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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


カリー・カリー・カリー

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0.オープニング

「うわっ…」
テーブルの上に並べられた食材の山にギョッとする俺。
「あ。おかえりなさい。お兄さん」
満面の笑みで迎える零。
何だ…この嫌な予感は。
苦笑しつつ、俺は問う。
「どうしたんだ。これ。もしかして今夜は御馳走か?」
言いつつ考えるが、思い当たる節がない。
俺の誕生日でもないし、何かのイベント日って訳でもない。
記念日…なんて、特にないしなぁ。
考えていると、零は恐ろしい言葉を口にした。
「お兄さん、闇鍋って知ってますか?」
「………」
絶句。
どこで覚えてきたんだ。それ。
「お兄さんの、大好きなカレーでやってみようと思って」
語尾にハートマークが付きそうな勢いの口調。
駄目だな。これは止めても無駄だ。
完全にウキウキしてやがる。
いや、うん。カレーは好きだよ。かなり。大好物さ。
零の作るカレーなんて、特にな。上手いし、あの微妙な辛さが。
けど、それはあくまでも「普通のカレー」の場合だ。

「…はぁ」
テーブルに並ぶ食材を適当に手にとりつつ溜息。
胃薬、用意しておかなきゃな。っていうか。
誰だ。零に、こんな恐ろしい事教えた奴。出て来い。今すぐに…。

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1.

「お邪魔します〜」
興信所に入り、皆さん御揃いであろう リビングへ向かう。
足取り軽く。嬉々と。年甲斐もなく、ワクワクし過ぎかもしれませんが。
仕方ないのです。久しぶりですから。多人数での食事。
「今晩は。すみません。少し遅れてしまいました。…あれ?」
頭を掻きつつ謝罪し、どうしてリビングが暗いのか首を傾げていると、
ロウソクの明かりに照らされて、煙草をふかしながら草間さんが。
「…来ない方が良かったと思うぞ」
神妙な面持ちで言った。その後に続いて、草間さんの隣に座る綺麗な女の人が言う。
「…そうね」
俯きつつ言う女性の顔をジッと見、初対面である事を確信した僕は、
スタスタと女性に歩み寄り、ペコリと頭を下げて名乗る。
「はじめまして。宵屋 陽彦 と申します」
「あ…。うん。はじめまして。私は、高坂。高坂 沙織よ。宜しくね」
顔をあげて、名乗り返す女性。気の所為かもしれないけれど…元気がないような。
どこか、具合でも悪いのかな?キョトンと女性を見やる僕。
「はぁ…」
「はぁ…」
立て続けに零れる、草間さんと沙織さんの溜息。
あれ…。草間さんも具合悪いのかな?
「どこか、具合でも悪いんですか?」
僕が問うと、二人は揃って、「今は、大丈夫」 と言った。
…今は?さっぱり理解できない僕は、何だか重苦しい雰囲気を払拭しようと試みる。
「皆さん お集まりと聞きまして、鍋料理でもするのかなぁ、と思い…」
僕の言葉に、草間さんが苦笑して言う。
「ん。まぁ、正解っちゃあ正解だな」
「やっぱり、そうでしたか。ふふ。鍋と言えば、ぼたん鍋でしょう。はいっ」
食事の誘いを受けた際に、零さんが「何か一つ食材持参で」と言っていた為、
僕は少し奮発して、高めの"ぼたん肉"を持参した。
テーブルの上にドンッと置かれた ぼたん肉。
「…肉か」
「…お肉ね」
ぼたん肉を見ながら、ポツリポツリと呟く草間さんと沙織さん。
味は保障しますよ。というか、確実に美味しいです。僕のお気に入りですから。
「あっ、そうだ。それとですね。家に余っていたので、こちらも」
テーブルの上に、追加で置く茶色の紙袋。中身は、蜜柑。
紙袋から溢れんばかりの蜜柑に、僕は苦笑して言う。
「ちょっと、持ってきすぎたかもしれませんね」
でも、ほら。デザートですから。
こたつに蜜柑は欠かせないでしょう?ね?
いや。ここには、こたつ、ないですけど…。
「……蜜柑か」
「……蜜柑ね」
紙袋からチラリと見える蜜柑を見つつ、先程よりも低い声で呟く草間さんと沙織さん。
いや、ほら。別に、今日中に食べろって事じゃないですから。
量は多いですけど、お土産的な感じで持ってきただけですから。
「…陽彦」
名前を呼ばれ、僕は草間さんを見やり返す。
「はい?」
「…今日の料理はな。闇カレーなんだ」
「…闇、カレー?」
首を傾げる僕。沙織さんが理解り易く説明を加える。
「…闇鍋のカレーバージョンよ」
「………」
二人が言った言葉を頭で纏めて、理解した瞬間、僕の背筋に悪寒が走る。
「…ひっ」
「いらっしゃいませぇ。宵屋さん」
クルリと振り返ると、そこにはエプロン姿の零さんが居て。
零さんは笑顔で僕を見やる。
「こ、今晩は。お邪魔してます」
どもりながら僕が言うと、零さんはテーブルの上に置かれた食材を手に取り、
「お肉と蜜柑ですか〜。いいですね。ありがとうございます〜」
嬉しそうに言って、それらを持ったままキッチンへ小走りで向かって行く。


