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<東京怪談ノベル(シングル)>


あなたとわたしの秘密

「こんばんはー」
 いつものように立花 香里亜(たちばな・かりあ)はジャージとかタオルなどが入っているトートバッグを下げて、黒 冥月(へい・みんゆぇ)の影内にある道場にやって来た。お互い仕事などがあるので、稽古は冥月が都合の良いときに「今日は来られるか?」と聞いてくれる。
 今日も仕事が終わった後で、ここにやって来たのだが……。
「冥月さん?」
 普段ここに来たらいつも立っているはずの、冥月の姿が見えない。バッグを床に置き、香里亜はいつも稽古をつけてもらっている道場をそっと覗き込む。
「………!」
 そこは、いつもの道場とは違った雰囲気だった。テーブルの上には様々な武器が置かれており、冥月が立っている先には畳表を丸めた、試し切り用の藁束が二本立っている。
 そして……その中で黙々と演舞をしている冥月は、凛とした緊張感を漂わせていた。普段なら挨拶をして入っていけるのに、何だか今日は近寄りがたい。
 しなる槍。棍や槍は近接に向かないと言われるが、それはちゃんとした使い方を知らないからだ。近くに来た相手の武器を止めたり、その先で喉を貫いたり出来る。
 テーブルに置かれているヌンチャクや青竜刀などを次々と手に取り、踊るように体を動かした後、最後は腰に下げていた日本刀…『不断桜』を抜き、藁束を斬る。
 一回……二回……。一本の藁束が続けざま斬られ、冥月は一度刀を納めた。
「あれ?もう一本……」
 香里亜には日本刀のことはよく分からないが、その技術が素晴らしいと言うことは分かる。だが斬ったのは一本の藁束だけで、もう一本残った物はどうするのだろう。そんな事を思っていたときだった。
 パチ…。
 鯉口を納める音がした瞬間、藁束が真っ二つに切れ、上側がするりと落ちていく。
 演舞の最後は居合いで締めよう。そう思っていたのだが、冥月はそれに微かな違和感を覚えていた。
「違う……」
 やはり自分の物ではない日本刀は、力を生かし切れない気がする。
 刀身長さや柄巻の太さ。この刀は彼の形見なので、その癖があったりするのかも知れない。
 普通にこの演舞を見れば、文句の付け所はないのかも知れないが、きっと刀の専門家が見れば、その違和感を押さえつけて使っていることに気付いてしまうだろう。冥月が目指そうとするところも、こんな場所では済まないわけで……。
「はうわー……」
 それを覗き見ていた香里亜は、音が出ないように小さく拍手をしていた。
 目を奪われるような優雅で凛とした演舞に、易々と刀を操り最後は目も止まらぬほどの居合い。流石冥月だ…と見惚れていたときだった。
 じっ。
 冥月が香里亜に気付き拳を向ける。それと同時に、ドアに何かがぶつかったような衝撃がした。
「きゃっ!」
「覗いてないで入って来い」
「はい。今日もよろしくお願いします」
 覗いていたのは気付かれていたらしい。頭を下げながら中に入った香里亜は、ちらりとドアを見て顔を青ざめさせた。
「あわわわ……」
 そこにめり込んでいたのは、小さな鉄球。
 拳を向けたと同時に冥月が指弾で飛ばしたものだが、これが体に当たればケガでは済まないだろう。自分に当てる気ではなかったと思っていても、やっぱり背中に冷たいものは走る。
「今日はいつもと違いますね。武器ですか?」
 香里亜にそう問われ、冥月は影の中にそれらをしまいながら頷いた。
「久しぶりに剣の修行をな。他も時々使わないと腕が鈍る」
 冥月が戦闘しなければならないときは、大抵自分の影を武器にしたりするのだが、それだけだと力に頼ってしまい、武器の扱いが鈍ってしまう。影のないものはいないのだから、それでいいんじゃないかと言われるかも知れないが、世の中は広いし自分の力を打ち消すような相手がいた場合、武器を使うような事もあるかも知れない。
「日々是修行なんですね」
 感心したように香里亜は話を聞くと、何か思いついたように口元に手を当てた。
「うーん、私も何か、武器とか覚えた方がいいんでしょうか?」
「それはやめとけ」
 にべもなく即答。
 元々香里亜は柔軟性や敏捷性はあるが、筋力がない。多少鍛えてはいても、何かあった時に持っていた武器を落とされ、それが相手に渡ってしまえば身を守るどころか己を危険に晒してしまう。
 それだけではない。冥月は小刀を出し、それを香里亜に握らせる。
「これを人に刺す勇気があるか?」
 そう言いながら香里亜が持っている小刀の刃先を、自分の腹に向けさせた。本気で刺さないとは分かっていても、刀を握らせている香里亜がビクッと怯えるのが分かる。
