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<ホワイトデー・恋人達の物語2007>


彼は行く、夢の国の冒険

□Opening
「どうしても、行くの?」
 女は、不安そうに彼を見つめた。
「当たり前じゃないか! 君にホワイトデーのプレゼントをどうしても贈りたいんだ」
 彼はぐっと拳を握り締め、凛々しく女に言い切った。
 二人は夢の中で出会った。女は夢の国の住人。彼は、自身の夢の中で女と出会い、それを運命として自分も夢の国の住人になる事を誓ったのだ。それは、遠い昔の二人の話。
 ずっと、二人で、仲良く暮らしていた。
 ところが、今年はバレンタインデーに、女が彼にプレゼントを贈ったのだ。
 そうなれば、彼としても、女にプレゼントを贈るのが最大の誠意だと思っている。
「けれど、オレンジの川を越え、葡萄の山を抜ける……、そこは夢の国と言えど、怖い魔物もいるのよ」
 こんな事になるならば、プレゼントなど渡さなければ良かったのか? 女は、目を伏せ、震える手で彼の腕にしがみついた。
「え? 魔物……、い、いや! それでも、その先タルトの丘に君の好きな花が咲いているのだろう?」
 この穏やかな夢の国に魔物が居るのか。
 彼は、ちょっぴりどきりとしたが、それでも、女にその花をプレゼントしたかった。
「いいの! その気持ちだけで嬉しい、私、貴方が命を落す事になったら、耐えられないわ」
「へ? 命を、落す事も……あるの、か、……、あ、いや、行きます、行くとも!」
 もちろん、ホワイトデーに、その花をプレゼントする事こそ、彼の目的。
 ただ、ほんのちょっと、一緒に冒険してくれる方は居ないかなーなどと、彼は都合良く考えたりもした。

