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<ホワイトデー・恋人達の物語2007>


激烈 ウォッチャー!

 草間興信所で、一人の少年が悩んでいた。
「ホワイトデーっつったってなー。何を返せば良いやら……」
 バレンタインデーにチョコを幾つか受け取った小太郎。
 そのほとんどが義理であるが、お返しをしないわけには行くまい。
 だが、この少年にとってバレンタインにチョコを貰ったのは初めての経験。
 当然、誰かにお返しをするなんてこともしたことは無い。
「なにをどうしたもんやら、悩む」
 呟きながら頭をワシワシ掻く。
 お返しは三倍返しなんて言葉すら知らないのだ。
 本当に何をして良いのかわからないのだ。
 それはつまり、面白い事の始まりである。

「誰かに聞いてみよう。それが良い」
 それは悪魔のドアを叩くまじないの台詞。
 それは心優しき人に答えを聞く救援の言葉。
 どちらに転ぶも、尋ねられた人次第である。

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 小太郎の様子を、黒榊 魅月姫は遠巻きに見やる。
 零に淹れてもらった紅茶を優雅に飲みながら悩める少年を眺めるのも、一興あろうか。
 今の所、魅月姫は小太郎がどうして悩んでいるのか把握していないが、その様子を見ているのは面白い。
 机上に突っ伏している小太郎はそのまま頭を抱えて髪をかき回したり、もんどりうったり、立ち上がったり座ったり、挙動不審なことこの上ない。
 更に、ウーウー唸っていたり、あーでもないこーでもないと独り言を呟いていたりするのだから、最早危険人物くさくなっているあたり、今回の小太郎の悩みは、彼にとって相当なものなのだろう。
 そろそろ眺めているだけにも飽きたので、同じように小太郎を眺めている武彦に、魅月姫は尋ねてみた。
「……で、彼はどうして悩んでいるのかしら?」
「ああ、何でも、ホワイトデーのお返しをどうするか悩んでるんだってよ」
「ホワイトデー……そういえばそろそろですね」
 暦は弥生の二週に差し掛かった頃。来週には三月十四日はやってくる。
 魅月姫も小太郎に義理チョコをあげた一人。どういうお返しが来るのか楽しみに待つのも良いが、あの小太郎の様子では期待は出来まい。
 あんまりにもあんまりな物が来てもどうしようもないので、魅月姫は小太郎に近付いた。
「小太郎さん」
「ん? ああ、魅月姫姉ちゃんか。なんだよ?」
「話によると、ホワイトデーのお返しで悩んでいるとか?」
「む、トップシークレットを何処で入手したんだ」
 顔を微妙に赤くする小太郎。どうやら図星が恥ずかしかったようだ。
 そんな小太郎を軽くスルーして、魅月姫は話を続ける。
「私がチョコを渡したのも覚えてますよね」
「お、おう、あの高そうなチョコな。草間さんから守るのが大変だったぜ」
 貧乏男二人が高価なチョコを欲しがって争う様は、見るに堪えないモノなのであえて想像するのは止めておく。
 視界の端で零が当時の様子を思い起こして頭を抑えてるのを見ても、魅月姫の予想は正しいらしい。
「草間さんにも差し上げたはずですが……」
「何でも、俺みたいな小僧が高価なチョコを食べるのは良くない、んだとさ」
「おい、小僧。要らん事言うなよ」
「なんだよ、ホントのことだろ!」
「うるせー、俺に分の悪いことは何一つ口にするんじゃねぇ、居候風情が!」
「何、その一方的な言論弾圧!?」
 途中で武彦から横槍が入ったので、小太郎はそれ以上話さなかったが、やはり醜い争いだったのだろう。
 気を取り直して、小太郎は魅月姫に向き直る。
「大丈夫だぜ。ちゃんと魅月姫姉ちゃんにもお返しするから」
「それは良いのですが、何を返すかについて悩んでいるようなので、ちょっと助言を」
「ホントか! それはありがたい!」
 何の道標も無かった小太郎は魅月姫の照らす助言と言う名のランプに飛びつく。
「巷ではホワイトデーのお返しは三倍返しというのが基本だそうです」
「さ、三倍!?」
 だが、飛びついた瞬間に後悔しただろう。
 そんな事実を知るくらいなら、何も聞かないほうがマシだったかもしれない。
「三倍って、魅月姫姉ちゃんのくれたチョコってかなり高そうだったじゃん!?」
「ええ、ウィーンの老舗のチョコですから、それなりのお値段はしましたね」
「ウィーンって何処だよ!」
 ヨーロッパのゴチャゴチャした地理はあまり覚えていない小太郎は更なる精神攻撃に、早くも思考回路をショートさせん勢いだ。
 小太郎の頭の中にはオーストリアなんて国の名前すら入ってはいないだろう。
 だが、流石に値段を聞くほどの野暮は犯さないらしい。いや、そこまで頭が回らないだけかもしれないが。
 そんな小太郎に魅月姫は説明を続ける。
「後はクッキーやマシュマロ、アメなんかがお返しの定石らしいですよ」
「なるほど……だが、俺の知ってるクッキーやアメの価値は高が知れてるぞ……」
「出来れば量より質を願いたい所ですね」
「……更に辛い注文をつけてくるな」
 ギリと奥歯を噛む音が聞こえてきそうだ。
 小太郎のしかめっ面をやはり魅月姫はスルーし、言葉を継ぐ。
「まぁ、誠意が籠もっていれば、お菓子じゃなくても良いんじゃないですか」
「例えば?」
「それは貴方が考える事です」
 道は照らしはするが、ゴールを明示したりはしない。
 そこまで教えてしまえば面白くない。
「でもあまりお粗末な物でしたらやり直しですから、そのつもりで」
「やり直しって……どうやって? 買いなおしって事か?」
「聞きたいですか?」
「……や、やめときます」
 なんだか妙なオーラを背負っているように見える魅月姫を前に小太郎は身を小さくした。
 しかしそこに魅月姫の追い討ち。
「期待して待ってるわ」
「……あまり期待されてもなぁ」
 どうやら、助言を貰ったはずが、逆に窮地に追いやられた結果になった小太郎だった。

