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<ホワイトデー・恋人達の物語2007>


狙うはハート泥棒!





「あの……すみません。草間、武彦さんですか?」
「は?」
 時を遡ること数時間前、当人が興信所へとやってくる前の出来事。
 煙草を買いに出かけた草間が、見知らぬ一人の女性と出会った時から、すでに事は動き出していた。


「……武彦さん……!」
 そして、その二人のやりとりを、たまたま偶然見てしまった者。
 どうしたものかとわずかにためらうが、すぐに彼らに見つからないよう、その者はそそくさと踵を返した――。





<狙うはハート泥棒!>





「お兄さん、お兄さん!」
 世間は桜前線の到来を待つばかりといった陽気だ。客がいないことをいいことに、事務所のソファで午睡をしていた草間武彦は、嬉々とした草間零の声で目を覚ます。
「……あ? 何の用だ……ってうわっ!」
 寝ぼけた頭の直前に、どさりと何かが落とされる。身をすくめつつ見やってみれば、それは明らかに不審な見知らぬ男だった。
 黒尽くめの服装にサングラス。目深に被った帽子に大きなマスク。背負った大きな袋には『何か』がギッシリ詰まっていて、季節外れのサンタクロースかさもなければ泥棒か、といったところだ。
「興信所の前をずっとうろうろしてたんです、この人。不審者かと思って、確保しました!」
「あー……零。そろそろ一般常識を覚えような……」

 当の男は、一見か弱そうな女の子に軽々と担がれたことに相当驚いているのだろう、平然と会話を交わす草間と零の顔を呆然と見比べるばかりだ。
 が、ちらりと草間が視線を流して見せれば、びくりと身をすくめた後、ばね仕掛けのごとく勢いよく床に額を擦り付けてみせる。
「あ、土下座というやつですね、お兄さん!」
 零のはしゃぎ声がなんとも場違いだ。
「く、草間武彦さんでしょうか……! お、オレ、坂木泰平って言います! お願いがあって、オレ……!」
「おいおい、そんなことされても」
「こ、これを! これを見てもらえませんか!」
 再びがばと顔を上げた坂木が、背負っていた袋の中身を床にぶちまける。
 そうして出てきたのは、華やかなラッピングをされた小箱の数々だ。
 リボンが巻かれ、花が添えられたものもあって――よく見れば、ちらほら覗いている茶色い中身。漂いだすのは胃袋を刺激する甘い香り。
「……ん? これ、ひょっとして全部チョコレートか?」
「バレンタインの翌日、目が覚めたらこのチョコレートの山がオレの部屋にあったんです! 覚えなんてありません、誰からのものかも分からないし、何がなんだかオレにはさっぱり……。もうすぐホワイトデーでしょう? それまでにこれ、どうにかしたいんです! こんな大量のチョコレートのお返しなんて出来ませんよ!」

(それが本音か)
 上目遣いに草間を伺う坂木。大の男が今にも泣き出しそうな、悲壮な表情をしている。
 それに対してはご苦労さん、などと少々投げやりに思いつつ、草間は手近なひと箱を拾い上げてみる。
 よくある、いかにも女性が好みそうなラッピングだ。何の変哲もない箱だけどな……そう思った草間だったが、その箱に添えられたカードにふと眉をしかめる。
「ん? このチョコレート、もしかして……?」


  ★


「ちょ、ちょっと武彦さん!」
 チョコレートの山の中から、草間がとある一つの箱を手に取った時点で、シュライン・エマは堪えきれずに彼の肩を叩いた。
 興信所の台所から飛んできたせいで、白いフリル付のエプロンを着けたままの彼女に、振り返った草間は首を傾げる。
「あ? どうしたシュライン、そんなに慌てて」
「いいから。……ねぇ、ちょっとこっちに来て」
 事情を横に置いたまま、シュラインは彼の袖を引く。
 手に持ったままな青い包装のそれをテーブルに置こうとした草間を視線で制し、シュラインは草間とともに台所の隅へと移動した。
 そうしてゴミ箱の前で、シュラインは草間に向き直る。捨てたばかりの茶がらが、ゴミ箱の中で名残の湯気を立てていた。
「ねえ、武彦さん。……その箱に、見覚えないかしら?」
「箱って……このチョコレートのことか?」
 両の手にすっぽりと収まりそうな、小ぶりの箱。それを一瞥、「俺には関係ないな」とでも言おうとしたのだろう草間を、シュラインは言葉無く強くにらんだ。
 サングラスの向こうで、草間は怯んだ色を目に浮かべる。
 彼女の勢いに押されたか、草間はその箱を浮かせて底を見やったり、巻かれたリボンを軽くひっぱったり、しげしげとひとしきり検分した後――やはり首をひねりつつ、彼は「さぁ」とばかりに肩をすくめた。
「俺にはさっぱり覚えなんてないな。お前にはあるのか?」
「あるも何も……」