□01
 ああ、これは甘い香りだ。しかも、むせ返るような花の蜜の香りでは無い。誘うような女の香水の香りでもない。これは、これは――、
「砂糖?」
 はっと、自分の声で気が付いた。
 黒・冥月は、身を起こし辺りを見渡した。そして、何事かと息を飲む。まず飛び込んできたのはクリーム色の空。それは、夜明けの空でも夕焼けでもない。確かに見た事のある色なのだが、それが空の色なのはおかしい。あれは、そう、まるであまーいクリームパンのカスタードの色だ。それに、空に浮かぶ雲は、本当に綿菓子のようだ。遠くに見えるクリームたっぷりの屋根。あれが、噂に聞くお菓子の家なのでは?
「あ、あの、こんにちは、夢の世界にようこそ」
 そんな冥月に、一人の男が声をかけた。足の下から聞こえた声に、冥月がぴくりと反応をする。下、と言うのは、何故か冥月が荷車に乗っていたからだ。
「夢、の世界?」
「はい、ここは、夢の世界ですよ」
 男の隣で、女が微笑む。冥月は、驚きながらも真剣に悩んだ。
「……、ケーキを満喫する夢を見ていた気がするが……、もしや引き込まれたのか?」
「そうねぇ、ケーキを満喫って、乙女の夢よね」
 その下で、いつの間にそこにいたのか、シュライン・エマが可笑しそうに微笑んでいた。
「何? ど、ど、どうして?!」
 がたんと、荷台が揺れる。
 慌てる冥月をよそに、シュラインは荷台の側に立つ男女に挨拶をする。
「こんにちは、シュラインよ、どうやら夢の世界って本当のようね」
「はい、あの、私はネノ、彼はユトラと申します」
 女は丁寧にお辞儀をし、そして少し悲しげに俯いた。
「お困りのようね」
 シュラインの言葉に、男女はお互い顔を見合わせた。
「実は、オレンジの川を越え、葡萄の山を抜けて、つまり冒険に出ようと思うんです……」
 そして、ユトラは彼女――ネノにプレゼントを贈るため、魔物も出ると言う旅路に赴こうとしている事を冥月とシュラインに語った。そして、できれば力を貸して欲しいとも。
「あのなぁ、自分でしたい事なんだろ? 自分で何とかしろ」
 しかし、冥月の反応は冷ややかだ。それだけ言うと、ふいと横を向き黙り込んだ。
「そんなぁ、お願いしますよぅ」
 無下に断られ、ユトラは慌てたように荷台を揺さぶる。揺れる体でバランスを取りながら、冥月は無言でユトラを睨みつけた。
「う、ぐ……、」
 ――こ、怖い。
 冥月に睨まれ、ユトラは瞳いっぱいに涙をためて固まる。
「目的の丘までの詳しい地図はある? それと、どんな花かしら、詳しく聞かせて」
「はい、地図はこれをお使いください、花に関してはユトラも知っています、花びらは夏みかんの皮、茎は虹色に光っています」
 その隣で、シュラインはネノに確認した。例え夢の国と言えども、冒険の基盤になる知識は多いほうが良い。ネノは、地図を取り出した。かなり簡略化された地図だが、目的の丘までの大まかな道程や道中の目印などはしっかりと記されている。シュラインは、道程を指でなぞり確認してから、冥月に声をかけた。
「ねぇ、ほら、途中にはパイのなる木やシューの畑もあるみたい、ね? 楽しそうよ」
「ぱ、パイのなる木……」
 ユトラに鋭い睨みを利かせていた冥月だが、パイやシューなどの夢のような話を聞いて思わず両の手を頬に当てる。何て魅惑の世界なんだろうか。スウィーツだぞ? 甘い菓子だぞ? クリームにパイだぞ? 普段の行動からはほんの少しばかりギャップがあるけれど、それは甘いものが大好きな冥月にとって、ある意味理想郷かもしれない。
「道はそれほど複雑じゃないわね、あとは、魔物って夢だけに獏とか? うーん、でも、獏は悪夢を食べるんだから助けてくれるかもね」
 きらきらと瞳を輝かせる冥月にシュラインが微笑みかけた。その手には、地図が握られている。
「う、私は、行かない……」
「でも、お菓子の国よ? きっと沢山の甘いものが有るわよ?」
 話しかけられて、はっと真顔に戻る冥月。にこやかなシュラインは、当然のようにお菓子について強調して冥月を勧誘した。
「……、その、だな」
「ん?」
 そう言えば、思い出す。この国で自分が目を覚ましてから、随分余計な事を口走ってしまったような……。
 こほん、と、冥月は一つ咳払いをしてちょっと引け腰でシュラインを見た。
「どこから、見ていた?」
「あら、この甘い臭いって、やっぱりお砂糖よね」
 がたん、と。また荷台が揺れる。見られた! 見られていた! 気恥ずかしさから、冥月は普段では考えられないけれど、びくりと肩を振るわせ頬を染めた。
「あのぅ、勿論、道中では沢山のお菓子が有りますよ、木になっていたり生えていたり……」
「だ、誰が、お菓子がスキだって言ったぁ」
 二人のやり取りに、ユトラが遠慮気味に付け足した。慌てたように冥月は叫んだが、全く説得力が無かったような気がする。じっと冥月を見つめるユトラとネノ。それに、微笑んでいるシュライン。
「あー、分かった分かったよ、この荷台を引いて行くならついて行ってやっても良いぞ」
 冥月は、ついにそんな言葉を口にしてしまう。
「はい、有難うございます」
「じゃ、さっさと出発しましょうか」
 嬉しそうに荷台を引く準備をはじめるユトラ。
 そうなる事が最初から分かっていたかのように、微笑むシュライン。こうなってしまっては仕方が無い。
「ほら、乗るか?」
 冥月は、二人の様子に諦めたようにため息をつき、シュラインに手を差し伸べた。

