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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingV sideU―Veronica―



 ふてくされたような顔で頬杖をついている羽角悠宇を、欠月は呆れたように眺めている。今は遠逆家に悠宇が来て三日目の朝だ。
 悠宇は欠月の部屋に来ていた。朝食はすでに部屋でとっている。欠月はまだのようだ。これから久々に訓練だとかで、食べ物を胃の中に入れたくないということだ。
 俯いて悠宇は口を開いた。
「退魔って、自分の身を守ることができない人たちを助けるとか、守るとか、とても大事なことだと思う」
「…………」
「そうする一族を存続させていくために手段を選ばないっていうのはなんか不自然な気がするんだよ」
「…………」
「人として痛みを感じ、喜んだり悲しんだり、怒ったり迷ったりすることが、人に害をなすものを退治していく上で大事になるんじゃないかって思うんだ……」
「まーた……キミってほんと反吐が出そうなくらいの理想論者だよね」
 完全に呆れている欠月の言葉に悠宇はムッとする。人が真面目に話しているのになぜこうもこいつはだらけて喋るのだろうか。
 黒い皮製の衣服の欠月は憎たらしいほど美形だが、その表情は悠宇をバカにしていた。
「お説教されるのは嫌だろうから言わないけど、キミってそのまま成長すると痛い目みるよ」
「…………なんだよ。言えよ。気になるだろ」
「言って欲しいわけ? キミってマゾ体質あるんじゃないの?」
 鬱陶しいように言う欠月の首を締めてやろうかと悠宇は思う。これだ。この、人を小馬鹿にした態度。わざとこういう態度で人の神経を逆撫でするのだ。
「『退魔士』が崇高な職業だなんて思ってるヤツはいると思うよ? そりゃ、戦えない人の代わりに戦うことができるわけだしね。
 けどね、これをただのビジネスとみてるヤツだっている。個人個人で感じ方も違うように、同じ職業をただの仕事と割り切るヤツもいれば、これが天職だと感じて生きがいを感じるヤツもいる。
 『こういう方法』で一族を守るやり方も、当たり前に存在してる方法の一つだよ。手段を選ばないだって? それはキミの中の物差しで見た感想じゃないか。
 『不自然』だと感じてるのはキミの価値観の問題なんだよ。歪んでるとか、正義じゃないとか、正しくないとか、そんなことはキミの価値観で見てるからそう感じるだけなんだよ。いい加減学びなよ、バカ。
 妖魔を殺すのに性的快感を感じるヤツだって存在してるんだよ? キミはさ、退魔士を正義の味方か何かと勘違いしてない? ボクらはキミと同じ人間なんだよ?」
 間違いだって犯すし、正しくないことだってする。犯罪だって場合によっては起こしてしまうだろう。
「だいたいさぁ、妖魔を殺すのに性的興奮を得てるヤツに人間の痛みがどうだの、人間の感情云々を説いたって、聞く耳持つわけないじゃん。
 だからキミって頭が固いんだよ。一辺倒しか見てない。自分の価値観を基準値にする。それが悪いとは思わないよ。そういう人間だっていてもいいさ。
 キミの言うような退魔士だっているだろうよ。弱者の立場で戦い続ける人もいるさ。
 だいたい『不自然』だって感じてるのはさ、えーっと……あれだ。例えばキミがいつも食べてる食事に、いつもは入っていないものが入っている。友達の家に行ったら夕飯をご馳走になった。カレーだよ。でも、キミの家では入っていない具が入ってるとしよう。キミは変だと感じるわけだ。なんでこんなもの入れるんだ。普通入れないだろ。でも友達の家ではそれが『当たり前』なんだよ。キミは無理に咀嚼して、やっぱり違和感は拭えない。やっぱ入れないだろコレ。