 そこで言葉を失うシュラインに、草間は不思議そうだ。
 彼の視線に興味本位なものはにじんでいても、からかいの調子は見られない。嘘はついていないようだ、とシュラインは見当をつける。
 ――だったらなおのこと、たちが悪いんだけど。


 シュラインに覚えがあるのは当然だ。
 ブルーの包装紙、ベロア生地の茶色いリボン――草間が今手に持つそれは間違いなく、シュラインが草間のために選んで、用意したものだったから。
(武彦さんのために用意したチョコレートを、なぜ依頼人が持っているのかしら?)

 そもそも、今年のバレンタインデー、自分はチョコレートを誰へと贈った?
 自分はまさか、赤の他人のためにチョコレートを用意したのだろうか。
 ――なぜか思い出せない。
(でも。……でも私、武彦さん以外にチョコ贈るわけがないわ)


「それから……ねえ武彦さん」
「あ? ……あ、悪い。カップのソーサーを灰皿にしたのは、ついうっかりってやつで。次は気をつけるからさ」
「そうじゃなくて。……いえ、それは本当にやめて欲しいことだけど。でも私が言いたいのはそうじゃなくて」
「ああ、じゃあ何だ?」
 あからさまにホッとする彼に小憎らしさを覚えながらも、シュラインは再び言葉に詰まる。
 ――たった一言。「さっき、角の道のところで会っていたあの女性は誰?」と聞きたいだけなのに。

(これって、嫉妬なのかしら……ね)





 なにやらこそこそと隅で話し込む二人をよそに、ソファには残された面子が会話を再開していた。
「目が覚めたらチョコの山があったと言われても、素直に信じられないんだけど……」
 坂木の横に位置するソファで話を聞いてた羽角悠宇は、なあ、どう思う? と同じく傍らで話を聞いていた初瀬日和に話を振ってみる。
「やっぱこれって、何かの『力』が働いてるとかなのか?」
「うーん……そうすぐに判断してしまうのは早いと思うの。何かもっと……人為的な原因を考えてみたらどうかしら」
 床に座り込んでいたままだった坂木が、二人の会話に顔を上げた。台所へ消えた草間とそして彼らとの間を、見比べるように視線を往復させている。
「まあ坂木さん。とりあえずソファに座りなよ。俺たちが何とかしてやるって。……って安請け合いするのも、まだ早いか?」
 悠宇の最後の問いかけは、横に座る日和に向けてのものだ。目が合った日和は苦笑し、「早いかも、悠宇くん」と応じる。
「でも、助けてあげよ、ね? 私たちに出来る範囲で」
「……だよな」
 視線を絡ませた二人は共に表情を緩ませ、そして笑いあう。
 まるでチョコレートが空気に溶けたような、甘いタイミング。


 と、そんな二人を見ていた坂木が、力をなくしたようにまたうなだれた。
「うらやましいッスね……お二人とも」
「え?」





 再び卓を囲んだ一同は坂木に事の説明を求め、事件解決への糸口を探ろうと試みる。
 ――幾分冷静を取り戻した坂木が、幾分冷静に説明を試みた結果はこうだ。
 自分は6畳一間のボロアパートに下宿している貧乏学生である。これまでにモテたためしはないし、現に先のバレンタインデーもチョコレートは一つも貰えず、がっかりしながら眠りについた。
 しかし、朝起きてみたら枕元にチョコレートが山積みになっていた。心当たりは全くないし、まさかとは思うが自分がやったのかと思うと怖くてたまらない。
 ひょっとしたらホワイトデーは自分がお返しを用意しないといけないんだろうか。
 だが、何しろ学生の身分だからこんなに大量のお返しは用意できない、どうしたらよいものか。それにしたってこんなチョコレートの山は生まれて初めて見た、チョコをもらえる奴が羨ましくてたまらない……。


