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<ホワイトデー・恋人達の物語2007>


白き鼓動


○序

 一年のうちで、一度だけ開かれる扉がある。
 その扉を開き、くぐると強い思いを抱く相手が目の前にいる。相手が何処にいようとも関係ない。扉を開くとすぐに相手は存在している。
 相手を目の前にし、口から出るのは心に抱く言葉だけだ。嘘も虚偽も許されない。つむがれるのを許されるのは、真に思う言葉だけ。
 扉は、本人が望むも望まないも関係なく現れる。
 心に強い思いを抱いた人のすぐ目の前に、雪の如く真っ白な扉が現れるのだ。
 その扉が現れるのは、白き思いを伝える日……ホワイトディだけである。


○扉

 白い扉が目の前に現れ、守崎・啓斗(もりさき けいと)は警戒を顕わにする。
(何事だ?)
 何が起こっても対処できるように身構えつつ、様子を伺う。暫くしてからも変化が無いところから、どうやらただあるだけで何も危害は与えないようだ。
 啓斗は警戒を解き、ゆっくりと扉に近づく。扉の中心に、文字が刻まれたプレートが取り付けられているのだ。
 プレートには『この扉の向こうには、あなたが強く思う相手が居ます。その相手に、あなたは真実しか喋れません』と書かれている。
(つまりは、この扉の向こうに俺の思う人がいるわけか)
 真っ白な扉は、銀世界を思わせた。穢れすら知ることなく、佇んでいるようだ。
 啓斗は少しだけ考えた後、ドアノブに手をかける。
「強く、思う人」
 自分が強く思っている相手とは、と啓斗は思う。なんとなくの予想としてならば、候補くらいある。しかし、このプレートの書き方を見る限り、候補が果たして扉の向こうに居るかどうかは分からない。
 全ては、自らの思いの強さだけが知っている。
(誰だろう)
 啓斗はぐっとノブを握り締め、扉を開いた。今あるのは、完全なる興味だけ。
 ガチャ、という音と共に扉は開かれる。そうして開いた先に、シルエットが見えた。
 逆行になっているから、啓斗は目を細めてシルエットを確認する。想像としてあげていた候補よりももっと小柄の、いやむしろかなり小柄で、丸っこい。
「お前、は」
 啓斗は何度も瞬きをし、光の中のシルエットを確認しようとする。そうして、だんだん光がおさまっていった後に現れたのは、傘の赤い茸だった。
 ちょこん、と扉の向こうに立っている。その名も、キャサリン。
「……きゃしー……?」
 ぐにっと体をひねるキャサリンに、啓斗は思わず言葉を失う。
(何故、今目の前に居るのがきゃしーなんだ?)
 啓斗はじっとキャサリンを見つめる。キャサリンは不思議そうに、逆側へとぐにっと体をひねった。
(確かに、きゃしーは青果界のアイドルになりそうな、可愛い菌の卵だが)
 よしよし、と啓斗はキャサリンの傘をなでる。キャサリンは嬉しそうにこくこくと頷いている。
 そんなキャサリンを見、啓斗ははっとする。
「まてよ?」
 啓斗はそう呟き、じっとキャサリンを見る。キャサリンはぐにぐにと嬉しそうに体をひねっている。
(チョコを無理やり押し付けて、一ヵ月後に高級ディナー、更に宝石貴金属時計等のプレゼントといった要求無言脅迫……)
 恐らくそれは、バレンタインディとかいう日に対する、啓斗の見解。
(その後、一生尻に敷いて人を下僕のように扱おうとする暴利悪徳高利貸のような輩に比べれば)
 恐らくそれは、バレンタインディにかける女性というものに対する、啓斗の激しい見解。
「火を噴くなんて、可愛い方か」
 結論が出た。途中がちょっとだけ、いや、かなり偏っているような考えがぐりぐりと出てきたものの、とりあえずは結論が出てきた。
 キャサリンは、可愛い。
 これが啓斗にとっての全てであり、そしてまたキャサリンに対する嘘偽り無い気持ちだ。
「待て。俺は、そんなきゃしーを売るのか?」
 最初の目的は、確かにそれだった。常に赤く染まっている守崎家の家計簿を、黒く染め上げるための手段の一つとして、キャサリン栽培そして販売計画を啓斗の中で展開させていた。
 だがしかし、改めてキャサリンを見て気付いてしまったのだ。
「出来ない」
 啓斗はがっくりとその場に崩れる。
(無理だ。きゃしーを売るなんて、出来ない。こんなに可愛いきゃしーを売るなんて、俺には)
 ならば、と啓斗はキャサリンの傘にそっと触れる。
「育てる手伝いをする。俺が、きゃしーを育てる!」
 ぐっと柄の部分を握り締め、啓斗は断言する。キャサリンに手でもあれば、ぎゅっと握り締めたところなのだろうが、所詮は茸である。
 それでもって、その断言こそが啓斗の儲け欲に育成欲が勝ったその瞬間であった。
「……なっ!」
 悲痛そうな叫びと共に、がた、と何かが落ちる音がしたが、キャサリンをじっと見つめる啓斗の耳に入ってくることは無かった。


