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<東京怪談・PCゲームノベル>


ちいさなカミサマ

「さてはナンパですね?」
 ふわふわとした白を基調とした服装で、にっこりと純真な笑みで、けれどその愛らしい桃色の唇から紡ぎ出される言葉の内容は全くもって純真さとはかけ離れていた。
「いやそういうんじゃなくて……」
「写真撮影はお断りですよー」
「いやそれも違ってて……」
 カミサマを自称する少女と、榊・遠夜(さかき・とおや)のやりとりに、ベンチに座っていた華煉がぷかり、と紫煙を吐き出して言った。
「あーお前な、それ絶対からかわれてんぞ」
「そんなことありませんよー?」
 ひょこりと首を傾げて見上げてくる少女は純真そのものの笑みで言葉を続ける。
「カミサマがなんでわざわざ人間風情を騙さなきゃならないんですか。そんな無駄なことしませんよーう」
「ほらな、カミサマなんてもんは昔っからタチ悪いってきまってんだよ。どんなに無能でもさ」
 無能、の単語に反応したカミサマがむきー、と両手を振り上げて威嚇のポーズを取るが華煉は鼻歌を歌いながらそっぽを向いており、相手にしようとしない。
 カミサマは少しだけ肩を落としたが立ち直りも速かった。くるりと遠夜の方へと振り返る。
「あんなバチ当たりな人のことは放っておきましょう。さあさあさあなんでも、どーんと私にお任せくださいばっちり死後までサポートしますっ」
「いや、そこまでサポートされるようなことじゃないんだけど、ええと…不器用さんだって言うのも良く聞いたし、更に言えば僕のお願い事も、お願いになりにくいような気もするんだけど、ここは一つ、貴方に是非一緒にやって欲しい事があるんだ」
 カミサマは真剣そのもの、といった眼差しで遠夜を見上げ、メモを取りつつ話を聞いている。ふとした好奇心から遠夜がそのメモを覗き込めば、それにはナンパ師? などと不名誉な単語が書きなぐられていたため遠夜は見なかったフリをしようと心に決める。
「さあ続きをどうぞナンパ……いえおにーさん」
「……いや、もうじきバレンタインのお返しの日、ホワイトデーでしょ?で、お返しに何かを作るか選びたい訳なんだけど…自分一人じゃどうにも出来ないし、かといって誰か連れ立つにも、冷やかされそうだしで…三倍返しとも言うし……」
「おーけーおまかせください全て悟りました!」
 カミサマがぐぐっと拳を握り締める。
「つまり三倍返しとかぬかした女ドモを粛清せよと……」
「いやお前さては全然人の話聞かねぇってよく言わんだろ?」
 思わずツッコミを入れた華煉に、カミサマはそうなんですよーとにこやかに応対する。
「おかしいですよねー。聞いているけど曲解してるだけなんですけど」
 どうやらこのカミサマはかなりタチが悪いようだ。
 遠夜はふと、先行きに不安を覚えた。



 駅前のデパートではバレンタイン商戦は終了し、次なるホワイトデーに向けた特設売り場があちらこちらに設置されていた。
「お礼のお菓子作るのをお手伝いしてもよかったんですけど、どんなに上手くいってても私の手が入った段階で跡形もなくぶち壊す自信しかありません、残念なことに」
 それまで終始にこやかで、無邪気そのものといった様子だったカミサマだが何故か話題がお菓子作りになったとたん、まるで能面のような無表情となった。余程のトラウマがあるのだろう。
「一緒に選んでもらえるだけでも十分だよ。やっぱり受け取る方も好みがあるだろうし、ほら、どうせあげるなら喜んでもらえるものを上げたいし」
「この天然モテ男め……」
「ん? 何か言った?」
「いえ何も」
 斜めに顔を傾け、不穏な声音で低く呟かれたカミサマの言葉は、幸いなことに遠夜の耳には届かなかったようだ。次の瞬間にはにこにこと天使のような笑みを浮かべ、カミサマは肩から提げた真っ白いポシェットの中から、一枚のカードのようなものを引っ張り出し、遠夜へと差し出した。
「では早速ですが、こちらのカードに署名をお願いします」
「それが例のポイントカード?」
 黄色い紙片の表面には捺印するための枠線が、裏面には名前、住所、連絡先などの記入欄がある。
 カード上部には『大往生カード』などという正直見たくなかった単語が印刷されていた。
 記入するのがかなり躊躇われたが、既にカミサマは目に痛いほどのピンク色をしたハート型のスタンプを片手に待ち構えている。
 つまり、これが一杯にならない程度のお願い事ならば問題はないわけだし──心の中でそう自分に言い訳しつつ、遠夜はカード裏面の記入欄を埋めていく。
「はい。じゃあ内容はホワイトデーに渡すお返しを選ぶお手伝い、でよろしいですね? ホントにいいんですかこの内容で、命かかってるのに」
 さらりと思い出したくないことを思い出させるあたり、なかなかいい性格のようだ。
「ダメなら他のお願い考えなくもないけど……」
「いいえそんなとんでもない。簡単かつシンプルで大変すばらしいお願いだと思いますっ」