「ちょ、ちょっと待てストップ」
 次第にじめじめと湿気を帯びていく坂木の打ち明け話に、ついには草間が口を挟んだ。
「お前がモテないのは分かったから。な? 後でシュラインにでも恋愛指南でもしてもらえ。それよりも、今は事件解決が先だ先」
「草間さん、自分の境遇と似てるから、身につまされて聞いてられないんだろー?」
 悠宇の皮肉も、草間はすまし顔だ。
「言っておくがな、俺が若い頃はなぁ悠宇、今のお前よりもっともっとモテたんだぞ?」
「あら、その話じっくり聞かせて欲しいわね。武彦さん」
 すまし顔でお茶をすするシュラインの言葉に、草間はうっと詰まる。
「なんだよ草間さん、シュラインさんの前じゃ披露出来ねーの? んー?」
「もう悠宇くん。お話を戻しましょう、ね? あんまり困らせちゃだめよ」
「……へっ、悠宇お前、怒られてやんの」
「ってなんだよ草間さん。妬くなよなー?」
「あーもうはいはい、二人とも低次元な言い争いしないの! 武彦さんもホラ、もういい大人なんだから! それから悠宇君も! 武彦さんをからかわないであげて。この人、純なんだから」
「ぶっ! ……しゅ、シュラインお前、いきなりなにを」
「草間さん、お茶! お茶こぼしてます!」


 ――脱線しつつも、一同は問題提起をしあう。
 坂木が、バレンタインに関し願ったなんらかの想いが、ひょっとして具体化したのではないか? とはシュラインの提案だ。
 だが坂木は、自分の中に『力』を感じたことはないし、またここ最近で霊や怪奇現象と言った妙な具象にも、心当たりはないという。文字通り、平凡な生活を送っている学生のようだ。
「こうなってくると、坂木さん家の周辺の聞き込みとかもしないとダメかな?」
 悠宇は、うーん、と天井を見上げ、腕を組む。
 そんな彼を、横の日和がちらりと不安そうに見やった。
「オレの家の周り、ですか?」
 坂木もまた、日和の視線を追うように、悠宇を不安げに見る。
「うん。……はっきり言っちゃうけどさ。当日の夜とか、戸締りとかちゃんとしてたんだろ? だとすると、坂木さん自身を疑わなきゃいけなくなってくるんだよ」
「……だ、だって、でもオレ」
「悠宇くん待って、ちゃんと説明してあげて」
 日和は悠宇の言葉を遮る。悠宇は天井を見上げたまま、ぽつり「日和に任せる」と言った。
 草間がくわえ煙草のまま口の奥で小さく呟く。「甘えんな」とただ一言。

「坂木さん」
 日和が坂木を振り向き、目を合わせて言葉を接いでいく。
「この世の中には、科学的には説明しきれない不思議な現象が起きたりします。そしてその事象の大半は、誰かの『想い』が引き起こすものです。本人が意識するしないに関わらず」
「あ、あの! ……オレ、幽霊とか、そういうのはちょっと……」
「いいえ、えっと、そういうことだけではなくて」
「別に、私たちはあなたを脅かしたいわけじゃないから、安心なさい」
 シュラインが日和の言葉を補う。
「ただ、人知を超えた不可思議な力の作用が、時々は起こりえるの。私たちがしてるのはそういう話よ」
「……あの、坂木さんには特別な方はいらっしゃいませんか? 坂木さんと親しいけれど、でもチョコを下さったりはしなかった女性の方、とか」
「オレの女友達、ッスか?」
「誰かが、あるいは人ならぬ何かが、その方のお手伝いしたって事かもしれませんし」

 心当たりを問われ、坂木もまた天井を向いた。薄ら寒そうな表情をしているせいか、まるで天井に救いを求めているかのようにも見える。
「……オレ、その。自分で言うのもなんですけど」
 やがて再び口を開くが、彼の口ぶりは苦さに満ちていた。
「ホントにモテないんすよ……」
「みたいだな」
 しみじみと言った草間の口調までもがまたほろ苦い。
「だから、その。そういう『力』を使ってまで、オレに関わろうとしてくれるやつなんて、全然心当たりなくって」
「全く。……なんだよ今日は!」
「武彦さん」
「こんなチョコレートを目の前に積み上げて、んで話し合うのは俺の嫌いな怪奇現象かよ。俺は真っ平なんだがな!」

 こらえきれなくなったのか、草間はぺっと短くなった煙草を吐き捨てた草間が、手近なチョコレートの箱一つを取り上げる。
 シュラインの制止の声も聞かず、「いいだろ、手がかりを見つけるためなんだから」と草間はばりばりとその箱の包装紙を破っていき、そして蓋を開けて――



 途端、箱の中からもくもくと立ち上がりだした白い煙。
 その煙は草間と坂木を飲み込み、そして部屋一面に広がって皆の視界を奪う。
「く、草間さん! ちょっとおい、一気に爺さんになっちまうのか?!」
 浦島太郎を彷彿とさせる煙は、だがしかし熱も匂いもなく、現れた時と同じようにかき消えていく。

