コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

「いらっしゃいませ、蒼月亭にようこそ」
 蒼月亭に来た客は、皆同じ挨拶で出迎えられる。ドアベルを開け入った秋月 律花(あきづき・りつか)も、カウンターの中にいるナイトホークに、そう出迎えられた。まばらに客がいる中、開いているカウンターに座ると、おしぼりと共に菜の花のサラダが差し出される。
「こんばんは、お久しぶりです」
「久しぶり。一人で来るの初めてだよね」
「はい。いつもイベントの時にしか来ていなかったので、今日は飲もうかなって」
 蒼月亭に来たのは初めてではないが、いつもはクリスマスやバレンタインのイベントの時だけで、一人で飲みに来るのは今日が初めてだ。
 ここしばらく律花が取りかかっていた、難敵のレポートがやっと片づいた。普段なら自分の家でおつまみなど用意して一人で祝杯を上げたりもするのだが、たまには自分へのご褒美に、ちょっと上等なところでお酒を飲もう。蒼月亭に来たのはそんな理由からだった。
 カウンターの中で煙草を吸っているナイトホークに、律花は一杯目の注文をする。
「『ジントニック』を下さい」
「かしこまりました。最初にこれを頼まれると、緊張するな」
 そう言いながらも煙草を置き、ナイトホークはタンブラーに大きめの氷を入れ始めた。そして律花の方を見てにこっと笑う。
「ジンの好みとかはある?」
「いえ、お任せします」
 やっぱりこの店は何か違う。律花がじっと見ていると、ナイトホークは薄い水色の綺麗なボトルを取り出した。
 ジントニックは、律花が大学の指導教官から教えてもらったカクテルだった。ドライジンを45mlにトニックウォーターを注ぐだけの簡単なカクテル。だが、簡単だからこそバーテンダーの腕が出るという。
『これが美味しいかどうかで、バーテンダーの腕が分かるんだ』
 簡単な事がきちんと出来なければ、他をどう取り繕っても駄目だ。そういう意味もあったのかも知れない。だから律花はここでカクテルを飲むときは、絶対ジントニックからにしようと決めていた。
「お待たせいたしました。ジントニックです」
 グラスにはレモンの飾りなどは全くなかった。それを手に取ると、ほんのりとジンの香りが鼻をくすぐる。さて味の方は……。
「美味しいです……飲みやすいですね」
 ジンの香りと、トニックウォーターの苦みが爽やかで飲みやすい。トニックウォーターを入れすぎれば苦み走って飲みにくいだろうし、ジンが多すぎればアルコールが強くなりすぎる。律花が美味しいと言ったことに安心したのか、ナイトホークは笑って先ほど持っていた水色の瓶を見せた。
「ジンも何にしようか悩んだけど、香りが複雑な『ボンベイ・サファイア』にしてみた。そのまま飲んでも美味いよ」
 元々律花はお酒が好きで飲む方もかなり強いのだが、日本酒には詳しくても洋酒は余りよく知らない。トニックウォーターの苦み成分はキニーネで作られているが、日本では劇薬指定なのでそれが含まれていないという話なども、律花からすると興味深かった。
「キニーネが入ってると、ブラックライトで光るって」
「そうなんですか……」
 自分が知らなかったことを知るのは楽しい。そんな事を思いながら、律花がジントニックを口にしたときだった。
 カラン。ドアベルが大きくなり、客が入ってきたことを知らせる。ナイトホークが顔を上げいつもの挨拶を言う。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
「いょーう、夜だけどこばにゃー」
 にぱっと笑ってそこに立っていたのは、科学者の篁 雅隆(たかむら・まさたか)だった。バレンタインのイベントで顔を見たこともあるし、研究者として律花は一方的に名前を知っている。
 蜘蛛の巣柄のスーツを着た雅隆は、律花の横に来てこう言った。
