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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


突発的花見企画!?


「花見に行きますよ草間サン」
「は?」
「花見に行きますよって言ったんですけど?もう耳が遠くなったんですか、草間サン?老化現象ですか、可哀想ですねェ」
「耳は遠くなってないしまだまだ俺は若い!おまえの話が唐突過ぎるのが悪いんだろうが!」
 東京の片隅にある、鉄筋作りの古い雑居ビル。その一室、『草間興信所』。
 巷で『怪奇探偵』という嬉しくもなんともない、当人としてはいっそ他人に熨斗つけてくれてやりたい呼称で呼ばれている草間・武彦は、どこまでも人を小馬鹿にする男を前に必死で冷静さを保とうとしていた。
 目の前の男――吉良・ハヅキは意識的にか無意識的にか人を煽るような話し方をするのだ、いちいちまともに反応していても自分が疲れるだけである。
 落ち着け――と自分自身に言い聞かせつつ、草間は吉良を見る。
「藪から棒になんだ。確かに今は花見の季節だが、生憎俺はそんなに暇じゃない」
「暇ですよねェ。このあとに予定が何も入ってないことぐらい把握してますよ?」
「………突発的に依頼人が来る可能性もあるだろうが」
 確かに予定はない。予定はないが、そもそも突発的な依頼人が訪れることも多いのだ、この興信所は。
「半日ほど休んだところで問題ないでしょう? 今は桜が満開ですからねェ、絶景の場所に案内しますよ」
 ほら酒も用意しましたよ?、と吉良が手に持った瓶を掲げる。用意が良すぎる吉良に、草間は確信する。
「おまえ何か碌でもないこと企んでるだろう」
 疑問ではない、断定だ。吉良と知り合ってこれまで散々な目に遭っているのだ、いい加減学習する。
「いやいや企んでなんていませんよ?日夜働く草間サンの気分転換の手伝いが出来たらなァ、と親切心から言ってるわけでして」
 その口調からして胡散臭い。どう考えても胡散臭い。その酒の存在すら胡散臭い。
「というかなんだその酒。見たことないぞ」
 吉良の持つ酒にはラベルも何も貼っていない。しかもなんだか薄く桜色に色づいている。
「俺特製の『桜酒』ですよ?味は保証しますって。まあちょっと色々変わった効能がついてますけど」
 『特製』――その言葉が草間の不安を掻き立てる。変わった効能ってなんだ。絶対碌なものじゃない。不本意ながら怪奇現象に関わるうちに鍛えられた草間の勘がそれを告げている。
「いや俺は――」
「お兄さん、吉良さん、お待たせしました」
 遠慮する、と言おうとした草間の言葉を遮ったのは、彼の妹である零の声だった。彼女の手には大きな包みがある。その包みを見て草間の嫌な予感は強まる。何だか重箱に見える、見えるがそれを認めたくない。
「お花見なんて楽しそうですね。吉良さんが誘ってくださって嬉しいです」
「嬉しいのはこっちですよ。喜んでもらえて良かったです。食べ物の方任せてしまってすいません」
「そんな、たいした手間はかかってませんし。期待しないで下さいね?」
「いやいや零サンの料理は美味しいですからねェ、楽しみですよ」
 和気藹々と会話を繰り広げる二人。嵌められた、と草間は思った。零に根回しを済ませていたとは。
 逃げられないと悟り、草間は小さく溜息をつく。
 そんな草間にシュラインは苦笑しつつ、自身でも用意したお重を手に取った。
「ま、たまには武彦さん自身、虫干ししないと」
 慰めと労りを込めて背中を叩けば、草間は早くも疲れた様子で肩を落とす。
「さて、お花見に行くならいろいろ必要よね。敷物とゴミ袋と、…ああ、肌寒いときの為にブランケットも持って行きましょ」
 てきぱきと手際よくシュラインが用意していく。まずどうして敷物が事務所に常備されているかなどが気になるところだが、誰もつっこまない。きっと何らかの調査で使われたのだろう。そうに違いない。
「お湯もあると意外と重宝するのよね。それと、お味噌汁も少し持っていきましょうか、魔法瓶に入れて」
 素晴らしいほどの用意周到さだ、と吉良は感心する。「出来た奥方ですねェ」と隣に立つ草間にからかいを込めて囁けば、顔を真っ赤にしてうろたえた。
「な…っ!そ、そういう関係じゃない!!からかうな!!」
 そういう反応をするからからかいたくなるんですけどねェ?とは吉良の主張だ。実際に口に出しはしないのだが。
「貸して下さい、シュラインサン」
 シュラインが手にしていた荷物を引き受けて、ついでに零の持っていた重箱も渡すように言う。
「で、でもそんなに持てないでしょう…?」
 控えめに零が声をかけるが、吉良はただにっこりと笑っただけだった。
「いやいやいや、持つんじゃなくてですねェ……」
 そう言って、吉良は。
 何時の間にか事務所内に出現していたブラックホール(らしきもの)に放り投げた。
「……………」
「……………………………」
「………ああっ!!お弁当―――――っっっ!!!」
 草間もシュラインも呆気にとられている中、零の悲痛な声が響く。
「なっ…なんってことするんですか吉良さん!」
 真心込めて作ったお弁当を放り出されて取り乱す零とは対照的に、吉良は落ち着いたものだ。
「まーまー落ち着いてくださいよ零サン?大丈夫ですって、弁当の中身は無事です。崩れても混ざっても無いですから」
 ぽんぽんと落ち着かせるように零の肩を叩き、シュラインに向けてにっこりと笑む。
「………で、それはどこへ繋がっているのかしら?」
 お弁当その他の安否については吉良を信じることにしたらしいシュラインがそう問えば。
「それはもちろん、絶景の花見場所ですよ?」
 いつもの通り胡散臭い笑顔を浮かべる吉良だった。


