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幸せの贈り物
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バレンタインデーに送られた、リボンの掛かった小さな箱。
開ければ甘い香りとともに、丸い形のチョコが幾つか入っているのが見える。
不揃いな大きさ、少し歪な形。
手作りであろう事は、容易に予想が出来た。
手渡してくれた時の、少し恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな笑顔とともに浮かぶ、一生懸命チョコを作っているあの人の姿。
お返しは心の篭ったものを送りたい。
けれど・・・
「何を贈ったら良いかって、俺にきかれてもなぁ」
紫色の瞳を細めながら、ソファーに深く座り込んだ鷺染 詠二(さぎそめ・えいじ)が困ったように天井を仰ぐ。
いそいそとキッチンから紅茶とクッキーを持ってきた笹貝 メグル(ささがい・−)が兄である詠二の隣に座ると、長い銀色の髪を1本に束ねてからカップに手を伸ばす。
「ご自分で一生懸命選んだものならば、喜んでくださると思いますけれど」
やや上目使いになりながら、メグルが控えめにそう呟くと紅茶に息を吹きかける。
それに習ってカップを手に取ると、『私』は心の中に渦巻いている気持ちを素直に言葉にして伝える。
すなわち・・・買ったものではなく、自分で作ったものをあげたい。相手がそうしてくれたように、自分も悩みながら、相手の事を想いながら作りたい・・・
「手作り、ですか」
メグルが元々大きな瞳を尚更大きくさせて、淡い色の唇の前に手を持ってくるとパチクリと瞬きをする。
手作りは変なのだろうか・・・?不安そうな瞳をチラリと向ければ、彼女は柔らかく微笑んで首を振った。
「素敵ですね。ぜひ兄も誘ってやってください」
「毎年お返しは手作りだろ?」
「・・・お兄さんの場合、私の分はついでみたいなもんじゃないですか。あまったからあげる、みたいに」
ぷぅっと頬を膨らませてむくれるメグルに苦笑しながら、詠二は傍らに置いてあったブックラックから厚めの本を取り出してこちらに寄越した。
「お菓子作りの本、良かったら貸すからどうぞ」
「キッチンもご自由に使ってください。もし分からない事があれば、お手伝いいたします」
メグルが柔らかい微笑を浮かべ、詠二が悪戯っぽい表情を覗かせながら部屋の隅に置かれた電話を指差した。
「何を作りたいのか決まらなかったら、相手の人に聞いてみれば良いしな」
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久し振りの声は、何かを堪えているようにか細く震えていた。
『シュラインさん、お久し振り』
「詠二?どうしたの?」
何か緊急な事態でも起きたのか。
詠二がシュライン エマの元へ電話をしてくるなんて、初めての事だった。
『どうしたって事でもないんだけど・・・ちょっと、面白い光景を見せてあげようと思って』
「面白い光景?」
『今から家に来れる?』
「えぇ、それは大丈夫だけれど・・・」
『メグルが迎えに行ってるから』
詠二がそう告げた途端、背後でふわりと柔らかな風が起こった。
温かい風は、花の香りを乗せながらシュラインの髪を撫ぜ、頬を撫ぜると部屋中に広がり、壁を突き抜けて外へと出て行ってしまった。
「お迎えに上がりました」
「メグルちゃん・・・」
神出鬼没の彼女は、銀色の髪を靡かせながら愛らしい笑顔を浮かべてチョコリと頭を下げた。
『あ、メグル来たみたいだね。それじゃぁ、待ってるから』
ブツリと電話が途切れ、シュラインはゆっくりと受話器を元に戻すとメグルの方を向いた。
極端に色素の薄い、透けるような白い手がシュラインへと伸ばされ、一瞬の躊躇いの後でその手に自身の手を重ねる。
メグルがポケットの中から小さな瓶を取り出し、足元に落とす。
パリンと、薄い硝子が割れて飛び散り・・・細かい光の粒が迸る。
強い光を放つ光の粒から目を背け、ゆっくりと開いた時・・・シュラインとメグルは広い応接室に立っていた。
「お兄さん、お連れしました」
「あ、ご苦労様」
キッチンから出てきた詠二がチョイチョイと手招きをする。