 何やら本屋に飛び込んで情報誌を購入してきたカミサマは、ふんふんと真剣にそれを読みふけっている。
「えーと。聞いていい? 一体何を……」
「女子供というのは所詮流行に流される生き物なのですよ」
 ふふん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべるカミサマ。
 彼女の一言で遠夜はどうやら目的を悟ったようだ。
「つまり、今どんなものが流行ってるかのリサーチってこと、だよね?」
「イエス! プレゼントっていうのはいかに相手のことを思って選びいかに苦労を重ねて入手したかが問われるのは古来からのお約束です。ここで努力を惜しんではいけませんっ」
「まあ、共感できなくはない、かな」
「苦労したものが勝利するんです! ご安心ください必ず私が貴方を勝者に!!!」
「勝ち負けの問題でもないんだけど、何かいいもの載ってた?」
「まーなんとゆーかとりあえず流行りモンくれとけば間違いないんじゃないんですかー義理なら?」
「言ってることがすごく変わるね」
「本音と建前は大事ですよ?」
 否定はしないがどこかあざとく感じられるのは遠夜の気のせいではないようだ。とりあえずカミサマが見ていた雑誌をぺらぺらとめくってみる。
「ああ、ここ近いよね」
 手を止めたのは、カラーの特集ページ。
 どうやら最近オープンしたばかりのその店は、テレビや雑誌で引っ張りだこのパティシエがオーナーらしい。開いた雑誌の中でその店が遠夜の目に留まったのは、確かに掲載されたスイーツがどれも可愛らしくデコレーションされ、雑誌の中でひときわ輝いて見えたのもあるが、一番の理由は純粋に今いる場所から近かった、というものだった。
 カミサマはやはりやさぐれた言動をしてはいたものの、女の子だけあって興味は尽きないらしい。キラキラと目を輝かせて雑誌に見入っている。
 目的はホワイトデーに渡すお礼の購入だ。
 だがこれほど期待に満ちた眼差しを向けられてしまったら、それを裏切ることは遠夜には難しい。
「ここから近いし、行ってみようか?」
 地図を見返してみれば、現在位置から徒歩でも十分行ける距離であるようだ。
 遠夜はこくり、と頷くカミサマに向けて手を差し出す。するとカミサマは小さく首を傾げた。
「やっぱりさては私の美貌に目が眩んで……」
「いや、あの迷子になったら困るし──うん、それに逸れたらちょっと一人で辿り着ける自信もないし、たどりつけたとしても、こういうお店に一人で入るのって勇気いると思わない?」
「母性本能をくすぐって女共にアピールですね! 素晴らしいです!」
 別に遠夜は決して方向音痴などではない。
 だが無駄に高いカミサマのプライドに配慮して、彼女を傷つけないよう機嫌を損ねないようにと言葉を選んだ彼の発言は、結果的に裏目に出てしまったようだ。それも意外すぎる形で。
「うーん。聞き入れてもらえないと思うけどそこだけ言い訳したいなー……」
「いえ何も言わなくて大丈夫です全て分かってます! さあ行きましょうすぐ行きましょう」
 いや分かってない分かってない。
 カミサマは遠夜の右腕に半ばぶら下がるような形で、それでも先導して意気揚々と歩き出した。