 煙の中から現れたのは、(大方の予想を裏切り)今現在の姿と寸分違わぬ草間と、――そして。
「……こんにちは」
 腰までの長い黒髪。二重の濡れた瞳、細くて小柄な体つき。
 年の頃は日和と同じくらいだろうか。可憐な少女が、一同の視線の中央に立っていた。
「かわいい……!」
 さっそく熱に浮かされたような呟きをもらしたのは坂木だ。
 その横の悠宇などは「うーん、かわいいけど、でもやっぱ日和が一番だな」などと、誰も聞いていないのろけをもらす。

 そして、シュラインは無言のまま、努めて平静を装うと内心で必死になっていた。
 ――彼女こそ、さっき草間と往来で顔を合わせていた少女だ。


「君は? 名前とか、何かお前のこと話せ」
 座を代表して、草間が口を開く。それは思わず坂木が非難の目を草間に向けてしまうほどそっけないもので、一同は――シュラインも含め、みな意外に思う。
 曰く、女の子に対して、もっと物の言い様があるだろう、と。
「名前は……今は、ありません」
「声もかっわいい!」
「坂木さん、ちょっと黙ってて」 
 シュラインにぴしりと言われ、坂木は口をつぐむ。
「今はってのは? 昔はあったってことか」
「多分、です。……忘れてしまったんです」
「忘れた? 名前をか」
 少女はかすかに眉をひそめ、どこか痛みをこらえているような表情でひとつうなずいた。
「それが、私の『能力』なんです」


 ――少女は語る。
 彼女はいわゆる人ならぬ存在であって、既に「生きている」とは言えない状態であること。
 実体は持っているものの、「幽霊」というのが一番近いかもしれない、ということ。
 そして、彼女に関わったすべてのものはみな、彼女に関することを「忘れてしまう」こと。 

「私は、他人の記憶を操作することが出来るんです。ただ、あまり大層な記憶は変えられませんし、それに」
「あなたに関われば、そのうちあなたに関わるすべての事象を、誰もが忘れてしまう、ってことかしら」
「……そうです」
「本当か? お前、適当なこと言ってるんじゃないだろうな」
「武彦さん。現に武彦さんも、彼女のこと覚えてないじゃない」
 シュラインに水を向けられ、草間は目を見張った。
「え? 俺が? じゃあ俺は、こいつと会ったことがあるとでも?」
「ついさっき。そこの道端で、ね。……武彦さん、鼻の下伸ばしながら彼女とおしゃべりしてたわよ」
「草間さーん、浮気はいけねえと思うぜ?」
「おい、黙れって悠宇!」
「シュラインさん。お二人のこと、見ていらしたんですか?」
 日和の問いに、シュラインは肩をすくめる。
「たまたま、通りすがりにね。……でも、私も今こうしてあなたと」
 シュラインは黒髪の少女に視線を向ける。
「関わっちゃったから、もう忘れちゃうんでしょうね。このこと」
 シュラインの言葉に、彼女はひとつ、頷いた。


「それで。……誰彼にも忘れられてしまう私ですけど、あなたには覚えていて欲しくて」
 坂木さん、と恥じらいながら、少女は名前を呼ぶ。
「あなたには私のことを、知って欲しくて。それで」
 ちら、と少女は視線を傍らへ向けた。一同がその視線を追えば、そこには――チョコレートの山。
「君だったの?! あれ全部?!」
「い、いえ! もちろん、全部ではありません。……私のは、一つだけです。でも……その、あなたに渡しに行く途中で、なんだかとても恥ずかしくなってしまって、それで」
「……他人のチョコレートもかき集めて、そして自分のをその中に埋もれさせたってことか?」
 ご、ごめんなさい! と少女は顔を真っ赤にしてうなだれる。
 また、傍らの坂木も彼女に見とれて顔が真っ赤だ。
 お似合いだ、とつぶやいたのは、さて誰が一番早かっただろうか。



「本当にすみませんでした。……あの。もし可能ならば、このチョコレートを元の持ち主に返してあげてもらえませんか? 取ってくるのは私にも出来たんですが、その……もう私にも、どれがどなたのか分からなくなってしまって。なにしろその、持ち主の方も、ご自分のチョコレートのことを忘れてしまっていますから」
 助けてください、と少女に殊勝に頭を下げられ、一同は顔を見合わせる。
「まぁ、それは別にかまわないんだけどさ」
「でも、あなたはそれでいいの?」
 悠宇と日和の問いに、少女は笑う。
「いいんです。私は実体がないからすぐ消えちゃうし、それに……これはみなさんに迷惑をおかけした、きっと罰なんです」
「せっかく会えたのに! オレ……君の事、忘れたくないよ」
 坂木のつぶやきに、少女は笑った。
 明かりをまぶしがるような、それでいて泣きそうな笑顔だった。
「私はずっとあなたの傍にいますから。あなたに何回忘れられても、ずっとずっと、あなたの傍に」


