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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


新生活応援フェア


「なんでまたこんな事を?」
 興信所の主は今回の企画については、余り気乗りがしていないのである。そもそもこちらから依頼を与えるならともかく、デパートみたいに催し物をするたぁどういう事なのだと。
 いそいそと、部屋の掃除をして準備をするのは、義妹の零。
「もうすぐ四月、さまざまな理由で上京してくる人が居ますよね」
「居るな」
「その中の何人かが、私達の興信所に来てくれると思うんです」
「……まぁ、そうだな」
「ですから、この企画でうちの興信所に来てもらおうかと」
 そう言ってまた掃除をし始める零。その様子は何処か楽しそうでもある。家事全般が仕事の彼女、それが趣味でもあるのだ。他人のその技を伝授する事によって、興信所での働き手を増やす。我ながら良い企画だと彼女は思っているだろう。
 まぁ、義兄としても文句をいう事もないかと、ライターに火を点けて、
「とりあえず煙草に関しても、中じゃなく外で吸うよう言わなきゃいけませんね」
 この企画はこけると確信した武彦だが、一人暮らしが全員ニコ中と考えるのもどうかと思う。


◇◆◇


「本当、そうよねぇ」
 三月、光ファイバーにしませんかと、電話会社の職員が走り回るこの頃。そんなミレニアム以降の風物詩をぽやぽやと眺めながら、この興信所の古株である、シュライン・エマは遠い目をしながら一人ごちた。
「来てもらって、お給料、払えるといいわね武彦さん」
 ……草間武彦は今日も地獄のように熱いコーヒーを零に所望し、天国へと繋がりそうな紫煙と供に楽しむ日常を送り、「聞こえてるかしら、武彦さん?」
「まぁそうだなシュライン、君には感謝している」
「はぁ」
 さて、シュライン・エマはこの草間興信所で主の傍にて、様々に働いている。依頼の整理や応答などの事から、時には調査員として駆ける事も多々、それだけでなく掃除洗濯料理などの家事手伝いも零と供にこなすのだ、が、
 実際、草間興信所は火の車。まぁ若干主の要領の悪さというやつもあるのだが、もっとも長く勤めている社員に対して草間会社が支払う給与は雀の涙、というか、ほぼボランティア状態だ。
 草間零とて、本格的に雇うという意味で、今回の企画を思い立った訳ではないのだろう。あくまでも一時的な手伝いを集める為として、だ。あれな言い方だが、コストパフォーマンス的に、シュライン・エマのような得がたい人材は、無い。
 ただやはり、シュライン・エマとて資本主義の中に生きる者。時々ドライブにでかけたり、一つ星のディナーをご馳走になる、という見返りでは足らぬのである。じりじりとした小遣いアップのような賃上げ要求は、昨日も今日も明日も続いている。
 ……まぁ、続いているという事は、一向に改善される様子がなく、ただ彼女もそれが理由でここから去ったりストライキを起こしたりの強攻策にはでてない事から、緩やかに諦めてしまっているかもしれないが。草間武彦とて、わざとそうしてる訳じゃない。みんな貧乏が悪いんや。
 煙草代を少しでも彼女に回したら? という意見には、死ぬから駄目、と答えるが。
「それじゃとりあえず、買出しでもして来ようかしら」
「なんだ、シュライン、協力するのか?」
「そりゃそうよ、うちの雇用条件で、万が一働き手が来るのなら嬉しいんだし、それに」
 切れ長の瞳を、微笑みで緩ませて。
「日々の知識を教えて感謝されるのは、嬉しい事じゃない」