どうやらキッチンに何かがあるようだ。毛足の長い絨毯の上をゆっくりと歩き ―――
「詠二、誰か来たのか?」
ひょっこりと、詠二の隣に見慣れた顔が並んだ。
「武彦さん!?」
『やっぱり驚いた』とでも言いたげに、詠二がクスリと笑みを浮かべ、メグルもシュラインの驚いた顔を見て小さく微笑んでいる。
「どうして此処に・・・?」
「俺は・・・」
躊躇うように言いよどんだ武彦の台詞を詠二が奪う。
「ホワイトデーのお菓子作りに来たんだよ」
「武彦さんが、お菓子作り?」
詠二の言葉に首を傾げる。
(・・・そう言えば、少々恥ずかしげにチョコ渡してた零ちゃんへのお返し悩んでたものね)
「何を作るのかは決めたの?」
「それが・・・」
「ドレもコレも難しそうって言って、決められないでいるんだ。だから、シュラインさんに任せるよ」
後はお好きにどうぞとばかりに詠二が欠伸をしながら手を振って出て行く。
「お兄さん、昨日徹夜だったんです」
「・・・詠二がって事は、メグルちゃんもじゃないの?」
「はい。でも・・・私は大丈夫ですから」
か弱く微笑むメグルの顔色は、心なしか少し悪いようだった。
「ここは私に任せて、メグルちゃんも少し眠ったら?」
「えっと・・・それじゃぁ、お言葉に甘えさせていただきます。何かありましたら起こしてください」
2階の右手、手前にある部屋が自分の部屋だと告げると、ゆっくりと応接室から出て行く。
シュラインはその背中を心配そうに見詰めた後で、よしと心の中で小さく気合を入れた。
必死に料理の本と格闘を続ける武彦の背後に回りこみ・・・
「簡単なのはベイクドチーズケーキやクッキーね」
「ケーキかクッキー?」
「でも、ケーキだと個人へのお返しって感じでもないか・・・クッキーなら、武彦さんらしく珈琲風味でスライスアーモンド入りのや、日にちにちなんでホワイトチョココーティングしたクッキーなんてどうかしら」
「・・・よく分からないが・・・それでいこう」
料理本の中からクッキーの作り方の書かれたページを開いた武彦が、ごそごそと棚や冷蔵庫をあさり始める。
綺麗に片付けられているキッチンは、おそらく主にメグルが使用しているのだろう。
テーブルの上に乗っていたエプロンを武彦に差し出し・・・エプロンが2つある事に気付き、苦笑するシュライン。
(最初から私が来るのは決まってたみたいね・・・)
バターに卵、薄力粉に珈琲の粉、塩と砂糖をテーブルの上にキチンと並べ、武彦が腕を捲くる。
「それじゃぁ、シュライン。サポート頼めるか?」
「勿論」
料理本片手に微笑むシュライン。
武彦のお料理奮闘記の始まりだった ―――
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常温で柔らかくしておいたバターをボウルの中に入れ、ヘラで塊を潰しながらほぐしていく。
塩を加えて泡だて器でクリーム状になるまで混ぜ、砂糖を数回に分けて混ぜ合わせ、更に常温に戻した卵黄を加えて混ぜ合わせる。
「はい武彦さん、珈琲の粉」
多少すりつぶしておいた珈琲の粉をシュラインの手から受け取り、武彦が慎重な手つきで混ぜ合わせる。
あらかじめ振るっておいた薄力粉を加えてヘラで全体に馴染むまで混ぜ合わせる。
真剣そのものの横顔を見ながら、クスリと口元に笑みを浮かべる。
シュラインがスライスアーモンドを袋から取り出し、別途作っている生地の中に混ぜ合わせる。
スプーンですくって形を整えながらオーブンシートを敷いた天板に乗せ、シュラインがオーブンを180℃にセットする。
「色々な形のものを作りたいわね」
「そう言えば、型抜きがあったはずだ」
作業を中断した武彦が、引き出しの中から数種類の型抜きを取り出すと並べていく。
シュラインが小麦粉を取り出して型にまぶし、麺棒を探し出すと生地を伸ばす。
「ウサギ型とか、星型とか、結構色々あるのね」
「笹貝が使うんだろうな」
「そうだとは思うけれど、詠二も料理上手いんじゃなかったかしら?」
うろ覚えの情報に、シュラインの視線が虚空を漂う。
「ホワイトデーは手作りだとか言ってたような・・・」
「手先が器用だしな」
武彦がそう呟き、薄く色付いた生地を型で切り抜く。
なるべく余りが出ないように、パズル間隔で型を押し当て・・・あまった生地は1つにまとめ、もう1度伸ばしていく。