「申し訳ありません──そちらの雑誌に掲載されたこともありまして、売り切れてしまいまして……」
 店員の言う通り、磨きこまれた指紋一つないガラスケースの中に商品の姿はない。
 カミサマはうー、と悔しげに唸りながらびたりとガラスケースにへばりついている。
 時間が時間だけに既に店内は閉店準備に入っているようだった。この時間では新たな商品が製作されるといったこともないだろう──元々女性に人気の店だ。ましてや時期が時期である。ホワイトデー用にと用意されたアイテムの類は午前中で売り切れてしまったのだという。
「なんかこー都合よく出てきたりしないんですかぁー?」
 遠夜は元々あまり感情といったものを表に出さない類の人間である。そしてカミサマはといえば、感情を表に出しすぎるタイプだ。
 じとりと店員を見上げるカミサマは、目的のものを買いそびれた遠夜以上に悔しげかつ未練がましい。だがそれを見て微笑ましく思える自分も確かに在る。
「店員さんをあまり困らせても悪いし、もう時間も時間だしそろそろ行こうか」
「でも、まだ買えてないですよ。こうなったら手段を選ばすもう座り込みとかでいっそ──……」
「いいんだよ。また明日だってあるし」
 ふと、遠夜の脳裏に思い出されるのは、昼間カミサマが言った言葉の中の一つ。


──プレゼントっていうのはいかに相手のことを思って選び──……。


 遠夜のものよりも小さな手を引いて歩き出す。気分は悪くない。
「諦めたらダメですよー。粘ればきっと何か出てきますから──」
「うん。でもその前にやらなきゃならないことがあるかなって気づいたから」
「やらなきゃならないこと、ですか?」
 ぽかんとこちらを見上げてくるカミサマの姿は本当に純真な子供そのものだ。
「昼間言ってたよね。プレゼントは相手のことを考えて選ばなきゃって──だから流行とかじゃなくて、ちゃんと考えてみようって思ったんだ。あ、でもカミサマに手伝ってもらったことは無駄なんかじゃなかったんだから誤解しないで欲しいんだ。カミサマの言葉から、僕はちょっといいことを勉強できた気がする。これは本当に、本当なんだよ」
 真剣な顔で遠夜の言葉を聞いていたカミサマの表情が、笑顔へと変わる。それは今まで見せていた勝気な笑みでも、何かを企むような笑みでもない──優しく、そして柔らかい、笑み。
 その表情を浮かべさせたのが紛れもなく自分であることを、遠夜は誇らしく思った。この選択が間違っていないことを彼はカミサマの表情から悟った。
「僕はカミサマほど上手くプレゼントやお返しは選べないかもしれないけれど、でもくれた人のことを考えて、選んでみようと思うんだ」
「大丈夫です」
 見上げる眼差しも、見返す眼差しも互いに優しく。
 ぽふり、と遠夜の頭にカミサマが手を置いた。背伸びしてよしよし、と頭を撫でられる感覚は照れくさくもある。
「大丈夫です。きっと喜んでくれますよ──未来のカミサマが言うんだから絶対です」
 根拠のない自信に満ちた言葉も、今ならば何故か信じられる気がする。
「うん。そうだね──」
 頭を撫でられたままで、遠夜はこくりと頷きながら答えた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0642 / 榊・遠夜 / 男 / 16 / 高校生/陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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 ご発注ありがとうございます。久我忍です。
 個別シナリオというものを一度くらい書いてみるかー、と気楽なノリで書き出してみたものの、いつもの倍くらい時間かかったというステキな落とし穴にハマりました。
 書いてみればこれはこれで楽しいので、懲りずにまたこういった個別になりそうなシナリオをちょろちょろと上げていく予定です。こそこそ活動しておりますが、また機会がありましたら是非よろしくお願いします。