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<ホワイトデー・恋人達の物語2007>


想いを銀の舟に乗せ

 『銀粘土でペンダントやストラップを作ってみませんか?』
 そんな文句が書かれた紙を見たのは、三月に入り街中がホワイトデー商戦一色になってきた頃だった。その紙には他にもこんな言葉が書かれている。

 世界でたった一つの、手作りの物をお返しやプレゼントに。
 粘土感覚で簡単に制作出来ます。

 それも悪くはないかも知れない。自分が作った物をプレゼントする…それは、男女変わらず素敵な事だ。
 チョコレートをもらった人は、お返しに。
 もらっていない人でも、これをきっかけに一歩踏み出すために。
 女の子なら…自分が身につけたり、一ヶ月遅れたバレンタインのプレゼントに。
 少し頑張ってみようか。不器用な物が出来てしまうかも知れないけれど、それでも自分の想いを少しでも伝えたいから……。


「面白そうですねー。私、一度銀粘土ってやってみたかったんです」
 黒 冥月(へい・みんゆぇ)が買い物帰りにその紙を眺めていると、隣で同じようにそれを見上げていた立花 香里亜(たちばな・かりあ)が嬉しそうに目を輝かせていた。元々料理や手芸などが好きと聞いていたが、きっと手作りするのが楽しくて仕方ないのだろう。
 その様子にふっと微笑み、冥月は香里亜を見る。
「一緒に参加してみるか?」
 特に贈ったりもらったりする予定もないが、香里亜にはバレンタインに手編みのマフラーとセーターをもらったので、そのお返しに丁度いいかも知れない。マフラーをするには少し暖かくなってしまったが、セーターは薄手なので外に出る時の上着代わりに今日も身につけている。
 銀粘土……というのがどんなものかよく分からないが、一緒に話をしたりしながら何かを作るのは面白そうだ。
「一緒に作ってくれるんですか?」
「嫌なら別にいいが」
 冥月が少し意地悪を言うと、香里亜は買い物袋を下げたままにこっと笑いこう切り返す。
「嫌なんて言ってませんよ。それに冥月さんがそう言った時は、お付き合いしてくれるって知ってますから。じゃあ、ちゃんとメモして二人分連絡しますね」
 知り合って一年ぐらいになると、流石に予測されるか。
 嬉しそうに携帯電話の機能を使いメモをしている香里亜から、買い物袋をそっと取り、冥月は春風に目を細めていた。