 って感じかな。まぁ例としてはわかりやすいと思うよ。キミの家と同じカレーを出す家だってあるさ、でも全く違うカレーを出すとこだってある。辛さも甘さも、それこそ個人の家ではカレーってかなり差が出るって聞くしね」
「カレーに例えんなよ! バカにしてないか、おまえ」
「でもわかりやすいでしょ。
 そもそもね、この一族は退魔士じゃなかったんだよ。遠い昔、平安時代くらいかな。そのくらいにね、拾ってくれた退魔士の一族に恩返しするために仕えてたんだ」
 悠宇は驚いて欠月を見つめる。欠月はにこっと微笑んだ。
「ちょっと暇でね、ボクが一ヶ月の昏睡状態になる前に調べ物してたんだよ。身体は不調であまり動けなかったから。
 ボクらの一族はね、当時かなり世間的に疎まれた異端だったらしいよ。それを助けてくれた一族に、ボクたちは心酔し、尊敬し、畏敬の念を持って彼らに仕えていた。
 なんでそこまでって思うでしょ? でもね、絶対的な忠誠心を持ってたんだ。ボクらの一族は今もそれが根強く残ってるよ」
 穏やかに話す欠月の顔をまじまじと見つめ、悠宇は首を傾げる。
「その一族のこと、おまえもやっぱり尊敬とかしてるわけか?」
 途端、欠月は吹き出してゲラゲラ笑った。その笑い方にムカッとして悠宇が顔をしかめる。
「そうじゃないよ。うちの一族は依存性が異常に強いんだ。寄生に近いのかもね。
 とにかく盲目的にその一族を心底信じてたわけ。ボクらの一族はね、元々鍛冶をしてたんだよ。武器を造ってたんだ」
「鍛冶!?」
「そう。影を自在に武器の形に変えるのは、武器の持ちやすさやイメージ通り動かせるかの実験だったんじゃないかとボクは推測する。そもそもこの影の武器ってのは、『武器』じゃなくて、製造するための見本だったわけだ。
 ボクたちはその一族のための最高の武器を作ることに心血を注いだ。崇高じゃないか、これこそ。彼らの命を守る大事な武器を製造していくんだ。こういう作業はかなり遠逆を酔わせたと思うよ。なんて素晴らしいことをしているのだって。我々はあの方たちをお守りしているのだ、この武器で。って感じだ。
 だがボクの代でそれは終わった。短い栄華だったよ」
 ボクの代、という部分で悠宇は神妙になる。それは欠月の肉体の持ち主である4代目当主・遠逆影築のことだろう。
「仕えていた一族は罠にはまって全滅した。妖魔たちの罠だ。
 ボクは彼らを助けるために武器を届けに行って、死んだ。だから無念だったんだ。悔しかったんだろうな、かなり。
 遠逆はその一族の復活を信じて、彼らの身代わりに生き続けることを選んだ。いつかきっと戻ってくると信じて。どこかに、あの人たちの忘れ形見がいるんじゃないかという細い希望を持って。
 だからね、遠逆は退魔士ではなかったのに、無理に退魔士になった。そこには莫大な負担が生じたんだ」
「でも……子孫のことまで考えてなかったのかよ、そいつらは」
「……それこそが遠逆が遠逆である理由だろうな。言ったろ。盲目的なんだと。
 ボクたちは、ボクたちの『血』は、憶えている。永遠にね」
「???」
 不思議そうにする悠宇に欠月はぶっ、と吹いてまた笑った。よく笑うなと悠宇は思う。
「ボクらの祖先はね、全員妖魔との混血児だったんだよ」
 さらりと言われて悠宇は思考が停止した。
「妖魔が孕んで産み落としたのか、人間が孕んで産み落としたのか、それとも妖魔を取り込んだ人間だったか、まぁ様々さ。
 それらが集まったのが『遠逆家』。人間でありながら、人間より『遠く』、人間とは『逆』の性質の存在。普通の人間が忌み嫌う者ってこと」
 だから、と欠月は顔を歪める。
「『ボク』はここでは一番血が『濃い』んだよね。片目の色が違う子供は、先祖がえりってことだろうな」
 それは皮肉ともとれる笑みだった。ゾッとするほど綺麗で、いびつで。