□02
「どうか、お気をつけて」
 三人を心配そうに見つめるネノを背に、荷車は進む。
 しばらくは、同じような景色が続いていた。荷台の上は、時折揺れるがそれなりに快適だ。その荷台で、シュラインはお菓子を作っていた。何より、材料は豊富にある。道の端に並んでいる木には、沢山の果物がなっていたし、パイ生地などもなっていた。クリームが欲しければ、ホイップされたものが少し草をかき分けた先にあった。とにかく、この夢の世界は、甘いものに困る事は無さそうだ。
「それは、……、フルーツタルトだな?」
 シュラインは、小さなタルトにゼリーを流し込んだりフルーツを飾ったりしていた。かわいいスイーツが荷台に並んで行く。冥月は、それらを眺め、不思議そうに呟いた。
 この世界では、右を見ても左を見ても、美味しそうなものばかりがそこここになっている。だから、あらためてスイーツを作る必要があるのか? そんな疑問の瞳に、シュラインがにっこりと微笑んでこう返した。
「魔物がどんなものか分からないけど、口に入れたら気をそらせないかなって」
「確かにな、甘いとは、重要な要素だ」
 冥月は、しきりに感心し、出来上がって行くお菓子を見つめる。
 シュラインは、くすりと笑っていくつかお菓子を手に取り冥月に手渡した。
「な、な、何だ?! 私はっ」
 慌てて顔を赤くする冥月だったが、シュラインの作ったタルトは、それはそれは美味しそうだった。
「ふふ、味見、してくれる?」
「む、味見か、それなら仕方が無いな、うん、仕方が無い」
 冥月は、誰かに言い聞かせるように、そう繰り返し手渡されたタルトを口に含んだ。
 甘い。口に広がる、幸せの甘味。それでいて、さっぱりとしたフルーツの酸味が効いている。そして、口当たり良いゼリーが様々な味を包んでいた。何と言う素敵な食べ物か。
 感激に身を委ねる冥月の様子に、シュラインも微笑んだ。
「お二人とも、オレンジの川につきました」
 その時、がたんと荷台が揺れて止まった。ユトラは、振り向き目の前の川を指差す。
「まぁ、本当にオレンジ、なのね」
 シュラインは、目の前を流れる川をみてため息をついた。ほのかに香る、オレンジの酸味。見るからにオレンジ色の液体がたっぷりと流れている。まるで、オレンジの果実を絞ってできたジュースのようだった。
「喉は乾いていませんか? 僕、汲んで来ますね」
 ユトラは、女性二人を荷台に残し、川のほとりまで走り寄る。すぐに、水筒をオレンジの液体で満たし、戻ってきた。
 たぷたぷとコップに注がれるその液体。オレンジの香りが漂う。そして、ほのかに甘い香りも混じっていた。
 シュラインと冥月は、手渡されたコップを見つめ、お互い顔を見合わせて、それからこくりと一口口に含んだ。
「ああ、ハチミツね」
 そう、甘い香りの正体は、ハチミツ。
 シュラインは、自分の言葉に頷いてごくりとさらにオレンジジュースを飲んだ。美味しい。喉の渇きを満たすだけでは無い。飲むたびに、心も満たしてくれるような、オレンジジュースだった。
「ふん、まぁまぁだな」
 冥月は、空になったコップをユトラに突き出し、お代わりを要求する。
「でも、この川……、どうやって渡るの?」
 その隣で、シュラインは川の向こう岸を見つめた。
 かなり幅がある。多分、このままユトラが荷台を引いて向こう岸まで渡るのは難しいだろう。
「うーん、僕は、その、泳ぐつもりで居たんですが」
 自分もオレンジジュースを飲みながら、ユトラは困ったように首を傾げた。
 二人の様子に、ため息をついて立ちあがる冥月。
 ひらりと荷台を飛び降りて、一人、川へ向かった。
 その背後の、影がゆらりと揺らぐ。美しい黒髪が揺れたから? 否、それは、まるで意志を持ったようにゆっくりと広がり、伸ばした冥月の腕を合図に川へ伸びた。
 影は、冥月の腕の動きに合わせて向こう岸まで伸びて行く。
 その動きからやわらかな感触のような気もするが、冥月がくいと手のひらを返すと影はこちらの岸からあちらの岸までしっかりとかかった。
 そう、これは、影でできた橋なのだ。
「うわぁ、凄いですねぇ」
 ユトラは、荷台をゆっくりと引きながら影に足を伸ばした。
 こつり、と、足音は固い。ただ、真っ黒だけれど、これは確かに橋だった。
「これで、安心ね」
 シュラインは、冥月の技に感心しながら地図に目を落した。これまでは、特に魔物と遭遇する事も無かったけれど……。
「ふん、進めなければ面白くないからな」
 たん、と、軽やかに荷台に乗り移りながら冥月は言う。
「これから、何が居るか分からない」
「ええ」
 後ろを振り向いても、平坦な道が続いている。
 ユトラが荷台を引くその先に、小高い山が迫っていた。

