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蒼天恋歌 7 終曲
門は閉じ、虚無神の暴走は食い止められた。
ヴォイド・サーヴァンは霧散し、状況が不利になった不浄霧絵は姿を消した。
未だ虚無の境界が生きていることは同じ事件が起こる可能性を秘めているのだが、この門を閉じ、ある程度平和な世界に戻したことが何よりの功績である。
「終わったのですね」
レノアはあなたに言う。
「私は、何もかも失った。家族も……でも」
「いま、私がしたいことを言っても良いですか?」
と、彼女は嬉しそうに行ったのだ。
そう、何もなくなった、というわけではない。
ささやかに、何かを得たのだ。
非日常から日常に戻った瞬間だった。
日常に戻るあなた。
只、少し違うと言えば、隣に子犬の様なレノアがいる。
相変わらず方向音痴、料理は修行中。掃除は上手くなったようだが、謎に、精密機器を壊す。というお茶目なところは残っている。
あなたは、このあと、彼女とどう過ごすのだろう?
未来は無限にあるのだ。
〈龍華〉
春麗らかな、日差し。気持ちよく鳥が飛んでいる青い空。その空に響く綺麗な歌声。其れを聴いているのは、麗龍・公主だった。歌を歌っているのは、レノアである。
あれから2週間ほど経った。梅の花が咲き乱れた季節はすぎ、ニュースではあちこちで開花宣言をしている。この1週間ぐらいは事情聴取や現場検証、掃除などで忙しかった。快眠したのはこのつい最近のこと。公主はIO2の事務所に行ったり来たり、または崑崙に戻って上司にこってり絞られる。そんな日々だった。やっと、何も面倒なこともなくなったのは、この数日前からである。
レノアは色々な書類に目を通し、便宜上衣蒼家が後見人として保護扱いとなる。天涯孤独の身になった以上は、何かしらの背後がいないと難しいだろうという、衣蒼未刀の判断だった。この辺りは影斬には頼めないことなので(後見人になるには色々面倒が多いのだ)、彼が一族に頼み込んだらしい。仁船たちは渋い顔をしていたのかと尋ねると、未刀は苦笑してはぐらかす。現世での面倒なことは公主には分からない(それに生まれた国が全然違う)。
「姉さんお疲れのようですね。」
と、レノアは歌を止める。
彼女の個室も出来、そこには神聖都学園の制服が掛けられている。なかなか可愛いだろう。レノアは無事、4月頭に神聖都に入ることになった。結局1年近く行方不明になったので、留年したことになるが、まあ、何とかなるだろう。
「ああ、事後処理で疲れた。」
「ただいまー。今日はイチゴのケーキだよ。」
此処の家主
「未刀、またケーキか?」
「おかえりなさい。」
レノアの感情を表すかのように、彼女の背中から小さな翼がピコピコと動いていた。
「まったく、ケーキが大好きなのだな。」
公主は苦笑する。
「ええ。」
レノアは満面の笑みで笑っていた。
レノアは二人に甘えている。今までの忙しさとあの悲しみが嘘のように見えない。その笑顔は希望に満ちあふれているのは公主も未刀も分かった。
「でも、私だけ学校というのはどうかと思うので。未刀もいかない?」
「いや、僕は人混みが苦手だ。」
「むう。学校で沢山友達作った方が良いよ?」
これもまた友達か、さてまた兄妹かの様に見えるやりとりであった。
〈お花見に……〉
とある夜。
公主はテレビをのんびり見て、大好きな桃まんを食べていた。中国茶を片手に。
ニュースでは桜の開花を告げる話で持ちきりである。とうに太平洋側では満開だそうだ。
「花見に行かないか? 未刀、レノア。」
公主は夕飯の後かたづけをしている未刀と、お風呂上がりのパジャマ姿のレノアに言った。
「東京か未だ開花して、間もないだろ?」
未刀がエプロン姿の洗剤付スポンジで公主を差す。
「なに、東京から少し南の方は満開で楽しくしているそうだ。まあ、この国の山の中に桜が有るかどうか分からないが。」