「祖先にとってはその一族は救世主だったに違いない。ひっそりと暮らしていた、意味もなく生きていた祖先たちにとっては『生きる意味を与えてくれた』存在だ。そりゃ、心酔もするさ」
「でも、でも」
 悠宇は納得できない。自分のような性格では、納得できない。
 それはそうだ。悠宇は。
(俺は遠逆の人間じゃない。欠月の祖先がどんな思いをしていたのか知らない……わからない)
 欠月は悠宇の額を人差し指で押し、すぐさまデコピンをする。バシッ、と音が響き、強烈な痛みに悠宇は「つぅ」と声を洩らした。
「だから言ったろ。『今のままのキミ』だと、将来痛い目みるってね。理想だけじゃ、生きていけないよ。そのうち雁字搦めになって、息苦しくなる。生きることがね。
 キミは恵まれてるんだよ。すごくね。そんな風に考えて、それを掲げていられる。ボクにはないものだ。ボクではできないものだ。
 恵まれてるからなんだって顔してるね。恵まれてる人間にも悩みはつきものさ。そこまで頭が回らないほどボクは阿呆じゃないよ、悠宇くん。
 まぁ……痛い目みてから考えたほうがキミみたいな人間にはいいのかもね。とはいえ、痛い目みても学習しなさそうではあるけど」
「なんだよそれ。学習しないって……いくらなんでもそれはひどくねぇか?」
「学習するのと、自分の意志を強固に持ち続けることは違うよ。キミは学んで柔軟になろうとしないからね。まぁ若さゆえだ。羨ましいことだね」
「またおっさん臭いこと言う……」
 ふふっと欠月は笑った。少女のような顔立ちの欠月がこういう笑いをするのは、見ていて安心する。それほど柔らかい笑みなのだ。
 ちっとも論理的じゃなくて、一番適切だと思われることでも感情的に受け入れられなかったりすることもあって、感情剥き出しの自分が居ることで……自分の理想とする『退魔の仕事』はそういうものだって欠月が感じてくれるならと思っていたが……取り越し苦労だったのかもしれない。
 欠月はいつも。そう、いつも。いつも悠宇の考えを「それも一つの考え方だ」という見方で話す。それに比べて自分は幼い。これが正しい。これは変だ。そればっかりだ。自分と彼は同じ人間ではない。それにここはたくさんの人間が居る場所なのだ。
 学ばない、という欠月の言葉は的を射ていた。しかし譲れないものもある。
「そうそう悠宇くん。そろそろ長に何を命令されたか教えて欲しいなぁ」
 いやらしく笑う欠月の言葉にぎくっとして、悠宇は身を強張らせた。この三日間、悠宇はなるべくその話題を避けていたのだ。
 だって……嫌だ。あんな要求、受け入れられない。無理だ。
「べ、別になんだっていいだろ」
「ははん。どうせ種馬になれみたいなこと言われたんだろ」
「っ」
 悠宇はさっと青ざめる。
「ビンゴか」
「……あのいけすかない当主のおっさんの要求は到底受け入れられるもんじゃねえよ」
「あれまぁ。あのおじいさんは当主じゃあないよ。当主であったことはあるけどね」
「……拒絶したら命にかかわるんだろうが……こればっかりはどうにも…………そんなこと受け入れたら身体は生き延びても魂が死んじまうよ」
 悠宇のセリフに欠月が大笑いする。おなかを抱えてしまう欠月の態度に「失礼だぞ!」と悠宇は声を荒げた。
「あははははは! 純情! チェリーボーイだ! あはっ、ふふっ」
「そんなに笑うことねーだろ!」
 真っ赤になって怒鳴る悠宇を一瞥すると、欠月はまた笑い出す。
「だーかーらー、ボクは言ったじゃんよ。キミ、バカだろ。んん? 阿呆なのかい?」
「だ、だって、ほんとにそんなこと言われるとは思わないだろ、今時」
「今だろうが昔だろうが関係ないね。拷問くらいと思ってたんだろ。残念でした。そんな効率の悪いことしないよ。労力のムダ。殺したほうがマシ。