□03
 それが襲ってきたのは、丁度葡萄の木の群生の辺りだった。
 緩やかな坂を昇って行く内に、芳醇な葡萄の香りが漂い始めた。やがて、道の両脇に丁度人の背ほどの葡萄の木がずらり並ぶ。手を伸ばして、一房とってみた。口に含むと、食べた事も無いような、甘酸っぱい葡萄だった。
 シュラインと冥月は、それぞれ一つ二つと葡萄を食べた。
 そう、その時だ。
 ぶん、と、風を切る音が聞こえた。
 がらがらと、音のする荷台を引いているユトラには、それが聞こえない。のんびりと進む荷台の上で、シュラインと冥月は、さっと身構えた。すぐに、勢いのついた物体が飛び込んでくる。
「ちっ」
 冥月は、その勢いを受けとめると、荷台のバランスが崩れる事を計算し、影を使い勢いをそらせる事に力を使う。ずるりと、その物体は影を滑りシュラインの頭上を通り過ぎた。
「えっと、お猿さん?」
 そのまま、がんと地面に突っ伏したそれを見て、シュラインが困惑気味に呟く。
 確かに、毛並みや体つきは、猿に良く似ていた。
『ぎゃぎゃあああぎゃ』
 ただ、鳴き声が、違う。
 振り向いたそれは、顔も違った。牙が口からはみ出て光っていたし、オオカミのように鼻から顎にかけて突き出ている部分が印象的だ。
 ぶんと振りまわす腕も、長い。
「う、うわぁぁぁ」
 その時、がくんと荷台の前方がが落ちた。ユトラが、ようやくその生き物に気がつき、荷台の支え棒を手放したからだ。
「おい、しっかりしろ、自分で何とかできないのか?」
 ユトラのその姿に、冥月は呆れ顔で立ちあがった。
「ううっ、そ、そんな事を言われても〜」
 肝心のユトラは、驚いた表紙に腰を抜かしたのか、地面にぺたりと座り込み震えあがっている。
『ぎゃ、ぎゃあぎゃああ』
 魔物は、荷台の上の冥月をユトラを見比べ、即断でユトラに向かう。
「ひっ」
 狙われたユトラは、まだ動けない。
 そこに、冥月の影が鋭く伸びた。ごん、と、派手な音を立てて魔物が落ちる。
 大きく口を開け、目を回す魔物。その魔物に、そそと近づき、シュラインが手作りのミニタルトを魔物の口に含ませた。
『ぎ? ぎ? ぎ?』
 すると、魔物は勢い良く起きあがり……、それから……、右へジャンプ左へジャンプ真上にジャンプと繰り返し、踊りながら去って行った。楽しい事があったのだろうか。まぁ、楽しく去って行くならそれが一番だ。
「大丈夫?」
 踊り去る魔物を見送り、シュラインがユトラに声をかけた。
「あ、はい、ああ〜、びっくりしたぁ」
 ユトラは、ようやく立ちあがって大きくため息をついた。どっと疲れた様子だが、実は彼は何もしていない。
「お前はもっとしゃきっとしろ」
 そんな彼に冷たい言葉を投げる冥月。だが、ユトラは輝く瞳で冥月を見上げた。
「あ、ありがとうございます、助かりました」
「結局、守ってあげたわね」
 続いて、くすりと微笑むシュライン。
 二人の温かい視線に、冥月は、何度か咳払いをした後慌てて荷台に座り込んだ。

