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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


心地良い罪悪

「たまには、二人で飲みに行かないか?」
 休み前の夕方、気だるい空気。
 自分が経営している、シルバーアクセサリーショップ「NEXUS」のカウンター内で、弟である高峯 弧呂丸(たかみね・ころまる)に、急にそんな事を言われた燎(りょう)は、うさんくさげな表情を作りながら顔を上げた。
「珍しいな、コロ助からそんな誘いなんて。こりゃ明日は雨決定だ」
 普段顔を合わせれば、やれ経営はちゃんとしているのかとか、ギャンブルに金をつぎ込むな……などと口うるさい弧呂丸から、そんな誘いを受けるのはかなり珍しい。
 そもそも酒も煙草も適度にやる自分と違い、弧呂丸は普段よほどの事がない限りは禁酒をしている。雨どころか、槍が降るのではないだろうか。
 縹色(はなだいろ)の着物を着た弧呂丸は、そんな燎を見てクスクスと笑う。
「そんな顔しなくても、別に説教とかそういう訳じゃないよ」
「本格的に何か降りそうだな」
「燎と話をしながら飲むのに丁度いい、素敵な店があるんだけど」
 素敵な店。
 それは弧呂丸が友人から教えてもらった所だ。『蒼月亭』……蔦の絡まる建物と、古い木の看板が目印だ。昼間はカフェで、夜はバーになる。
 前々から弧呂丸は、一度兄弟水入らずでゆっくりと話をしながら酒を飲みたいと思ってはいたのだが、今までその機会を探しあぐねていた。燎を誘うのは簡単だが、あまり賑やかすぎる店だと落ち着かないし、かといって静かすぎると間が持たない。
 そんな間や距離感を、蒼月亭なら上手く繋げてくれるのだはないだろうか。
 そう思って誘ってみたのだが、果たして燎はどうだろう。商品の入ったガラスケースを磨きながら返事を待っていると、燎はニヤッと笑いポケットから煙草を出す。
「そう言うからには、俺が行くのに丁度いい店だろうな」
「きっと気に入ると思うよ」
 カチッ。シルバーのライターを出し、煙草に火を付け一息。
「……よし。たまにはコロ助につきあうか」