 キミの大好きな人助けだよ? 子供が欲しいっていう女の子とするわけだ。手助けしてやれば?」
「…………」
「キミみたいなタイプには一番堪える役割だろうなとは思ったけど」
 欠月は怒りで震える悠宇を見据え、真っ直ぐな瞳で言う。真面目な表情の欠月は悠宇の額にまたデコピンをした。先程よりは軽く、痛くない。
「だからキミ、甘いんだよ。甘ちゃんだ。覚悟しろって言っただろ。キミはね、理不尽にさらされるってことがどんなことか理解……いや、わかってないんだ。
 身体さえ生きてりゃいいんだよ、ここでは。生理反応すりゃいいわけ。
 結局ね、キミ、誰かが助けてくれるって思ってるんだよ。肉体的苦痛も、精神的苦痛も、キミ、わかってないんだよ。
 甘い甘い。砂糖菓子なんか目じゃないくらい甘い」
「……クソマジメな顔で口調がおちゃらけてんだけど」
「魂が死ぬだって? そんなこと言ってるからガキなんだ。
 好きな女じゃないのが嫌か? 世の中には嫌でも身体売って生活してる女も男もいるんだぜ? 結局おまえは好き嫌いで判断してる子供なのさ。本気で生きてない。生きてないんだ。
 生きる死ぬかの判断じゃない。おまえは、悠宇、おまえはね、タマネギ嫌いって言ってるガキと同じなんだよ。キライだから食いたくねえって言ってんのさ。
 できないわけじゃないだろ。できるってわかってるだろ。だけどできても嫌なんだろ。心が嫌がっているんだろ。だがな、そんなこと言ってたらもっと苦痛が襲うぜ。
 男の身体はな、勝手に反応する時だってあるじゃないか。好きな女以外でも反応したらと思うと怖いだろ。実際そうなったら自分を軽蔑するだろ。好きな女に謝るだろ。キミは純情だからな」
 追い詰めるように一気に言い放った欠月の言葉に、悠宇は、何も言えない。
「そういうことができる自分を、汚い、と思うんだろ? え?」
「………………」
 欠月は言葉を切り、青ざめて俯いている悠宇を、目を細めて眺める。悠宇は顔をあげられない。覚悟したのは、ここに来ると決めたのは自分なのに。
 結局、欠月の言う通りだ。自分は甘いのだ。決めたくせに、覚悟したはずなのに、結局嫌なことを命じられてそれに従いたくないと思っている。決めたのは俺なのに。
「ありゃ。いじめすぎたかな」
 よしよしと頭を撫でられ、悠宇は「うわあ!」と叫んで部屋の隅まで後退する。
「なにすんだよ!」
「いいこいいこしてあげた。あんまりしょんぼりしてるから」
「おまえがそう仕向けたんだろうがっ!」
「だって綺麗事ばっか言うからイラっとしたんだよ」
 さらりと言う欠月は「ん?」と呟いて立ち上がる。
「……はい。行きます」
「欠月?」
 欠月は悠宇のほうに焦点を合わせ、にやっと微笑む。
「まあまあ、今後のことはまた後で相談しましょ。イヤならここから出してあげるよ。ただし、記憶は全部貰うけどね。ボクのことも忘れてもらうし。
 そんじゃ行って来るから」
「どこに!?」
「侵入者がいるんだってさ。長に護衛として呼び出された」
 そう言うなり欠月は障子を開けて颯爽と出て行く。慌てて悠宇はそれに続いた。しかし、バチッと火花が散って悠宇は外に出ることが適わなかった。
 え、と思う。今までだって自由に行き来していたのになぜ。
「おい、欠月!」
「キミはそこに居なさいな。ちょっと頭冷やしてこれからのこと真剣に考えなさい。安直な覚悟の結果が今なんだからね」
 ひらひらと手を振って行ってしまう欠月は、悠宇にとってみれば大人だった。自分が選んだことの責任を、その若さでもとろうとしている。それに比べてどうだ自分は。
 なんだかひどく情けなくなって、悠宇は膝を抱えた。



 欠月がなかなか戻ってこないので悠宇は不審に思う。おかしい。
(なんだ……? 苦戦でもしてるのか?)