 ―― 一つだけチョコレートが残ったならば、それは私があなたのために。
 笑顔のままつぶやいた彼女の言葉もまた、やがて一同の記憶から消えていくのだろう。







 おかしな事件だった。

 ある日突然、興信所に飛び込んできた青年の頼みに従い、草間をはじめとした興信所の面々は、山ほどのチョコレートをホワイトデーまでに元の持ち主へと戻す作業に数日追われていた。
 そして、いざ終了してみれば、「そういえば結局、事件の原因って何だったっけ?」なんて誰もが首をひねっているし、それに―― 一つだけ、どうしても残ったチョコレートの持ち主は見つからなかったのだった。
「じゃあこれ、オレがもらってもいいっすかね」
 オレ、バレンタインにチョコレートもらったことないんですよ、と依頼人の坂木はうれしそうにチョコレートを持ち帰っていったが、きっとそれが一番いい解決方法だったのだろう。
 そのことに誰からも異論は出なかった。


「……おかしな事件だったのだろう、っと。はい終了」
 事件簿をまとめていたシュラインは、最後の語句を書き終わり、うーんと伸びをした。
 傍らの時計を振り返ってみれば、もうとっくに休憩時間だ。
「あら、もうこんな時間。武彦さん、今お茶入れるわね」
「おー」
 日々忙しくしているシュラインに比べ、今日ものんべんだらりとソファに横になっている草間。
 それでも、シュラインが淹れた茶を旨そうにすすり、「あー今日は働いたなぁ」などとうそぶいている。
「お疲れ様、武彦さん。それにしても、今回の事件は大変だったわね」
「こまごまと雑事が重なった割には、大した報酬にならなかったしなぁ、全く」
 と、草間がふいに窓の外に視線を向けた。なんとなくシュラインもその視線を追ってみるが、窓の外には平穏な街の午後の風景が広がるばかり。
「ところで……あー、シュライン」
 振り向かないまま、草間が口を開く。
「このチョコレートなんだ、が」
 草間がポケットから取り出したのは、――青い包装をされた、小さなチョコレートの箱。
「これってお前が作ったものか? ……だよな? お前まさか、これを俺以外の奴にやったんじゃないだろうな」
 依然こちらを見ないままの草間に、シュラインは苦笑する。
「……ひょっとして、ずっと機嫌が悪かったのってそのせい?」
「別に。俺はこれが普通だ」
「はいはい。……当たり前でしょう? それはちゃんと武彦さんのために、私が手作りしたものよ」


 ああ、そうか、などと気のない返事をした草間だったが、しかしサングラスの下でうれしそうに目を細めるのを、彼の横顔をじっと見つめていたシュラインはちゃんと気づいていた――。









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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3525/羽角悠宇/はすみ・ゆう/男/16歳/高校生】
【3524/初瀬日和/はつせ・ひより/女/16歳/高校生】
【0086/シュライン・エマ/しゅらいん・えま/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

(受注順)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、つなみりょうです。このたびはご発注いただき、誠にありがとうございました。
お届けが大変遅くになりまして、申し訳ありません。

さて、ホワイトデーということで、少々恋愛が絡んだお話をご用意させていただきましたがいかがでしたでしょうか? ご期待に沿えたものをお届け出来てればいいなと思います。
また、普段は「全員分のテキストを読まないと全容が分からない」造りにしていたのですが、今回はあえて一部のみの変更にとどめ、皆様ほぼ同じテキストに統一させていただきました。この方が読みやすいかもしれないですね。今後も適宜、状況によって変えて行こうかなと思っています。


●シュラインさん、いつもありがとうございます!
ホワイトデーということで、恋愛色をやや高めにしてみたのですがいかがでしたでしょうか?
草間さんの袖を引くシュラインさん、という図がちょっといいなと思いまして(笑)その場面を書いているときは特に力が入った気がします。楽しんでいただけてたら嬉しいです〜


今後も神出鬼没な活動になるとは思いますが、みかけた際にはまたご参加いただけると嬉しいです。お待ちしています!
ではでは、つなみりょうでした。