◇◆◇


 という訳で、草間興信所新生活応援フェア当日。
「さて、とりあえず。……大学、バイト、友達の付き合い、それに仕事。まぁそんなこんなで夜くらいしか家には居ないと思うのよ」
 その部分だけ見ても、彼女の美しさが解るような人差し指をくるくると、回す。
「まぁ女性だったらともかく、男の人だったらそこから、なだれのように部屋を汚していくものなのよね……だから最初が肝心なんだけど」
 そこで彼女はつかりつかりとホワイトボードへ立ち寄り、……15分と。
「習慣」
 びしりと言う。
「これ以上でもなくこれ以下でもなく、掃除の時間を一日に用意するのね。それも必ず毎日。そうね、歯磨きとかと同じにすればいいわ。……人間って不思議なもので、一度慣れた事をやめてしまうと、逆にしないと落ち着かなくなるのよ。そういう体になるように叩き込む、って訳」
 とはいっても、と肩をすくめ、
「そんなに肩肘は張らなくていいわ。月曜日は床、火曜日は埃払い、そういう風に決めておけばいいわね。……そうそう、ここまでの事を髪になんかかいてコルクボードにでも貼っておけば効果的。玄関や冷蔵庫がいいかしら? そうやって意識しておくと、自然とやれるものよ」
 と、そこで手があがり、何かしら? と聞いてみれば、
 友達の家に泊まった場合、その曜日の仕事が無視されそうと。シュライン、
「月と木、火と金、みたいにいれておくのがお勧めね。そうすれば、致命的な程間隔はあかないはずだから」
 ある程度説明が終われば、それじゃ実践に参りましょうかと。
 といってもちょっとしたおばあちゃんの知恵みたいな事しか出来ないけれど、といって、彼女は流しに向かう。興信所という職場ゆえ、お茶を出す際にここは良く使われるはずだのに、見ての通りピッカピカに磨き上げられて。
 一体どういう技で? 何か特別なもの? そう誰もが考えるであろう時、
 彼女がポケットから取り出すのは、
「ろうそく」
 白い、あれであった。
「台所の隅っこ、蛇口のうらっかわとかってよくサビつきやすいのよ。……まぁそれでなくても水がたまって、じくじくと汚く汚れてしまうのよね、そこで」
 彼女は台所の角に蝋燭の角を、きゅきゅっと擦り付ける。ああそうか、と納得するだろう。
「蝋は水を弾くから、簡易コーティングが出来るって訳。普通にするより安上がりに。弾かなくなったら、また蝋燭できゅきゅっと擦って」
「……煙草の火種が落ちたら、とけそうだな」
「……武彦さん、まだシンクを灰皿にしてるの?」
「い、いや。……まぁなんだ、換気扇の下で吸えって言われる時もあるから、つい」
「雪が降ってる時にも追い出そうかしら?」
 はぁ、と何時ものようなやりとりが終わった後、ああそうそう、と言った様子で彼女は台所下の収納スペースをあける。
「長い事シンクを使っていくと、全体的に白っぽくなってくるのよね。そうなったらお酢を使って、普通のでいいわ」
 彼女はそれを布にしみこませ、シンクの銀板を磨き上げていく。
「こうすればぴっかぴっかになる訳。テレビとかで見ている人も多いでしょうけど、お酢は殺菌効果があるから、下手な洗剤を使うよりお勧めよ」
 お寿司屋さんのカウンターは、だから綺麗なのかと誰かが言ったら、それは違うと、苦笑しながら彼女は言う。