□04
「さぁ、この坂を越えたら、丘が見えるはずです」
 結局、あれから魔物に出会う事はなかった。
 シュラインと冥月は、木になる葡萄や桃、アップルパイやシュークリームなどを満喫しながら荷台に揺られていた。山道も、険しい所も無く、緩やかな旅だった。
 と、ひとつふたつ、道の脇から気配がする。
 ぴくり、と冥月がそれに反応し口をつぐんだ。シュラインも、がさりと言うわずかな足音に、悟る。何かが、居る。静まりかえった荷台を、ユトラが振り向いた。その時だ。
『ぎ、ぎぎゃ』
『ぎぎぎ』
『ぎゃぎゃぎゃぎぎ』
『ぎゃぎぎゃぎぎゃ』
 気配が、膨らんで行く。いや、増えて行く、個体。その鳴き声には覚えがあった。そう、先ほどの魔物だ。ただし、数が尋常では無い。その鳴き声がまた個体を呼び寄せ、十、二十と増えて行っていた。気配は、左右、そして背後から。
「囲まれたか」
 冥月は、その気配を感じながらゆっくりと荷台を降りた。
「後方支援を頼めるか?」
「ええ、やってみるわ」
 シュラインは、荷台に残り頷く。
『ぎ、ぎぎゃ』
『ぎぎぎ、が』
『ぎゃぎゃ、ぎ、ぎゃぎぎ』
『ぎゃぎぎゃぎぎゃ』
 膨れ上がった気配は、どんどん三人に近づいてくる。
「ひ、ひぃ〜」
 ユトラは、情けない声を出して、それでも震えながら棒を構えた。一応、戦うつもり、らしい。
「さて、数だけで私をどうにかできると?」
 爆発しそうな、魔物の群集。
 その中に、冥月の影が一筋伸びた。
 ごうと、一度爆音。
 一筋の影が刺さった、瞬間、巣から炙り出された蟲のように、魔物達は飛び出した。
『ぎゃぎゃ、ぎ、ぎゃぎぎ』
『ぎゃぎぎゃぎぎゃ』
 それぞれが、いきり立っている。真っ直ぐに荷台めがけて走り込んでくる。
「――、今日の日を、静かにおやすみなさい」

 かわいいあの子におやすみなさい。
 かわいいあなたにおやすみなさい。
 お眠り母の腕に、おやすみ良い夢を――

 響き渡ったのは、魔物の鳴き声ではなかった。
 優しく響く、それは歌声。
 シュラインの子守唄は、誰の身体も優しく包み込んだ。
『……、ぎ?』
『ぎ』
『ぎぎ』
 どうどうと押し寄せてきた最初の一陣は、その歌に足を止めた。高くなく低くなく、心地良い歌は続く。透き通るようなその歌は、魔物の軍勢に遠く届いた。
「夢の中だけに、子守唄って効くのね」
 ふぅ、と、一曲歌い終えたシュラインはにっこりと微笑んだ。
 威嚇するような、魔物の咆哮は無くなった。
 しかし、
『ぎゃぎゃぎゃー!』
 それでも向かってくる剛の者が居た。
 一匹、二匹、ぽつりと静まりかえる群れから飛び出てくる。それに向かって、影がするりと伸びた。
 ごん、ごん、ごん、と良い音が三度鳴った。
『ぎゅ〜』
 影に殴られた魔物達は、目を回し倒れる。
「ふ」
 それを確認し、冥月は荷台に戻った。ユトラは、あっという間の出来事に、まだ口をパクパクさせていたが、静まりかえった魔物達に取り囲まれながら、おっかなびっくり荷台を見上げた。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして、その、ちょっと進みにくいけど」
 シュラインは微笑む。
 どうも、魔物達は、静まりかえってずっと三人を見ている。何十、何百と言う魔物の目が、荷台に集中しているのだ。気にならないといえば、嘘になる。と、言うか、やはり、とても気になる。
 進んでよいものかどうか、ユトラは判断できなかった。
「うーん、これって悪夢、よね? だったら獏を呼んでみる、とか?」
 悪夢を食べると言う獏を……、と、冗談め化してシュラインは笑った。
 その隣。
「こんにちは、獏です」
 突然、ふっさりとしたモノが現れ、ぺこりと頭を下げた。
「んな」
 ユトラは、驚き、二歩下がった。
 その姿は、鼻はゾウ、目はサイ、しっぽはウシ、足はトラ、体形はクマ……、と言うわけではなく、基本マレーバクのようだ。
 基本、と言うのは、荷台よりもやや大きいその身体と、何より二足歩行なのだから。
「まぁ、本当に来た」
「ええ、夢ですから、さぁ、交通整理致しますよ」
 やたら丁寧な口調の獏は、ぺこりとシュラインにお辞儀をして、荷台を見つめる魔物の群集を山奥へと誘導はじめた。その体つきは、ふっくらとしていて、黒と白のツートンカラーがとってもプリティだった。そして、実際のマレーバクよりもふっさりとしたその体毛。右へ左へと魔物を誘導する後姿に、シュラインの手がうずうずとし始めた。
「ううん、ちょっとだけ触ってみたいかも」
 シュラインは、荷台を降り、のっそりと動く獏に、ついつい抱きついた。
 ふわふわで、ふっさりで、可愛い。
 もこもこで、白黒の、可愛いものが動いているのだ。
「でたらめだな、ここは」
 木になった葡萄を取り、口に含みながら、冥月は呟く。
 荷台のその横で、シュラインは、ご機嫌な時間を過ごした。