「ああ、それと」
 頭を抱えなおす小太郎に、魅月姫はもう一つ付け足す。
「ユリさんにもチョコを貰ったんですよね?」
「あ、ああ。まぁ」
「だったら、そのお返しもキッチリしなさい。しっかりと、心を込めて、ね」
「お、オス」
 その言葉に明らかなプレッシャーを感じ、やはり小太郎の心持ちは鬱々と下降気味だった。

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 その後も、悩む小太郎を眺めて紅茶を飲む魅月姫。
 隣で同じように小太郎を眺めている武彦に笑いながら話しかけられる。
「あの様子なら、もう少し楽しめそうだな」
「悩める少年を楽しんで眺めるなんて、あまり良い趣味じゃありませんよ」
「お前も人の事言えないだろうが」
「私は楽しんでなんていませんよ? ただ少し、興味深いくらいです」
 言及するのを諦めて鼻で笑う武彦に、魅月姫も突っ込む事は無い。
 少年がグルグルと身をよじっている様子が、なんともおかしかったからだ。
「しかしなぁ、さっきの会話だけ聞いていれば何の変哲も無い、少年少女のホワイトデーの話題なんだが、あの小僧の顔は……」
 思い出して武彦は笑う。
「ありゃ、どう見ても微笑ましい光景ではなかったぞ」
「ではどういう風に見えました?」
「そうさな……蛇に睨まれたカエル、か」
「あら、私を捕まえて蛇などとは……随分勇気がある台詞ですね」
「……あー、聞かなかったことにしてくれ」
 苦笑いして武彦は両手を上げた。

 眺められている小太郎的には完全に手詰まりだった。
 金銭的な余裕は明らかに無い。
 にも拘らず、魅月姫から『三倍返しが普通』と言われてしまうと、それをこなさなければならないように思えてしまう。
 ならばどうすれば良いのか?
 グルグルと座りながら器用に体を回転させて悩みに悩みぬく。
 魅月姫の分だけではなく、ユリの分も返さなければならない事が更に少年を悩ませる。
 一人でも辛いと言うのに、二人も『三倍返し』なのだ。
 そりゃ、明らかに無理な話だ。
 さてどうするか、と答えを探すのに、小太郎は十四日までの一週間弱を全て使い切ったと言う。