 その当日。
 蒼月亭からさほど遠くない文化センターの一室に入ると、そこで準備をしていたのは意外な人物だった。
「あれ?太蘭さんも作りに来てるんですか?」
 何故か冥月と香里亜の知り合いである刀剣鍛冶師の太蘭(たいらん)が、電気炉などをセットしている。二人に気付いた太蘭は、ふっと微笑みながら何事もないようにこう言った。
「こんにちは。今日のインストラクターの太蘭です、どうぞよろしく」
「は?」
「固定の教室は持ってないが、インストラクターの資格はちゃんとある」
 どうやら二人が今日の一番乗りだったらしく、机につきながら香里亜が感心したようにこう呟く。
「……何でもやってらっしゃるんですね」
 全くその通りだ。
 刀剣鍛冶だけでなく彫金などもやっていることは冥月も知っていたのだが、まさかこんな資格まで持っているとは思っていなかった。まあ太蘭が講師というのなら、色々親切に教えてくれるだろう。
「じゃあ、何を作るかだけ聞いておこう。それによって貸し出す物も違うからな」
 渡された紙と見本を見て、何を作ろうか香里亜は考え始める。
「うーん、どれも可愛いなー。冥月さんは何作るかもう考えてます?」
 何を作るかはすぐに決まった。
 プレートのペンダントとストラップ。シンプルだが、普段使いに丁度いいだろう。迷わずにそれを指さし、冥月はまだ迷っている香里亜を見て笑う。
「マフラーのお返しに作ってやろう。どんな形がいい?色はピンクかな」
 すると香里亜はちょっと目を丸くして驚き、嬉しそうに笑って喜んだ。
「いいんですか?嬉しい…でも形は考えてなかったので、冥月さんにお任せします」
 だったらハート型にしようか。そう思っていると、不意に香里亜が何かを思い出したように冥月の顔を見る。
「あ、でも彼氏さんにはお返ししなくていいんですか?」
 そうだった。香里亜は、冥月の想い人が既にこの世にいないことを知らない。太蘭は二人の会話にちらっと顔を向けただけだが、ここでその話をして空気が重くなるのも困る。
 ふいっと顔を逸らし、ぼそっと一言。
「秘密だ」
 こういうのは軽く流すに限る。香里亜は何か言いたげだったが、太蘭に「決まったか?」と聞かれ、慌ててミントの葉のペンダントを指さした。
「これにします。でもこれって、こっちの型抜きのストラップみたいに、黒くいぶすことは出来ないんですか?」
「いや、銀だから別にいぶしても大丈夫だ。葉脈の部分が黒くなるから、それも雰囲気が出る」
「じゃあそうします。よーし、頑張ろっと」
 作るものによって手順が書かれた紙と、貸される道具が違っていた。冥月には銀粘土と型を移すための厚紙、それに厚さを均一にするためのゲージにローラー、そして…。
「キッチンペーパー?」
「ローラーに粘土がつかないように、これを上に乗せてから平らにするんだ。ガラスを入れる時は、一度土台を焼成するから時間はかかるが、出来上がりは綺麗だぞ」
 作り方は至ってシンプルだ。厚紙に好きな形を書いてからそれをカッターなどで抜き、一度伸ばした粘土に型を乗せ模様を作り、それをドライヤーで乾燥させた後に焼成…その後、一度磨いてからガラスを乗せ再度焼成。冥月は元々手先が器用なので、初めてでもこれぐらいなら気軽に出来る。初心者用に簡単なのを選んでいるのであろうが、粘土さえあれば時間内に何個か作れそうだ。
「どうだ、香里亜。そっちの方は」
 香里亜の選んだ「ミントのペンダント」も作り方は簡単そうだった。ペーストタイプの銀粘土を、自分が選んだ葉っぱの裏(表だと葉脈が綺麗に出ないらしい)に塗り、一度ドライヤーで乾燥させてもう一度塗りを繰り返し、1ミリ程の厚さまで盛り上げる…というものだ。ビーズは焼成して磨いた後にぶら下げるようにつける。
「茎の部分は焼成すると折れるから、そこは塗らなくていい。プレートの方は乾く前にストローで穴を開けるが、ミントは焼成してからだな」
「これって、葉っぱも一緒に焼くんですか?」
 その質問に太蘭が頷く。
「ああ、焼成したら葉は燃え尽きるから。秋ならイチョウで作ったりしてもいいかも知れない」
「なるほどー葉っぱを剥がして焼くんじゃなくて、一緒に焼いちゃうんですね」
 何だかこうやって物を作るのは楽しい。この一日教室は少人数で何度かやるようで、今日は冥月達を入れても十人ぐらいだ。学生のカップルや、初老の男性、若い女性など色々な人たちが、一生懸命真剣な表情でプレゼントする物を作っている。
「楽しそうだな、香里亜」
「はい。何かもっと色々作ってみたいです。これって名前とかも彫れますか?」
「焼成する前に目打ちなんかで削ると文字を彫ることも出来る。ただ、力を入れすぎると割れるから慎重にな」
 楽しそうにミントの裏にペーストを塗っている香里亜に、冥月はふとこんなことを思っていた。
 香里亜は、いったい誰にあげるためにこれを作っているのだろう?
 雇い主であるナイトホークか、それとも北海道に住む父親か。だが二人ともミントのペンダントをつけるようには思えない。
「それは誰にプレゼントするんだ?」
「ふふ、秘密です」
 ミントのペンダントは何度か乾燥を繰り返すので時間がかかるようだが、プレートを作り乾燥に入ってしまった冥月は、焼成が終わるまで手持ちぶさたになってしまう。形を作るのに時間がかかると、粘土が乾燥してきてひび割れたりという苦労をしている者達もいるようだが、元々器用な冥月はそんな事もない。
「………」
 ……彼の墓前にかけてあげようか。
 ここのまま無為に時間を過ごしているよりは、その方が良いだろう。教室を周り、手直しをしたりアドバイスをしている太蘭を呼び止め、冥月はそっとこう言った。
「すまない。もう一つプレートのペンダントを作りたいんだがいいか?あと……」
 太蘭は何か気付いたようだが、少しだけ笑って頷く。
「粘土代を払えば、何個でも」
 なら良かった。
 ほっと息をついた冥月は、厚紙の隅にシャープペンシルで型を書き始める。ガラスは自分と分かるように黒、型は彼が使っていた日本刀。
 粘土を伸ばすためのローラーを持つと、乾燥させるために金網にミントの葉を乗せた香里亜が戻ってきて、いそいそと隣に座る。
「あと一回ぐらい塗ったら焼けるかなー」
 それを見て、冥月はローラーを持ったまま、香里亜にこんな事を口走った。
「香里亜、どうしても相手を殴る必要がある時は固い物を握れ。威力が増す」
 きょとん。
 一瞬目を丸くした香里亜は、それを聞きクスクスと笑う。
「冥月さん、老師の時の顔になってます」
 しまった。
 つい、いつもの癖で護身術を教えてしまった。冥月は自分に呆れるように、少し溜息をつく。
「…すまん、つい。無粋だな」
 どうしても……死んだ彼のことを想うと、いざという時のことを思ってしまう。少なくとも、彼が死んでしまったときのように後悔したくない。何とかして守りたいと思ってしまう。
 香里亜は笑った後、またペーストのついた筆を持ちペタペタと塗り始めた。
「でも、ちゃんと覚えておきますね。日々勉強ですから」
「ああ、そうだな」
 願わくば、そんな時が来ないことが一番なのだが……。