「すごい………」
 ブラックホール(もどき)経由で移動、というなかなかにない(あっても驚きだが)体験を経て、草間たち一行は花見場所に着いた。
 「絶景の花見場所」と吉良が評するだけあって、その桜の素晴らしさは圧倒的だった。
 年輪を感じさせる威風堂々たる佇まいの幹と、視界を覆う満開の薄紅の桜。
 まるでこの世のものとは思えないほど凄絶に美しいその光景に誰しもが目を奪われた。
 呆然と立ち尽くす三人に吉良は満足げに笑い、「とりあえず用意しちゃいましょうかねェ」と促した。
 吉良の言葉にハッと我にかえった面々は、特に打ち合わせるまでもなく各々の役割を自然とこなし、僅かな間に準備はきちんと整う。
「それじゃ、始めましょうか」
「ほら草間サン、音頭音頭」
「やっぱり俺がやるのか…。――…あー、じゃ、乾杯」
「「「乾杯!」」」
 どことなく気のない草間の声に合わせて、盃を触れ合わせる。かち、かちんと硬質な音が小さく響いた。


 ひらひらと桜が舞い、時折視界を横切るのを視界に納めつつ、シュラインは面々を見渡す。
 吉良と零は談笑しながらお重をつついたり飲み物を飲んだりと楽しんでいるようだ。
 対して、草間はというと。
「………………………」
 むっつりと不機嫌そうな顔で手元のビールを呷っているのみだ。それを見たシュラインは苦笑し、草間へと近づく。
「武彦さん、飲んでばっかりいないでお料理も食べてみて?私もね、零ちゃんから聞いていろいろ作ってきたのよ。――ね、ほら、武彦さん、楽しんじゃった方がいいわよこんな時は」
 そう言いながら、己の持ってきた重箱を指し示す。その中には様々な具の手巻き寿司やロール系おつまみ数種、卵焼きからデザート――今日は枝豆の洋風茶碗蒸しだったりする――に至るまで色鮮やかで見た目にも楽しい料理たちが所狭しと並んでいる。
 しばらく無言でいた草間だが、にこにこと笑うシュラインに毒気を抜かれたらしく、「何か適当に取ってくれ」とシュラインに頼んだ。
 数種の料理を手際よく皿に盛り付け、草間に手渡す。己の皿にも食べ物を補充したシュラインは、草間の隣に腰を落ち着けた。
「綺麗な桜ね」
「そうだな」
「吉良さんに感謝しなくちゃいけないわね。こんな綺麗なところに連れてきてくれたんだもの」
「……しなくていい」
 吉良の名を聞いて一瞬渋面になった草間に笑いを堪えつつ、シュラインは皿に盛った料理に箸をつけた。零の作った料理に舌鼓を打ち、己が料理の出来栄えに満足しつつ食べ進める。
 草間の箸がせわしなく行き来するのを見て、やっぱりお腹すいてたのね、と内心で笑う。
 一通り食べたところで箸を休め、そういえば、と思い出した。
「吉良さん、『桜酒』いただけるかしら」
「どうぞどうぞ。徳利と盃もありますから使ってくださいよ」