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 ホワイトデー当日。
 悩みぬいた小太郎は一つのプレゼントを手に、いつものように興信所にお茶を飲みに来た魅月姫に相対した。
「では、お返しをいただきましょうか」
 魅月姫の言葉を受けて、小太郎は手に持っていた包みを差し出した。
 その包みは小さく、老舗チョコの価値三倍とは言いがたそうだが、見た目大きさだけで判断するべきではあるまい。
「あけてみても?」
「ああ、どうぞ」
 小太郎の了承を取り、魅月姫はその場で包みを開ける。
 開くとやはり小さな箱が。更に開くと粗末なクッキーが。
 やり直しを言い渡そうかと思ったが、何か思うところがあってこのクッキーを渡してきたのだろう。
 その真意を問うことにした。
「……これは?」
「完全俺自作のクッキー。家庭科の授業で習ったのを必死に思い出して作った」
「なるほど。手作りクッキーですか」
 道理で粗末なわけだ。どうせ家庭科の成績も大して良くないのだろう。
 味も、期待出来そうには無い。
「では、……これの何処が三倍返しなのか、尋ねましょうか?」
「色々と言い難い事はあるが、手間三倍……かな」
 まぁ、手際の良い老舗のショコラティエと比べれば、手間三倍どころの話ではあるまい。
 ショコラティエもそりゃ手間隙かけてチョコを作っているだろうが、小太郎の場合は手間隙をかけると言うより四苦八苦しながらクッキーを焼いたと思われる。
 これは……やり直しか、とも思ったが、この一週間悩みに悩みぬいた末の答えがこれなのだろう。
 それをやり直しさせるのは、少し酷だろうか?
 誠意はそれなりに籠もっているのだろうし、ここは心を海の様に広くして許してやろう。
「……まぁ、ギリギリ及第点でしょう」
「ほっ……良かった。やり直しさせられたらどうしようかと思ったぜ」
「少し間違えばやり直しでしたよ。惜しかったですね」
「惜しくねぇ。全然惜しくねぇ」
 心底ホッとした様な表情の小太郎を見て、武彦は大笑いしていた。
「こら、草間さん! 笑うな!」
「だっておかしいもんよ! 笑うなっつーのは無理な話だぜ!」
「あら、草間さんからはまだお返しを貰ってませんが、余裕みたいですね」
「……っう、それはまたな」
 逃げるように武彦は興信所を出て行った。

「それで、ユリさんにもこのクッキーを渡すつもりですか?」
「だ、ダメだろうか?」
 魅月姫に問われ、小太郎は恐る恐る尋ね返す。
「まぁ、普通はダメでしょうね」
 小さくため息をついて小太郎のアホさ加減を再認する。
 あのユリの事だろうから、小太郎には本命チョコを渡したはずだ。
 それなのに、そのお返しがこの粗末なクッキーでは……。
「まぁ、まだ今日は始まったばかりですから、死ぬ気で考えなさい。そしてちゃんとしたものをユリさんに上げること」
「……っう、わかったよ」
 魅月姫に指を突きつけられ、小太郎は冷や汗を流しながらも答えた。
 後半日以上も残っているのだ。絶体絶命の小太郎も何か考え付くだろう。
 そう思って、魅月姫は小太郎から貰ったクッキーを茶請けに、紅茶をまた飲んだ。
「……想像していた以上に不味いですね」
「そ、そういう事は作った本人のいないところで言ってくれ! 俺だって結構頑張ったんだぞ!」
 最早少し涙眼の小太郎はそのまま武彦を追うように興信所を出て行った。

「少し、いじめすぎなんじゃありませんか?」
 紅茶のおかわりを注ぐ零が言う。
 だが、魅月姫は不味いクッキーをかじりながら小さく笑う。
「そんな事ありませんよ。また以前のように生意気にも刃向かわれると面倒ですから、今の内にきつめの躾をしておいた方が良いでしょう」
「……小太郎さんには悪いかもしれませんが、確かに仕事の邪魔をされると家計にも波が来ますから……やはり、相応の対応でしょうかね」
 そう言って女性二人はくすくすと小さく笑いあった。

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 結局、小太郎はユリに銀の指輪をプレゼントしたらしい。
 貧乏学生にしてはもの凄く奮発したお返しだったが、それに比べて魅月姫に対するものが粗末過ぎると思い、魅月姫は何か報復してやろうと低く笑うのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 黒榊 魅月姫様、シナリオに参加してくださりありがとうございます! 『貰った事も無ければ返した事も無い』ピコかめです。
 クッキーで腹を壊さない事を祈りつつ……。

 ええと、小太郎バリに俺も何をお返しして良いやら悩んだわけですが。
 悩みに悩んだ結果、『苦労三倍返し』のクッキーで。貧相な内容のお返しですみません。
 何しろ俺は『貰った事も無ければ返したことも無い』ピコかめですから、どうかヒラにご容赦を。
 あと、ユリに渡したものがもう一方と被ってますが、物語的にはリンクしてません。あしからず。
 では、またよろしくお願いします!