キッチンから、零さんの楽しそうな鼻歌が聞こえる。
その鼻歌に乗って、ふんわりと漂うカレーの香り。
僕は、敢えてキッチンを見ないようにしつつ沙織さんに問う。
「沙織さんは、何を持って来たんですか…?」
僕の問いに、佐織さんは深々と頭を下げて。
「ごめん…。私、鮭と…」
鮭ですか。あぁ、沙織さんも、鍋だと思ったんですね。
石狩鍋っぽくて、美味しそう。…普通の鍋だったら。
「と?」
僕が追加問いすると、沙織さんは小さな声で呟いた。
「…実家から送られてきた、海苔を」
沙織さんが、そう言った途端、カレーの香りに混じって、
物凄く磯臭い香りが、辺りに漂う。
「もしかして、大量に…?」
恐る恐る僕が問うと、沙織さんは黙ったまま一度だけ頷いた。

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2.

「お〜待たせしましたぁ〜!」
満面の笑みで、大きな鍋をテーブルの上に置く零さん。
何というか…ジラすように…鍋には蓋が。
ゴクリと唾を飲む僕達。
「多分、もう煮えてると思うんです。ドッキドキしますね」
多分って。魚とか肉とか入ってるんですけど。多分って。
ハハハ、とひきつり笑いを浮かべながら、スプーンを手に取った僕は、
ズズイっと草間さんと沙織さんの間に座る。
「何だよ。傍に来ても、どうにもなんねぇぞ…」
「そうよ。諦めなさい…」
左右から同時に僕を見やる二人。
零さんに見つからぬように、僕はスプーンを持たぬ震える左手を背中に回し、
腰にぶら下げている薬籠から丸薬胃薬を取り出し、二人にそっと渡す。
"敵"の強さが把握できないので、気休め程度かもしれませんが…一応。
薬屋として、放って置く事は出来ませんから。ね…。
「では〜…。オープンっ!!」
成功確実な手品のフィナーレかのような零さんの言葉で、鍋の蓋が取り払われる。
あああああ…遂に…。
何とかどうにか逃げられないか、と往生際の悪い事を、ひたすら考えていたけれど。
蓋が取り払われた瞬間、僕は妙に覚悟を決めた。
こうなったら、もう、存分に楽しませて頂こう。
折角の食事。零さん、とっても楽しそうだし。
不適切なものが混入しているにしても、元はカレーだし。
そんなに驚異的な不味さには、ならないはず。…きっと。
「…黒っ!」
草間さんが叫んだ。"黒い"と。
「あぁぁ…」
沙織さんが頭を抱えた。"黒さ"に。
目の前にある、鍋の中。そこには、カレーとは思えぬ、真っ黒な液体が…。
「お取り分けします〜」
ニコニコと微笑みながら、零さんが皿に御飯を盛ってスタンバイ。
鍋にレードルが差し入れられ、掬い上げられた途端。
あたりに磯臭いような生臭いような香りがプーンと漂う。
「…ぐっ」
何ともいえぬ香りに思わず喉を鳴らす僕。
ありえない。ほんっと、ありえないですよ…。
「沙織。お前、なんぼ海苔持って来たんだよ」
ガックリと肩を落として、沙織さんを見やりつつ問う草間さん。
沙織さんは、ササッと目を逸らし、返す。
「わかんない…」
どの程度か、説明できない程、たくさん持って来たんですね…。
そして、零さんは、それを全部入れた、と。
そりゃあ…黒くもなりますよね。えぇ。当然ですよねぇ。ハハハ…。


