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<ホワイトデー・恋人達の物語2007>


想いを銀の舟に乗せ

 『銀粘土でペンダントやストラップを作ってみませんか?』
 そんな文句が書かれた紙を見たのは、三月に入り街中がホワイトデー商戦一色になってきた頃だった。その紙には他にもこんな言葉が書かれている。

 世界でたった一つの、手作りの物をお返しやプレゼントに。
 粘土感覚で簡単に制作出来ます。

 それも悪くはないかも知れない。自分が作った物をプレゼントする…それは、男女変わらず素敵な事だ。
 チョコレートをもらった人は、お返しに。
 もらっていない人でも、これをきっかけに一歩踏み出すために。
 女の子なら…自分が身につけたり、一ヶ月遅れたバレンタインのプレゼントに。
 少し頑張ってみようか。不器用な物が出来てしまうかも知れないけれど、それでも自分の想いを少しでも伝えたいから……。


「あら、面白そう。武彦さんに作ってみようかしら」
 シュライン・エマがその張り紙を見たのは、草間興信所の用事で郵便物を出すために外に出た時だった。元々こういう物に興味はあったのだが、教室に行くというのは時間などの問題があるし、なかなか続けて通いにくい。でもこんな一日教室なら結構楽しいし、気軽に参加できる。
「夜にもやってるのね。じゃあ仕事帰りに寄って、内緒で作っちゃおうっと」
 忘れないようにメモを取り、シュラインは足取りも軽く興信所に戻っていく。自分の作った物を身につけてもらえるなら、そんな素敵なことはない。
 シュラインがその場を立ち去って、十分ほど経った後だった。
「………」
 同じ場所に立ち止まったデュナス・ベルファーが、興味深そうにその張り紙に目を留める。所用でここまで出てきたのだが、何となくその張り紙に目が行ってしまったのだ。
「銀細工が簡単に作れるなんて凄いですね。プレゼント…ペンダントくらいならあまり重すぎない感じで良いでしょうか…」
 渡したい相手はいるのだが、あまり大きな物だともらった側も困ってしまうだろう。いつも、小さめのアクセサリーを着けていたりするし、ペンダントぐらいなら普段使いに出来るかも知れない。
 問題は、普段使いに出来る物を自分が作れるかどうかなのだが。
「………」
 考えても仕方ない。どうしても先のことを考えてしまうのは、自分の悪い癖だ。デュナスは軽く首を横に振り、連絡先をメモに書き留めた。
「でも、お返しって卒業シーズンだからでしょうか?」
 実はホワイトデー自体日本独自の文化なので、デュナスはその趣旨をよく分かっていない。まあ、それでもプレゼントしたいという気持ちがあれば、それでいいだろう。
 想う気持ちは人それぞれなのだから……。