「花見か……。義明に聞いたことはあるが……。騒がしいところだと。僕は苦手だなぁ。」
「姉さんと未刀があるなら。私はどこでも行きたい。」
「レノア……。」
レノアの言葉に未刀は苦笑した。
「では、桜の山を探そう。」
と、早速公主は慣れない手つきでパソコンを弄る。ネットなどから桜の名所のなかでも、桜が多い場所を探す。
「不法侵入は良くないです。」
レノアが釘を刺した。
「なに!?」
「龍華姉さんことだし、勝手に中に入ろうとしているでしょ? 遠出と言うから、光遁などの術を使って。だいたい山の中にある桜って言うのは私有地が多いですよ? しっかり許可してもらってはいることが重要です。」
両手を腰に当て、ぷんすかと注意している。
「いや、だから。そうでもないと、花見に行けないでしょうか? レノア……さん?」
レノアの起こる姿にタジタジになる公主。
未刀は笑いをこらえて後かたづけをしていた。
「どうするか読まれているぞ。龍華。」
「笑うな!」
「しっかり許可を取って、しっかり自分の足で向かうのが、花見や旅行の醍醐味です!」
「む、むむむ。」
妹に“力の乱用”を注意される姉であった。
〈レノアの考え方〉
彼女の“時の砂”は本気で使うと強大すぎる。そう、彼女は一番理解している。もちろん自分に流れている天使の血についても。故に有事以外では基本的に使わないのだ。使えばそれなりに楽なのだが、IO2の監視などもあり、虚無の境界に狙われるという危険性を持っている。其れにより、彼女自体がその力の乱用と容易に使うことを危惧しているのだ。この世界の歪みからでる危険から護るためだけに与えられている力だと彼女は考えているのだろう。
なので、仕事として使っている分では公主も未刀もその力のしようにレノアは口を出さない。ただ、平時に余程のことがない限り(というのかあるのか)一般的な人間として文明の利器や自然と共に生きることが良いことだと彼女は思っている。
「でも、“じぃ〜ぴぃ〜えすつきけいたいでんわ”とやらもたせても、迷子になるではないか。」
ジト目で公主はレノアを見る。
マシンクラッシャーでもあるレノアは、良く携帯電話を壊す。微少の静電体質でもこれは異常だ。
「あう、それは……おもわず、端子を触って……内部を……、ショートさせてしまうので……。」
「僕はあまり機械に詳しくないけど、それはありえないよ。」
どんどん小さくなるレノア、感情の起伏によって小さな翼が出てしまい、其れが萎れていた。
光遁を使う理由は、この子犬を迷うことがないようにすることもある。いや、9割方は、面倒と言う他ならないと、思う。
「私は私! でも、術を使うのは有事以外ダメです! IO2に捕まっちゃいます!」
開き直った模様。
あまり沢山使うと、SHIZUKUが喜ぶか、IO2などに睨まれる事が嫌なのだ。
どう説得しようと、光遁などの移動系は“同意者”か“気絶した者”だけしか運べないので。
「わかった、のんびりホテルを借りて、私有地なら許可も取ろう……。」
公主が折れる形になってしまった。妹に弱い。
「私有地か……、衣蒼家にそんな山あったかな? 別荘とか……。」
と、未刀は実家に電話する。
「あるみたい。でも、今満開なのか、分からないそうだ?」
未刀はそう答えた。
電話からは、なにか酔っ払った、従兄弟の声が聞こえている。
「むむぅ」
と、結局レノアに圧されて、面倒な手続きに追われる公主であった。
〈文明という壁〉
衣蒼名義でホテルをとり、鞄を持って、いざ東京駅に向かう3人。公主も鞄を持って、あまり露出のない服になっていた。
「龍華は露出が多いから。困る。」
という、若い二人からの意見で、あまり露出のないカジュアルに纏めてみた。
レノアが桜色を基調としたブラウスにジャケット、薄目の草色のズボンにたいし、彼女は草色と青のキャミソールにそれに似合うジャケットと薄目な紺のデニムパンツである。未刀は相変わらず黒一色。
「未刀におしゃれを教え込んでもだめだと思うのは、私だけか?」
「龍華うるさい。」