 守崎・北斗(もりさき ほくと)は、突如開かれた目の前の扉に愕然としていた。何も無い空間に扉が現れたことだけでも驚きの対象となっているというのに、あまつさえそこから顔をぐしゃぐしゃにしながら悲痛な叫びをあげる知り合いが出てくれば、そりゃ誰だって愕然となってしまうだろう。
「……一体、どうしたんだ?」
「ほほほほほ、北斗君!」
「落ち着けよ、木野」
 北斗は必死な木野に軽く後ずさりしつつ、木野が飛び出てきた扉を見つめる。空間にぽかんと浮いている、白い扉。そこには文字が刻まれたプレートがついている。
「ええと、何々? 『この扉の向こうには、あなたが強く思う相手が居ます。その相手に、あなたは真実しか喋れません』だって?」
 プレートの文字を音読した後、北斗はずびずびと鼻を啜る木野を見る。そして、大きな大きなため息をつきながら、がっくりとする。
「何が悲しくて、木野なんだよ……」
「そ、そんな事いわれたって困るんですよ!」
「困ってるのはこっちだっつーの!」
 互いに言い合い、ぜえぜえと息をつく。
「で、何であんたが俺のところに来るわけ?」
「け、啓斗君が僕のキャサリンに」
「キャサリン?」
 またか、と北斗は目頭を押さえる。
(兄貴、なんだってキャサリン。これってば、ホワイトディの物語だぜ? 恋人達が切ない思いをお星様に込めてってさ)
 全身を脱力が襲ってきた。啓斗とキャサリンは、どう考えても「恋人」の枠に入りそうにないし、むしろ入って欲しくない。
 そこまで考え、ふと気付く。北斗は、ティッシュで鼻をかんでいる木野に「なぁ」と話しかける。
「何で扉の向こうに俺なんだ? 普通、キャサリンじゃねぇ?」
「啓斗君を止められるのは、北斗君しかいないじゃないですか」
 木野はそう言い、うっうっと再び涙ぐみ始めた。どうしたら啓斗を止められるのか考え、きっと北斗ならば止められると思いつめながら扉を開けると、北斗が居たのだという。
「お願いです、北斗君。どうか、キャサリンを……キャサリンを」
 木野が口にするのは、真実の言葉だ。つまりは、心からの叫び。
 北斗は「分かった分かった」と答え、じっと扉を見つめる。未だ消えていない、白い扉。
(俺にもくぐれってか?)
 苦笑交じりに扉を見つめる。ちらりと木野を見、北斗は観念したようにドアノブに手をかけた。
「強く思う人、か」
 小さく呟いた後、扉を開いた。
 逆行になっている扉の向こうに見える、ぼんやりとしたシルエットに北斗は小さく息を漏らした。
 それは紛れも無く、啓斗のシルエットであった。