 その当日。
「あら、こんな所で会うなんて奇遇ね。もしかしてホワイトデーのお返し?」
「シュラインさん、こんばんは。本当に奇遇ですね」
 張り紙が貼ってあった場所の近くにある文化センターの一室で、顔を合わせたシュラインとデュナスはお互い驚きながら笑った。そうやって挨拶をしていると、その後ろからこれまた見慣れた顔が入ってくる。
「おや、よく知った顔がいるな」
「太蘭(たいらん)さん?」
 共通の知り合いで、デュナスが離れに居候させてもらっている刀剣鍛冶師の太蘭が、両手で箱を持ちながら入ってくる。それを見たシュラインは、くすっと笑いながらこう言った。
「もしかして、太蘭さんも何か作りに来たのかしら?」
「いや、俺は講師だ。固定の教室は持ってないが、インストラクターの資格はちゃんとあるぞ」
 何というか……いろいろやっている人だ。
 だが太蘭が教えてくれるというのなら安心だろう。二人は開いている席に座り、渡された紙を見て何を作ろうか考え始める。
「私はこの『プレートの携帯ストラップ』にしたいんだけど、中に入れるガラスを赤には出来るのかしら?」
 銀は赤いガラスと反応して黒ずんでしまったような気がする。シュラインがそれを問うと、太蘭は問題ないと言うように頷いた。
「銀七宝用のガラスを使うから、大丈夫だ。他に希望があれば、作りたい物に近づけるように出来るが」
 それなら、自分が作りたい物がちゃんと作れそうだ。イメージしている物を頭に浮かべながら、シュラインはささっとメモを取り、どんどん質問をし始める。
「ガラスを混ぜたり出来るなら、銃把や銃口、輪郭付近とか…やや濃くというか、渋い光沢というか黒っぽくしたいんだけど……」
 シュラインが作るモチーフは決まっていた。
 武彦のイメージだと煙草やライターなのかも知れないが、今回はお守り代わりにリボルバー。銀は魔除けの効果があると言われているし、これなら普段使っていてもいいだろう。その質問に、太蘭は少し考えながらこう答える。
「ガラスを混ぜることも出来るが、渋くしたいならガラスを乗せて焼いた後に、いぶしたらどうだろう?銀全体が黒光りするし、その方が失敗なくイメージ通りの物が作れると思うが」
 いぶしに関しては型抜きの物だけかと思っていたが、銀であれば何でも出来るらしい。硫化させるために溶液につけるだけなので、手間もそんなにかからないという。シュラインはそれに微笑みながら頷いた。
「太蘭さんがそう言うならそれにするわ」
「じゃあ道具を出すから少し待っててくれ。あと、今日は『先生』でな」
「はい、先生」
 そんなシュラインの様子に、デュナスは手渡された紙と見本を見ながら戸惑っている。ちゃんと何を作ろうか、来る前からイメージを決めているのはすごい。
「何にしましょうか……」
 デュナスがプレゼントを渡したいと思っている相手は、蒼月亭というカフェで働いている立花 香里亜(たちばな・かりあ)という少女だ。大きな瞳でいつもニコニコと微笑んでいるその笑顔に、いつもデュナスは癒やされている。
「何を作るか決まったか?」
「あ、私はこの『葉っぱのペンダント』にします。ビーズの色はローズ系の優しいピンクがあればそれで……」
 これなら、何となく自分でも作れそうな気がする。それを聞くと太蘭は、集まり始めた生徒に挨拶をしながら二人に道具を出してくれた。
 シュラインには銀粘土と型を移すための厚紙、それに厚さを均一にするためのゲージにローラー、そして何故かキッチンペーパー。
「こんな物も使うのね」
「これを上に乗せてからローラーで平らにすると、粘土がくっつかなくて便利なんだ」
 プレートの作り方は至ってシンプルだ。厚紙に好きな形を書いてから、それをカッターなどで抜き、一度伸ばした粘土に型を乗せ模様を作り、それをドライヤーで乾燥させた後に焼成…その後ガラスを乗せ再度焼成し、磨いてからいぶすという手順らしい。
「手順は紙に書いてあるが、分からないことがあったら気軽に呼んでくれ。デュナスはまず葉っぱを選ぶところからだな」
 デュナスの方はペーストタイプの銀粘土を、自分が選んだ葉っぱの裏に塗り、ドライヤーで乾燥させてから塗り…を繰り返し、1ミリ程の厚さまで盛り上げるというものだ。ビーズは焼成して磨いた後につけると、紙に書いてある。
「何か難しそうですね」
「茎は折れるから塗らないで、まず一度薄く塗っていくんだ。勢いよくやると気泡が入ることもあるからゆっくりな」
「分かりました。ゆっくり……」
 キッチンペーパーを下に敷き、デュナスは選んだ葉にそっとペーストを塗り始める。最初葉が水分を弾くが、それを筆で落ち着けると、だんだん全体が埋まってきた。
「塗ったらドライヤーで乾かしての繰り返しだ。葉っぱがドライヤーの熱で反ることもあるが、それは構わずにそのまま塗ればいい。焼成した後で平らに戻すことが出来るから」
 ドライヤーで粘土を乾かすためにデュナスが立ち上がると、シュラインは真剣な表情で厚紙に描いた銃の型を抜いている。
 赤を主体に、出来ればロードライトガーネットの色を目標…は、ちょっと欲張りすぎかも知れないけど、赤が映えて渋めな物。
「渋めに、渋めに……」
 真剣になるとつい口に言葉が出てしまう。それに気付いたシュラインが思わず顔を上げると、デュナスと目が合った。
「今の聞こえてた?」
「いえ、何も聞こえてませんよ」
 何か呟いていたのは分かったが、流石にそこまで耳は良くない。ただシュラインが、ものすごく真剣に作っていることだけは分かる。
 それはデュナスも同じだった。
 出来ればこれを使ってくれますように。そして、渡したときに喜んでくれますように。
 きっと他の参加者達も同じだろう。
 粘土が乾いてしまったのを修正してもらったり、どんな型にしようか相談したりしながら、一生懸命作っている。もしかしたら誰かに渡すのではなく、自分で使うためかも知れないが、それでも大事に作る気持ちは一緒だ。
「よし、こんな感じかな……先生、これでいいかしら?」
「ストローを使って金具を通すための穴を開けて、ひび割れとかがなければ乾燥に入っていい……うん、これなら大丈夫そうだな」
 思ったよりも簡単に銀のアクセサリーが作れるなんて。それにほっとしながらプレートを乾燥させるために立ち上がるシュラインと、デュナスが入れ違いになる。
「早いですね、シュラインさん」
「最初の型が上手く行くまで大変だったけど、それができたら後は…ね。デュナスはホワイトデーのお返し?」
 ホワイトデー。
 そう言われ、デュナスは困ったようにシュラインと太蘭を見た。
「あの……ホワイトデーって何なんでしょう?」
「えっ?」
「店とかではよく見るんですけど、フランスにはそんな習慣がなかったもので……勉強不足ですみません」
 と言うことは、デュナスは意味を全く知らずにペンダントを作っていたのか。少しくすっと笑ったシュラインは、ホワイトデーについて説明し始めた。
「ホワイトデーは、バレンタインのお返しにクッキーやマシュマロをあげるって習慣なのよ。そうよね…確かに日本独特の行事よね」
「最近だと『三倍返し』って言葉もあって、バレンタインにもらった物の三倍の金額の物を返すらしいが」
「えっ?そうなんですか?」
 それは全く知らなかった。果たしてこのペンダントは、香里亜からもらったチョコレートの三倍の価値があるのだろうか。驚いたまま立ちつくしているデュナスの肩をシュラインはポンと叩き、安心させるようにウインクを一つ。
「大丈夫よ。気持ちがこもっていれば、絶対喜んでもらえるわ。それに三倍なんて言わないって、デュナスが一番よく分かってるでしょ」
「え……ええーっ!ちょっ…いや……」
 どうやら誰に渡そうとしているのか、はっきりばれているらしい。ものすごい勢いで耳まで赤くなるデュナスに、シュライン達はくすくすと笑った。

