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<東京怪談・PCゲームノベル>


某月某日 明日は晴れると良い

Shall I help you?

「うーあー、終わんねー」
 興信所に小太郎の情けない声が響いたのは、黒・冥月がそこを訪れた時だった。
 小僧の稽古をつけてやろうと思っていたのだが、どうやら彼は取り込み中のようだ。
「何をしてるんだ?」
「あ、師匠。これだよー」
 尋ねられた小太郎は冥月にノートを見せる。
 それにはダラダラと英文が書かれ、その下に和訳が書かれてある。
 チラリと小太郎の机を見ると英語の教科書も乗っていた。
「……宿題、か?」
「そうなんだよー。いつまで経っても終わんないんだよ、これ」
 ウーウー唸りながらも小太郎はまた机に向かう。
 そんな様子に冥月はため息をついて言い放つ。
「そんな宿題なんて、私が来る前に終わらせておけ」
「師匠が来るのなんか予測できるわけないだろ! いっつも決まった時間に来るわけじゃないのに!」
「そこは、アレだ。予知能力を開花させろ」
「無茶言うな!」
 冥月のからかいへの反応を諦めて、小太郎はまたシャープペンを持ってノートと教科書を交互に睨む。
 どうやらそれが終わるまで何も出来そうにないので、冥月はもう一度ため息をついて適当な椅子に座る。
 終わるまで待とうと思ったのだが、あまりに遅いと待ってるのも面倒なので、一つ尋ねる。
「その宿題、どれくらいあるんだ?」
「二十ページ分の和訳を終わらせて、更にその範囲で新しく出てくる単語の意味を調べて、二十枚あるプリントの設問に答えるってところかな」
「それをどれぐらい終わらせたんだ?」
「まだ全然」
 牛歩の進展具合らしい宿題に、冥月はうな垂れてため息をつく。
「だって全然わかんねぇんだもんよ! くそぅ、しかもなんだよ二十ページって!」
 ため息が聞こえたのか、小太郎はガシガシ頭を書いて大声を上げる。
「たった三ヶ月宿題サボっただけだぜ!?」
 どうやら、この宿題の量も自業自得らしい。
 少し多いと思ったのだが、溜めに溜めた結果が今の小太郎の姿、という事だ。
「……終わったら声をかけろ。それまで私は本を読んでるからな」
「少しは手伝ってくれても罰は当たらないと思うぜ!」
「宿題ぐらい、自分の力でやったらどうだ」
 師匠の苦言にうぬぬと唸った小太郎は、だがそれ以上何も言わず、黙々と机にかじりついていた。

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「そろそろ終わったか?」
「まだだよー」
 待ちきれなくなった冥月が尋ねてみるが、返答はやはり否だった。
「いつまで時間をかけてるんだよ。もう二時間くらい経ったぞ」
「しかたねーだろ! わかんないもんはわかんないんだよ!」
 喚く小太郎に、冥月は仕方ない、と立ち上がり、彼に近付く。
「どれ、見せてみろ」
 小太郎用に持ってきた机は、冥月にしては少し小さい。
 腰を折ってノートを覗き込むと、冥月の長い髪が重力に引かれてハラハラと落ちる。
 ウザったく思った冥月はそれをぶっきらぼうにかき上げ、改めてノートを覗く。
 すると、妙な視線を感じたので、ふと小太郎を見やる。彼もこちらを見ていた。
「ん? どうした?」
「え? あ、いや、別に?」
 慌てた様子の小太郎は、すぐに視線を逸らし、若干椅子をずらして冥月から離れた。

「設問2 次の英文を和訳しなさい。 I’ll show you my cat. it is so cute!」

「この、アイルってなんなわけ? 何がこの点に略されてんのよ?」
「……これはWillが略されてるんだな。未来の予定とか自分の意思を表す単語だったはずだ」
「なるほど……じゃあこれは……私は貴方に私の猫を見せる予定だ?」
「そうだな。まぁ、そんなところで間違いないんじゃないか?」
「じゃあその次は? イットイズって言うのは『それは〜です』だよな? だったらソーキュートってなんだ?」
「cuteって言うのはわかるよな?」
「可愛い、だっけ?」
「soって言うのは『とても』と言う意味もある。つまりこれは……」
「それはとても可愛いです、か」
「そんなところだろうな」
「よぅし、じゃあ次の問題も解説頼むぜ」
「調子に乗るな」

 と、そんな感じで冥月先生の手ほどきは終わった。
 英語も出来なくはないが、他人に学校の授業を教えるとなると勝手が違う。
 因みに、小太郎がカタカナで冥月が英語で表記されているのは発音の違いだ。
 やはり中学男子はちゃんと英語を発音するのに抵抗があるのだろうか。
「よし、次も全力で解いてやるぜ」
「この程度で悩んでるとなると、この先も思いやられるな……」
 この調子ではホントにいつ終わるのか、見当もつかない。
「何としても明日までには終わらせないといけないんだけどな。明日が提出日だし」
「……諦めたらどうだ?」
「あ、諦めたらそこでゲーム終了だぜ!?」
 小太郎の意味のわかんない台詞は華麗にスルーされた。
 その事が多少居心地が悪かったのか、小太郎は別の話題を振る。
「でも、やっぱり師匠って色々できるんだな?」
「何の事だ?」
「英語とか、勉強も出来るんだな、って」
「そりゃそうだろう。馬鹿じゃプロは出来ないからな」
 冥月は元の椅子に戻って本を広げながら答える。
「数学は大学に潜入する時に必要だったし、化学だって毒薬や爆薬を作るときにかじった。歴史なんかは当然だな。その国に馴染むにはやはり歴史を知る事からだ。自国の歴史を軽んじるのは日本くらいだろうからな」
「か、軽んじてねぇよ! あれだろ、『たいらのげんじ』とか」
「どちらも苗字だな。いや、光源氏と混同しているのか?」
「……アイドルグループ?」
「お前、幾つだ?」
 とりあえず、小太郎がアホなのは再認させられた。
「ああ、それと」
 冥月が言葉を継いだので、小太郎は彼女に目を向ける。
 だが、その瞳に妖しい光があるのを見て、一瞬息を呑んだ。
「保健体育も得意だぞ?」
「あーあー、そうな。このエロ師匠が」
 だが小太郎は冥月のからかいは真に受けず、適当に受け流された。
 どうやら、こちらにも若干耐性ができてきているようだ。
「保体イコールエロに繋がる辺り、まだまだ中学生だな」
「な、なにおぅ!?」
 だがやはり、師匠の方が一枚上手だった。