 様子を見に行きたかったがここから出られない。「くそっ」と毒づいていると、誰かの足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。
「あれ? なんで羽角がここに?」
「げえぇ!」
 思わず声をあげてしまう悠宇は驚くしかなかった。いや、驚くのが変なのかもしれない。そもそもこいつも『遠逆』だった!
 遠逆和彦はきょとんとしていたが口を開く。
「ここは危ないから避難するんだ。ほら」
 部屋に手を差し出す。悠宇はその手を取ろうとしたが、ハッとして引っ込める。なんで男のこいつの手を、しかも恋敵の手を握らねばならないというのか。
「ひ、久しぶりだな遠逆」
「そうだな。半年以上ぶり、か?」
「……ふーん」
 悠宇はどうでもいいようにそう洩らす。和彦は悠宇の手を無理に掴んだ。
「外に避難するんだ」
「触るなよ!」
「莫迦者! 遠逆の血が入っていない者は結界を越えられないんだぞ!」
 怒られてしまった悠宇は和彦に手を引っ張られて部屋の外に連れ出した。
「急ぐからこのまま庭を突っ切る。いいな?」
「お、おい。なんだよ。事情を説明しろって! 欠月は? あいつ、侵入者を撃退にって……」
「カヅキ? 誰のことだ?」
 怪訝そうにする和彦は駆け足になっている。悠宇も自然と足の速度をあげた。二人はさらに走る。
「白っぽい灰色の髪のヤツなんだけど。見てないか?」
「もう避難しているかもしれないぞ」
 そうだろうか。

 正門を、和彦の手に導かれて通り抜ける。入る時は欠月の手を、出る時は和彦の手を握っているなんて……なんかヤだ。
 門の外は騒がしい。これほど人間が居たのかというほどの人間がいた。これが全員遠逆の者かと思うと驚愕だ。
「欠月、おーい欠月ーっ!」
 大声で欠月を探すが、どこにもいない。まさかまだ……?
 どうしようと正門を振り向く。自分では中に入れない。どうすれば。
 和彦の姿が目に入った。
(嫌だ)
 こいつの手を借りるなんて……だってこいつは。
 でも。
「遠逆!」
「ん?」
「欠月がいないんだ! 探してくれないか!? 頼むよ!」
「…………わかった」
 悠宇の気持ちが通じたのか和彦は頷くなり正門をくぐって中に戻っていった。
 ただ待つだけだ。悠宇にできることは。
(……俺、なんなんだろう)
 しばらくして和彦は欠月と共に戻って来た。欠月は頭から血を流し、あちこちケガをしているようだ。和彦が肩を貸していた。
 欠月は悠宇の姿に気づくと片手を挙げた。
「やほー」
「な、何が『やほー』だ……!」
 怒りよりも安堵のほうが大きい。肩から力を抜いている悠宇は、見上げた。
 竜巻が突如として起こった。塀の向こうでだ。
 不自然な発生の仕方だった。発生した竜巻は唸り声をあげて天へと伸びる。周辺を容赦なく巻き込んでいく。
 竜巻が消えるまでそれほどかからなかった。家屋を破壊して、呑み込んで、それは天へと消えていく。
「……消えた」
 悠宇の言葉は、静まり返ったそこに大きく響く。
 欠月はハッとして和彦から離れた。
「あー、やだやだ。なんで44代目の肩なんか借りなきゃいけないわけ。まだ悠宇くんのほうがマシだよ」
 そして悠宇に体重を預けてくる。重い。「うおぉ」と悠宇が足を踏ん張った。背中に乗っからないで欲しい。しかし欠月は立っているのもやっとらしく、足が震えていた。
 和彦は欠月と悠宇を見比べ、微妙な表情になる。
「……あの、なんだ。知り合いなのか?」
 悠宇に尋ねる。まぁ欠月のノリだとそう感じてしまうのかもしれない。
「友達だ」
「そーそー友達。悠宇くんの青いおケツを叩くお兄さんよ、ボクは。あっち行け、しっしっ」
「…………」
 手を振って追い払う欠月を、ますます不審そうに和彦は見ている。
「……本当に?」
 再度、疑心を込めて尋ねられ……悠宇はとうとう吹き出した。
「あはははは! やめろっておまえら! なんなんだよ!」
「何笑ってるのかなぁキミって子は」
「いひゃひゃっ、ら、らっておまえらおかし……」
 欠月に頬を引っ張られても悠宇の笑いはなかなか収まらない。和彦はよくわかっていないようだがとりあえず警戒を解いた。
 悠宇は笑いながら思う。いいじゃないか、別に子供だって。
(俺にできないこともあるだろうさ。でも、こいつらにだってできないことがある。だから俺だって無理することないんだ)
 とりあえず欠月の無事を噛み締めよう。それで、今はいいじゃないか。なあ?