オーブンが設定温度になった事を小さな電子音で知らせ、生地を中に入れると良い色になるまで10分ほど焼く。
ボケっと出来上がりを待っている武彦とは違い、シュラインは忙しく動いていた。
冷蔵庫に入っていたホワイトのペンと板チョコを取り出しておき、武彦が持って来たと言うラッピングの箱やリボンを取りに応接室に入る。
ソファーの上に無造作に放り出されていた袋には、シンプルな茶色の箱がまだ組み立てられていない状態で入っていた。
チンと言う軽い音に、オーブンを開ける。
ふわりと甘い香りが漂い・・・
「武彦さん、ラッピングはどうするの?幾つかあるみたいだけど」
「全部持って来てくれ」
袋をそのまま持って行き、出来上がったクッキーを冷ます。
武彦がテーブルの上に、ラッピング用の箱やリボンを取り出していく。
箱は3つ。リボンも3つ。リボンは、それぞれ色違いだ。
それから、小袋が数枚あり・・・
「もしかして、何人かにあげるの?」
「あぁ。・・・零にはどのリボンが良いと思うか?」
「んー、そうねぇ」
赤いリボンとピンクのリボン、そして極端に薄い水色のリボン・・・
「ピンクが良いんじゃないかしら?可愛いし」
「そうか」
「後の2つは誰に渡すの?」
「・・・さぁ」
肩を竦めた武彦が、答えをはぐらかす。
言いたくないのなら、わざわざ聞く必要もない。シュラインはあえてその先はツッコまずに、テキパキと動き始めた。
ホワイトチョコのペンでクッキーに模様を描き、武彦がホワイトチョコを湯煎で溶かし、クッキーにぬっていく。
出来上がったチョコが乾くまで待ちながら、チョコをぬっていないクッキーを3つの箱の中につめ、余りを小袋の中にランダムに入れて行く。
シュラインもそれを手伝い・・・最後に綺麗にリボンをかけると、ほっと溜息をつく。
「あ、出来上がったんだ〜?」
トテトテと走って来た詠二がテーブルの上に置かれた箱と袋を交互に見詰め、その後をゆっくりとした足取りでメグルがついて来る。
「もし宜しければ、お茶でも飲みません?」
棚の上から紅茶の缶を取り出し、詠二がクッキーの箱を取り出すと食器棚からお皿を出してその上に並べる。
「笹貝」
「はい?」
「これ・・・」
薄い水色のリボンの掛かった箱を武彦が差し出す。
どうやら1つはメグルのためのものだったらしい。
「有難う御座います」
ふわりと微笑んだメグルが頭を下げ、紅茶をそれぞれの前に置いて行く。
「えー、メグルばっかズルーイ!」
「はぁ、絶対言うと思った・・・」
武彦が溜息をつきながら、小袋を1つ詠二に放り投げる。
そして・・・・・・
「今日は手伝ってもらって悪かったな」
「そんな・・・」
赤いリボンのついた箱を1つ、シュラインに差し出す。
お礼を言いながら受け取り・・・メグルがそっと、シュラインの隣に立つと耳元で小さく囁く。
「お兄さんからの電話、本当は草間さんがかけろって言ったんですよ」
「え?」
「手伝ってほしかったの半分、渡したいの半分、だったんでしょうか・・・?」
クスリと大人びた微笑を浮かべながらくるりと背を向けたメグル。
シュラインは緩みそうになる頬に手を当てた。
少しだけ色付いた頬は、ほんのりと温かかった ――――――
E N D
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 草間 武彦
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は『幸せの贈り物』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
今回も、シュラインさん独特の優しさや柔らかさが出せていればと思います。
うっかり想像で武彦さんに白いふりふりエプロンを着せてしまい、数分笑い地獄に陥ったり
クッキーのレシピと睨めっこをしながらの執筆作業はとても楽しかったです♪
・・・それにしても、武彦さんが必死にお菓子作り・・・
少し見てみたい気もします(笑)
それでは、またどこかでお逢いいたしました時は宜しくお願いいたします。
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