末に短くなった煙草を灰皿に押し付け、そして言った。
「うちじゃ飼えないぞ」
「私小動物じゃありませんよーう!!!」
「武彦さん……一応神様らしいから……」
「敬うがいいんですよ!!」
 シュラインの腰のあたりにびたりとへばりつきながら、草間に向けてべーと舌を出すカミサマに、草間はぎりりと歯軋りした。
「しっかし相変わらずおまえがちょっと留守にすっとすぐ汚れんのなここ」
 ぐるりと室内を見回した華煉は、我が物顔でソファに腰掛ける。
 彼女の言葉にシュラインは改めて室内を見渡した。出かける前にこまごまとした片付けはすませた筈だが、今草間のデスクに置かれた灰皿には煙草の吸殻が山になっていたし、コーヒーを飲んだ後らしいカップが幾つか並んでいる。
 応接用のテーブルの上には資料なのか誰かが持ち込んだのか分からない雑誌やら漫画が山積みにされている。いくら今仕事がないとはいえ、いつ依頼人が現れるか分からないのだ。これを放置しておくことはできないだろう。
「ついでだし、片付けちゃいましょうか──お手伝いしてくれる?」
「はーい。ではこちらのカードに署名をお願いします」
「ああ。それが噂のポイントカードね」
 黄色い紙片の表面には捺印するための枠線が、裏面には名前、住所、連絡先などの記入欄がある。
 カードの上部には『大往生カード』などという正直見たくなかった単語が印刷されていた。
 記入するのがかなり躊躇われたが、既にカミサマは目に痛いほどのピンク色をしたハート型のスタンプを片手に待ち構えている。
 つまり、これが一杯にならない程度にしておけば問題はないわけだし──心の中でそう自分に言い訳しつつシュラインはカード裏面の記入欄を埋めていく。
「じゃあ、この部屋の片付け手伝ってもらおうかしら?」
「そんなことでいいんですかー? 命かかってるのに」
 さらりと、忘れたいことを思い出させるあたりは案外いい性格だ。
 そんなカミサマの後頭部を、華煉がファイルの束でばしばしと叩く。
「無能が偉そうに何いってやがる」
「無能じゃなくて不器用なんです!」
「ほらほら、始めるわよ。じゃあファイルをより分けて、雑誌もいらなそうなのは捨ててしまわないと片付かないわね。あとはあの机の上──」
 ちらりと草間のデスクの上の惨状に目を向けたシュライン。草間はといえば椅子をくるりと回転させて視線を逸らす。
 シュラインがカミサマにお願いごとをするにあたり最も気を使ったのは、『目の届く範囲で行動させる』という点だった。
 なにせ自分で不器用、何もできないと断言するほどだ。しかもいささか世間の常識といったものに対して疎いところがありそうな彼女をどこぞに放流しては、どんな問題事に発展しないとも言い切れない。
 その点事務所内でこうして監視しつつ作業を進めれば、不器用ではあれど何かをやらかしても早期発見が可能である。
「じゃあまずこの辺ちゃっちゃとやっちゃいましょうか。処分する雑誌とかファイルを渡すからそこのビニール紐で縛ってまとめてくれる?」
 シュラインの言葉にこくこくと頷くと、カミサマは紐を握り締めてじっとシュラインの手元を凝視している。いささかやり辛い気はしたがなるべく気にしないようにしていらない雑誌で山を作ってやった。
「はい。じゃあこれ──一個で無理なら小分けにしてね」
「おまかせくださーい!」
 元気のいい返事ではあるが、既に紐の先端を束から引っ張り出す段階で失敗しているらしく絡まっている。
 不安ではあるが必要以上に手を出すつもりはなかった。
「くっ……この無機物の分際で私に歯向かおうだなんて……私が神様になった暁には抹消してやるんですからね……あああまた絡まった……!」
 見れば絡まった部分がほどけずに、とうとうカミサマはその部分を切断するという決断を下したようだ。
 面白げにその様子を見ていた華煉が、こっそりとシュラインに耳打ちする。
「大丈夫かよあれ?」
「まあ最悪ビニール紐が消費するくらいだし問題はないんじゃないかしら。一つできればとりあえず自信もつくでしょうし次に繋がるわよ」
「いや……あのガキにあれ以上無駄な自信つけさせるのはかえって危険な気がしねー?」
 そう言われてみればそんな気もする。
 かといって今更やめろといったところで振り出しに戻るだけだ。ここはやはり見守るしかないだろう。
 時折奇声を発しつつ、とても雑誌をまとめているとは思えない音を立てながらもとりあえず作業は地道に進んでいるようだ。シュラインが床に散らばったビニール紐の屑を片付け、応接用のテーブルの上を片付け、草間のデスクの上の灰皿にぎゅうぎゅうに押し込まれた吸殻を処分したところで、だん、と景気のいい音がした。
 ふと視線を上げればカミサマは得意顔で縛り上げた雑誌たちの上に片足を乗せ、両腕を組んで胸を張っている。
「おねーさま!! 見てください私やりましたっ。このこ生意気な雑誌をようやく……!!」
 というか何故いきなりおねーさま呼ばわりなのか謎ではある。
 だが気にしたら負けな気がしたので、シュラインはその点は軽く流すことにしてカミサマの足の下の雑誌の山を見た。
