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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


赤い瞳のうさぎ姫 〜うさぎの片想い〜

 好きだった。
 あの人が私に近づいた理由がどうであれ、二十年間生きてきた中で本気で好きになった初めての人だった。
(ハハッ、美香さんらしくていいんじゃない?)
 親が示す通りの生き方をしていた事も、本当は息苦しいと思っていた事も、全て受け容れてくれた。
 無理矢理引き合わされた男の人達と、全然違った。私を色眼鏡で見なかった。

 だから、知るべきだと思う。
 ──彼が、本当は私を好きではなかったという事実を。


●ウサギの常連客
「「‥‥‥‥‥‥」」
 いつものようにボーイに出迎えに来るよう言われ、いい加減慣れてきた笑顔を貼り付けたまま、深沢・美香は黙ったまま國井・和正と見つめ合う。
「‥‥何か文句あんのかよ、オラ」
 目を眇める和正に、美香はいえ、とだけ返す。それはとても控えめな反応だったが、元気なく揺れるウサギの耳がその心情を物語っていた。
 ──何でまた来ているのだろうか、この人は‥‥?
 美香の記憶に間違いがなければ、和正は昨夜も『街で遊ぶのがかったるくなったから来た』筈で、その前は昼日中から『は? 大学? んなもん俺様が行く必要ねぇんだよ!』と意味不明な事を口走り来店していた。
 本日は朝一番、店が開いた途端である。
「あ? メシの腹ごなしだよ!」
「‥‥そうですか」
 より一層意味が分からない。
 不得要領な顔をする美香に苛立ったのか(この人はいつも勝手に怒っている気がするのですが‥‥)、舌打ちして二の腕を引っ掴んだ。
「テメエの仕事は俺を満足させる事だろうが!!」
 ──本当に、勝手だ。

 バシャバシャン!
「てめっ‥‥集中しやがれ!」
「ひゃっ、は、はいっ!」
 湯船の湯が勢いよく飛び出す中、激しい行為にも関わらず美香は完全に目の前の乱暴な男から意識を逸らしていた。
 最初は感じる事も苦痛な相手から逃れる為の術であったが、ここのところずっと考えていた事の情報を、この男から得てみようかと考えていたのである。
 いつかアトラスの三下さんから聞いた、不思議な事件を沢山解決へと導いた──探偵さんの事。
 ──草間興信所所長、草間・武彦。
 探偵、という言葉自体が美香にとっては不思議な単語で、本の中に潜む精霊や妖精達と大差ない。けれど興信所というと、かつて住んでいた世界でよく聞く身近なものだった。
 自分に深く関わる前に、相手の過去や素行を調べ上げる。行方の知れない人間を、依頼人の代わりに探す。
 ここのところずっとずっと考えていた事。それは自分の過去と訣別する事だった。
 その為に、私はあの人に直接訊かなければならない事がある。だから‥‥
「おいっ! 集中しやがれこの黒ウサギ!」
「やっ‥‥あ! ひああああっ」
 気持ちよくさせるどころか力ずくで蹂躙しようとばかりする和正に、自分の職業を呪いながら浴槽の縁を掴んだ。