「相変わらず、仲が良いですね。妬いちゃいます。」
「まて!」
幸い、公主がふらふらとしやすいレノアの手を引っ張って、迷わずに済んだ。
ただ、レノアは記憶が戻れば普通の女の子なので、立場が逆転してしまった。自動改札機におののいたり、特急列車の乗り心地に戸惑っていたりの公主と未刀に、レノアは反対に慣れた感じで使っている。
「わ、私は、こういう鉄の塊が動くというのが納得いかぬのだ!」
電車の中で怯えて騒ぐ公主。
「科学は偉大ですよ?」
首をかしげるレノアに、
「僕はこう長く電車に乗るのは初めてだな。」
未刀の不思議そうな顔をしていた。
一寸大きめのターミナル地下道。
ここで、3人は途方に暮れる。
「そっちは違います!」
「え? そうなのか?」
「地図を見ればそのルートで行くと遠回りです!」
「むむむ。」
「では、レノアも迷うじゃないか?」
未刀が訊く。
「え、は………はい。本当はお父さんや友達に連れられないと……。だめでした。」
しょんぼりするレノア。
「じゃあ、危ないじゃないか!」
思わずつっこむ公主と未刀。
「今度こそ勝って見せます!」
レノアは意気込んでいた。何連敗しているのか……考えたくもない。
結局、更に迷ってしまった3人である。
心優しい人に案内してもらって、電車を乗り換え歩き続け、目的地のホテルにたどり着いた。
部屋に着いたとたんに、
「つかれたー!」
だらしなく大の字に寝そべる公主。
「はしたないぞ、龍華。」
「狭い電車の缶詰は、私には性に合わぬー! 息苦しい!」
子供のようにじたばたする。なんとも威厳というかなにもない姿だ。
「姉さん……疲れたんですね。」
レノアは苦笑していた。
レノアが迷う所為だという突っ込みはすぐにしなかったが、内心未刀も公主も思っている。
「僕は、人混みなどは何とかならないかなとは思うけど……。一寸、冒険で楽しいな。」
「未刀、でしょ? でしょ? 旅ってそうでないと!」
レノアは目を輝かせる。
「迷ってほしくはないけどね……。」
「あううう。」
また、レノアの背中の翼が萎れていた。やはり感情で現れてしまうそうだ。
「ああ、ごめんごめん。」
未刀はレノアの頭を撫でる。
レノアの感情の翼はピンとはねた。喜んでいるようである。
「レノアは、活発な子だったとは、今まで分からなかった。」
公主は、普通に座って、部屋から窓を見る。
「私、普通はこうなんです。」
レノアにこりと笑って返す。
「僕は活発なレノアが好きだな。」
と、未刀が言う。
レノアは頬を真っ赤に染めた。
「え、そ……。それは、えっと、未刀?」
「未刀!」
公主は何かを勘違いしたらしく、叫ぶ。しかし、
「妹みたいで、僕は嬉しい。」
と、そのまま微笑んで、言うのだ。
全く「好き」という言葉の大事さを、未刀は完全に分かっていないようである。石化したかのように、公主は固まっている。レノアも、一寸固まっていた。
「え、そ、そうですよね! ええ! そうですよね! わ、私もお兄さんができたようで嬉しいです!」
「そうか、そういうことか、あははは。」
と、何か慌てて同意している二人。
「良かった。」
未刀は微笑む。
しかし、レノアはぽつりと小声で、
「頼りない、世話の焼けるお兄ちゃんとして……。」
と、言うが、聞こえたのは公主しかいないだろう。
このホテルを選んだのは、桜を見ながらの露天風呂が見られると言うことにある。其れでなければ取っていない可能性が高かった。
〈露天風呂でひと騒動〉
桜を見ながら、温泉につかるというのは、とても風流であると思う、3人。
しかし、実は其れは混浴で、未刀は、後にはいると言って聞かない。
公主はにやりと笑う。
「3人と一緒でないと、私は嫌だな。」
少し拗ねた口調で、未刀に近寄る。
「わたしは、えっとその、恥ずかしいなぁ。」
と、恥ずかしがってはいるものの興味津々なレノア。
「いや、だから僕は。うわああ。」
と、連行される未刀。
ああ、哀れ。
