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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


恋の妙薬

 暖かい風が吹き始め、街に春の足跡が付き始める。
 道を歩く人々の服装も明るくなり、何となく辺り一面が明るく見え始める。
「うーん、どうしようかな」
 春休み間近の矢鏡 小太郎(やきょう・こたろう)の頭は、今ある重大なことで一杯になっている。それは帰ってきた期末テストのことでも、もう少し上を目指せと言われている合気道の事でもない。
 目の前に迫ったホワイトデー。
 今年小太郎は、幼なじみの神楽 琥姫(かぐら・こひめ)から、初めて手作りのチョコレートをもらった。琥姫は服を作ったりするのが好きなので、チョコと一緒に手作りの物をもらったことは何度かあったのだが、チョコが手作りだったのは初めてだ。しかもそれは、自分のために初めて挑戦してくれたもので……。
「やっぱり、何か一つオリジナルの物をプレゼントしたいな」
 アルバイトをしているので、一緒に渡す物はもう考えてある。クリスマスに琥姫にプレゼントした、小さなバレッタに合う可愛いペンダント。小さなピンクのバラがモチーフになっていて、きっと琥姫に似合うはずだ。
 でも何だかそれだけじゃ物足りない。
 折角手作りしてくれたんだから、自分も何か手作りの物を……。
「よし!琥姫姉ちゃんの為にオリジナルのカクテルを作るぞ!」
 小太郎がアルバイトしているのは、昼間はカフェで夜はバーになる『蒼月亭』だ。大体いつも夕方から入っていて、ノンアルコールカクテルは任せてもらっている。シェーカーの振り方も最初は難しかったが、最近は褒められることも多くなった。
 大学生である琥姫への、ちょっと背伸びしたプレゼント。
「オリジナルだから、ちゃんと味見しないと。シェーカーやリキュールとかも買わないとダメかな」
 はやる気持ちを抑えつつ、小太郎は早速軽快に街の中を走っていった。

「うーん、こたろーちゃん忙しいのかな……」
 届いてきた携帯のメールを見ながら、琥姫はふぅと溜息をついた。小太郎からメールが来たのかと思ってワクワクして携帯を開くのだが、大抵バイト先からのシフト連絡だったり、コンパの誘いだったりして、一向に待ちわびているメールは来ない。
「大学の方が先に春休み入っちゃうから、暇だな……」
 まだ小太郎は期末テストなのだろうか。それともその結果が悪くて……いや、小太郎に限ってそんな事はないだろう。だとしたら忙しい理由は?
「蒼月亭のバイトが忙しいのかな、それとも友達と遊ぶ方が楽しいのかなぁ」
 かといって毎度毎度アルバイト先に顔を見せに行くのも、何だか監視しているようで気分の良いものじゃない。友達ばかり構わないで一緒に遊んでと言いたいところだが、それはそれで小太郎の人間関係に口を出すようで、これまた気分はよろしくない。
 パチン…と携帯を閉じてからソファーに勢いよく座り込み、琥姫はお気に入りのパンダのぬいぐるみの顔をじっと見る。
『気になるなら、メールしてみたら?』
「用がないのにメールできないよー。こたろーちゃんのばか」
『やーつあたりー』
「もう。いいもん、トマト食べるから」
 ガラスの器に入ったトマトを一個取り、また溜息。

