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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


懐かしさ、のようなもの

 杞槙様の母親の実家から。
 使い――迎えが来たのはつい先日の事。

 その実家の場所は、海を渡る。
 ドイツのとある森の中。
 周囲を数多の木々で囲まれた、静かなところにある屋敷。

 杞槙様は時々、そちらの家の現当主である彼女の伯父から迎えが来た時にだけ――そちらの家に、遊びに行く。
 当然、彼女の守人である私も伴に付く。

 その家は――その屋敷は、私にも馴染みの深い場所になる。
 私が――是永佳凜と言う名を持つこの男が日本に渡り、四宮家に杞槙様の守人として雇われる以前。その私が杞槙様と出逢う前――十七の歳を数えるまで暮らした場所でもある、家だから。



 ここに居ると、思い出す。
 託された、切なる願い。
 幼い頃から、逢った事もない――いやまだ生まれてもいないひとを。
 守るのだと言われてきた。

『何があっても、相手が誰であっても――…
 ――…姫を守って欲しい。頼んだよ、佳凜』

 その頃の、主の言葉。
 …杞槙様に出逢う以前の。杞槙様の父親に雇われるより更に前。元々の。私の主であった人の――今仕える人が誰であろうと本来は今もまだ己の主である筈の人の、言葉。
 その人こそが、杞槙様の伯父であり。
 この屋敷の、現在の主。

 その人から。
 何度も何度も、事ある毎に言い聞かされてきた願い。
 姫を守って欲しい、と。

 …何を莫迦な事を。と、普通なら思うのかもしれない。
 普通なら反発して当然の事なのかも、しれない。

 …けれど。
 何故か、すんなりと受け入れている自分が居た。
 それが、当然の事だと感じている自分が居た。

 これから生まれてくるのだろう、姫。
 その時点で、普通なら信じられはしないだろう。

 ――…だが、俺は信じていた。

 いつか生まれてくる姫を――彼女を守るのだと思い。
 その為になるのならば、どんな事も苦にならなかった。学ぶ事も身体を鍛える――それだけではなく接近格闘戦闘術を修める事も。この身の内にある蒼氷の能力の――完全な制御をこの手で為す事も。…『姫』を『守る』為に必要な、全ての事柄、何もかも。
 苦にならないどころか、喜びさえ感じていた。
 そのひとの為と思うなら。一歩一歩歩む事、積み上げる事それ全て。苦難とは微塵も感じなかった。
 …自分でも、何故そう思ったのかわからない。
 何か理屈を付けて自分のこの思いを論理的に考えようとしても、それが出来ない。
 理屈も何もなく、ただ、そう思うだけ。

 …幼い頃から不可思議なものに囲まれて育ったから、だろうか。
 いや、それだけではない。

 信じられる『何か』が、自分の中に確かにあった。
 そう思っても、どう形容すれば良いのか、迷う『それ』。
 その『何か』が何なのか。
 日常を過ごす中、考えて考え抜いて――ある時不意に頭に浮かぶ。
『それ』をどう形容したら良いのかが。

『それ』は――『懐かしさ』。

 まだ出逢ってもいない相手なのに。
 まだ生まれてもいない相手なのに。
 そう、いつか必ず出逢うと信じる未だ見ぬひとに…どういう訳か俺は、懐かしさのようなものを感じていたのだ。

 誰に言われるまでもなく、初めから、識っていた、のかもしれない。
 守る事になるのだと。
 望まれるだけでなく、自分もそう望んでいるのだと。
 己が主に『姫』と言われた、彼女を。

 …そして何年か、年経た後。
 姫が――杞槙様が生まれたと。
 杞槙様の母親からの手紙で知らされたその時は。

 もうすぐ逢える傍で守れると、心が躍った。



 …その時は急に訪れた。

『佳凜、あの子の事を、お願いね。
 いつもあの子の傍に居てあげて。
 あなたが傍に居てくれるなら、私は安心して…――』

 これまでにも何度も受け取った、杞槙様の母親からの手紙。
 …知らせが来たのは、最後の手紙のすぐ後で。

 最期にこめられた想いは、確かに受け取った。



 そして今、ここに居る。
 杞槙様の傍に。

 物思いにふける中。ふと、鈴を振るような声がした。
 鈴を振るようなその声で、私の名が呼ばれる。
 呼んだのが誰かは、呼ばれた時点でその声で、わかっている事。
 振り返ると、当然のように、そこに居た。