「お隣よろしいですか?お嬢さん」
「あ、はい、どうぞ」
 こと……と、雅隆の前にチョコレートと苺のケーキが置かれた。ナイトホークはふぅと溜息をつき、雅隆を指さす。
「秋月さん、こいつと話すと浮かれポンチが感染るよ」
「天才科学者様に向かって何て事をー!あ、僕カフェオレね。あと、ナイトホークにこれあげるー」
 雅隆が無造作に持っていた紙袋の中から何かが入れられた箱を出し、それをカウンターの上に置く。怪訝そうに開けると、そこに入っていたのはスコッチウイスキーの『ダルモア21年』だった。何だか高級そうだと律花は思う
「もらったんだけど、飲まないからあげるね。こういうのより菓子折が欲しいのにー」
「全く猫に小判だな。氷砂糖の方が喜ぶだろうに……サンキュー。ありがたくもらうわ」
 そう言うとナイトホークはコーヒーミルを取り出し、コーヒーを入れる準備をし始めた。律花の隣に座った雅隆は、ケーキをぱくっと一口食べると律花を見てにこっと笑う。
「バレンタインのイベントの時に来てたよね。ブラウニー美味しかった」
「篁博士に覚えて頂いてたなんて、光栄です」
「秋月さんだっけ?僕のことは『ドクター』でいいよ」
 こんな所で会うと思っていなかったので、何だか少し緊張する。それを何とかするようにジントニックを飲み息を吐くと、雅隆は律花に話をし始めた。
「秋月さんは大学生?」
「そうです。考古学専攻のゼミに入っています」
「そうなんだ。考古学は『眠ってる方に対して、丁重な気持ち』を持たないと行けない学問だから、それを忘れちゃダメだよ」
 その言葉に律花は思わず雅隆を見た。
 だがさっきと同じようににぱっと笑ったまま、雅隆はカフェオレが入るのを待っている。
「誰かがどう暮らしていたってのを知るためには、どうしても掘り返したりとかしなきゃならないからね。学問なのに、何故か呪いとかって話も多いけど、やっぱりそれは『教えてもらう』とか『見せてもらう』って気持ちを忘れるからだと思うの」
 何だかそれが不思議だった。考古学という話からだと、何を勉強しているとか、どの時代を中心にという話になりそうなものだが、雅隆は一番前提の話をしている。その言葉が身に染み、律花は「失礼します」といい、メモを取り出した。
「お待たせしました、カフェオレです。何話してるんだ?」
「ナイトホークには教えにゃい。あ、秋月さん何か飲む?僕ね『こちらのお客様から』ってのに憧れてるんだけど、そういう機会ないんだよねー」
 これが本当に、少し前に「教えてもらう気持ち」と言っていた雅隆なのだろうか。そのギャップにあっけに取られていると、ナイトホークも笑ってこう言った。
「何か頼んでやって。言い始めると頼むまで多分うるさいよ」
「じゃあ『ミモザ』をお願いします。ドクター、頂きます」
「いえいえ。ナイトホークが、一番美味しいと思ってるシャンパンで作ってあげて」
 ミモザも律花が恩師に教えてもらったカクテルだ。あれは確か中学の恩師だったと思う。『あの美しい花ををそのままに再現したお酒がある。他にも世界には、君の知らないことがたくさんあるよ』
 丁度今頃花を付けるミモザアカシア。シャンパンとオレンジジュースを半分ずつ合わせたカクテル。あの時から色々なことを勉強した。たくさんの人と出会い、それと同じぐらい知りたいことがたくさん増えた。
「お待たせいたしました、ミモザです」
「ありがとうございます」
 オレンジとシャンパンの風味がとても飲みやすい。律花が嬉しそうに笑ったのを見て、雅隆はカフェオレに砂糖を入れ混ぜ始めた。
「よく研究の話をすると『儲かるかどうか』って話をする人がいるけど、儲けとかじゃないんだよね。自分のルーツを知りたいってのは、純粋な知的好奇心だって僕は思うんだけど」
「分かります。私も最初は歴史よりの勉強がしたかったんですけど、発掘のボランティアに行ってから考古学の虜なんです」
 人がどこから来て、どう暮らしていたのか。