 数日後……。
「小太郎、お前高校生だったよな」
「はい……」
 まだ夜の営業が始まっていない蒼月亭のカウンターの中で、マスターのナイトホークは小太郎を目の前に渋い表情をしたあとで、ピンと指を弾いてデコピンをした。
「痛たたた……」
「デコピンで済んで良かったと思え」
 ホワイトデーに、オリジナルのカクテルを作ってプレゼントしたい。
 その心意気は分かるし応援もしてやりりたいのだが、如何せんまだ高校生だ。酒の味が分かるまではまだ早い。
 額を抑え、ナイトホークを小太郎は神妙な顔でじっと見る。
 やっぱり怒られた。ナイトホークは店の中では「未成年にアルコールメニューは作らせない」と言っているし、実際注文は全て一人でこなしている。
 本当は自分でオリジナルのカクテルを作って、ホワイトデーの時だけ作らせてもらうつもりでいたのだが、色々組み合わせ味見をしても、酒に慣れていない小太郎はすぐに酔っぱらい、どうしても途中で眠くなってしまう。しかも慣れていないので、カクテルの味もいまいちよく分からない。何となく甘いとか、苦みが強いとかは分かっても、それを混ぜ合わせて飲むと、あまり味が変わらないような気がするのだ。
 なので、やはりプロであるナイトホークに協力してもらうのが一番だと思い返し、開店前に味見を頼んでみたのだが……。
「やっぱりダメですか?」
 少し肩を落とす小太郎の頭に、ナイトホークはポンと掌を乗せる。
「本当は『三年待て』って言いたいところだけど、琥姫にチョコの作り方教えたから今回だけだぞ」
 良くも悪くも真っ直ぐなのは嫌じゃない。下手に焦って急性アルコール中毒になられるなら、自分が監視しながら作った方がいいはずだ。
「じゃあ開店前に、小太郎が考えたカクテルでも味見させてもらうか。シェーカーは振れるしステアも出来るはずだから、後は組み合わせだ」
「はい!」

「むー」
 琥姫が待ちわびていたメールは、ものすごく短い言葉で終わっていた。
『しばらく忙しいから、返事遅くなるかも。ごめんね』
「もーっ!こたろーちゃんひどーい!メールの返事出来ないほど忙しいの?」
 やっと小太郎のメールアドレスを見たと思ったら、帰ってきたのがこんな一言だなんて。
 最初は少し怒り、その後でしょんぼりと肩を落としながら、琥姫はドレッサーに置いてあるアクセサリーケースからそっと髪飾りを出した。
 ピンクのバラがついている小さなバレッタが二つ。
 クリスマスにポインセチアの造花をつけた髪飾りを一つなくしてしまったので、その代わりに…と小太郎が買ってくれたものだ。琥姫が普段からたくさん身につけているアクセサリーは、全て自分の力を押さえるための封印具なので、このバレッタにも自分で術は施してある。
「まだ、これ使ってないな」
 たくさん持っているアクセサリーの中でも、それは特別だ。小太郎が自分を守ってくれて、その時にプレゼントして貰った大事なもの。別に他のアクセサリーのように使ってもいいのかも知れないが、これは普段使いにしたくない。だって……。
「初めて使う時は、こたろーちゃんに見せてあげたいんだもん」
 そしてにこっと笑って「どう?似合う?」なんて聞いてみて、「うん、すごく可愛い」なんて言ってもらって…。
「………」
 自分で考えて顔が赤くなった。鏡に映る赤い顔が恥ずかしくて、琥姫はパンダを抱き上げて自分の顔を隠す。
『もしかしたら、他の子とデートして忙しかったりして』
 ……あり得ないとは言えない。
 小太郎は優しいし、合気道をやっているから姿勢も良いし、爽やかだし、顔だって可愛い。今までそんな事考えてもいなかったけど、高校生なら付き合っている女の子がいてもおかしくないわけで……。
「いーやー!パンダのばかばかばか!」
『じゃあ自分で聞いてみたら?』
「むー、それで恋人がいるなんて聞くのは、もっといーやー!」
 いつもなら、落ち込んでいてもトマトを食べれば元気になっていたのに。
 でも小太郎からメールが来ないだけで、こんなに寂しい気持ちで一杯になるなんて。