 焼成した後、プレートを作っていた冥月はやることがたくさんだった。
 ステンレスブラシで焼き上がった物を磨き、その後でへこんだ部分に薄くガラスの粉を盛りもう一度焼成……その後もガラスを急に冷やしてひび割れないように、しばらくガラス繊維で出来たブランケットをかけ、ゆっくりと冷やした後、もう一度ステンレスブラシで磨く。
「ガラスの粉を盛りすぎると流れるから、気持ち少なめにな」
 香里亜の方は焼き上がった後にピンバイスで金具を通す穴を開け、ステンレスブラシで磨いた後、次は重曹で洗い、その後いぶし溶液につける……という行程のようで、一生懸命ブラシを動かしている。
「こんな感じでいいんですか?」
「いや、焼き上がった後は力一杯磨いても大丈夫だから、遠慮しないで思い切りやった方がいい」
「力一杯…頑張りますー」
 その声に皆の笑い声が響く。
 和気藹々とお互いの作品を見たり、持ち寄ったお菓子を食べたりしながら楽しい時間は過ぎていった。初老の男性はイニシャルをかたどったペンダントを磨きながら、こんな事を言う。
「家内にプレゼントしようと思ってるんですが、こんな不器用な物を渡したら、何を言われるやら」
「いや、喜ぶに決まっているだろう」
 冥月の言葉に皆が頷く。
 喜ばないわけがない。それがたとえ何度目のプレゼントでも、相手を想って作った物ならそれだけで良いものだ。不器用でも、少しいびつでも、そんな想いの形でいい。
「私が奥さんだったら、嬉しいですよ。羨ましいです」
「また機会があれば、今度は一緒に作るといいかも知れませんね」
 太蘭の言葉に、男性は照れくさそうに俯いた。

「これはマフラーとセーターのお返しだ」
 出来上がったストラップを渡しペンダントを香里亜の首にかけてやると、香里亜は嬉しそうに笑った後で、出来上がったミントのペンダントを持ちこう言った。
「はい、冥月さん。いつも同じペンダントをしてるから、もしかしたら使わないかも知れませんけど、これ私からです」
 いぶし銀に黒いガラスビーズ。その裏には冥月の名前が彫ってある。
 普段しているのは彼の写真が入ったロケットペンダントなのだが、いぶしたり黒のビーズを使ったのは、いつも黒しか着ない冥月に気を使ったのかも知れない。それに微笑みながら、冥月は香里亜に屈んでみせる。
「じゃあつけてくれないか?」
「はい。たまにでいいからつけて下さいね。あ、鏡持ってますから、似合ってるかどうか見てみなきゃ」
 じゃあ次に出かけるときは、ロケットと一緒につけていこうか。
 そんな事を思いながら、冥月は自分の首元に揺れるミントの葉を見て笑って見せた。

 実は……。
 冥月が作ったのはこれだけではなかった。
 彼の墓に供えるためのペンダントの他に、バレンタインのお返しにと、若菜(わかな)にはミントの葉を使い若草色のビーズをつけたペンダントを。そして葵(あおい)には鍵の形の型を使い、燻したペンダント(差し丸カンをペーストで付ければペンダントに出来ると教えてもらった)を作ったのだ。
 プレートのペンダントをもう一つ作りたいと言ったときにそれも伝え、影内でそっと作り後日別に焼いてもらった。一緒に焼けば香里亜が誰に渡すか気にするだろうし、元々太蘭とはよく知った仲なので、断られるようなこともない。
 焼成して白っぽくなった二つのペンダントトップを、冥月がステンレスブラシでガリガリ磨いていると、それを見た太蘭がお茶を飲みながらふっと笑う。
「冥月殿は、色々渡す相手がいて大変だな」
「……まあな」
 まあ、せっかくそれぞれ心を込めてくれたものだし、これぐらいしても罰は当たらないだろう。それに全員のお返しはこれだけではなく、高級中華のディナーにも誘う気でいる。これはその時に渡せばいい。
「仲良きことは美しいことかな…というところか」
 何か含んだように笑う太蘭に、冥月は一度困ったような顔をした後、また銀を磨く作業に没頭し始めた。

 この想い…感謝する気持ちや、今でも愛しているという気持ちが、少しでも届いていくように。

fin

ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
個別で香里亜と一緒に…と言うことでしたので、仲良くペンダントなどを作っていただきました。今でも想っている人や、感謝の気持ちなどを込めてますが、後日談ではこのペンダントを巡っての話も少し出る予定です。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
イベントご参加ありがとうございました。またよろしくお願いいたします。