 存在を思い出した『桜酒』をもらいに吉良のところへ行くと、二つ返事で答えられた。吉良が指し示した方向を見れば、いつ用意したのか料理の傍に徳利と盃が並べて置いてある。準備するときにはなかったと断言できる、氷水の入った容器まであった。
 思わず吉良を見つめれば、「冷やで飲むのも旨いですよ?個人的には花冷えくらいがオススメですねェ」と見当外れのことを返されてしまった。
 これくらいの不思議は吉良といれば日常茶飯事だ。軽く流すことにして、有り難く諸々のものを借りることにする。
「あァそうそうシュラインさん、それ飲む時は桜に向けて杯掲げて飲んで下さいね。ついでに願い事なんてしたら叶うかもしれませんよ?」
 いささか奇妙な言葉に首を傾げつつも頷いて、草間の元へ向かう。
 桜酒を見た瞬間、草間はなんとも言えない顔になった。
「……飲むのか………」
「ふふ、せっかくだもの。武彦さんも飲みましょ?」
 言って、盃を手渡す。陶磁の白に淡いピンクが映えて、綺麗なものだとシュラインは感心した。
「じゃ、武彦さん。一緒に願掛けしましょうか。ほら、盃上げて」
 最初不審げな顔をした草間だったが、シュラインが吉良に言われたことを伝えれば、呆れた様子ながらも盃を掲げた。
「皆が楽しく過ごせますように」
 願いを込めて呟いて、一気に呷る。
 分類的にはやっぱり日本酒かしら、と思いながら、持ってきたお湯と貰った氷水で温と冷を試してみることにする。
「武彦さんは、何をお願いしたのかしら」
 盃に酒を注ぎなおしていた草間にそう問えば、逡巡した後、僅かに笑みを浮かべた。
「――――さぁ、な」
 その答えにシュラインは微笑み、草間から盃を受け取る。
 舞い落ちる花びらと美しく咲き誇る桜が、そんな2人を静かに見つめていた。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、遊月です。お待たせいたしました。
「突発的花見企画!?」ご参加有難うございました。
しかも二度目のご依頼ありがとうございます。

少人数での花見ということで、あまり賑やかだったり騒いだりはなかったのですが、ゆったりのんびり花見を楽しんでいただきました。
ブラックホール(もどき)経由で訪れた得体の知れない花見場所ですが、桜の美しさは折り紙つきです!描写少ないですけれど(笑)。
そう言えば日本酒飲んだことない!とうろたえつついろいろ調べてみたのですが、何かおかしかったらすいません…;
プレイングが微妙に反映し切れてない部分もありますが、代わりに草間氏と多めに絡んで頂いてたり。草間氏の願い事はご想像におまかせいたします〜。

ご満足いただける作品に仕上がっていればよいのですが…。ご縁がありましたら、またご参加ください。
それでは、本当にありがとうございました。