 ビニール紐の絡まった部分を切断し継ぎ足したため、不必要なところに不恰好な結び目が沢山あるしきちんと角を揃えられていた雑誌もところどころはみ出してしまっている。だがシュラインが予測していたものよりはいいデキではある。
「ご苦労様。じゃあ一緒にお茶淹れましょうか。ケーキもある筈だし」
「わーいっ」
 シュラインは草間のデスクの上にあったカップの幾つかを手にした。全て洗えとは言わないが、せめて一杯目を飲み終えて二杯目を入れるならば、前のカップを給湯室に持っていくなりして欲しいものだとは思う。これではコーヒーを飲むたびにデスクの上にカップが増殖していく計算だ。
 持ちきれないカップをカミサマに持ってもらい、二人が給湯室に向かう。
 華煉はテーブルの隅に纏められたファイルの下の方からはみ出る書類が気になったらしく、それを引っ張り出す。その表紙にファイルがざざざ、と崩れたが当然のようにそれを気にする性格ではない。
 草間はといえば綺麗になった灰皿に再び煙草の灰を落とす。手にしていた新聞を放りだし、やはり華煉と同じように黙々と事件関連の書類やらレポートやら報告書を手当たり次第に並べ出す。




「ふふふふふ」
 お湯が沸くのを待っていたカミサマは、『大往生カード』に押されたスタンプを見て低い声で笑っている。その背後からちゃっかりと残りのお願い可能数をチェックしたシュラインが言った。
「カミサマっていうのも大変ね」
「でもカミサマになっちゃまえばこっちのもんですよ。やりたい放題ですし」
「……それも問題だと思うけれど」
 貰い物のクッキーを皿の上に並べ、ケーキを切り終える頃にはお湯も沸いていた。
 さっぱりと片付いた部屋でのんびりとお茶でもして今日は終わりにしよう──そう思いながらシュラインはティーポットやカップを並べたトレーを手に事務所へと戻る。そしてその後をとてとてと、鼻歌交じりについてくるカミサマ。
 その二人の動きが、室内の惨状を目にした途端ぴたりと静止した。
 デスクに向かって資料らしきものに目を通している草間も、ソファに座りファイルをぺらぺらとめくっている華煉もシュラインたちの登場にはまだ気づいていないようだ。
「ああ……流石にこれは予測してなかったわ」
 つい先ほどまでせっせと片付けた部屋が元の惨状に戻ってしまっていても、シュラインは呆れたように小さく吐息混じりに呟くだけで怒ってはいないようだった。
 だがカミサマはそう寛大な性格ではない。
「こ、この愚民どもー!! こうなったらアンタらまとめて即刻大往生ですよ!」
「い、いやちょっと落ち着いて、ね? たまたま今日はこの展開を予測してなかっただけで、結構日常的にあることだし……」
「なんですってぇぇ! アンタ達日ごろおねーさまにこんな穴掘って埋めてまた穴掘るみたいなことさせてるなんてっ!」
「そんなどっかの監獄とかじゃあるまいし……」
「いいえおねーさまっ。もうこれは動物の躾けと同じですっ。っていうかこの事務所を綺麗にするにはもうあの二人を捨ててくるしかないかと……!」
 とりあえずトレーをいつも自分が作業しているデスクの上へと避難させると、カミサマがしっかりとシュラインの両手を握り締め、真剣そのものといった眼差しで見上げてくる。
「うーん、でも半分好きでやってることだし」
「おねーさま……なんて健気な……こ、こうなったら私に任せてください」
 ギラリ、とカミサマの目に不穏な光が宿るのを当然シュラインは見逃さない。
 カミサマが手にしたのは『大往生カード』。
「こうなったらあの二人を泣きモノにしておねーさまに平安の日々を……大丈夫です犯罪なんてバレなきゃオールオッケーです!」
「いやちょっとそれは流石にマズいと思うわ……」
「いえいえいえ! いずれ神様になる私ですから!」
 無駄に自信満々なのがタチが悪い。
 シュラインは原因である草間の方をちらりと振り返った。視線は合ったが、草間はどこかバツが悪そうに目を逸らす。
 まあ──とりあえずは、切り札の一つも持っておくのも悪くはないかもしれない。
 シュラインはにっこりと笑みを浮かべてカミサマに言った。
「とりあえず、そのカード何枚か貰えるかしら?」
「はいっ!!」
 えらく素直に元気よく返事すると、カミサマがシュラインに向けてカードの束を差し出した。
 背後でがたがたと響いた音。
 それはきっと、カードがシュラインの手に渡ることを恐れた華煉と草間が慌てて立ち上がった音に違いない。
 仕事はない。いわば休日のような日。
 だがとても平和とはいえない一日は、まだ終わりそうにない。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 ご発注ありがとうございます。久我忍です。
 個別シナリオというものを一度くらい書いてみるかー、と気楽なノリで書き出してみたものの、いつもの倍くらい時間かかったというステキな落とし穴にハマりました。
 書いてみればこれはこれで楽しいので、懲りずにまたこういった個別になりそうなシナリオをちょろちょろと上げていく予定です。こそこそ活動しておりますが、また機会がありましたら是非よろしくお願いします。