「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 蒼月亭は、二人を待っていたかのように誰もいなかった。
 つい先ほどまで客がいたであろうという空気が漂っているのに、今はジャズとアンティークの掛け時計の秒針だけが静かな店内に響いている。
「なんだ、コロ助の知ってる店ってここだったのか」
「えっ?」
 「NEXUS」からは離れているので、ここを知らないと思っていたのだが、燎は何度も飲みに来た事があり、マスターともちょっとした顔見知りのようだ。
「マスター久しぶり。これ、双子の弟のコロ助」
「弧呂丸です」
 本当にそれで覚えられてしまうと困る。だがナイトホークは、弧呂丸を見てにこっと笑い、カクテルグラスに入ったイカのマリネを差し出した。
「この前来てたよな。燎の弟さん?」
「はい、そうなんです。今日は兄にこの店を教えるつもりだったんですけど、もう知り合いだったんですね」
「うん、そう。丁度客もいなくなって暇だったから、ゆっくりしてってよ。二人とも何飲む?」
 誘ったはいいのだが、弧呂丸はカクテルについてはあまり詳しくない。メニューを見ていると、燎がそれに気付いたのか、にやにや笑って弧呂丸の顔を見ている。
「燎、その笑顔はどういう意味だい?」
「いや、マスターに任せた方がいいんじゃないかと思って。どうせコロ助、カクテルなんてよく知らないんだろ?」
 その通りだ。
 だがそれを認めるのも何だか癪なので黙っていると、ナイトホークが冷蔵庫から『ビーフィーター』の瓶を出し二人に見せる。
「じゃあ一杯目は歓迎の意って事で、俺の奢りで『マティーニ』を」
 イギリスではこのジンを使ってマティーニを作ると「貴方を歓迎します」と言う意味になるらしい。そんな話を聞きながら、燎は煙草に火を付けている。
「にしても、コロ助から飲みに誘われるとはな」
 お互いこうして並んで飲んだりするのは、もしかしたら初めてではないだろうか。
 兄弟という近しい間柄とはいえ、成長するとなかなか子供の頃のようには行かない。まして燎は家から勘当された身だ。それは十代の頃の行いの悪さが原因でもあるが、それで一時期お互いぎくしゃくしていた事もある。
「たまにはこういうのもいいかなって。でも、燎が知ってるとは思わなかった」
「酒の品揃えがいいからな、ここ。マスターしょっちゅう客と一緒に飲んでるけど」
 カクテルをグラスに入れながら、ナイトホークがふっと笑う。どこまでも透き通ったカクテルの底にはオリーブが沈み、それが二人に差し出された。
「だって、俺の欲望の城だもん。はい、お待たせしました『マティーニ』になります」
 ジュニパーベリーの香りが鼻をくすぐる。マティーニはかなり強いカクテルなのだが、二人はそれを何気なく飲む。
「欲望と言えば、燎も昔はすごかったんですよ」
 何かを思い出すように、遠い目をする弧呂丸。
「へぇ、悪そうな感じするもんな」
 自分のショットグラスに『ビーフィーター』を注ぐナイトホークに、燎は煙草を吸いながら不敵に笑った。
「そんな事あったっけか?」
「あったよ。燎は忘れてるのかも知れないけど」
「覚えてねぇ」
 まあ酒の肴には丁度いいかも知れない。昔話は真剣にするものではなく、酒でも飲みながらの方がいい。ふと横を見ると、弧呂丸はマティーニを一気に飲み干しグラスを奥に押した。
「お代わりお願いします。美味しいですね、このカクテル」
「ショートカクテルは美味いうちに飲めって言うけど、兄弟揃って蟒蛇だな。じゃあ、カクテルも良いけど泡盛行かないか?瑞泉の『白龍』って古酒が、ロックで飲むのに丁度いい」
「じゃあ、それを」
 これは本格的に飲みに入るようだ。燎もマティーニを飲み干し、煙草の代わりにカクテルピンをくわえる。
「マスターが飲みたいだけだろ。で、何の話だっけ?コロ助」
「………」
 じっ。
 睨み付けるように弧呂丸が燎を見る。大きな氷の入ったロックグラスを持つと、そのままそれを一口飲み、きっぱり一言。
「昔、初恋の相手を燎に寝取られた事があるんです」
 それを皮切りに、弧呂丸は燎が十代の頃、如何に荒れていて手が付けられなかったかをナイトホークに話し始めた。
 弧呂丸の初恋の相手……それは、屋敷で雇っていた年上の女性だった。和服の似合う美人だった事を良く覚えている。
 それを燎は、弧呂丸に見せつけるように寝とってしまったのだ。
 それはある意味思春期の弧呂丸にとって衝撃的な出来事だったが、初恋の人を寝取られた事より、何故か別の事の方が弧呂丸にとってはショックだった。
 一緒に育ってきたのに、燎だけが急に自分を置いて大人になってしまったような気がしたこと。
 自分を突き放すかのように先に育ち、置いていかれるのではないかと思ったあの感覚。
「……あの時は、目の前が真っ暗になったよ」
 表向き「初恋の人を取られた恨み」のように聞こえるが、弧呂丸からすると、今自分の隣に燎がいることがなんだか不思議だ。自分よりずっとずっと先に大人になったと思ったのに、今こうして一緒に酒を飲んでいる。それは自分が燎に追いついたのか、それとも燎が待っていてくれたのか。
「悪い男だな、お前」
 ショットグラスを持ったナイトホークは、二人を見て苦笑した。笑って話せているなら、それも昔の出来事なのだろうとは分かるのだが、ある意味ドラマになりそうな壮絶具合だ。多分見せつけた後に、捨てたというおまけが付いているに違いない。
「昔過ぎて、んな事全然覚えてない。執念深いな、コロ助」
 カラカラ……と、燎はロックグラスの中の氷を鳴らす。
 確かにそんな事もあった。それにはちゃんと理由があったりするのだが、それを弧呂丸に話すつもりはない。多分これからも話さない。
 あの時はとにかく自分に絶望し、自分を壊したくて仕方がなかった。
 そして弧呂丸に嫌われてしまいたかった。嫌われて顔も見たくないと思ってくれれば、家のことも自分の能力も、そして身に降りかかった呪いも、全て壊してしまえるはずだったのに。
「すごかったんですよ。十代なのに裏社会で大暴れして、薬にも溺れて……」
 溜息をつく弧呂丸に、ナイトホークが燎を見る。
「『ロシアン・クエイルード』でも作ろうか?睡眠薬ってブラックジョークのカクテルだけど」
「俺を寝かせて何する気だ」
 燎は煙草の煙を吐き、弧呂丸の話を聞いている。
 裏社会で大暴れもした。殺し以外の事は何でもやった。
 人を傷つけ、自分を傷つけ……痛みを感じなくなればいい。そう思って何度も警察沙汰を起こしているうちに、親や親族は燎を見捨てた。
 高峯家の後継ぎには、弧呂丸がいる。自分は「いらない」と判断されたのだ。
「警察に何度も行かなきゃならなかったから、引き取りのための書類を書きためておこうかと思ってたよ。あの頃は」
 だが、それでも弧呂丸だけは燎を見捨てようとしなかった。
 勘当されたのに、警察から連絡が行けば引き取りに来て、何度も頭を下げる。自分は弧呂丸にあんなに酷いことをしたのに、それでも絶対に食らいついてくる。
 自分と家の狭間で悩み、押し潰されそうになっている弧呂丸の姿を見たら、何だか気が抜けた。自分のやっていることが馬鹿馬鹿しくなった。
 自分を傷つけているはずなのに、気が付くと何故か弧呂丸が傷ついている。
 針の山を登らせないために突き放したのに、気が付くと追いかけてきている。
 なら、どこまでも一緒に傷つくしかない。自分が生きている限りは。
「履歴書の賞罰に書くところいっぱいあっていいな」
「書かねぇし。マスター、『シルバー・ブリット』作って。コロ助も飲むか?」
「いや、白龍を飲むからいいよ」
 今日はちょっと饒舌かも知れない。
 こうやって昔のことを、誰かに話すのは初めてだ……いや、燎と話すのも。
 ずっとずっと先に行ってしまった燎を追いかけ、必死でその裾を掴んで。家を継ぐということも、燎が勘当される以前から考えていた。
 自分が後を継げば、燎は家から解放される。そうしたら、燎は立ち止まってくれるのではないだろうかと。
 突き放されたことがショックではないと言えば嘘になる。今でも時々、またあの時のように荒れ、自分を置いていくのではないかと思う事もある。なのでつい口を出し、生き方を憂いたり説教をしたりしては、燎に煙たがられる。
 でも……それでも、この手を放したくはない。
 裾を握った手が傷ついても、絶対放さない。あの時のように「置いていかれた」と思うのは嫌だ。だから一緒に歩く。その為に自分は強くなる。
「お待たせいたしました。シルバー・ブリットになります。でも、そうやって昔のことを話せるのはいい事だろ。俺は親族とかいねぇから、そういうのは羨ましい」
 何故か、ナイトホークに心を見透かされたような気がした。
 燎はうんざりしたように、ほんのりと白っぽいカクテルに口を付けこう言う。
「コロ助は小姑みたいだぞ。それでもいいのか?」
 シルバー・ブリット、悪魔払いの弾丸。それが聞くかどうかは分からないけれど。
 弧呂丸も同じように溜息をつきながらグラスを空ける。
「燎だって、ギャンブルに溺れるろくでもない亭主みたいだよ」
「誰が亭主だ」
「それはこっちの台詞だよ」
 二人のやりとりに、ナイトホークは煙草を吸いながら苦笑する。
 静と動で違うように見えたが、流れる物は同じだ。大体本当にうんざりしているのなら、一緒に酒など飲んで心地よい罪悪なんて共有しない。
 紆余曲折、苦心惨憺。
 それを乗り越えたときに見えるもの。それが二人の間にはちゃんとある。
「血は水より濃いわけだ」
 そう呟いた言葉は、話していた二人に聞こえないようだった。