 焼成が終わった後、シュラインの作っているプレートはステンレスブラシで磨き、その後でへこんだ部分に薄くガラスの粉を盛りもう一度焼成。その後もガラスを急に冷やしてひび割れないように、しばらくガラス繊維で出来たブランケットをかけ、ゆっくりと冷やした後、もう一度ステンレスブラシで磨き、重曹のペーストでこすり洗いをした後……。
「六一〇ハップ?」
 太蘭が取り出したのはお湯の入った紙コップと、硫黄成分の入った入浴剤だった。銀が黒ずむのは空気中の硫黄と反応するための硫化なので、いぶすときも何滴かそれを溶かした物につけ込むと言うことだった。
「長く置くと黒くなるが、程々の方が赤は引き立つな」
「先生、私の方はどうやってビーズを付ければいいのでしょう?」
 デュナスの方のペンダントは、焼き上がった後にピンバイスで金具を通す穴を開け、ステンレスブラシで磨いた後、丸カンに葉っぱと一緒にビーズのついた金具を通す。真っ直ぐなピンにビーズを通し、くるりと丸め余分なところを切る……だけなのだが、自分でやるとその細かさに指先が震える。
「あら、可愛い。きっと喜んでくれるわよ」
 ミントにそっと寄り添うピンクのビーズ。出来上がった物を見て、デュナスも嬉しそうにふぅと息をつく。
 シュラインが作っていたストラップも、あとはシルバークロスで少し磨くだけだ。いぶし銀に赤いリボルバーが良く映えている。きっとこれなら喜んでもらえるだろう。
「慣れないことばかりだったので疲れましたが、楽しいですね」
「そうね。渡したときにどんな顔するかな……なんて考えると、ワクワクするわね」
 出来上がった物を大事そうに持つ二人を、太蘭は目を細めて見つめている。
「自分が作った物を渡せる相手がいるのは良いことだ。今日は皆さんお疲れ様でした……」