「では、いただきまぁす!」
ペチンと両手を合わせ、何の躊躇いもなく、カレーを口に運ぶ零さん。
僕達はギョッとし、揃って零さんを見やって、その反応を待つ。
「…どうよ?」
草間さんがボソリと問うと、零さんは目を丸くして。
「んっ。変わった味がします」
カレーを見ながら、そう言った。
いや…そりゃあ、そうですよ。海苔やら、蜜柑やらが、もっさり入ってるんですよ。
他に零さんが、何を入れたのかわからないですけど、それだけじゃないでしょうし。
そりゃあ、変わった味になりますよ。当然。
でも、変わった味って事は、もしかして。そんなに酷くないのかな。
…いや。それは、ない。絶対に、ないですね。
そう確信した理由は…。零さんが取り分けてくれたカレー。僕の分。
目の前のそれには、黒い中に、ドロッドロに溶けた蜜柑が見える。
ギリギリ、まだ形を保っている程度だけれど、これは、間違いなく…蜜柑だ。
あぁ…甘くて美味しい蜜柑なのに。
こんな形になってしまうなんて…何だか、憐れで申し訳ない…。
「ほらほらっ。ボーッとしてないで、皆さんも食べて下さいよぉ」
零さんの、無邪気な催促に促され。
僕は、僕達は同時に覚悟を決めて、口に運ぶ。
海苔ときどき蜜柑な、カレーを。

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3.

「うぉぉぉぉお……」
お腹を抱えて転がり回る草間さんと。
「うぷ……」
口元を押さえて"堪える"沙織さん。
僕達は、何とか…"敵"を倒した。
その絶対兵力には、敵わないと思っていたけれど。
零さんの御陰で、倒す事が出来た。
「わぁ。この蜜柑美味しいですね」
僕達の二倍以上、敵を食らったというのに、零さんは平然と。
紙袋に残しておいた蜜柑を、ポイポイと口に運んでいる。
「…はは。でしょう?」
お腹を押さえながら、必死に笑う僕。
時折、ビシッと襲い掛かってくる激痛に意識を飛ばしそうになりつつも。
僕は笑う。必死に笑う。


「また、やりましょうね」
「え…」
零さんの言葉に、思わず顔が引きつる。
「今度は、普通に お鍋にしましょう。本格的に暖かくなる前に、やりたいですねぇ」
窓の外を見やりながら、真剣な顔で言う零さん。
「そ、そうですね…」
思ってもいない事が、口をついて…外に出た。
自分で言うのも何ですが、僕は今、恨みました。
自分の"優しさ"を…。うぅ…。
「おま…」
「ちょ…」
僕の言葉に、揃って反応する草間さんと沙織さん。
二人は、何言っちゃってんの お前、という眼差しで僕を見やる。
"ごめんなさい"
そう、心の中で何度も呟いて。
テーブルの上に頭を置き、目を伏せる。
薬が効き始めるまで…もう、暫らくの辛抱…。

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】

6984 / 宵屋・陽彦 (よいや・はるひこ) / ♂ / 20歳 / 薬屋店主

NPC / 草間・武彦 (くさま・たけひこ) / ♂

NPC / 草間・零 (くさま・れい) / ♀

NPC / 高坂・沙織 (こうさか・さおり) / ♀


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           ライター通信          
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こんにちは。はじめまして!発注ありがとうございます。心から感謝申し上げます。

宵屋さんの風貌・雰囲気とっても好きです^^
柔らかい男性といいますか。そういう男性大好きですので、書いていて とても楽しかったです。
気遣い・気配り上手な宵屋さんを、上手く表現できていれば良いのですが…。
腹痛に襲われて大変でしょうが、大丈夫。宵屋さんの薬で治りますから…!(笑)
お、お大事にどうぞ…。 〜〜〜(´ロ`;) ←逃げるな。

気に入って頂ければ幸いです。また、どうぞ宜しく御願いします^^

2007/03/14 椎葉 あずま