「出来ません出来ません、私には無理です。ヘタレでごめんなさい」
「いや、それでいいんだ」
 ぶんぶんと首を横に振った香里亜は、持っていた小刀を捧げるように冥月に返した。これで「いざとなったら出来ます」と言われれば、色々鍛え直さなければならないところだが、こうやって人を傷つける恐怖を感じるのは悪いことではない。簡単なことだが、相手の痛みを知ろうとしなければ、自分が傷つくときの恐怖も分からない。
「普通素人は、殺すための武器は使われるより使う恐怖の方が勝る。躊躇って何も出来ぬのでは本末転倒だ」
 それと同時に冥月は思っていた。
 誰かを殺したりするのは自分がやればいい。香里亜に何かあっても、香里亜が誰かを殺すような所は見たくない。その力を人殺しのためには使わせたくないと……。
 少し脅かしすぎたかも知れない。ぽんと香里亜の頭に手を置き、冥月は安心させるように笑う。
「どうしても何か持ちたいなら鉛筆にしろ。痴漢等に襲われたら思い切り刺せ、正当防衛だし手足なら死なん」
「鉛筆……ボールペンかでも良いですか?」
「それぐらいだな」
 そう言えば、最近鉛筆を持ち歩いてる人はいないかも知れない。
 コホン…と、ごまかすように息をして、冥月はそっと香里亜と距離を取った。今日はちょっとお喋りが過ぎた。お互い合う時間を使っての稽古なので、有意義に使わなくては。
「じゃあ始めるか」
 今日も『香里亜が指定する体の一カ所を冥月が触ろうとする』訓練だ。攻撃の予測と、防御の反復練習だが、いざというときに役に立つのはこんな事だ。地味かも知れないが、体に覚えさせるのが結局遠回りだが身になる。
「今日は体のどこを指定する?」
「えーっと……この前は頭でハードルを上げすぎたので、『右肩』にします。老師、よろしくお願いします」
 そう言うと共に、香里亜が左手と左足を前に出しさっと構えを取った。そこに冥月がゆっくりと手を出していくが、前よりも体の動きがいいような気がする。
「練習したのか?ちゃんと私の動きを見ているようだな」
「あ、ちょっと色々ありまして……」
 その「ちょっと色々」が何のことだか、冥月にはさっぱり分からないが、動きが良くなるのはいいことだ。危険だと思ったら影を三回叩けと教えてあるのだから、何か危険なことがあったわけではないだろう。
 冥月が差し出す手を、香里亜は左前腕で防ぐ。フェイントで避けられない攻撃は、足を使って姿勢を低くしたり動いたりしながら避けていく。
「じゃあ少しスピードを上げるか」
 前には出来ていなかった「攻撃を目で追い、考えながら体を動かす」ことが、かなり身に付いてきたらしい。スピードを上げると流石に追いつけないこともあるようだが、前よりは格段に動きが違う。
「肩は簡単になってきたから、次は頭にするか?」
「分かりました。今日は前みたく、頭掴まれないように頑張ります!」
 一カ所が出来るようになれば、後は応用だ。冥月ほどになれば、視線と全く別の方向に攻撃を仕掛けることも出来るが、大抵は相手は攻撃する場所に視線を送る。それを見ながら予測をして防御すればいいのだ。
「動きが良くなったな」
「本当ですか?」
 褒められた香里亜が嬉しそうに笑う。その隙を冥月は見逃さない。
「あとはこうやって隙を作らなければ、大抵何とかなるだろう」
 つん…と、額を突いてみせると、その反動で香里亜が後ろによろけた。額に手が行くと、どうしてもそこに視線が向くし、体のバランスを崩すことも出来る。人間が立ち上がるときは必ず前傾姿勢を取るので、額を抑えて立ち上がれないようにすることも可能だ。
「ほにゃっ!」
 よろけてぺたっと尻餅をついた香里亜に。冥月が微笑んだ。今日はこれぐらいがいいかも知れない。疲れるまで稽古を付けてもいいが、出来が良いときはその身体の動きに変な癖を付けない方が良い。
「今日はなかなか良かったから、これで終わりにしよう」
 後は汗を流すために温泉に浸かって、少し話でも出来れば……そう思っていると、香里亜は正座してぺこりと頭を下げた後、冥月を見上げこう言った。
「冥月さん、毛ガニはお好きですか?」
「は?好きか嫌いかと問われると、好きだが」
「じゃあ、私の家にカニ食べに来ませんか?お父さんが送ってきてくれたんですけど、お裾分けしても私一人じゃ食べきれないんで、一緒に食べましょう」

 温泉で汗を流した後、冥月は香里亜の家の居間で手持ちぶさたに料理が出来るのを待っていた。手伝おうかと言ったのだが、香里亜が「冥月さんはお客様なので、ゆっくりして下さい」と、台所に入れてくれなかったのだ。
「自家製のイクラもあるから、イクラご飯もできますよー。あ、テレビとか付けたりして待ってて下さいね」