○心

 啓斗はじっとキャサリンを見つめる。キャサリンは見つめ続ける啓斗に、不思議そうにぐにっと体をねじった。
「ん?」
 尋ね返す啓斗に、ぐにぐにとキャサリンは体をひねる。そうして、きょろきょろと辺りを見回した。
「北斗、か?」
 ぐに。キャサリンがこっくりと頷く。
 いつも一緒にいたように、キャサリンは記憶していた。だからこそ、姿の見えぬもう一人を探したのだ。
「北斗、は。今はここにいない」
 ぐにぐに。そうなんだ、とキャサリンは頷く。
「ああ、でも。だからといって、俺が居たいと思うのはあいつの居る世界なんだ」
 啓斗はそう言い、キャサリンの傘をなでる。
 ずっと欲しいと思っていた、赤い巨大茸。手に入ることが出来たならば、傘のごとき赤い家計簿が黒々とするはずだと信じていたから。
 だがしかし、それは北斗あっての願いである。北斗が居なければ、キャサリンを手に入れても仕方が無い。そもそも、家計簿は赤くならないのだから。
 もっとも、それはただの詭弁でしかない。
「あいつ以外が全て揃っていたとしても、それは俺が居たい世界じゃない」
 再び口にすると、それは確固たる思いとなる。
(ああ、そうか)
 啓斗は納得する。
(俺はこう、思っていたんだ)
 虚実を口に出来なくなる扉をくぐり、真実のみがついて出る状況下。こうして啓斗の口からつむがれるのは、心からの思いだ。
「北斗のことは大切だけど、それを伝える術がなくて」
(大事だと、思っているのに)
「時々あいつがいなければ、どれほど楽だろうって」
(殺したいほど、憎くなる事もあって)
 ぐにっとキャサリンが啓斗に寄り添う。心配そうに、啓斗を思いやるように。
 啓斗は「ありがとう」と小さく笑い、キャサリンの傘をなでる。
「殺すと、北斗はもう笑いかけてくれないだろう?」
 にかっと笑う北斗の顔が思い浮かぶ。大切にしている思いを時折見失ってしまうが、心の奥底にあるのは揺るがない。
 啓斗は小さな声で「それに」と言う。
「言わずにいれば、終わる事は無いだろう?」
 ぐにっとキャサリンが不思議そうに体をひねった。啓斗はあえてそれには答えず、傘を優しくなでる。
(始めたら、いつしか終わる日が来る)
――そんなもの、来て欲しくなんてないから。
(ずっと言わずにいれば、終わる事もない)
 キャサリンは体をひねるのをやめた。啓斗は答えず、ただ優しくなでるだけ。これ以上はきっと、口にすることすらないだろう。
 だからただ、身に注ぐ優しいぬくもりを感じていた。