「……甘い」
 ナイトホークは小太郎の作ったカクテルを一口飲み、神妙な顔でこう言い放った。
 リキュールを使って甘めにするという発想は良いのだが、種類によっては糖度にかなりの違いがある。それに、そもそも小太郎は基本のスピリッツなどの味が分かっていないので、どうしても味がバラバラになってしまうのだ。
「甘いですか?琥姫姉ちゃんには甘い方がいいかなって思ったんですけど……」
「つか、基本が出来てないのに応用にすっ飛んだって味がする。甘いだけで、どこでどう飲ませたいとか全然分からん」
 やはりプロからは厳しい意見が出たか。だがそれでも小太郎はめげることなく、じっとナイトホークを見る。
 オリジナルのカクテルを作りたいという気持ちは本当だ。
 だから少し厳しくても、それはしっかり受け止めて次に繋げなくては。そんな一途で一生懸命な視線に、ナイトホークは苦笑しながら冷蔵庫から色とりどりのリキュールを取り出した。
「うわ……」
 赤、青、黄色、緑、紫……様々な色のボトルが並べられ、小太郎はそれに圧倒される。
「取りあえず第一希望が『甘め』なのはよーく分かった。だったら次は色だ。シロップでも色はつけられるが、何色にしたいかを考えてそれを味の中心に持っていくぞ」
「はい!」
 色とりどりのリキュールを見ていると、何だかホワイトデーのプレゼントを選んだアクセサリー売り場を思い出す。
 たくさんの瓶の中から小太郎が選んだのは、フランボワーズリキュールだった。フランボワーズは琥姫も好きだし、甘酸っぱくて良いだろう。
「それでどんなのが作りたい?」
「これで『甘酸っぱくて、あまり強すぎなくて、見た目が可愛い』カクテルを作りたいです」
 ここまで来れば後は何とかなるだろう。全く最初からオリジナルのカクテルを作るのは大変だが、イメージと軸が決まればナイトホークからの助言で何とかなる。基本のカクテルのレシピを少しずつ変えていき、オリジナルを作り出すことだって出来る。
 煙草に火を付けた後で、ナイトホークはリキュールを冷蔵庫にしまい始めた。カクテルについて語ると長くなってしまうし、そんな講釈は今の小太郎に必要ない。
 今必要なのは、その真っ直ぐな気持ちだけだ。
「じゃあ今日からホワイトデーまで特訓だな。ついてこいよ」
「大丈夫です。頑張ります」
 小太郎も少しだけほっとしていた。手伝ってもらうことになるけれど、それでも『オリジナルのカクテル』をプレゼントすることは出来そうだ。
 ホワイトデーには、ちゃんと琥姫のために席を予約しておかなければ……。

 昨日も返事はなし。
 今日も返事はなし。
「私のこと忘れちゃったのかな、こたろーちゃん……」
 メールしたいという気持ちを抑え、琥姫は小太郎からのメールを待ち続けていた。本当は「桜が咲いてるのを見たよ」とか「今日はトマトが大安売りだった」とか、そんな小さな事を伝えたくて仕方がないのだが、自分から返事を催促しているようで気が引ける。
『琥姫ちゃん、気になってるの?』
 ものすごーく気になっている。
 何だろう、この気持ち。大好きなトマトを食べても、体の何処かにぽっかりと隙間が空いているような、そんな気持ち。
 それに戸惑いながら携帯の画面を眺めていると、ぷるぷるとメール着信を示すように携帯が震える。
「こたろーちゃん?」
 びくっと一瞬携帯を落としそうになりながらも、琥姫はドキドキしながらボタンを押す。これが…小太郎からのメールじゃなかったら、自分から電話をしてみよう。だからお願い、待ちわびてたメールでありますように!
 祈るような気持ちでボタンを押した瞬間、琥姫がぱあっと笑顔になる。

 件名:ホワイトデーのお誘い
 こんにちは。今まで忙しくてメールの返事できなくてごめんね。
 3月14日の夜に、蒼月亭に来てください。僕からバレンタインのささやかなお返しがあります。

「………!」
 ホワイトデー!
 バレンタインにチョコレートを渡してからすっかり忘れていたのだが、そう言えばそんな行事もあった。
『良かったね、琥姫ちゃん』
「うん……あ、何着ていこう。そうだ、こたろーちゃんから貰ったバレッタつけていかなくちゃ。だったらバレッタに合わせて、春らしくベージュとピンクのコーディネートで……」
 メールが来た途端、今まで開いていた心の隙間が埋まった。
 その感情がまだ何なのか分からないけれど。