 気が付くと蒼月亭の閉店間際の時間だった。
 白龍のボトルは空になっているが、二人とも酔った様子もなくどちらともなく笑って溜息をつく。
「マスター、そろそろ閉店?」
「あ?もうそんな時間か。ラストオーダーはどうしますか?」
 それを聞き、燎がニヤッと笑う。
「コロ助、今日の勘定賭けようぜ。マスター『カジノ』二つ」
 更生したかのように見える燎が、今でもやめられないのがギャンブルだ。弧呂丸もそれを聞き目を細める。普段ならやめさせるところだが、今日は別だ。
「いいよ。じゃあ、カクテルを作ってもらった後にコイントスしてもらおう。マスター、お願いしてもよろしいですか?」
「いいよ。ちょっと待ってて」
 ミキシンググラスに氷を入れ、ナイトホークがカクテルを作り始める。グラスにマラスキーノ・チェリーが入るので見た目は可愛いが、カジノはほとんどがジンで出来ている、辛口で強いカクテルだ。
 カクテルが目の前に出され、二人はそれを同じように口にする。
「じゃ、行くぞ」
 ピン!と指で弾かれたコインが手の甲に乗せられた。じっと見ていた二人が声を出す。
「表だ!」
「じゃあ裏で。燎、それでいいかい?」
「コロ助に勘定押しつけてやる。来い!」
 そっと隠していたてを上げ、ナイトホークがニヤッと笑う。
「燎、よろしく。ツケはきかないからな」
「げっ、マジか。今日は勝てると思ったんだけどな」
 弧呂丸は知っている。
 燎が一番損しない方法、それは『ギャンブルをしない』事。だが昔苦労させられたぶん、燎にこれぐらいしてもらっても、きっと罰は当たらない。
「コロ助が誘ったのに、俺が払うっておかしくないか?」
 ぼやきながらウォレットを出す燎に、弧呂丸は嬉しそうに笑ってこう言った。
「ごちそうさま、燎」

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4583/高峯・弧呂丸/男性/23歳/呪禁師
4584/高峯・燎/男性/23歳/銀職人・ショップオーナー

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
昔話を肴に、兄弟一緒に蒼月亭でお酒を飲むということで、このような話を書かせていただきました。過去はかなり壮絶ですが、突き放そうとする想いと、ついていこうとする想いがあったからこそ今があるのかなと。
今となってはそれも良い思い出なのでしょう。ナイトホークじゃありませんが、羨ましいです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。