 ホワイトデー当日。
 デュナスは蒼月亭に来て、ランチを食べながらそわそわとペンダントを渡すタイミングを伺っていた。
「いきなり渡したら、驚かれますよね……」
 ラッピングなどは自分でやったのだが、あまり豪華だと引かれると思ったのでシンプルにしてある。なにげなく渡せればいいのだろうが、あいにくデュナスはそこまで積極的ではないし、これで断られたら立ち直れる自信がない。
 するとランチを食べ終わったデュナスの前に、香里亜が小さなシフォンケーキを置いた。
「私、デザートは頼んでませんが」
 ランチの時はデザートか飲み物かを選べるのだが、デュナスは大抵飲み物にしている。今日も温かいカフェオレを頼んでいたのだが、目の前にあるのはカフェオレとケーキで……。
 それに香里亜がにこっと笑う。
「今日はホワイトデーなので、皆さんにサービスなんです。どうぞ」
 声をかけるなら今しかない。デュナスはありったけの勇気を出し、香里亜を呼び止めた。
「あの、香里亜さん。これ……ホワイトデーのお返しです」
「えっ?今開けてもいいですか?」
「はい。自分で作った物なので、あまり上手じゃないんですけど」
 さて、どんな表情をしてくれるだろうか。喜んでくれればいい。自分が銀の舟に乗せた想いが少しでも届いてくれれば、それだけで……。
「あ、可愛いペンダントー。ありがとうございます、デュナスさん」
 箱を開け、香里亜がにこっと笑った。それにほっとしていると、香里亜は早速ペンダントを取り出し、自分の首にかけている。
「どうです、似合いますか?」
 作ったときよりも、首にかけたときの方がピンクのビーズが良く映える。少し照れくさそうに笑いながら首をかしげる香里亜に、デュナスは笑って頷いた。
「可愛いです。よく似合ってますよ」
「ふふっ、大事にしますね。わー、何か嬉しい…今度一緒にお出かけするときは、これつけちゃおうかな」
 そんな事をされたら、嬉しさで倒れてしまうかも知れない。
 カウンターに下がっていく香里亜の後ろ姿を目で追いながら、デュナスは恥ずかしさをごまかすようにそっと口元を押さえていた。

fin

ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵兼研究所事務

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
二人で何故か太蘭が講師をやっている所で、一緒にプレゼントを作るという話になりました。作る物は違えど、想う気持ちは同じ…という感じです。ラストでプレゼントを渡すシーンは別々にさせていただきました。やっぱりここがメインかなと。
誰かを想ってプレゼントを作るというのは、やっぱり素敵なことだと思います。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
イベントご参加ありがとうございました。またよろしくお願いいたします。