「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ…早いな、琥姫ちゃん」
 当日琥姫がやってきたのは、夜の営業が始まってすぐだった。薄いピンクのスプリングコートに、ベージュのカットソーの中にはピンクのキャミソール。スカートもふわっとしたピンクで、裾の所に少しだけ差し色に黒が入っている。
「こんばんは。やっぱり早かったかな……」
 本当はもっとゆっくり落ち着いて来ても良かったのだが、どうしても気持ちがはやってしまった。そんな琥姫を見て小太郎がにっこり笑いかける。
「琥姫姉ちゃん、バレッタ似合ってるよ」
「嬉しーい。こたろーちゃんに合うの久しぶりだから、ちょっとドキドキしちゃった」
 少し緊張しながら予約席の札が置いてあるところに座ると、ナイトホークがトマトとエビのカクテルサラダを出しながら小太郎をチラリと見た。
「今日最初の一杯は、小太郎からのプレゼントということですので、少々お待ち下さい」
 そう言われ、小太郎は何度も練習してきたレシピをそっとシェーカーに入れた。テキーラとライムジュース、そしてフランボワーズリキュール。あまり強くないようにテキーラを減らし、ライムの味が勝ちすぎないように調節した。そして味を引き締めるためにほんの少しマラスキーノとシュガーシロップ。
 何度も味見をし、眠くなったり怒られたりしながら、琥姫の為に一生懸命作ったオリジナルのカクテル。それをそっとカクテルグラスに移し、最後にグラスの縁にミニトマトを飾り……。
「お待たせいたしました。こちらのカクテルは、僕のオリジナルで『KOHIME』になります」
「すごい!こたろーちゃんが考えたの?」
 シェイクしたのでほんのりとピンクになった、自分の名がつけられたカクテルを見て、琥姫は目を輝かせた。小太郎は照れくさそうに笑い、小さな箱をそっと出す。
「ナイトホークさんに手伝ってもらって、琥姫姉ちゃんのために作ったんだ。あとこれ、コートのお返し。いつもありがとう」
 箱を開けると、そこにはバレッタとお揃いのペンダントが入っている。思わず感激して涙ぐみそうになりながら、ピンクのバラをそっと撫で、にこっと笑い……。
「カクテル、良かったら飲んでみて。気に入ってくれるといいんだけど」
 そっとカクテルグラスに手を伸ばす。ピンク色、そして縁に飾られたミニトマト。一口飲むとフランボワーズの香りと、甘酸っぱさが口の中に広がった。普段出かけてもあまりカクテルなどは飲まないのだが、これはとても美味しく感じる。
「美味しい!すごいよ、こたろーちゃん。うわぁ…何か感激。ペンダントも大事にするね」
「よかった、気に入ってもらえて」
「あ、飲む前に携帯のカメラで撮れば良かった。ああーん、せっかく作ってもらったのに」
 そのやりとりに、ナイトホークがクスクスと笑いながら煙草をくわえている。
「それは小太郎しか作らないカクテルだから、後でもう一杯頼みなよ。俺からのお返しは、カプレーゼとかトマトづくしのメニューってことで、ごゆっくり」
 ナイトホークが、マッチを手で弄びながらキッチンの方へと入っていく。ごゆっくり……と言われ少し赤くなりながら、琥姫はにこっと笑って小太郎を見た。
「ありがとう、こたろーちゃん」
 改めて言われると何だか照れてしまう。でも返す言葉は一つだろう。
「どういたしまして」
 甘酸っぱいカクテルは恋の妙薬。
 幼なじみ以上恋人未満の二人にとって、それはどんな効果をもたらすのか。グラスの縁ではミニトマトが微笑むように反射したグラスの光を浴びていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6615/矢鏡・小太郎/男性/17歳/神聖都学園 高等部生徒
6541/神楽・琥姫/女性/22歳/大学生・服飾デザイナー

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
ホワイトデーにオリジナルのカクテルをプレゼントということで、バレンタインとは逆に一生懸命な小太郎君と、なかなか連絡が取れなくてジタバタする琥姫ちゃんを書かせていただきました。
オリジナルのカクテル『KOHIME』をどうしようか、まず色を決めて…と、ナイトホークのように考えました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。