●ウサギのお願い
「‥‥は? 草間興信所?」
「‥‥‥‥はい」
 行為を終えた後、ソファで一服する和正に恐る恐る尋ねてみた。
 案の定、何でそんな場所を訊くのかと露骨に不審そうな顔をされた。ウサギは縮み上がりながら耳を揺らす。
「その、探して欲しい人が、いて」
「草間武彦に会うってのかよ」
「‥‥はい」
 ──何でこんな叱られモードなのだろう?
 理解出来ず、それでも逆らえなくて美香は小さくなって頷いた。
「ふぅん‥‥草間武彦ねぇ‥‥」
 やけに所長のフルネームを繰り返すが、別に所長に個人的な用があるわけでもなく、人探しの依頼がしたいだけである。
「‥‥何で草間武彦なんて知ってんだよ」
 カチカチと弄んでいたライターにようやく火をつけた和正は、じろりと睨むように美香を見る。
「み、三下さんに教えてもらって」
「あァ!?」
「ひゃっ」
 急にすごまれ、長く垂れた耳が震える。
「三下って誰だよ」
「あ、アトラス編集部の‥‥?」
「さんした、かよ。ったく、テメェうさぎ小屋にいる癖に何でそんな男ばっかと知り合ってんだよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 それは男の客しかいないからだと思います。
 まるでお前が悪いという言い方をする和正に困惑とちょっとした腹立ちを感じ、自分の膝を見つめる。
 ──どうしてこの人は自分に押し付ける言い方ばかりするんだろう。
 そのくせ毎日のように店にやって来る。美香には全く理解出来なかった。
「‥‥分かった、教えてやる」
「えっ!? あ、あの‥‥ありが」
「ただし、俺が連れて行く」
「は?」
 目を丸くする美香の前で、もう一本煙草を吸おうとする和正がライターを放って寄こす。
 ホステス時代の名残で文句も言わず火を点ける為に近づいた和正の顔を見上げると、何故か嬉しそうな顔。
「俺様が直々に連れてってやろうってんだよ。有難く思え」
 全っ然、これっぽっちも嬉しくなかった。

●探偵、草間武彦
「チッ、何でスカート穿いて来ねぇんだよ、テメエは!!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥すみません」
 開口一番言われたのは、半ば習慣化した罵倒であった。しかもスカートを予め穿けと言われたわけでもないのにこう言われるのは、美香には理不尽としか言い様がない。
「仕方ねぇ、次はスカート穿いて来いよ、アホンダラ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 次なんてありません、とよっぽど言ってやろうかと思ったが、場所を教えてもらう前にここで放り出されたら水の泡である。
 口は汚いが上機嫌に歩いて行く和正の影を踏みしめながら、黙して耐えた。
 今日着ている服がどこのブランドものだの、ただの黒いだけなサングラスをどこで買っただの、今日身につけている銀細工がどこのオンリーワンだの言われても、全部耳を素通りした。
 ──多分、きっと、出る答えは一つなのだ。
 ソープの先輩嬢も、それは騙されたのだとはっきり明言した。自分も結婚詐欺に遭ったのだと思う。
 けれど、頷けない自分がいるのも確かだ。
 ──だから、私はここに来た。
「ここだ」
 和正の声に顔を上げると、目の前に鉄筋作りの古い雑居ビルが建っていた。ハイセンスとはとても言い難い建造物。
 カツン、カツン、カツン。
 日中なのに何故か暗い階段を上ると、申し訳程度の看板をぶら下げた、『草間興信所』があった。
「邪魔するぜ」
 依頼人でもない和正が何故か先に扉を開けてしまったが、中に居た人物と目が合ったのは、美香である。
「‥‥何だ?」
 事務机に突っ伏し気味に、胡乱な目を向けられる。
「依頼をしに──来たのですけど」
 言いながら部屋を見回したとき目に入ったのは、『怪奇ノ類 禁止!!』の張り紙。
「珍しい標語ですね‥‥」
「「はあ?」」
 緊張も吹っ飛び、素でボケた。

「人探し、ね」
 美香に差し出された写真を一見した武彦は、美香の知らないところで事情を把握した。
 ──おーおー、いかにも、って感じの野郎だな。前科何犯、てとこだ。
 伊達に探偵はやっていない。目の前の美香を見、実質何をするでもない和正を見、更に解決の出来ていない問題を読み取る。
 ──嬢ちゃん、そりゃ素か? 素なんだな? さっきの標語発言も本気だったんだな?
 鈍感娘に横恋慕の常連客、結婚詐欺師に片想い、ねぇ?
 まるで中学生のような恋模様に、ハードボイルドを自称する草間武彦は苦笑した。
「わかった、この依頼受けよう」

 せめて、この女の子が自分の望む未来を手に入れられるように。