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 またややしばらくして、一向に小太郎の宿題が終わらないのを見て、冥月が一つ、思いつく。
「よし、助っ人を呼ぼう」
「助っ人? 誰だ?」
 小太郎の問いを無視した冥月は床に手を着く。
 その瞬間、影の扉を現れ、それをノックする。
「あー、ちょっと良いか?」
『……え? あ、はい?』
 ドアの置くから返答が返ってくる。
「助っ人を頼む。小僧が宿題にてこずってるんでな。このままでは私が手取り足取り教えねばならん」
 多少強調された『手取り足取り』に弾かれたように、すぐ返答が返ってくる。
『……は、はい。わかりました』
 相手の了承を得て、冥月はドアを開けた。その奥にはユリが。
「いらっしゃい」
「……お邪魔します」
 随分と突然な登場だが、ユリは特に動揺していないようだ。
「何? ユリを呼ぶ事って決まってたのか?」
「いいや。だが、こんな事もあろうかと、用意はしておいた」
「どういう用意だよ……」
 だが小太郎のそんな問いに答えるものは居らず、ユリも参戦した小太郎宿題の乱はもう少し続く。

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「設問15 次の英文を和訳しなさい。 Shall I help you? You look so besy.」

「はい、チンプンカンプン」
「……少しは考えてください」
「だってわかんねーもんよー。なぁ師匠ー、これどういう意味だー?」
「……」
「先生役にはユリがついてるだろうが。ユリに訊け」
「あ、そうな。そのためのユリだもんな」
「……いいえ、気にせずに師匠さんに教えてもらったらどうです? 私は代わりにお茶でも淹れてきましょうか」
「こらこら。嫉妬はやめるんだろうが」
「シット? なんだ、それ。ああ、チクショウってやつか? よく外人が言うよな、『シット!』って」
「……それは多分勘違いです」
「そんなん、どうでも良いから教えてくれよー」
「……だからまず、自分で考えてみたらどうです?」
「えー、あー……ソーは『とても』だ」
「さっきの復習だな」
「……え? それだけですか?」
「アイは自分の事だ。ユーは相手のことだ」
「……これは苦労しますね」
「だろ? だからユリを助っ人に呼んだんだ。私の苦労、少しはわかってくれたか?」
「……なんとなく」
「俺はなんとなく馬鹿にされてる気がする」
「仕方ないだろ、馬鹿なんだから」
「ムキー!」

 一向に勉強が進まない。
 ユリの嫉妬と小太郎の暴走が妙な二重奏を繰り広げているのだ。
 それを見かねて、冥月が声をかける。
「そろそろ宿題を進めたらどうだ」
「そ、そうだな。ユリ、頼むぜ!」
「……他力本願この上ないですね」
「いやぁ、別の事なら頑張ろうと思うんだが、勉強だけはちょっとなー」
「……これでは本当に先が思いやられますね」
 小太郎の前途に暗雲が立ち込めているのだが、彼自身はそれに気づいていないようだった。
 そんな能天気な彼を諦めて、ユリは姿勢を正す。
「……では、頭から説明しますよ」
「おぅ、頼むぜ」

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 その後、何とかして日を跨ぐ前には小太郎の宿題を終わらせることが出来た。
「やっと終わったー! サンキュな、師匠、ユリ」
「……いいえ、どういたしまして」
「まぁ、私はほとんど何もしてないがな」
 笑顔で礼を言う小太郎だが、ユリの方は不満顔である。
 事あるごとに傍に居るユリではなく、冥月に質問する小太郎の態度が気に食わないのだ。
「ハーイ質問です師匠」
「……ムー」
「ユリに訊けって言ってるだろ」
 的な会話が何度されたことか。その度にユリは不満を募らせていたのである。
 彼女に聞くなら、なぜ私は呼び出されたのだろう、と疑問に思ってしまうのだろう。
「あー、スマンなユリ。まさかこんなことになるとは」
「……いえ、多分冥月さんの所為ではないでしょう」
 それはそうだ。全部原因は小僧なのだ。冥月に謝られても困る。
「……頼られるって難しいです」
「頼られすぎるのもまた面倒だがな」
 女性二人は、一人ではしゃぐ小僧を遠巻きに眺めてため息をついた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 黒・冥月様、ご依頼ありがとうございます! 『英語は俺も得意ではない』ピコかめです。
 中学二年生でこんな事やってたっけかー、などと思いながら適当に設問を考えてました、よ。

 際立つ小太郎のアホさ加減! いやいや、そんな事ありません。
 中学時代なんて遊んで何ぼですから、きっと彼は普通ですよね。
 勉強している方が逆に人生を損している! きっとそうだと信じて疑わないピコかめと小太郎をどうぞよろしく。
 では、気が向きましたらまたどうぞ!