 私が定めた私の主――杞槙様。
 杞槙様と私が返すと、すぐ隣まで歩み寄り、微笑みを。

「佳凜、初めて逢った時の事を憶えている?」

 憶えている。
 …今、その事を考えていた――いや、今まさに考えようとしていた、ところで。
 あまりのタイミングの良さに、少し、驚く。
 いや。
 杞槙様なら。
 それも自然なのだろうとも、思う。

「――…佳凜は、お母さまからのお手紙で私の事を教えてもらっていたから…私と初めて逢ったような気がしない、と言っていたわよね?」

 ええ。その通りです。
 杞槙様の母親から手紙で知らされていたから。…それが、全てでもなかったのですけれど。

 本音を言えば、それよりずっと前から、懐かしいと、感じていました。
 …きっとこれは、客観的に見るならば、私の勝手な思い込み――の類になるのでしょうが。
 それでも、それを後悔とも間違いとも思わない――正しかったと思っている自分は、今でも変わりません。

 …けれどそこまでは、私は杞槙様に告げていません。
 軽々しく言えるような事では、ないですから。
 …主と仰ぐひとに対しそんな思い込みを抱くなど、傲慢でさえ、ある事で。
 これは、私の中でだけ事実であれば良い。
 杞槙様を守る決意、その核の部分にそれが理由としてあるだけで、良い事。
 ――…私の心を、ただ杞槙様に押し付ける事などしたくない。

 なのに。
 杞槙様は、思いも寄らぬ事を、続ける。

「――…本当はあの時…私もね、佳凜と逢うのは初めてなのに、何だか…懐かしい気がしたの。

 あの頃は私も小さくて、自分が感じた事がよくわからなかったのだけれど。
 大きくなって思い出した時に、あれは懐かしさだって、わかったの。

 …初めて逢ったのに懐かしいなんて、おかしいわよね?」

 はにかんだ顔で。
 そこまで、告げられて。
 胸を衝かれた、気がした。

 驚いた。

 杞槙様が。
 杞槙様も。

 私と、同様に?
 …そんな事があって良いのだろうか。
 堪らない気持ちになる。
 私はまだ、その事を杞槙様に告げていないのに。
 そんな大それた考えは言うべきでないと、そう決めていたのに、杞槙様は。

 …つくづく、自分の矮小さを思い知らされる。

 ――…言わなければ、伝わらない。
 言うべきだと、思う。
 言わなければと、思う。
 何とか、口を開く。
 喉から声を、絞り出す。
 おかしくなど、ないと。
 …伝えなければ、ならないと。

「――…いいえ、本当は…私はもっとずっと前から、そう感じておりましたから」

 おかしいなんて、思いませんよ。
 …おかしいなんて、思えません。

 おかしいなどと、そんな事は。
 決して。
 そんな事は、ありません。
 …何故なら私も、同じですから。。

 杞槙様と私。主従共に、同じように思っていたと。
 今この場所で――遠い昔。まだ生まれてもいない姫を。この、杞槙様を――守り続ける事を誓ったこの場所で。
 初めて、知った。
 知る事が出来た。
 知らせて、くれた。
 それだけで、もう何の理屈付けも、言葉も説明も要らないと思う。
 何の証明もされなくとも――ただその心だけが、杞槙様にとっても私にとっても、真実で。

 これは、きっと…――。
 ――…長い遠回りを経て、漸く、本当の意味で確信に至る。

 今のように主と守人、それだけではなく。
 杞槙様と出逢う前、杞槙様が生まれる前から――いやひょっとしたら、自分すらも生まれる以前から。

 見えない絆が、ずっと、ここに、在ったのだと。

【了】