 この様子だと何だか色々と送られてきたらしい。
 食卓には冥月のために出されたお茶。茶碗と箸、それにカニの殻を入れるための皿が置いてある。ただ待っているのも何なので、テレビを付けたりもしたのだが、あまり面白い番組はやっていないようだ。
「ファッション雑誌とか、やっぱり買ってるんだな……」
 美味しそうな匂いの中、部屋の隅に置いてある雑誌でも読もうかと思い手を伸ばすと、冥月はそこに何だか違和感を覚えた。ファッション雑誌の下に、何故か健康雑誌。そしてそこから隠すように、雑誌の真ん中に一回り小さい書店のカバーが掛かった本。
「………?」
 廃品回収に出すにしても、カバーの掛かった本をこんな所に置いておくなんて。何とはなしにその本をめくった冥月は、その本の中身を見てしばらくの間硬直した。
「…………」
 カバーをめくり思わずタイトルを見る。するとそこには『痴漢列車すぺしゃる♪』というタイトルと、満員電車の中で乱れた服に艶っぽい表情をしている女性の絵。何というか……「表紙から18禁です!」という感じで、カバーがなければかなり恥ずかしい。
 しかも中のマンガもかなりハードで、冥月はページを見ながら思わず神妙な表情になる。
「こんなのも読むのか……」
 意外と言えば意外だ。料理をしている香里亜の姿と、自分が手に持っている本が繋がらない。見た目はほわっとしているし、こんな本を読むようには見えないのだが。
 そう思っていると、香里亜が台所からひょいと顔を出す。
「今食べやすいようにカニ切って……って、いーやー!」
 冥月が持っている本に気付いた香里亜が、猛烈な勢いで冥月の手から本を奪い取り、正座した自分の足に敷いて隠した。
「みみみみ、冥月さん…見ま…した……?」
 そう言う香里亜は耳まで真っ赤で、今にも頭のてっぺんから湯気が出そうになっている。その様子に冥月は平静を装いながら、香里亜を一生懸命なだめる。
「まぁ女だって読むさ、嗜好もそれぞれだ」
 こういうのは変に突いたら恥ずかしいだろう。何気なく、さらっと流すのが一番だ。だが香里亜はぶんぶんと首を横に振る。
「ち、違うんです。読んでないです、それは、その、あのっ……」
 まさか世界を救うために買ったなどとは言えないし、それはそれで恥ずかしい。しかし何とかごまかさなければ、冥月の中に『香里亜はこんな本を読む』という烙印がついてしまう。それはなんとしても避けたい。
 どういえば完璧な答えだろう。もらった…誰にもらったか言わなければならないし、迂闊に知り合いの名を出せば、濡れ衣を着せてしまう。カニと一緒に入っていた…それじゃお父さんが変態だ。間違えて買った…これと何を間違えればいいのか。結構面白いですよー…そんな事言うぐらいなら切腹する。
 香里亜はパニックになった頭で、きっぱりこう言った。
「これは、理想の胸の見本なんです。カタログみたいな」
「はあ……」
「バストアップ体操のモチベーションを上げるための、お手本なんです。ほら、ダイエットするときに理想の体型をイメージしやすいように、モデルさんの写真とか貼ったりするようにっ!」
 お手本……香里亜にきっぱりそう言われ、冥月は先ほど見た絵を思い出した。
 確かに巨乳過ぎず、形のいい胸だったような気がする。本の内容はアレだが、健康雑誌に挟んであったし、香里亜が言うならそうなのかも知れない。
 何だか無理があるような気はするが。
 香里亜がぼそぼそと小さな声で、俯きながら喋る。
「あの…皆さんにはご内密に」
「いや、誰にも言わないから安心しろ」
「彼氏さんのことも、誰にも言いませんから……」
「そもそも、そんな話になったことがないだろう」
 秘密の共有者…ということにしておくか。ここはさらりと流すに限る。
「香里亜、カニはまだか?」
「あっ、はい。すぐ持ってきますね。これは見本だから、冥月さんは見なくても良いですよ」
 何故か香里亜は、台所にその本を持って下がっていく。
 まあ、見なかったことにしておこう。健康雑誌の『バナナに豊胸効果!ブラのカップが上がった』という見出しに目をやりながら、冥月はカニを持ってやってきた香里亜に困ったように笑ってみせた。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
演舞と稽古、そしてカニと、香里亜がうっかり持ち帰ってしまったエッチな本…と、盛りだくさんの内容で書かせていただきました。稽古までが真剣だったのに、家に来てからはもうとんでもなくなっています。言い訳が無茶苦茶ですね…きっとあれが精一杯なのでしょう。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。