 遠い空の下にいるであろう自分の恋人にそう、語りかけたのだった――――。



***



「ん、で」
 ファミレスで悠宇は向かいの席の和彦の話を聞いていた。その後の遠逆家のことなどだ。悠宇はあの後すぐに東京に戻って来たのだ。欠月が無理に追い返したとも言う。
「どーなったんだよ?」
「どーもこーもないよ。この」
 欠月が悠宇の横に座ったまま、和彦を指差す。本当に嫌いなんだなぁと悠宇は思いながらその指先を見遣る。
「前当主さんが一応今のトップなわけ。事後処理はこいつが仕切ってるの」
「適任というか、人柱みたいなものだが……なんなら代わってやろうか?」
 生真面目に言う和彦に欠月が「べーっ」と舌を出す。
「だれが! なんでアンタの身代わりしなきゃいけないわけ? ふざけんなってんだよ」
 ぷいっとそっぽを向く欠月を見て、和彦は嘆息した。
(クソがつくほどマジメな遠逆の性格じゃ、欠月の相手は疲れるだろうな……)
 悠宇も同情する。自分はまだマシだろう。
「長は行方不明のままだし……。しばらくは俺が遠逆を動かしていくことになるだろうな」
「欠月の呪いはどうなったんだ?」
 悠宇の問いかけに和彦ではなく欠月が横から覗き込んで教えてくれた。顔が近くて悠宇はびっくりした。あまりに綺麗な顔なので一瞬ドキッとしてしまったのだ。
「それねぇ、不思議なんだけど全然ないんだ。魂と肉体が全然離れないんだよ。完全復活ってカンジ?」
「おそらく、長の呪いが完全に消えたか……もしくは呪いの電波みたいなものが届かない距離に長がいるかだな」
「……携帯電話みてーだな。電波の届かないところだから電話がかかりませんってヤツか?」
「あっはっは! それナイス!」
 大笑いする欠月はコーヒーを置きにきたウェイトレスの娘にウィンクした。彼女はカッと顔を赤らめてそそくさと行ってしまう。やっぱこいつタラシだ、と悠宇は渋い表情だ。
 遠逆家を支配していたあの老人は、あの広い畳の部屋があった建物ごと消えたらしい。竜巻に呑まれたとのことだ。なので、生きているのか死んでいるかも不明だ。
 悠宇は目の前でやいやいと遣り合っている二人を見る。この二人はこれからが大変だろう。
「そうそう。悠宇くん、彼女呼んでるんでしょ? うふふ。口説いていいってこと?」
 にんまりと笑う欠月に悠宇が青ざめた。目の前の和彦もうっすらと頬を赤く染めている。
「バカ! おまえらに会わせるために呼んだんじゃねーよ! 自惚れてんじゃねえ!」
「あらまー。可愛げのないジャリンコだね。そんなんだからまだケツが青いってんだよ」
「……おまえたち、店内では静かに……」
 和彦が止めに入る。だが悠宇も欠月も話しを聞いていない。
 ぎゃーぎゃーと言い合う悠宇と欠月は、傍目にはじゃれ合っているようにも……見える。
 うららかな春の午後――平和だった。穏やかだった。いつもの日常に戻ったと、悠宇は感じていた。
 世間では春休み。だがもうすぐ新学期だ。新たな出発の、時期――。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました羽角様。
 Vを欠月の側面から見たこのお話を少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 最後まで書かせていただき、大感謝です。
 あなたのこれから先の人生が実り豊かなものでありますように……!