月明かりの夜空に、白く咲き乱れる桜。うすピンクでも、白く見える。
固まっているのは未刀。両手に花故か、緊張して固まっているという状態。公主とレノアの傷一つ無い肌が、まぶしいのである。あと、対照的なスタイルなど。未刀はあまり公主の裸は見たことがないのだ。その辺に免疫がない。
タオルで体をまいていても、恥ずかしいことこの上ないが、未刀の恥ずかしがっている顔を見たい公主のいたずら心もあった。積極的にアプローチされてしまうとあとあと怖いのだが、其れは少し期待してみる。
しかし、レノアの綺麗な肌をみて、公主はため息をついた。
「いいのう。私も年齢は止まっているがこうも行かない……。若さって言うのは良い物だなぁ。」
「え、龍華姉さん、そのスタイル良いじゃないですか。」
「え? そんな。」
「胸とか……あって、いいなぁ。」
レノアは公主の胸を見て、そして自分の胸を見る。
明らかに、違う。
「レノアは未だ若いじゃないの。成長すれば!」
目の前の健全な男の子を前に何という会話をしていますか。という、つっこみは却下される。
「え、そんな希望はないです〜。 龍華姉さんのスタイルになんてなれません。こんなふうに!」
「きゃあ! こらそこはやめろ!」
「こら、そこはだめだって!」
と、二人してじゃれ合う形になり……。
「風呂ではしゃぐなよ……。」
「ふあああい」
「うう、浮かれすぎてしまった。」
のぼせて、未刀にお世話になったお馬鹿な女性二人であった。
どっかの修学旅行のようだ。
〈花見〉
朝。
レノアがカーテンを開ける。日差しがまぶしく、ぐっすり眠っていた公主と未刀は目をこすった。
「む?」
「姉さん、未刀、朝ですよ。」
レノアは笑って二人を起こす。
「そうか、昨日ははしゃぎすぎたなぁ。」
と、だらしなく公主はあくびをした。
朝食を済ませた3人は、桜の山を散策する。其れはとても綺麗で、都会の喧噪を忘れるものであった。空気もおいしくて一緒に深呼吸をする。3人は手をつないで、ゆっくりと桜を眺めていた。1時間ぐらい歩いた先にそこには、自然の展望台のような感じであった。ちなみにこの山はホテルの客にしか入れないらしい。
「レノア、頼みがあるのだが?」
公主がレノアに言う。
「なんですか?」
「歌を歌ってほしい。」
「はい♪」
と、彼女は微笑んで、公主と未刀から離れ、岩で少し高くなっているところに軽く飛び乗った。
「天使の歌声を、聴いてください。」
と、深々とお辞儀する。
歌い始めると、彼女の背中から大きく翼が出てきた。少し白く、透明に。其れがまたも幻想的で、桜の花びらが舞い散る中、レノアの歌声が響いた。
それは、春の訪れを一層感じさせる気分にさせる。
あの、事件は嘘かのように、彼女は過去を悲しむことはなかった。ただ、ただ、この公主と一緒に暮らしていくのであろう。
「本当に素直で、可愛い娘だ。」
と、公主は思う。
護りたい者がまた一つ増える。
それが、この数年に増えるとは思っていなかった。
しかし、其れは確かにある。
今目の前に。
今日も明日も、その先ずっと、彼女の笑顔を、歌が聴けるなら。幸せであろうと彼女は確信していた。
天使の歌声は春の風とともに流れていく……。
END
■登場人物
【1913 麗龍・公主 400 女 催命仙姑】
■ライター通信
滝照直樹です。
『蒼天恋歌 7 終曲』に参加してくださりありがとうございます。
レノアは力を多用するのは好きではない性格で、しかし、今現存する機器をあまり扱えない欠点を持ちながらも、滅多に使いません。今回のシチュエーションの数割方は、私の思いつきですが、いかがでしたでしょうか? 二人ともしっかり者なのか、どじっ娘なのか全然分からない状態になっています。
このたびは、全話参加ありがとうございます。
また、別のどこかのお話でお会いしましょう。
滝照直樹
20070307
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