 テレビなどでは、毛皮を着てマンモスを追いかけて……などと思われているようだが、発掘に携わりその文化を知れば知るほど、縄文時代などは自分が思っているより色々なことが発達していたように感じる。
 宗教、生活、都市規模の街。自分が何気なく歩いている所にも、そんな文化水準の高い生活をしていた人がいて、その文化や生き方が自分へと続いている。律花にとって、それを知り、理解することが楽しかった。
「縄文時代あたりは、宗教でも女性が重要だったみたいですね」
 普段ならゼミぐらいでしか話せないのだが、雅隆はそんな話にも頷きながら耳を傾けている。
「いつの間にか『血の汚れ』とかになってるけど、昔は水の神が女の人に憑いているって信じられてたみたいだよね。それが農耕文化と一緒に戦いの文化も入ってきて……」
「女性が権力を持つと、子供を産むってところも男の人には怖かったのかも知れませんね」
「そだねー」
 いつの間にか二人の話は白熱していた。律花は右手でメモを取り、雅隆の話を書き留めながら自分の意見をまとめている。雅隆はそれに受け答えをしながらも、時折別の話を巧みに織り交ぜ、前のめりになってしまいそうな律花を時々笑わせたりしてくれた。
「そう言えば、考古学で有名な某教授が、発掘現場に顔を出すたびに何故かいつも雨が降るんだって。ピラミッドの発掘に加わってくれれば……って話もよく聞くよ。雨が降った後は遺物も見つかりやすいし、砂漠化防止にもなるのにねー」
「ふふっ、そうですね。雨の後は、遺跡も水で洗われた感じで、同じようにそこに住んでた人も、雨宿りしてたのかなって……やっぱり、知れば知るほど考古学は面白いです」
 自分が生きてきたルーツ。
 それを知ることは決して楽しいことばかりではない。真夏の発掘作業などは辛いし、遺物の捏造や盗難など、頭の痛い問題などもある。それでも考古学に惹かれるのは、そこに生きていた人たちの息吹を感じるからだろう。
 もし……自分が生きているこの時代が遠い過去になったとき、それを誇れるだろうか。
 名も存在も忘れられても、そこに生きていたという証を残せるだろうか。
「………」
 思わず溜息をつく律花に、雅隆はカフェオレを飲み干し天を仰いだ。
「当たり前だったことが当たり前じゃなくなって、それを知ろうとしてるのって何だか不思議だよね。狩ったものの命を大事にするとか、そんな当たり前のことを忘れちゃダメだよって、昔の人が僕たちに教えようとしてるのかも」
「そうですね。狩猟時代の人たちは手に入る物だけが生きていく糧でしたから、その気持ちが強かったんでしょうけど、私達も同じなんですよね」
 律花の言葉を聞き、雅隆が笑う。
「それを覚えていたら、きっと良い学者になれるよ」
「えっ?」
「大事なのは感謝の気持ちだから。秋月さんがそう思っていれば、昔の人や物がちゃんと教えてくれるって、僕が保証する」
 本当にそうだろうか。
 でも、何だかそれが嬉しかった。眠っている人から教えてもらう……そう思うだけで、きっと自分に囁いてくれる。もしかしたら相手が頑固で、なかなか話し始めない事もあるだろうけれど、それは人付き合いと同じだ。
 いつの間にか律花の目の前にあるグラスは空になっていた。
「飲む物なくなっちゃったね。ナイトホークー、僕『シャーリーテンプル』ね。秋月さんはどうする?」
「あ、私は『サムライ』をお願いします」
「かしこまりました」
 高校の恩師から教えてもらったカクテル。
『お前は将来絶対酒好きになる。二十歳になったら飲んでみろ、日本酒が全然違う味になっていて驚くぞ』
 そう言われたとおり、律花はかなりの酒飲みになった。日本酒ならぐいぐい飲んでも酔う事がない。カクテルを頼む律花を見て、雅隆は感心したように目を丸くする。
「秋月さんって、お酒強いの?」
「はい。飲み会とかだと皆が先に酔っちゃって、置いていかれる事が多いんです」