 ぐぐぐぐ、と木野が北斗の服を握り締める。
「ちょっと、いい雰囲気じゃないですか? あれ」
 木野の悲しそうな声に、北斗は答えない。木野の言葉は、ぼんやりとしか聞いていなかったから。
(始めなきゃ良いなんて無理だろ)
 ぐるぐると啓斗の言葉が頭を回る。
 始めなければ、終わる日は来ない。それは確かかもしれない。だがしかし、既にこの世に生れ落ちてしまった以上、無理な話だ。
(大体、んな理由であっさり引き下がるほど、俺『良い子』じゃねぇっつの)
 口元に小さな笑みが浮かぶ。
――こちらを、見てくれるのならば。
(どんな事だって平気でやるぜ、俺)
 目を背ければ、全てが終わるなんてありえない。気付かなければ良かったなんて、絶対に言わない。
 自分達は、既にこの世に存在してしまったのだから。
(逃げたって、いつか追いつかれるんだからさ)
 それならばいっそ、と北斗は思う。
 逃げても逃げ切れず、追いつかれてしまうのならば。それしか、手立てが無いというのならば。
「返り討ち……なーんてな」
 苦笑交じりに呟く北斗に、木野はぐいぐいと服の端を引っ張る。
「何を言ってるんですか。早く、僕の、僕のキャサリンを」
 涙混じりに悲痛な声を上げる木野に、北斗は「判ったって」と言いながら木野の肩をぽんぽんと叩く。
「何とか兄貴の軌道修正頑張るから、泣くなって」
「ううう、ありがとう」
 ずびずびと鼻を啜りつつ、木野が頭を下げた。北斗は一つ息を吐き出し、ゆっくりと歩き出した。
「よ、兄貴」
 声をかけると、啓斗がはっとしたように顔を上げた。びくり、とキャサリンも驚いたように北斗を見た。
「北斗」
 キャサリンがぐにっと体を曲げた。挨拶をしているつもりなのだろう。
「よ、キャサリン。元気にしてたか?」
 北斗の言葉に、キャサリンはぐにぐにと体を曲げた。啓斗はゆっくりと立ち上がり、じっと啓斗を見つめる。
「北斗、どうして」
「どうしてもこうしても。俺、兄貴に用があるからここに来てしまったみたいだぜ」
「白い扉、か?」
「それそれ」
 北斗はそう答えつつ、キャサリンをそっと抱き上げる。
「何、兄貴。ついにキャサリンを捕獲するのに成功したのか?」
「まさか。こんな可愛いきゃしーを捕獲だなんて」
「んじゃ、売るとか?」
「とんでもない。きゃしーは、俺が育てると決めたんだ」
 啓斗は真剣なまなざしで北斗を見つめる。本気だ。勿論、あの白い扉をくぐったのだから本心しか言わないわけだが。
 北斗はちらりと物陰を見る。木野がぐっと拳を握り締めながら「頑張れ」と応援している。
「ええと、じゃあそれって、キャサリンも了承してる訳?」
「え?」
「キャサリンを育てるって言うのは、あくまでも兄貴の言い分だろ? キャサリンは了承してんのか?」
 北斗の問に、啓斗はキャサリンをじっと見つめる。キャサリンはぐにっと体をひねった後、ぼてぼてと歩き始める。
「あ、きゃしー!」
「キャサリーン!」
 啓斗が叫ぶのと同時に、木野が叫んだ。両手を広げ、キャサリンを抱きしめんばかりにやってきた。鼻水とか涙とかとにかく色々な液体が氾濫する顔は、ちょっと残念な気持ちにならざるをえない。
 ぐっと抱き合う木野とキャサリンに、啓斗は寂しそうに「きゃしー」と呟いた。北斗は「やれやれ」と小さく言い、啓斗の肩をぽんと叩いた。
「俺さ、兄貴のこと大事に思ってるぜ」
「え?」
 突如言われた言葉に、啓斗は思わず北斗を見る。北斗はにっと笑い、聞き返した声には答えなかった。
 啓斗はしばらく北斗を見た後、小さな声で「そうか」とだけ答えた。扉をくぐったというのならば、それは北斗の真実の言葉だろうから。聞き返したって、仕方の無いことなのだ。
「北斗君、啓斗君。今日はお夕飯でも食べて帰りますか?」
 キャサリンの愛を確かめられた木野は、大満足の顔で北斗と啓斗に声をかける。北斗はそれに「おう」と答え、啓斗の手をぎゅっと引っ張った。
「兄貴も。な?」
 啓斗は引っ張られている手に目線をやり、次に北斗を見て「ああ」と頷いた。北斗は「決まりっ」と言い、木野とキャサリンの下へと向かった。
 その途中、白い扉があったはずの場所を横目で見たが、既にどこにもその姿は無かった。


<胸の鼓動だけが残り・了>

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 0544 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生(忍)】
【 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生(忍)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 コニチハ、霜月玲守です。このたびはホワイトディノベル「白き鼓動」にご参加いただきまして、有難うございます。いかがでしたでしょうか。ホワイトディといいつつ、本当にホワイトディなのか? と聞きたくなるようなオープニングにもかかわらず、参加していただけて嬉しいです。
 守崎・啓斗様、北斗様、いつもご参加いただきまして有難うございます。キャサリン←啓斗様←北斗様←木野←キャサリン……という無限ループが素敵です。キャサリンと木野はNPCなのにも関わらず、お二人に愛されて幸せです。コメディタッチになりつつも、じわっとスポンジに染みたものが出てくるような雰囲気になるように意識しました。
 少しでも気に入ってくださると嬉しいです。発注、有難うございました。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。