□05
「じゃあ、お一つ、一緒に来てもらえるのね?」
 タルトの丘についた一行は、夏みかんの皮の花畑の中で、花達に事情を説明した。
「ええ、ホワイトデーの贈り物なら、私がご一緒します」
 その中でも、特に輝く一輪の花が、シュラインの問いかけに答える。ただ、花を紡ぐのでは無い。花にも意志を確認して、お願いしたのだ。
「あ、ありがとう!」
 ユトラは、感謝しながら、その花を手に入れた。
「帰るか」
「そうね、きっとネノが待っているわ」
 冥月とシュラインは、また荷台に乗り込む。
 大切に花を抱え、ユトラは荷台を引き始めた。獏が魔物を整理してくれたおかげで、葡萄の山はすぐに通りぬける事ができた。オレンジの川は、冥月のかけた橋があるから大丈夫。
 一行は、沢山の果物たスイーツを土産に取りながら、ネノの待つ場所へと急いだ。

■Ending
「お帰りなさい、ユトラ、皆様も」
「ネノ!」
 ネノは、最初の場所で待っていた。
 一行の姿を見つけて、駆けて来る。その姿に、ユトラも駆け出した。
 しっかりと抱きしめあう二人。
 その手には、虹色に輝く茎と夏みかんの皮の花。幸せそうな二人は、ひとしきりくるくると踊った後、冥月とシュラインの荷台へやってきた。
「ありがとうございます、僕が帰ってこれたのも、貴方達のおかげです」
「お手伝いができて良かったわ」
 自分が、そう言って微笑んだのは分かった。
 二人の幸せそうな笑顔が遠のいていく。やがて、シュラインを包む世界がぼんやりとぼやけ始める。自分の立っている感覚さえも、ふわりと危うい。
 辺りが光に包まれて、そして、加速して消えて行く。
 そう、夢を見ているのだ。
 妙に納得して、自分の周りを見まわすと、もう光しかなかった。
 だって、夢だから。
 そんな感覚に、気が付くと自分の部屋の中だった。
 ああ、夢を見ていたのだ。
 甘くて、ふわふわで、幸せな夢。
 まだ、あの獏を抱きしめた感覚が手の中に残っている。そう思って手を開いてみると、そこに葡萄が一房握られていた。良く知っている、葡萄。
「ふふふ、これは、良いお土産話ができそうね」
 シュラインは、今日も事務所で自分を待ってくれている面々を思い浮かべた。
<End>

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒 /東】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 /東】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 夢の世界での冒険、お疲れ様でした。
 情けないばかりの彼に付き合ってくださって有難うございます。□部分が集合描写、■部分が個別描写になります。今回は、一緒に冒険と言う事で個別の描写が少なくて申し訳ありません。
 少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

■シュライン・エマ様
 いつもご参加有難うございます。夢の中でも、物怖じせずさっと対処する、そしてふわふわの動物を抱きしめるシュライン様の姿を書かせて頂きました。書いていて、私まで何だか幸せを分けてもらった気がします。ぷっくりとした可愛いモノって良いですよね。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。