「いいなー、羨ましい。僕お酒弱くて、飲むと寝ちゃうんだよねー。だからノンアルコールカクテルなの。今度お酒もらったら秋月さんにあげようかな。何が好き?」
「私は日本酒が……いえ、そうじゃなくて」
「日本酒ね。飲まない僕の所にあるより、美味しく飲む人に頂いてもらった方がいいし、毎度ナイトホークにあげるのつまらないから」
 この調子だと、雅隆は本気で律花にお酒を持ってくるつもりらしい。どうしようかと思っていると、目の前にロックグラスが差し出された。
「お待たせいたしました、サムライです。無理に押しつけると嫌われるぞ」
 上手く話が逸れた事に感謝して、律花はグラスを口元に近づけた。
 日本酒とレモンジュースで作るカクテル。日本酒独特の麹の香りが、レモンで打ち消されている。一口飲むと日本酒とは全く違った爽やかさが口の中に広がった。律花は日本酒好きだが、苦手だという人はこうすると飲みやすいかも知れない。
「美味しい。何だか日本酒じゃないみたいです」
「そう?レモンジュースをライムに変えると『サムライ・ロック』ってカクテルになるんだ。買った日本酒がハズレだったときにやるといいよ」
 あまり外す事はないのだが、たまに気分を変えるときにやるのもいいかも知れない。隣で赤いカクテルを飲んでいる雅隆が、悪戯っぽく笑う。
「あ、そだ。秋月さん、『ロングアイランドアイスティー』って知ってる?」
「いえ……アイスティーですか?」
 ふるふると首を横に振る雅隆に、ナイトホークが説明してくれた。それはジンやウォッカなどの様々な材料とコーラを使い、全く紅茶を使用せずに色だけでなく味まで再現したカクテルらしい。
「僕ね、それ知らなくて飲んで寝ちゃった事があるんだけど、本当に紅茶みたいな味がするから今度飲んでみるといいよ。勉強もカクテルと同じで、たくさん色んな所から見て混ぜると思いも寄らない発見があったりするから……なーんて」
「お前は節操なさ過ぎて、訳分からんけどな。本当は何の研究をしてるんだ」
 煙草を吸いながらそう言って笑うナイトホークに、雅隆はにこっと笑ってカウンターに肘を突く。
「最近は菌とか探してるよ。元々いる物を探して研究するって点では、発掘に近いかも」
「そうですね。今度飲んでみる事にします……あ、これ飲んだ後にしようかな」
 これからもきっと日々発見だろう。
 このままずっと考古学の研究を続けるか、それともまた別の事に興味が出て違う学問の道に進むかは分からないけれど、毎日学ぶ事はたくさんある。
「またここに来たら、ドクターにお会いできますか?」
 まだまだ色々な話がしたい。今日は考古学の話が中心になってしまったけれど、雅隆が研究しているという菌の話など、律花は興味があった。それを聞いた雅隆は、頷いて目を細める。
「お酒飲めないけど、たまに夜にも来てるよ。僕も秋月さんとお話ししたいし、今度は発掘現場の話とか聞きたいな」
「はい。その時には何か面白い話題を仕入れてきますね」
 道が繋がるように、人ともこうして繋がっていく。
 時代が変わっても、変わらないもの。律花はメモを取っていたペンを置き、見た事のない遙か昔に心を馳せながらサムライを飲み干した。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6157/秋月・律花/女性/21歳/大学生

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
レポートが終わった後に蒼月亭に来て、そこでひとときの会話やカクテルを楽しむということで、こんな話を書かせて頂きました。考古学は色々時代が広いですが、自分が住んでいた場所に誰かが同じように暮らしていたと言うのは興味深いです。そこにちょっと触れるような感じになっています。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。