◇◆◇


「とりあえずお掃除はここまで、後は、軽く買い物について説明するわ」
 再びホワイトボードの前に戻ると、こほん、と咳をする。
「ポイントカード! ……そう、まずはこれを作る事から始めなきゃいけないわ」
 そうやって彼女が並べたのは、様々な店の様々なカードで。まずは、ショッピングセンターや電気店の会員カード。
「還元率が二倍の時とかに使うとより効果的なのよね、別に、高い買い物でって訳じゃなくても、積もり積もれば結構な額になっていくのよ。千円か二千円くらい……。少し値が張る買い物でポイントを稼いで、小さなものをポイントで買うってのがかしこい形ね」
 後は店からのダイレクトメールとかで、500ポイントプレゼントとかやってくれてるから、それだけでお得なのは間違い無し、と言ってから、
 次に、スタンプタイプのカード。最近は磁気記録タイプが増えてきている。
「まぁよくあるのが十回たまったら一回無料という形よね。食事は勿論、お風呂とかでも。……単純に考えて一割引になるんだし、外食をよくするんだったら、欠かせなくなると思うわ。友達と行けばより効果的ね」
 まぁ、その友達もポイント欲しがったら別だけどと、そして、
「……後は、何かしら零ちゃん?」
「ええとそうですね、……ああ、シュラインさん。買い物についても」
「そうね、閉店間際の半額品とか、見切り品とか色々あるけれど、鉄則はこれかしら」
 ホワイトボードに大きく書いたのは、食後の二文字。
「食前で買い物を行くと、……お腹が減ってるせいでつい余計な物をかいがちになるのよ。それも、すぐ食べれるお惣菜を。最初から作った方が絶対安くつくあれが」
 まぁ偶にはそういうのもいいだろうけど、と前置きしてから、
「一人暮らしのお財布に大敵なのよね、これって。……同じ二百円でから揚げをかうよりも、玉葱を袋でかったほうがいいわよね? ちょっとしか入ってない100円のひじきとか、お肉が全然はいってないすきやき風煮込みとか。……調子にのって籠にいれていったものが、どーんと、……ふう」
 過去に経験があるのか、あるいはそういうのを目撃してきたのか、彼女の溜息は深い。
「折角来たんだからもうちょっと、っていうのは危険よ。一週間に一回くらいのまとめ買いでも、最初に買うものをメモして、その目当ての品物意外は絶対買わない。……食費専用のサイフを作っておくのも手ね」
「私、そんなの初めて聞きました」
「まぁここではやってないけど……、月初め決まった金額だけそのサイフにいれて、後は、絶対それからはみださないようにおさめるの。もちろん管理はしっかりね」
 とまぁ、こんな所で講義は終了かしらと言ったとき、拍手が飛んだ。そう、
 零のが、一つだけ。
「……一応リハーサルしてみたんだけど、武彦さん」
「……まぁ、企画倒れはよくあるからな」
 あさはかだったでしょうかと、質問役も買ってでてくれた零ちゃんの頭を撫でながら、明日には来るんじゃないかしら? と、励ます。
 お酢の技説明中、だから綺麗なのかと誰かが言ったなら、それは違うと言うつもりだったけど、……実際、来るのかどうなのかは、
(でも、折角零ちゃんが、自分から考えたんだし)
 初めて東京に来た頃の彼女は、果たしてこうだったろうか? いや、違う。
 義兄と、たくさんの人との触れ合いの中で、作られていった人間らしさというもの、
 今落ち込んでるのもそのせいだけど、そのせいで、きっと喜びも得られるから、
「それじゃ、実践として食後に買い物に出かけましょうか? 零ちゃん」
「……はい」
「ああ、オレの煙草も」
「……煙草一箱平均三百円、ヘビースモーカーだと一箱なんてあっというまで、一日三百円月に九千円ね。……それだけじゃなく吸殻や煙草の臭いとかも部屋に」
「よしてくれシュライン」
 根負けしたか、この興信所の主は、
「いくら喫煙の為とはいえ、ここを追い出されてまで、一人暮らしで吸う気はない」
「あら、それってハードボイルドじゃないわね、武彦さん」
「全くだ」
 義兄と彼女のやりとりをみて、ああ、と落ち込みから少し回復した零の耳に、
 ブー、という呼び鈴が――一番近いシュラインが、出迎えを、
「はい、ようこそ。依頼の方、……あら」
 草間零の顔は、一秒後、微笑む。
「はい、どうぞあがってください。煙草臭い部屋だけど……、安上がりなお昼ご飯の実習今から始めてあげるから、早く、ね」




◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
 0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

◇◆ ライター通信 ◆
 何時もお世話になってます、エイひとです。
 今回は三人募集のつもりでしたが、なかなか集まらなく、こういう形になりました。NPC同士のやりとりを使わせていただいて、なんとか体裁をととのえたつもりですが、多くがシュライン・エマのセリフで構成される事になり申し訳ありません。
 架空のNPC、三下君にでも来てもらうかと考えましたが、それだとますますPCの影がうすくなってしまう、と思ったもので……。
 色々悩んだ作品ですが、お気に入りいただければ幸いです。
 ご参加の方おおきにでした、またよろしければ、よろしゅうお願いいたします。